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掲示板 件名 最新投稿

日本海新聞に中華コスプレ日本大会の記事2007その2


  • 2007年11月23日(金) 11:14 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    2,530
新聞

 ※関連記事
・第3回・中華コスプレ日本大会(鳥取・燕趙園、2007年11月23日(金・祝)24日(土))
http://cte.main.jp/newsch/article.php/655
・日本海新聞に中華コスプレ日本大会の記事2007
http://cte.main.jp/newsch/article.php/589
・2007年5月13日第2回・中華コスプレ日本大会(鳥取・燕趙園)
http://cte.main.jp/newsch/article.php/500
・2006年9月24日 中華コスプレ日本大会(in鳥取・燕趙園)
http://cte.main.jp/newsch/article.php/371

上記の関連記事にあるように2007年11月23日(金・祝)24日(土)は第3回・中華コスプレ日本大会(※三国志関連のコスプレも含まれる)ということで、今回も真っ先に日本海新聞でその模様が伝えられると思い、日本海新聞のURLを確認していた。

・日本海新聞
http://www.nnn.co.jp/

そしたら大会が始まる前にローカルニュースのところに関連記事が出ていた。
23日付けのところに「中華コスプレ隊が町長表敬 きょうから日本大会」という記事。第1回中華コスプレ日本大会の優勝チーム「裏天竺」チーム(フジテレビのドラマ『西遊記』のコスプレ)がタイトル通り町長を表敬したとかで。つまり中華コスプレプロジェクトのPRってことかな。記事によると、50チーム、約100人の申し込みがあったとのこと。本当だとすると日本海新聞の記事(2006年8月17日)に書かれていた当初の参加人数の見込みには達したということだね。そういや今回、『彩雲国物語』コスとかあるんかね。

また記事が増えていたら追記する。

<11/24追記>
24日付けのローカルニュースに「中国的英雄燕趙園集結 手作りコスプレ大会」という記事。
59チーム、約150人が参加し、うちコンテストに出たのが7チームとか。北海道から宮崎県までの人が集まったとかで。記事によると「三国志に出てくる劉備や曹操などの英雄たちのほか、三蔵法師の一行、中国を題材にした映画のキャラクターなどが登場。」とのこと。写真に出ているのは『彩雲国物語』コスっぽいねやっぱり(笑)

mixiのコミュニティを参考にすると、三國無双シリーズや三国志大戦は予想の範囲内だけど、『彩雲国物語』と同じく三国志関連ではないが『創竜伝』『らんま1/2』『神雕侠』は予想外だね。
あと三国志関連でもストレートに『天地を喰らう』コスって表記じゃなくて、『三国志大戦2』のLE本宮趙雲のコスって表記がすごく時代を感じさせる。

※追記
日本海新聞に中華コスプレ日本大会の記事2008

※追記 日本海新聞に中華コスプレアジア大会の記事2009

※追記 議事録:三国創作における視覚的研究材についての情報交換会(仮題)(2012年7月5日)

 

李仁港(ダニエル・リー)監督『三国志』報道まとめ


  • 2007年11月22日(木) 18:50 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    5,175
映画


※2009年5月22日追記 三国志(2009年7月24日DVD&Blu-rayリリース)

※追記 ダニエル・リー三国志(2010年2月7日3月15日WOWOW放送)

※追記 「三国志」前篇 DVD-BOX(2010年12月10日)

※追記 三国志(ザ・シネマ2011年1月1日)

※追記 三国志(2011年2月26日土曜日21時)

※追記 三国志英傑伝 関羽(2012年1月14日)

※追記 曹操暗殺~三国志外伝~(2014年3月22日)

<2009年1月21日追記>
こちらでの更新を忘れていたけど、2009年2月14日公開だって。

<2008年12月5日追記>

・映画「三国志」オフィシャルサイト
http://www.sangokushi-movie.jp/
 

  >カレンダ

「2009年2月 シャンテシネほか全国ロードショー」だって
「映画「三国志」オフィシャルサイト。アンディ・ラウ マギーQ サモ・ハン ヴァネス・ウー アンディ・オン プレシディオ」

