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清岡的見解:ねこまんまさんについて http://tinyurl.com/nekonomanma3
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三国志学会 第四回大会懇親会


  • 2009年10月 3日(土) 15:56 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    2,648
研究 ※目次 三国志学会 第四回大会ノート(2009年9月5日)
※前記事 三国志学会 第四回大会ノート5

 17:02。三国志学会 第四回大会が終わり、龍谷大学の大宮学舎東黌101教室から聴講者が外へ出始める。
 清岡は用事のあるげんりゅうさんを見送り、まず、ぐっこさんと合流して、「三国志ニュース」のシステム面の話をしていた。101教室の南の出口から出ると青空の下、折り畳みの長机6個程度が北側を空け三方を囲み「コ」の字になっていた。その上に書籍やグッズが並んでいる。先ほど教室でアナウンスのあった「英傑群像」の出店だね。結局、最後までいらっしゃったということで。

・英傑群像(三国志エンターテイメント 情報&グッズ)
http://www.chugen.net/

・三国志学会で英傑群像出店します。  (※上記ブログ記事)
http://sangokushi.chugen.net/1282

 清岡とぐっこさんはしゃべりつつ、商品を物色していた。ぐっこさんは2009年8月22日23日開催の「第三回三国志祭」での英傑群像のブースで銅製の爵杯を買ったそうな。あと企業ブースにあった「夏侯惇の目玉飴」というグッズは「第三回三国志祭」に留めず卸せば売れるんで勿体ない、なんて話していた。それと清岡からはまた「激突! 三国志武将かるた」のアクセス数増加の話をしていた。

※関連記事
 第三回三国志祭(2009年8月22日23日)
 激突! 三国志武将かるた(2009年7月)

 その出店にいらっしゃった店員さんは岡本さんの他には二名。よくよく考えたら確認とってなかったので正しいのかわからないけど、当時はKOBE鉄人PROJECTの方だと清岡が勝手に思っていた一名、もう一名はおそらく昨年の「第二回三国志祭」の販売ブースで「日本一の三国志グッズコレクター 臥猪亭おやじのこだわり本屋」として出店されていた方…こちらも特に確認とっていないので、清岡の全くの勘違いの可能性が高い。

※関連記事 第三回三国志祭(2009年8月22日23日)

 そうこうしていると、ぐっこさんが店員となにやら話している。どうやら受付のところで出店いた際にあった弩が売り物かどうか確認しているらしい。そして購入されていた。店員さん曰く、おもちゃだけど結構、破壊力があるそうな。安全を喫して矢の先がゴムになっている。店員から、人に向けないように注意事項が告げられていた。本物とちがって青銅機械部分は木製。まぁ、どんなものかは下記の参照リンクの写真参照ね。

※参照リンク
・ぐっこ どっと ねっと-~三国迷ぐっこのHP~
http://gukko.net/
・三国志学会行ってきた(゚∀゚)!  (※上記ブログ記事)
http://gukko.net/diary/diary-column/1643.html

 そこから清岡がぐっこさんへ冗談で、「三国志祭」にあった「誰がどう見ても赤兎馬」に乗って、射的し放題ですね、なんて言っていて、実は「第三回三国志祭」では射的のコーナーは行列ができるほど大人気だったことを教えて貰う。
 ぐっこさんによると、今回の三国志学会大会の書籍コーナーでは後漢書集解の上下巻が売られていたが、一万円を越えていたので購入を断念したそうな。

※参照記事 『後漢書』朱儁伝の冒頭

 そうやって二人でしばしおしゃべりしていたんだけど、その間、清岡が気になっていて少し離れた所で、ずっと横目でチラチラ見ていたことがあった。
 それは南側の机のところで、福原先生が「正史三国志人物考察 徐晃伝」(※違う人物伝の可能性あり)という同人誌をまじまじと読んでいたこと。二、三分程、目を通して、結局、ご購入されていた。
 その一連の光景やギャップが清岡の面白みのツボに入っていたものだから、ぐっこさんの話の途中にそれを指摘した上で、「福原先生が同人誌を物色した上で買うの図」とか「隠し撮りした方がよいかも」とか声を抑えつつ、清岡は密かに独りはしゃいでいた。

