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2005年9月3日「三国志納涼オフ会in東京」報告


  • 2005年9月 6日(火) 12:31 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    2,686
ネット  2005年7月31日に埼玉県の川越市でプチオフ会をやって、それがあまりにも楽しかったんで、じゃまた関東でやりましょうってことだった。
http://cte.main.jp/c-board.cgi?cmd=ntr&tree=1699

 それからUSHISUKEさんの元、話がトントン拍子に決まっていき、2005年9月3日の夕方より「赤坂 魯粛」という創作和食料理店でオフ会を行うことになった。題して「三国志納涼オフ会in東京」。
http://cte.main.jp/c-board.cgi?cmd=ntr&tree=1897
 三国志ファンのオフ会をするには打ってつけの店名。それにしてもなぜ「魯粛」なのか謎。

 そして迎えた2005年9月3日。オフ会をやると発表されたときは、すぐに参加者が5名まで増えたんで、この調子で増えていくかな、とおもったんだけど、残念ながらそれで頭打ち。ここらへんは次回に期待したいところ。
 以下の五名。

○主催
・USHISUKEさん
http://www.doblog.com/weblog/myblog/3040

○参加者
・清岡美津夫
http://cte.main.jp/sunshi/
・如月雪さん

・KJさん
http://sangoku.lib.net/
・隼鶻さん

 清岡にとって参加者全員は一度、お会いしたことのある人たちで特に初対面の緊張みたいなのはなかった。それは隼鶻さんも同じ。まぁそういう意味では初対面の楽しみみたいなのはないんだけど。
 今回の初対面の組み合わせはUSHISUKEさんと如月雪さん、KJさんと如月雪さん。これを横からみてそういった楽しみとしよう。