・株式会社プレシディオ|Presidio Corporation
http://www.presidio.co.jp/

上記サイトの説明が「株式会社プレシディオ. 三国志. 不滅の歴史最高傑作「三国志」、完全映画化! 乱世に生きた伝説の男が、現代のスクリーンに甦る。 監督:ダニエル・リー出演:アンディ・ ラウ、マギーQ、サモ・ハン、ヴァネス・ウー. 2009年2月 シャンテシネ他全国ロード」ってなっているんですが(汗) また「三国志」、完全映画化ですか(滝汗)
 

居酒屋「三國志」(高知県)


  • 2007年11月21日(水) 15:24 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    4,171
場所

 新潟に居酒屋「三国志」があることを、下記の記事のようにラジオ番組のポッドキャストで知っていたんだけど、

※参照記事
・2007年3月16日エレ片のコント太郎(TBSラジオ)
http://cte.main.jp/newsch/article.php/543
・赤兎馬Presents「三国志の宴2」第3部
http://cte.main.jp/newsch/article.php/614

※追記 岡崎市「中国料理・三国志」

※追記 『エレ片のコント太郎』ポッドキャストで三国志ネタ

実は高知県にも「三國志」と名付けられた居酒屋があるとのこと。こちらはテレビ番組の『21世紀エジソン』で知った。

<参照記事>『21世紀エジソン』で三国志ネタ(2007年11月13日放送)
http://cte.main.jp/newsch/article.php/741

 それで「高知県高知市追手筋 三国志」というキーワードで検索するとあれこれ出てくる。そのうちの一つを下記にリンク張っておく。

・高知タウン
http://www.kochi-town.com/
・高知タウン 三國志
http://www.kochi-town.com/mypage/kc023486/

 三国志ネタのメニューは「孔明焼」ぐらいしか見れないものの、店内の様子に三国志ネタが散りばめられている。まず座布団が赤地に白抜き文字で「三國志」と書かれているし、店内は『三国演義 連環画』のような絵が壁や屏風に描かれている。
 あと上記サイトによると「午後5時~7時までなら生ビール210円!三国志クイズに正解するとさらに」とか「三国志のビデオも放映中です。」とか。

※追記 関羽 居酒屋(高知県)

※追記 中華料理 三国志(大阪市西区西本町)

※追記 三国志酒場銅雀台(2011年6月4日-2012年2月11日)
 

星彩と言えば。


  • 2007年11月20日(火) 20:21 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    3,272
ゲーム 今日、コーエーが今期から五年間を「挑戦と変革」の期間とし、事業の核となる「無双」シリーズに続く新しい柱の創造、オンライン・モバイル事業、メディア・ライツ事業の拡大、海外展開の強化などを推し進めることを発表したんだけど、一般ユーザーにとっては『真・三國無双5』でキャラクター数、各モーションの総数、ステージ数が4作目に比べ減ったことの方が気になるんじゃないかと思いつつ、かと言って消えたキャラクター「星彩」への追悼では決して無く、以下、思い立ったプチネタ。

・メモ:『真・三國無双5』で消えたキャラクター
http://cte.main.jp/newsch/article.php/735

まず「星彩」を知らない人に向けた説明。
星彩とはコーエーから発売されているPlayStation 2用のタクティカルアクションゲーム『真・三國無双4』のオリジナルキャラクターで真・三國無双シリーズと戦国無双シリーズのキャラクター総出演の『無双OROCHI』というゲームにも出ていた。