※参照リンク
・四海のほとり
http://blogs.yahoo.co.jp/sjn_congo

※参照記事 三国志学会 第四回大会ノート3

 個人的には、2007年の「三国志学会第二回大会」で一般人に混じって研究紀要を物色する図以来のツボだな。

※参照記事 第2回三国志学会大会ノート2

 ちなみにその同人誌と同時にご購入されていたのは、「三国志地図」両面下敷きと満田剛/著『三国志万華鏡 英雄たちの実像』。後で人づてに聞くに、後者の書籍は一般向けだったせいか、満田先生から福原先生へ贈呈されていなかったようだね。

※参照記事
 三国志 地図
 第9回三顧会(2008年8月16日午後1)


 その後、清岡からぐっこさんへは京都の青空古本市のことや、最近やこれからの「三国志ニュース」の記事についての話(下記後者二報)を振っていた。

※関連記事
 第32回 秋の古本まつり(京都古書研究会)
 第22回下鴨納涼古本まつり(京都古書研究会)
 三国志館プレオープン(2009年8月23日)
 三國志研究 第四号(2009年9月)

 ぐっこさんからよく読まれている記事はゲーム関連が多いかという質問に対し、清岡は、読まれているかどうか判らないが、検索される記事はゲーム関連が多いと回答。その流れで中国産のゲームの話。

※参照記事 リンク:Sanguozhi Game Archives~三国志ゲームアーカイブス

 坂口和澄/著『三国志検定―群雄の乱世に知力で挑め! 』(青春出版社2006年5月1日)を目の前にして、ぐっこさんから「そういえばUSHISUKEさんが(三国志検定)一級、受かりましたね」と話を振られる。もちろん、その「三国志検定」じゃない、とフォローを入れつつ、USHISUKEさんの偉業を讃えていた。

※参照リンク
・三国志漂流
http://3594h.blog95.fc2.com/
・三国志検定1級合格  (※上記ブログ記事)
http://3594h.blog95.fc2.com/blog-entry-257.html

※参照記事 図説 合戦地図で読む 三国志の全貌(青春出版社2008年11月10日)

 その時に登録商標「三国志検定」の話を小耳に挟んでいた。

※参照記事 登録商標「三国志検定」

 その後、店員さんも交え四方山話をしていた。ぐっこさんから「第三回三国志祭」に去年まで着れていた鎧が無くなっていたという話題が出される。そうすると、鎧は中国中央電視台『三国演義』モデルの曹操、諸葛亮、関羽、趙雲、周瑜があって、用意していたが、忙しくて出せなかったそうな。

※参照リンク
・ぐっこ どっと ねっと-~三国迷ぐっこのHP~
http://gukko.net/
・というわけで日曜お祭いってきたよー(゚∀゚)  (※上記ブログ記事)
http://gukko.net/diary/diary-column/1586.html

 ぐっこさんが鎧をレンタルで出せば(同人イベントなどで)需要があるといった提言をされていたが、実は鎧のクリーニングが難しいという興味深い話を伺う。結局、痛みやすいそうな。

 気付いたら、周りに人が居なくなっていて、すっかり懇親会に行くタイミングを逸していた訳だけど、後片づけを終えた竹内先生が通りかかっていらしたので、それに着いていき、西へ進んで 南へ行き、懇親会の会場となる清和館の二階を目指す。


○懇親会

 二階の南側の東西に長い部屋が会場で、すでに人が集っていた。部屋の配置を見ると例年通り立食パーティー形式で、真ん中に東西に長細く配されたテーブルがあり、その上に料理が乗っていて、それを取り囲むように幾つかのテーブルが転々と規則正しく配置されている。また、会場の南西にはドリンクコーナーがあって、四角いテーブルの上にスタッフ二名が酒やソフトドリンクをグラスに注いで幾つも乗せている。
 南西のテーブルが開いているようなのでそこに陣取る。まだ開始まで時間があって、その間、清岡は池田雅典さんに挨拶し、「三国志ファンのためのサポート掲示板」での参加等のお礼を申し上げていた。

 17:31。渡邉先生からアナウンスがあり、まず狩野先生からの今回の大会のまとめがあるという。
 狩野先生が会場の西側に立ち、四つの報告と一つの講演について所見を述べられた。前日の打ち合わせでは来場者は50名ぐらいと予想されていたが、実際は80名だったそうで、例年と違い京都で開催されたことを考えるとまずまずとのこと。
 満場拍手。
 乾杯の音頭は林田愼之助先生であることが告げられ、各自、グラスに飲み物を注ぐ。
 林田先生の音頭で皆「乾杯」と言って、満場拍手。
 実は林田先生は用があってすぐ発たないといけないそうな。