 15時52分、ホテルでくつろいでいると、USHISUKEさんからメール。どうやら何かアクシデントがあったみたいで少し遅れるとのこと。
 16時15分にホテルを出て、地下鉄で最寄りの赤坂見附駅へ移動。ネットの地図を見て、「赤坂 魯粛」は一ツ木通り沿いにあることをしっていたんで、その駅の地図を見て、場所を方向を何となく頭に入れる。そして通りの名を確認しつつ進んでいく。
 そうすると、両脇に一本の木が点々と立っている通りに出る。あぁ、なるほど「一ツ木」ね、一ツ木通りだ、と思い、その通り沿いに進むと、赤地に白い文字で「魯粛」とかかれた看板発見。近づくと、さらに大きな看板があった(右上の写真)。ここだ、と思って階段を上がると、そこは和風な入り口。まだ集合場所の店の前には誰も来てないな、と思いつつ、もう時間なのでもしかしてみんな店内? と思って、いざ店内へ。そうすると店員がやってきたんで、USHISUKEさんの名前を出して来てないかきいてみると、どうやらまだ誰も来ていないみたい。店内で待つように言われたんでしばし待つ。
 ノートPCで誰からか連絡ないか、見てみる。17時7分、隼鶻さんから駅から店までの道で迷っているという連絡が届く。とりあえず一ツ木通り沿いに店があることを折り返しのメールで伝える。17時22分、店員の指示で、お座敷に移動。ここが今回の会場か。冷たいお茶を出してくれる。17時30分ごろ。店に清岡宛に電話がかかってきた模様。誰かと思ったら、如月雪さんだった。どうも用事がおしていて遅れて来るとのこと。しかし店に連絡するとはナイス機転! あとはKJさんが連絡ないな、とおもいつつ。あまりにも偶然がかさなって私が店内で一人ぼっちなもんだから要らぬ妄想がわいてくる。もしかしてもう少ししたらKJさんが赤いヘルメットをかぶって、「どっきりカメラ」とかかれたプラカードをもって現れて、後にカメラマンをひきつれつつ、私がピコピコハンマーでKJさんの頭をたたいて、最後はみんなで「どっきりドキドキ大成功!」とか言って場が爆笑に包まれるんだろうな、と思って一人ほくそ笑んでいた(※と清岡はリアルタイムで見ていたわけじゃないんで描写は正確ではありません。そもそもヘルメットの色、あってるの?・笑)
 そんなところへ現れたのはUSHISUKEさん。あぁ、とりあえずこれで一安心、と思いつつ、近況を話した後、早速、お互い三国志のネタを見せ合う。USHISUKEさんは村山孚/著「三国志のツボがわかる本 いまさら聞けない三国志の権謀術数渦巻く舞台裏」(パンドラ新書、日本文芸社 2005年8月25日刊 ISBN4-537-25313-4 C0222)という本をみせてもらう。後できいたんだけど、電車の中で手持ちぶさたになったんで買ったとのこと。新しい本だなぁ。
http://www.nihonbungeisha.co.jp/
 清岡は青木朋さんの漫画、ミステリーボニータの「八卦の空」(正確には一回目にあたる短編の「恋火」)とコピー本(ウェブ上の漫画「司馬懿くんの事件簿」の再録本)。
http://cte.main.jp/c-board.cgi?cmd=one&no=777
http://cte.main.jp/newsch/article.php/150
青木朋さんは前回のオフ会の参加者でみなさんどんな漫画か気になったと思い。
http://cte.main.jp/sunshi/w/w050801.html
 そうやってまったりしていると、如月雪さん登場。挨拶を終え、早速、三人でおしゃべり。やっぱり初めは「赤坂 魯粛」の話から。如月さん曰く、三国志に詳しい店長がそういった店名にしたとのこと。だけど、その人は異動になったようで、今は店名だけ残ったようだ。異動先で新しいお店を作ってくれると嬉しいけど。「法正」とか。それで如月さん自身はどこからこのお店のことを聞きつけたかというと、ムック本の「別冊宝島1133 三国志 僕たちの英雄伝説」からとのこと。そこには他にも仲達(なかたつ)というお店もあったって話笑)
http://cte.main.jp/newsch/article.php/168
 そして清岡からは三国志城のイベントの第三回三顧会の話。朝一の自己紹介の段階ですでに30名を超えていたほど盛況だったって話。
http://cte.main.jp/newsch/article.php/157
 参加者の中には「コミック三国志マガジン第3号 白眉最良号」での三国志城と三顧会の紹介記事を読んで来たって言う人も居た。
http://cte.main.jp/newsch/article.php/131
 ちなみに「コミック三国志マガジン」の創刊号は「蒼天已死号」で第2号は「天下三分計号」。第4号でそういった名はなくなったって話もしていた。
 あと如月さんは今回のオフ会で三国志シンポジウムの話もききたいってことをサポ板で書いていた(なんせ如月さん以外、四人とも三国志シンポジウムの会場に居たから)。そのため、清岡は三国志シンポジウムで余分に一冊、冊子をとっていたので、それを差し上げる。如月さん大喜び。

 そこへ隼鶻さん登場。如月さんとは一年ぶり、USHISUKEさんと清岡とは一ヶ月ぶりの再会。あとはKJさんの登場を待って「三国志納涼オフ会in東京」の開催だ。
 そこで隼鶻さんからKJさんへ連絡を取ろうとする。電話番号がわからないので、とりあえずメールで。やっぱり急用がはいったのかな、と皆で心配する。
 その待ち時間、隼鶻さんが持ってきた三国志ネタを披露。一つは「古代中国の文字と至宝」展の図版。東京のサントリー美術館でやっていたやつだ。ちなみに大阪のサントリーミュージアム天保山で開催されなかったので清岡は未見。それからスーパー歌舞伎の新三国志IIIのパンフレット。そういえば去年、一緒に三国志城に行ったとき隼鶻さん、新三国志III、見に行ったって話をしてたっけ。
 あと最近、隼鶻さんがコンビニで面白い雑誌を見かけ、一気に立ち読みしてしまったって話。何でもその雑誌はそのコンビニに一冊しかおいてなくて、どのページを開けても三国志の漫画ばかりだったとのこと………ってそれって「コミック三国志マガジン」だ! どうやら隼鶻さんは4号を読んだらしい。今まできいたこともないしコンビニに一冊しかないし隼鶻さんはよほどのマイナー誌とおもったとのこと。いやはや面白い話をきかせてもらった。三国志ジャンルから離れている人もそうやってコンビニでみかけてまた三国志熱が復活してたりして。そこから「コミック三国志マガジン」の変にマニアックな説明を隼鶻さんにする(中心となっているライターがどうのこうの、とか)。