・2007年2月2日「無双OROCHI 」公式サイトオープン
http://cte.main.jp/newsch/article.php/495

張飛の娘という設定で、そのため、劉禅の妻の敬哀皇后かその妹の張皇后(同じく劉禅の妻)がモデルと言われている。以下のように『三国志』に記載されている。

・『三國志』蜀書二主妃子伝
後主敬哀皇后、車騎將軍張飛長女也。

後主(劉禅のこと、蜀漢の二代目皇帝)の敬哀皇后は車騎将軍・張飛の長女だ。

後主張皇后、前后敬哀之妹也。

後主の張皇后は前の皇后・敬哀の妹だ。

こういった感じで史書にモデルと思わしき人が見れるんだけど肝心の「星彩」という名前はオリジナルなんだろうね。
強いて言うなら劉禅の幼名の阿斗が『三国演義』だと星座の「北斗」がその由来となっているので、そこから連想し『真・三國無双4』では「星彩」にしたのかね。

・『三国志』蜀書劉封伝
自立阿斗為太子已來、有識之人相為寒心。

阿斗を立て太子にして以来、有識の人の相が憂慮するものとなった。

・『三国演義』第三十四回:蔡夫人隔屏聽密語,劉皇叔躍馬過檀溪
甘夫人嘗夜夢仰呑北斗、故乳名阿斗。

甘夫人はかつて夜の夢で北斗を仰ぎ飲み、そのため乳名は阿斗だ。


「星彩」の名前の由来がはっきりしないことから以前も小ネタとして「星彩」という名のエアコンがあることを紹介した。

・エアコン星彩登場
http://cte.main.jp/newsch/article.php/378

<12/3追記>
『真・三國無双5』の無双モードでネタバレになるんで誰の伝とは言わないがムービーのセリフ中で「張飛の娘」と出ていた。
<追記>

その続編でもないんだけど、他に「星彩」と名付けられた商品はないかと、サイト「特許電子図書館」の「商標出願・登録情報」で「星彩」と検索してみる。

・特許電子図書館
http://www.ipdl.inpit.go.jp/

そうすると二件、商標登録がひっかかり、一つは「菓子及びパン」の名前(株式会社 雪華堂)、もう一つは「時計,身飾品(「カフスボタン」を除く。),カフスボタン,宝玉及びその模造品」の名前(セイコー株式会社但し「ほしいろ」と読む・笑)、今も実在するのかね?
どちらにせよ、素人目に見て「ララァ・スン専用モビルアーマー」のような事態にはならないような気がする。

三国伝年表公開(2007年11月9日)


  • 2007年11月19日(月) 18:36 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    3,087
ネット  株式会社バンダイがBB戦士20周年ということで『三国演義』をモチーフとした玩具(プラモデル、フィギュア)『BB戦士 三国伝 風雲豪傑編』(商願2007-16703)を2007年6月15日から売り出し、それに伴い『コミックボンボン』(講談社、月刊)、続いて『ケロケロA(エース)』(角川書店、隔月刊)で『SDガンダム三国伝』というタイトルでマンガを連載し、さらにはWebサイトで地図やキャラクター紹介などのコンテンツで見せ、メディアミックスで商品展開している。

※参照記事
・三国伝キャラクター人気投票2008(2008年1月25日-3月25日)
http://cte.main.jp/newsch/article.php/808
・『BB戦士三国伝~英雄激突編~』(漫画)連載開始
http://cte.main.jp/newsch/article.php/728
・三国伝用語辞典(SDガンダムを暖かく見守りつつ応援する会)
http://cte.main.jp/newsch/article.php/764

 『三国演義』をモチーフにしているとはいえ、やはり『三国伝』独自の展開をしており、公式サイト(下記)の2007年11月9日更新分の年表公開により、『三国演義』引いては『三国志』との違いがより明確になった。

・BB戦士三国伝 ~風雲豪傑編~
http://sangokuden.net

--引用開始---------------------------------------------------------
2007年11月9日
三璃紗の歴史がが一目でわかる年表公開!!
--引用終了---------------------------------------------------------
※「三璃紗」は「ミリシャ」と読む

 まず年数からして違う。元号を用いているのではなく、何やら三桁の数字なんだけど、西暦とも違う。しかし、黄巾の乱が起こったのが『三国志』(『三国演義』でも)では184年なのに対し、『三国伝』では384年であるため、大体、