※追記 三国志と乱世の詩人(2009年9月29日)

 南西のテーブルの南側には、西から、かたせんさん、ぐっこさん、清岡、池田さんが陣取っていた。清岡は、かたせんさんとは初対面なわけなんだけど、自己紹介的な雰囲気になっていたときに誰も知り合いが居ない中、独りで懇親会に参加したことを明かされていて、内心、とても感心していた。というのも、今回の懇親会にネットでの知り合いが来なさそうだったので、清岡は心細くなっていて、ぐっこさんが参加すると知り、ようやく安心を得ていたわけなので。それと、後で某SNSの自分のブックマークを見たら、かたせんさんがすでに含まれていて妙に合点がいった。
 京都の話の流れで、かたせんさんからは紫陽書院の話を振られて、実は清岡は古書市の紫陽書院のブースには必ず行くが、紫陽書院のお店には行ったことがない、なんて返していた。

※関連記事 第27回春の古書大即売会(京都古書研究会)

 その流れで上記記事の話をしていたものだから、『蔡中郎文集』の話題となる。池田さんは専門の関係で、馴染みのある文献だそうで、興味深い話を伺う。その他、近況等。

※参照リンク
・上表・上疏・上奏の違い (※「三国志ファンのためのサポート掲示板」内記事)
http://cte.main.jp/c-board.cgi?cmd=ntr;tree=2906

 その流れで蔡邕『獨斷』や漢文の話に移る。池田さん曰く『獨斷』にある制度は後漢で実際に使われていたのというより、蔡邕の理想だそうな。
 話に夢中になってご飯を食べる機会を逸しそうなので、清岡はここらへんで中央のテーブルにご飯を取りに行っていた。

 元の位置に戻って話を再開。清岡から『蔡中郎文集』の版本の違いの話を振ると、池田さんからは、直江兼継蔵書の宋版『後漢書』の話が返ってくる。

※追記 三国志学会 第七回大会(2012年9月8日土曜日)

※追記 ノート6:三国志学会 第五回大会

 そうすると、南西のテーブルへ、「三国志ファンのためのサポート掲示板」で書き込みされている、R・Fさんが来られる。ちょうど、清岡と池田さんの間に入る感じ。

※参照リンク
・三国志ファンのためのサポート掲示板
http://cte.main.jp/

 しばらくR・Fさんとサポ板の話(敷居が高いだの、アーカイブ的な利用方法だの)をしていた。その間、いつのまにか池田さんやぐっこさんの間でシミュレーションゲームの『三国志』になっていて、例によって清岡はそれを指摘した(笑)

 以下、覚えている分を箇条書きに(※酒の席での話で、しかも清岡の脳を通しているので全く転用できない)。
・『興亡三国志』の、ある登場人物がオリキャラかどうか。
・「名士」。豪族や貴族関連の研究の流れ。儒教的教養。
・その流れで池田さんから鄭玄話。どの説にも矛盾が起こらないような、中間辺りをとるという新しい視点を作るのが鄭玄の学問。
・袁紹が鄭玄を庇護した理由。皇帝を庇護せず新しい漢王朝を作る流れ。袁紹の儒教は他と違う。
・そこから漢王朝の権威の話。
・再び袁紹話。下記の掲示板のツリーの年齢話等。花嫁泥棒の話(十歳年齢差で)

 ・袁紹は天下を取れたの!?
 http://cte.main.jp/c-board.cgi?cmd=ntr;tree=1198
 ・教えてください・曹操と袁紹の花嫁泥棒
 http://cte.main.jp/c-board.cgi?cmd=ntr;tree=2833

・再び儒教的教養の話。「三国志」の物語の題材としての儒教的観念。
・その流れで『蒼天航路』での何晏の話。最近の研究成果や、70年代のイメージが取り入れられているそうな。
・その流れでかたせんさんから何晏『冀州論』(『太平御覧』卷四百四十七 人事部八十八 品藻下 所収)の話
・昔、ネットで地方での刺史や将軍の話題が上がっていた折り、連載していた『蒼天航路』でそれらが取り上げられ大いに涌いた話。ぐっこさん曰く「まさか劉馥の名前が出てくるとは!」
・清岡からの質問で『蒼天航路』で桃園結義は出てきたか?→ぐっこさんの回答で後の方で回想シーンで出てくるとのこと。それがアニメに反映。
・漫画の話で『曹操孟徳正伝』が出ていた。R・Fさんのツボとして、献帝が曹操の息子という設定だそうな。献帝をかばう曹操の動機を読者に判りやすくするための仕掛けだそうな。