 ここでKJさんからメールの返信が隼鶻さんのもとへ来る。どうやら道に迷ったようだ。だけどメールの本文が「なんとか行け」で終わっているのが気になる。『「なんとか行け」ない』だったりして(汗)

 隼鶻さんが持ってきた三国志ネタに戻る。今度は横浜中華街の地図だ。そこから四川料理は三国志の時代にあったかな?というUSHISUKEさんの疑問に、隼鶻さんが「なかった」と答え、当時の食べ物を研究している人の話をしていた(その研究者の名前は失念)。食べ物から先週、清岡が三国志討論会(チャット)に参加したという話をした。
http://cte.main.jp/newsch/article.php/167
 話戻って、横浜中華街の話。清岡が気になっていたのは関帝廟が横浜中華街のどこにあるかってこと。神戸の関帝廟は中華街から結構、離れた位置にあったけど、横浜のは中華街の中にあった。うらやましい。だけど横浜のは神戸のと違って、関帝廟の敷地内に四阿(あずまや)みたいなスペースはないとのこと。如月さん曰くやっぱり日本で一番大きい関帝廟は横浜?ってことになって日本各地の関帝廟の話になる。立川の関帝廟。千里中央の関帝廟、そして三国志城の関帝廟。それからUSHISUKEさんからの疑問で、中国と日本との学会の関係のこと。隼鶻さんからあれこれ興味深い話が出ていた。

 と、ここで唐突にオフ会内の会話をとりあげてみる。大抵は省略しているけど、雰囲気だけでも。

隼鶻さん「(三国志ファン層や三国志の興味対象を)なんでわけるんですか?」
清岡「別に『分けてる』って意識はなくてむしろ『分かれている』?」
USHISUKEさん「今回のオフ会でもまよったんですけど、どういう(三国志の)分野の人によびかけるか、ってことを」
隼鶻さん「おそらく『三国志』って文字にとびついてくる人は大勢いるとおもいますよ」

如月さん「三国志シンポジウムの(聴きに)来ている人はすごかったの?」
清岡「いや完全に聴衆です」
USHISUKEさん「当初は(聴きにきているだけの)うちらが質問できる予定だったかもしれないけど」
如月さん「その後の、オフ会にきていた人はみんな(三国志に)くわしかったの?」
清岡「みんなそれぞれの分野ですごいっていうか…」
隼鶻さん「例えば、ネットの話とかだったら自分はきくしかないとか」
USHISUKEさん「英語、ネット、漫画、文献、本当もう(三国志ジャンルは)こんな広い文化と思って、逆にビックリした」

 それからさっきのKJさんのメールに書かれていたメッセージの憶測が飛ぶ。清岡はメールでメッセージを売っている最中、一騎打ちでやられ、そのままメッセージが送られてきたなんて話をした。そうすると三国志シンポジウムの報告で一騎打ちはなかったって話を隼鶻さんが持ち出してきて、それから関羽が顔良を討ち取ったって話をUSHISUKEさんがしていた。
 18時35分。ここでKJさんから清岡へメールが入る。実は隼鶻さんの携帯電話のバッテリーが切れていたので、先ほど清岡からKJさんへメールを出していた。KJさんからのメールには携帯の電話番号が記されていたので、USHISUKEさんにかけてもらう(清岡は携帯電話を持っていない)。どうやらKJさん道に迷っているようで、ついにタクシーまでつかったとのこと(汗)
 待っている間にまた三国志談義再開。先週、前述した三国志討論会(チャット)中にむじんさんに文献が見れるサイトを教えて貰ったって話をして、ノートPCで実際にそのサイトを閲覧していた。
・むじんさんのサイト「むじん書院」
http://mujin.parfait.ne.jp/mujins/
 それから如月さんが清岡の韓当の小説の続きを読みたいって話をふってきた。そうそうあれ、ようやく終わりました。
http://cte.main.jp/sunshi/sandai/00200.html