  <『三国伝』> = <『三国志』> + 200年

というのが目安なんだろうね。それでもピタリと当てはまるわけではなく『三国演義』にも『三国志』にも歴史からも微妙にズラしているあたりが面白い。
 また、
--引用開始---------------------------------------------------------
(桃園結義、もしくは桃園の誓いとして有名な場面。
 ただし、三国伝内の創作とする説が有力である。
 正史における劉備の出自は現在も不明だが、
 筵を売って三璃紗を旅していたという説もある)
--引用終了---------------------------------------------------------
といった三国志ジャンルに見られる歴史(『三国志』など)と後世の創作(『三国演義』など)の多重構造をも取り込もうというあたりがとても面白い。

 『三国伝』と既存の三国志関連(主に歴史関連)と下記で適当に(多分、途中で飽きるので・汗)ピックアップして比較してみよう。
 ※それぞれ三国伝年表と既存の三国志関連の記載を順に挙げコメントをつける。三国伝年表は「引用開始」と「引用終了」で挟んだ部分。史書の記載は引用元、引用内容、清岡による訳の順に書く。

--引用開始---------------------------------------------------------
375年 宮廷軍師であった盧植が謎の引退。
--引用終了---------------------------------------------------------

・『後漢書』盧植伝
熹平四年、九江蠻反、四府選植才兼文武、拜九江太守、蠻寇賓服。

熹平四年(西暦175年)、九江蛮が反乱し、四府は文武を兼ねた才があるとし盧植を選び、九江太守にし、蛮寇は降服する。

※宮廷から遠ざかっていることには変わりないが意味合いが違う。


--引用開始---------------------------------------------------------
384年 張3兄弟(張角、張宝、張梁)による黄巾の乱が勃発。
    内乱を平定した功績により、董卓が政治の実権を握る。
--引用終了---------------------------------------------------------

・『後漢書』董卓伝
中平元年、拜東中郎將、持節、代盧植撃張角於下曲陽、軍敗抵罪。

中平元年(西暦184年)、(董卓は)東中郎将になり、節を持ち、盧植に代わり下曲陽において張角を攻撃し、軍が敗れ罪にあたった。

※歴史では内乱平定し政治の実権を握るどころか張角に敗れ罪になっている(汗)

--引用開始---------------------------------------------------------
    呂布が董卓軍の大将軍に任ぜられる。
--引用終了---------------------------------------------------------

・『後漢書』孝靈帝紀
三月戊申、以河南尹何進為大將軍、將兵屯都亭。

(西暦184年)三月戊申(三日)、河南尹の何進を大将軍にし、兵を率い都亭に駐屯させた。

※歴史では黄巾の乱が平定される前からずっと何進が大将軍。


--引用開始---------------------------------------------------------
385年 董卓による暴虐政治の始まり。
--引用終了---------------------------------------------------------

・『後漢書』董卓伝
明年春、將數萬騎入寇三輔、侵逼園陵、托誅宦官為名。詔以卓為中郎將、副左車騎將軍皇甫嵩征之。

翌年(西暦185年)の春、(北宮伯玉らが)数万騎を率い三輔に侵寇し、園陵に迫り、宦官を誅することを進め、名を為した。詔により董卓を中郎将にし、車騎将軍の皇甫嵩を付き添わせ、これを征させた。

※歴史では暴虐政治するどころか西方の反乱討伐に向かっている。


--引用開始---------------------------------------------------------
388年 盧植が董卓軍に反逆した罪で、馬元義に処刑される。
--引用終了---------------------------------------------------------

・『後漢書』盧植伝
初平三年卒。

初平三年(192年)、(盧植)は卒去した。

・『後漢紀』孝靈皇帝紀
五月乙卯、黄巾馬元義等於京都謀反、皆伏誅。

(西暦184年)五月乙卯(11日)黄巾の馬元義らは京都において、反を謀り、皆、伏誅した。

※歴史では盧植は処刑されわけではなく、自然死し、逆に馬元義は184年に捕まり処刑されている。


▼388年のところ
--引用開始---------------------------------------------------------
    自分と志を同じくする豪傑を求め、劉備が旅立つ。
--引用終了---------------------------------------------------------