 ※参照記事 2006年11月16日『曹操孟徳正伝』特別編~瘴癘江

・最近、サイト「呉書見聞」の掲示板で、黄蓋の年齢が話題に出ていて、そこにぐっこさんの掲示板が紹介されていた件。

 ・サイト「呉書見聞」
 http://f27.aaa.livedoor.jp/~sonpoko/

 ・ぐっこ どっと ねっと-~三国迷ぐっこのHP~
http://gukko.net/
 ・正史時間軸歪曲報告スレまとめ  (※上記サイト内コンテンツ)
http://gukko.net/park/1699.html

・この辺りで、R・Fさんから給料体系の話が出ていたけど、漢代であれば、佐原康夫/著『漢代都市機構の研究』(汲古叢書31 2002年)に載っていると後日気付く。

 ※参照記事 佐原康夫/著『漢代都市機構の研究』(汲古叢書31 2002年)

・清岡曰く「ファンの間で派閥作っちゃダメですよ(笑)」
・R・Fさんからの話題。旧暦の月日に対応する月の満ち欠けを創作に活かす、夜襲とか。→拘る人だったら、月の満ち欠けの違いで漫画(商業ベース)にクレームを入れる。
・ぐっこさんから昔(1992-5年)、パソコンゲーム誌『ログイン』(アスキー)に連載していた大澤良貴さんの「三国志英傑群像」の話。

 ※参照記事 三国志関連で自分史作りのスゝメ

 ふと気付くと、同じテーブルでも、西側にかたせんさんとぐっこさんが話していて、東側で、R・Fさんと池田さんが話していて、清岡はどちらかというと東側の話を聞いていた。
 実はそのテーブルの北側には三国志学会会長の狩野先生がいらっしゃって、ご挨拶しないと、と気になっては居たんだけど、両サイドに談義の障壁があったものだから、結局、気になるだけに留まってしまった。もっとも、狩野先生クラスになると次から次へと先生方が会場の向こう側から来られるので、清岡のしゃしゃりでる幕なんて無かったんだけど。
 より広く、会場を見回せば、後に或る人が言っていたけど、大まかに言えば、会場の北側には東洋史研究者&出版社グループがあって、南東には最大勢力となる中国文学研究者グループがあって、そして南西には清岡を含めた最小勢力となる、或る人の名付けるところの「ゲーム(笑)」グループが居たわけだ。

 狩野先生のところへ渡邉先生が来られていて、その流れで、清岡のところへ来て下さる。今回、良い機会を与えて下さったことについて清岡からお礼申し上げる。お話を伺うと、今回の私の報告もそうだけど、やはり三国志学会第三回大会から、サイト管理人枠みたいなのが設けられている感じだね。さて次はどんな人からの報告があるのだろう。

※参照記事 三国志学会&BS熱中夜話(三劉)

 あたかも入れ替わるような形で、福原先生が清岡へ話し掛けてくださる。話の端は今回の清岡の報告についてで、と「(大分類項目の)「歴史」自体の絶対数は変わらないんでしょうね」と返答した覚えがある。

※参照記事 三国志学会 第四回大会ノート1

 その流れで、福原先生から「三国志」関連の講義をやると普段より受講者が多く、学生が求めているものと、先生がやっているものとにかなりズレを実感されていて、その理由(ゲームへの関心等)が今回の報告である意味、納得されたという。それと清岡が三国志学会大会へは第1回第2回と参加したが第3回は参加していないと言うと、先生も同じだとおっしゃられ、清岡はふと思い出し反射的に「(第3回の時は別のシンポジウムで)発表されていたじゃないですかぁ」とツッコミを入れるかのように言い放ってしまう。そこからご発表のあった辟雍碑についてあれこれ伺っていた。

※参照記事 「魏晋南北朝史と石刻史料研究の新展開」ノート1(2008年9月14日)

 さらにはゼミでの指導の話やら、中国で見せてもらったのは良いが、まだ公表されていないので研究として使えない出土物の話やらを伺っていた。
 その後、福原先生と共に南西のテーブルの輪に戻る。清岡の質問がきっかけで、池田さんから中林先生のご近況や漢文を読む気のない学生の話等を聞いていた。