 KJさんがそろそろ登場しそうなので、いよいよ「三国志納涼オフ会in東京」の始まりだ。店の人に飲み物とコース料理のスタートを頼む。
 飲み物と初めの料理(刺身)がきた後ぐらいにKJさん登場。それで下のような席順になる。

入り口(北)

   如月さん KJさん 清岡

   大 き い テ ー ブ ル

   隼鶻さん    USHISUKEさん

 挨拶をしてた後にやっぱり遅れた理由をおっしゃる。なんでも集合時間を1時間、後に間違えたとのこと。清岡が17時に「三国志ファンのためのサポート掲示板」に「赤坂 魯粛」から書き込んでいるのをネットから見ていて、「1時間前から清岡さん、来ているなんてまじめな人だなぁ」と思ったとのこと(汗)。その場の人をわかせていた。
http://cte.main.jp/c-board.cgi?cmd=one&no=1975
↑その書き込み
 さらに駅から「赤坂 魯粛」に向かう道中、方向を90°間違えたようで、六本木あたりまで歩いていたとのこと。いやはや、無事たどりつけて何よりです。

 と、ここでKJさんの話。前述の三国志城の第三回三顧会に行こうと目論んでいたが、休みがその日にとれず、大きく後に休みがずれたとのこと。仕方ないんで、ある人に会いに行って……
 とその流れで、KJさんからまだ公開できない情報をきいて一同ビックリ。
 いやぁ、すばらしい楽しみができたなぁ。
 その情報を元に小一時間、いろんな話で盛り上がる。

 それから如月さんが最近、自分のブログを立ち上げたって話をしていた。

 やっぱりトラックバックセンターの三国志ピープルを頼りにいろんな三国志系ブログを如月さんは見てまわっているとのこと。
・三国志ピープル
http://tbp.jp/tbp_1243.html

如月さん「みんなすごいよ」
清岡「知識より、そういう(三国志系の)本の感想とかがこっちとしてはみたいんですよ(笑)」

 ということで、あと如月さんには「プレッシャーに感じずほどほどに更新」ということをアドバイスしておいた……それが前回7月31日のオフ会の結論(笑) あと青春18きっぷの話。

如月さん「あれって18歳まで?」
一同「違う違う」
清岡「別に(切符、買う前に)若さ測定とかしないですよ。前屈してどこまでいくかとか(笑)」

 次は三国志シンポジウムの討論会の話題。各発表者の研究するきっかけみたいなことが話されていた。東京大学三国志研究会の最初の質問のところ。
http://cte.main.jp/newsch/article.php/166
 あと清岡と隼鶻さんは討論会に20分遅れで会場に入ったんだけど、それまでに早稲田大学三国志研究会がどんな質問をしていたか、USHISUKEさんとKJさんにきいていた。どうも当時、ヒッタイトがどうのこうのってやりとりがあって、話がどんどん三国志から離れていったらしい。清岡と隼鶻さんが会場へ入ってきた頃にようやく話が三国志に戻ってきていたとのこと。