・『三国演義』第一回:宴桃園豪傑三結義、斬黄巾英雄首立功
及劉焉發榜招軍時、玄徳年己二十八歳矣。

(西暦184年)その上、劉焉は立て札を発し、軍を招いたとき、玄徳の年は二十八歳だった。

※今まで史書だったのに急に白話小説になって申し訳ないが、ここらへんは『三国演義』の年と劉備の年齢のズレがそのまま導入されたようで興味深い。『三国演義』(通行の毛宗崗本でもそれより遡る葉逢春本でも)では、死亡年とそのときの年齢から逆算すると劉備が28歳なのは188年なのに、なぜか184年になっている。


--引用開始---------------------------------------------------------
389年 董卓と呂布により霊帝が暗殺される。
--引用終了---------------------------------------------------------

・『後漢書』孝靈帝紀
丙辰、帝崩于南宮嘉德殿、年三十四。

(西暦189年4月)丙辰(十一日)、帝は南宮嘉德殿で崩御し、年三十四だった。

※歴史では暗殺されたわけではない。ここらへん『三国伝』では悪役を明確にしているのが興味深い。


▼389年のところ
--引用開始---------------------------------------------------------
    董卓軍の武将となっていた張3兄弟が劉備たちに敗れる
--引用終了---------------------------------------------------------

・『後漢書』孝靈帝紀
冬十月、皇甫嵩與黄巾賊戰於廣宗、獲張角弟梁。角先死、乃戮其屍。以皇甫嵩為左車騎將軍。
十一月、皇甫嵩又破黄巾于下曲陽、斬張角弟寶。

(西暦184年)冬十月、皇甫嵩と黄巾賊は広宗において戦い、張角の弟、張梁を捕獲した。張角が先に死んでおり、そのためその屍を晒した。皇甫嵩を左車騎将軍にした。
十一月、皇甫嵩はまた下曲陽において黄巾を破り、張角の弟の張宝を斬った。

※歴史ではすでに184年に三人とも皇甫嵩に敗れている


…とそろそろ書くのに飽きたので切り上げるんだけど、あとちょっとだけコメントを。

・『三国伝』では祖茂ともども孫堅も董卓軍に殺される。
・三国伝の年表では「洛陽」ではなく、実際、後漢の火徳の関係上、後漢時代に称された「[各隹]陽」になっているところ。

▼公式サイトの華雄ザンネックのところから引用。
--引用開始---------------------------------------------------------
2007/11/9
首斬り華雄の勇姿を見よ!!
曹操め、よくもこの華雄様をたった一撃で…!
華雄といえば関羽か孫堅だろうが!
場の空気を読め!!
--引用終了---------------------------------------------------------

 ここらへん既存の三国志ファンをニヤリとさせるコメントが面白いね(しかも「場の空気を読め」なんて流行り言葉も・笑)
というわけで三国志関連において華雄を斬った人物表は下記のようになる(笑)

『三国志』孫堅、『三国演義』関羽、『蒼天航路』夏侯惇、『三国伝』曹操

<追記>
 定期的に「壁画」という検索ワードがあって不思議に思っていて(画像石でもないし)、最近では「三国伝 壁画」という検索ワードも。これで気付いたんだけど、「壁紙」(正)を「壁画」(誤)と間違っているんだね(笑)

<2008年6月8日追記>
参考として下記のブログとその記事をあげておく。

・三国志―正史と小説の狭間~満田剛のブログ
http://mitsuda.blogtribe.org/

・『SDガンダム三国伝 風雲豪傑編』
http://mitsuda.blogtribe.org/entry-7633fd7d5b029db9ab29500a99923ded.html



あと手前味噌ながら参照記事。

メモ:三国志ジャンルにおけるデータベース消費