※参照記事 「捜神記」で検索される訳

 宴も酣だなぁ、と思いつつ、ぼーと会場を眺めていたら、今度は、狩野先生が清岡に話し掛けてくださる。清岡による今回の報告の話から、パソコンやら携帯電話やらの話になる。その話の輪には学生さんがいたんだけど、その方から最近ではネットのページから丸写しでレポートを提出する学生がいるという話を聞く。そのため、200人ぐらいの受講者が居たら、5人程、全く同じレポートがあるそうな。また、今回、三国志学会大会の参加人数の話になり、さすがに東京で開催した時より少ないが、いろんな地域で三国志学会を知って貰うには意義のあるものだということも話されていた。それといろんな先生方のご年齢や干支の話(内藤湖南先生、礪波先生、愛宕先生等)。あと東洋史の某先生のご兄弟が歴代王朝に因んでいるというのは伝説だそうな。

 狩野先生と別れ、中央のテーブルで食事を取りに行った後、南西のテーブルに戻ると、ちょうど渡邉先生から終了のアナウンスがある。
 時計を見ると19:25。
 閉会の言葉は竹内先生から。料理を持って帰るのはNGなので、食べたい人は頑張って食べて下さいと告げられ、まだ会場の方は閉めなくて良いそうなので、一旦、懇親会終了であると告げられる。

 南西のテーブルでは先ほどの学生さん参加で、田中芳樹/著『銀河英雄伝説』(小説)の話が行われていた。ぐっこさんやR・Fさんが参加。ちなみに清岡は未読なので聞いているだけ。それでもファントークというのは面白く感じるものだ。
 そのうち、南西テーブルに立つ学生さんとR・Fさん、窓沿いに並んである椅子に座るぐっこさんと清岡の二組に分かれたトークになっていて、テーブル組は漏れ聞くに『銀河英雄伝説』話から東洋史の話に移っており、イス組ではネットのコミュニティのよもやま話(管理人話やカップリングで引き起こされた争い、ポータルサイト運営苦労話)をしていた。こういったネットではできないような、ちょっとした情報交換は貴重で記憶に残るものだね。

※清岡からの出していたポータルサイト話参照記事
 サイト「真・無双検索」の開設日っていつ?
 「三国志連環」サイト、プチリニューアル(2009年7月29日)

 あと今回の料理の話。学食にしては美味しいと清岡は口走っていた(※結局、刺身が食べられなかったのを心残り)。
 ぐっこさんから『出身地でわかる三国志の法則』という書籍の話が出ていた(※右の商品リンク参照)。そこから「ここ数年、初心者に勧める書籍を迷うんですよ」と清岡。書籍に拘らなければ、そういった初心者向けのネットのコンテンツがあれば良く、そこらへんサイト「世界地図で見る世界史」にヒントがあるんじゃないかと清岡は言っていた。

※参照記事 リンク:世界地図で見る世界史

 三国志ニュースの話から、今回の清岡の報告の話へ移り「三国志ワーズネット」の話。

※参照記事
 「三国志ニュース」デザイン大幅変更(2009年7月20日)
 メモ:ポータルサイト「三国志ワーズ」構想

 その場に、竹内先生がこられていたので、龍谷大学話。作家の陳舜臣先生の弟さんが教壇に立たれていたそうな。
 竹内先生から「英雄の外貌と道教神―尉遅敬徳と秦叔宝―」(『未名』27号(200903), pp.45-69)

・中国・本の情報館~中国書籍の東方書店
http://www.toho-shoten.co.jp/
・国内書 未名 第27号【中国・本の情報館】東方書店
http://www.toho-shoten.co.jp/toho-web/search/detail?id=9900008308&bookType=jp


 愛知大学の矢田先生が来られ、清岡の報告での質疑応答の続きの話になっていた。その話の輪にはさらには田村さんや学生さんが加わっていた。『戦国BASARA』における有名声優の影響力話やゲームとして『戦国BASARA』は面白いなどから(※アニメの話も出ていた)、東洋史や中国文学の「入口」話に移っていた。

※参照記事
 三国志学会 第四回大会ノート1
 三国志学会 第四回大会ノート2

 あと学生さん曰く、『戦国BASARA』で日本史に入りやすいのは、「日本」という馴染みのあるフィールドの影響も無視できない、と。

 会場が閉まる20時になったため、その場に残った者は全員、それぞれ帰路に着く。

 歩きつつ、ぐっこさんから「学園三国志」の背景画像の話が出ていた(詳しくは下記リンク先……と、この記事の上の方で出したのと同じだけど)。

・ぐっこ どっと ねっと-~三国迷ぐっこのHP~
http://gukko.net/
・三国志学会行ってきた(゚∀゚)!  (※上記ブログ記事)
http://gukko.net/diary/diary-column/1643.html

 龍谷大学の敷地内で、いろんな方々に別れの挨拶しつつ、この後、どうしようと思っていると、福原先生のご提案で二次会に参加することとなる。徒歩で京都駅方面の会場に向かう。
 20:15。福原先生が「晃庵」(駅前店)という店に入られる。

・晃庵の食<麺旬菜魚>
http://mgfoods.co.jp/kouan/

 池田さんはこの後の高速バスの都合上、酒の臭いをさせてはいけないとのことで、店の前でお別れとなる。
 その店は混んでいるようだったけど、もうすぐすると二階の8名の席が空くとのことで、しばし一階入口付近で待つことに。そこにはガラス張りの冷蔵庫(多分)があって、一升瓶が並んでいた。その場では、かたせんさんと徳島大学の葭森先生とのちょっとした共通点とか、「お好み焼き 慈恩弘国」の話とか、ぐっこさんからのガンダムBAR「アクシズ」の話とか。

※参照リンク 
・お好み焼き 慈恩弘国(ジオンこうこく) (※個人の日記)
http://cte.main.jp/sunshi/2009/0210.html#14

・というわけで日曜お祭いってきたよー(゚∀゚)  (※上記「ぐっこ どっと ねっと」のブログ記事)
http://gukko.net/diary/diary-column/1586.html

 それで五分程度、待つと二階へ案内される。フロアのど真ん中にある東西に長いテーブルで、北側に四席、南側に四席あるお座敷。ちょうど通路と通路に挟まれていて、どの席へも座りやすくなっている(※今、前述の店のサイトで確認すると、店舗案内の「駅前店」の写真に使われている席だね)。初めは下記のような席順となる。

         <北側>

 学生さん かたせんさん R・Fさん ぐっこさん

  テ ー ブ ル   テ ー ブ ル

 福原先生 村田先生 石井先生 清岡


 というわけでドリンクや料理を注文。この店はお酒に特長があるようで、メニューにはいろんな日本酒が載っていた。そのため、生ビール以外にも、福原先生お勧めの「磯自慢」、「麗泉」、「英勳」が注文されていた。飲み物が揃って乾杯。
 初めのうちの話の輪は大方、西:東で2:6ないし3:5で分かれていたような気がする。

 以下、覚えている分を箇条書きに(※酒の席での話で、しかも清岡の脳を通しているので全く転用できない)。
・清岡の報告であった『鋼鉄三国志』の説明
・親子のコミュニケーションツールとしての『ドラゴンクエスト』
・村田先生のご報告にあった劉備の左将軍の話(ぐっこさんの問い掛けに石井先生が答える構図)。どういう経由で任命されたか。許昌に居たとき曹操経由。
 (※そう言えば、この時、素人の清岡は「漢代を見ていると…」とか、「おまえ誰やねん」と突っ込まれそうなことを口走っていたような・汗)
 →ぐっこさんが纏めて曰く、基本、劉備は辞めさせられても左将軍と言い続けて、本家は本家で本物だと主張しているという話
・その話の流れで、印綬の印はともかく綬は身分標識として常に携帯し見えるところに身に着けているので、再発行され本来、一つしかないものが二つあったのでは。
・村田先生が引き合いに出していた話に、劉邦はまず寝込みを襲って韓信の印符を奪ってから、韓信の官職号の名で以て、軍を奪っている、というのがあった。それぐらい重要だった、と。
(『史記』卷九十二淮陰侯列傳:「張耳・韓信未起、即其臥内上奪其印符、以麾召諸將、易置之。信・耳起、乃知漢王來、大驚。漢王奪兩人軍、即令張耳備守趙地。」)
・ゲームにおける官職の話。しばしR・Fさんから『三国志大戦』の説明。それから三国志ファンのオフ会に行くと半分ぐらい『三国志大戦』の話になるという。
・シミュレーションゲーム『三國志』の歴代能力値の話。ぐっこさん曰く、例えば魯粛で史書上、変に「剣を習った」とか記載(『三国志』巻五十四呉書魯粛伝注引『呉書』:「乃學撃劍騎射」)があれば武力が80ぐらいになってしまうが、バランスが崩れるので、低くして別の能力値で調整。徐庶もその類で(『三国志』巻三十五蜀書諸葛亮伝注引『魏略』:「少好任侠撃劍」)、中途半端に武力が高い。
・「作家の陳舜臣先生の『秘本三国志』(小説)を論拠として、一般人が東洋史の研究者に質問する構図」を面白がって、脇で揶揄をぐっこさんへ零す清岡。(※清岡注。小説を差別しているわけではなく、そもそも現代の小説の目的からいって学問的に正しい必要性はないため。それでもイヤな顔一つせず真摯に答える石井先生は寛容な方だと思った)
・史書上、官職は省略される場合もある。
・西曹、東曹(『続漢書』百官志一:「西曹主府史署用。東曹主二千石長吏遷除及軍吏。」)
・後漢朝と魏公国で被る時期、どちらの官職かは特に分かれていたのか、というぐっこさんから質問。 → 状況で判断(権力のある側? 夏侯惇の場合、例外だったから記録に残った) → ぐっこさんが纏めて曰く、後漢朝の官位をもっていく人物は仲間が減っていく状況。
・あと気を付けないといけないことは、史書で伝に立てられるような人物の経歴が載る場合、スタンダードじゃないかもしれない。
・孝廉→郎の流れについての質問 → 福井重雅先生の研究を当たる
・要出典。清岡から「馬氏の五常」に関わる架空史書の話。清岡曰く「『漢文だったら信憑性が出たでしょうね。』」
 ※参照記事 wiki/ノート:三国志
・その流れで、清岡から「党錮の「名士」再考」の話を振る。 → 言いたいことはよくわかるが、ちょっと些末な議論のような気がする。文字資料だけでなく名家の間だったら口伝で残っている情報もあるだろう。例えば、(史書間で)少しずつ違っているのは(口で)伝えている間に記憶違いで変わったということもあり得る。
 ※参照記事 メモ:「党錮の「名士」再考」
 (※清岡注。貴重な意見が聴けて結果的にはよかったが、他の人を置いてけぼりにしたという意味ではやぶ蛇だった)
・孫臏兵法のこと。
・清岡とノートPCから、清岡から三サポ板にある関羽はどこに駐屯していたかという質問を今日の発表を踏まえ村田先生に振る → 答えて曰く「江北」
 ・へるぷ (※「三国志ファンのためのサポート掲示板」内記事)
 http://cte.main.jp/c-board.cgi?cmd=ntr;tree=3292
・ぐっこさんから、関羽と楽進との戦いも江北?
(※この頃、ふと気付くと、石井先生を素人四人が囲むような状況で、素人質問に先生が丁寧に答えており、場に変な熱気があった)
・大三国志展話。
 ※参照記事 大三国志展(物語でたどる三国志)
・中国の墓発見ニュースの流れから曹操張飛親戚騒動話。すぐに清岡がマスコミの間違いが原因と説明。 → みんな親戚。
 ※参照記事 もっとも不思議な世界史ミステリー画像(2009年1月9日)
・清岡から石井先生のご講演「三国志の時代の日本と中国」の話を振る(「赤壁」の「壁」は自然聚落名云々) → 麻屯や流民の話など。○○壁、○○塢。
 ※参照記事 三国志学会 公開講演会(2009年9月6日)
・『三国志』だけを見るのではなく南北朝とかも合わせて見ると補えるのがある。 
・R・Fさんから。当時の日常生活が判りにくい。
  → 清岡から。簡牘関連の研究を見て下さい(恐らく下記の参照記事の書籍が念頭にあったのかと) あと出土史料。
 ※参照記事 『漢代の地方官吏と地域社会』(汲古叢書75 2008年)
  → 石井先生からは『四民月令』『荊楚歳時記』。
  → ぐっこさんからは應劭『風俗通』。
  → さらに清岡から、ビジュアル的には畫像磚石。書籍では林 巳奈夫/編『漢代の文物』、渡部武/著『画像が語る中国の古代』
 ※参照記事 1976年 林 巳奈夫/編「漢代の文物」
  → さらに清岡から「京都大学人文科学研究所所蔵 石刻拓本資料」
 ※参照記事 石刻拓本資料(京都大学人文科学研究所所蔵)

・その流れで当時のお酒の話。 → 『三国志』巻六十五呉書韋曜伝:「或密賜茶荈以當酒」、『三国志』巻三十八蜀書簡雍伝:「彼有其具、與欲釀者同」
・石井先生曰く、漢文上、「米」は現代日本で言うコメではなく、脱穀した何らかの穀物。「粟」は脱穀しない何らかの穀物。一同、「へぇ~」。コメは「稲」。 → R・Fさん曰く、では『史記』巻六十一伯夷列伝:「義不食周粟」の「周粟」の意味は周の穀物の意味?
・司隷校尉は何?って話 → 清岡から九州大学の植松さんの研究を紹介。
 ※参照記事 メモ:「後漢時代における刺史の「行政官化」再考」
・ぐっこさんからの質問「司州さま」 → 東晋以降
・R・Fさんから。「領」とか「行」とか「守」とかの給料体系、加官の意味
・ぐっこさんから。(三国魏で)州刺史や将軍が同じ任地に被ったとき、どっちが偉いか → 都督を兼ねていれば(州刺史に命令する権利がある)
(※清岡に確認されるが、思わず「ご専門じゃないですか」とツッコミで返してしまう)
 → 史書では、将軍号を兼ねていることなど、省略されることがかなりある。石井先生曰く「我々としてはちゃんと書いて欲しかったなぁ。適当な省略はして欲しくない」
 → 官僚は何らかの軍号を兼ねているかもしれない(将軍号がランキングを示している)
・陳寿の話。
・司馬師の「師」を避諱して「軍師」は「軍司」。 → 司馬昭や張昭と韋曜
 → 清岡から、満田先生のブログ記事の話を紹介(※当時は記憶が曖昧だったのでかなり短絡して紹介していたかと思う)
 ※参照リンク
 ・三国志―正史と小説の狭間~満田剛のブログ
http://mitsuda.blogtribe.org/
 ・紹介:張子侠〔著〕「《呉書》作者考辨」 (※上記ブログ記事)
http://mitsuda.blogtribe.org/entry-d45def4edb1a0153e82d097c759be309.html

 → R・Fさんが、(酒の場なら良いが)学校の先生は専門では迂闊なことが言えないので大変だ、というようなことをおっしゃったときに、清岡はそれと対照的な例として(公共の電波での)『BS熱中夜話』のことを俎上に載せる。清岡にとって収録からほぼ一年後に賛同が得られて満足。
 ※参照リンク
 ・第1夜 劉備 -蜀-編   (※「三国志ファンのためのサポート掲示板」内)
http://cte.main.jp/c-board.cgi?cmd=one&no=3252
 ・計画(「三国志ファンのためのサポート掲示板」、通称、サポ板内ツリー)
http://cte.main.jp/c-board.cgi?cmd=ntr;tree=3079
・R・Fさんによるmixiのオフ会での話題の種類。
・「三国志ファンのためのサポート掲示板」での話題を書籍化あるいは同人誌化できないかって話 → 清岡曰く「著作権的にどうなんでしょうね……あ、答えている人が数人だからそれに許可をとれば…」

 てな感じで話していると、22時半ごろに、ここで福原先生が来られ、ちょうど石井先生と席替えする形になる。清岡は「講師の先生が替わられた」と茶々を入れていたが、そこからは話題も喉元もお酒一色になる。「麗泉」、「英勳」、「磯自慢」。そういえば、かたせんさんのぐい飲みに比べ、ぐっこさんのは明らかに大きく飲み量が違いすぎるって話。数分間で話がループする程、福原先生は飲んでいたご様子。何度も乾杯したような…

 この後、素人四人でSNSと三国志学会の話をしていたんだけど、22:40、終電が近付いたということで、ぐっこさんと清岡は皆にお礼を言って退席する。

 京都駅までの道中、飲み会を振り返っていた。ぐっこさん曰く「(専門の先生がいらっしゃると)答えの用意できる議論というのも有り難い。同じレベルのファン同士が集まると、どうしても推測の言い合いになって答えが出ない」。なるほど。

※次記事1 第9回魏晋南北朝史研究会大会ノート(2009年9月12日)

※次記事2 ノート:三国志学会 第五回大会(2010年9月11日)

※追記 ノート2:三国志学会 第五回大会

※追記 京都で哲舟さんを囲む会(2013年2月5日)

※追記 三国志ファン、コア層こわそう、再燃

※新規関連記事 メモ:コミックマーケット92 3日目(2017年8月13日)

※新規関連記事 はじめての即位 別冊(封禅)(2018年12月29日)

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