 ここで鮪トロしゃぶの鍋が登場。俄然、清岡のテンションはあがっていた。
 そこですごくメタ的な話。今回のオフ会ではあまり人が集まらなかったね、って話になっていた。
 それで三国志博物館の九州オフ会の話になっていた。そこでは7人、集まったってこと。
http://blog.livedoor.jp/amakusa3594/
 やっぱり関西(ここでは西の意)は盛り上がってて悔しいってことを隼鶻さんが言っていた。いや、清岡が関西でオフ会を主催していたのはもう3年も前なんですけど、とすかさず注釈をいれたけど(汗)。ちなみにUSHISUKEさん曰く三国志博物館では来週11日に関東オフ会があるとのこと。USHISUKEさん、参加するのかな??
 で、オフ会にどうやったら人が集まるのか、という話。ここから清岡のお話。やっぱりオフラインで実際に会うのは警戒心をいだくんじゃないかな、サイトである程度、仲良くならないと来れないですよ、なんて言っていた。サイトマスター(つまり今回の参加者の大半)だとそこらへん、何を警戒すべきかどうかはだいたいわかるんだけど、やっぱり普通の閲覧者だとそこらへんがわかりにくいから全部ひっくるめて警戒しやすい。
 ちょうど隼鶻さんが鍋奉行にいそしんでこちらの話に参加していないときに、KJさんから、ある人がオフ会に参加しなかった理由を清岡はきいていた。曰く、その人にとっては他の参加者のことはだいたい知っているが、他の参加者はその人のことを知らないので、その人にとっては参加するのを躊躇してしまう(参加してもあまり会話がはずまない、と思ってしまう)、とのこと。これをきいて清岡は目からウロコだった。そういえば今回、清岡がネット上でお誘いした人は全員、他の参加者がその人を知らないって人ばかりだったな(汗)
 そこで清岡は鍋奉行をしていて今の話が耳に入らなかった隼鶻さんに向かって曰く。

清岡「今、テストにでるところ、(KJさんが)言いましたよ(笑)」

と言ったら、隼鶻さんが何のことだか、気にしていた。まぁ鍋奉行が終わってから改めてお話します。
 それからまた他のサイトのオフ会の話。tRTKチャットのオフ会が三国志ファンのオフ会で頻繁に各地でやっていたから最大だったんじゃないかな?、と清岡が話していたら、そのうちtRTKチャットのtRTKって何の略って話になった。いや、「The Romance of the three kingdoms」の略ですよー、旦那ー。

※追記 tRTK CHAT閉鎖(2009年6月10日)

 それから話を戻して、テスト対策の話。「なぜ、オフ会に参加するのに躊躇するか」って話。この会の二回目に活かすとのこと。

KJさん「逆にいうと隼鶻さんがオフ会に参加したいって気持ちが少しわかれば何かヒントになるのかなぁって」
清岡「そのテスト対策の一つとして身近な三国志ファンと一緒にきてもらうってのがあります。ただ完全にオフ会で友だち同士だけでおしゃべりをされるとオフ会の意味がなくなってしまいますね(苦笑)」
隼鶻さん「まわりに(三国志ファン)居ないですよね」
USHISUKEさん「ぼくもそこはあると思う。ちょっと(mixiのイベント情報の)文章に書いちゃいました。『普段、三国志ファンが身近に居ないファンの方はこの機会に話してみませんか』って」
清岡「あ、今ので50点!(笑)」

USHISUKEさん「ネットに対するマイナスイメージが変にあるから、やばい集団じゃないかと思われるんですよ」
如月さん「なんか(ネットに)マイナスイメージがあるみたいで知り合いがオフ会を参加するのを旦那に止められるって話がありました」
清岡「だからそういう誤解をとくために私なんかがんばって(オフ会の)レポートを書いてる部分もありますよ」
KJさん「私なんか腹黒いのは、(オフ会で会話についていけないと心配し参加に躊躇する人に対し)サポ板に前回のオフ会は『三国志に関する世間話』でしたねっていうのを書きました」
如月さん「(三国志の話を)真剣に話されると、私、ぜったいわからないし」
清岡「まぁ、実際、前回は三国志の話をあまりしませんでしたね」

 でまた次回は人数がより多くなって欲しいって話になった。清岡は逆に主催者にとって人数が多くなってくると孤立する人が出てこないか心配になってくる、という話をした。あとグループに分かれてしまう、とか。でも10人ぐらい欲しいですねって話になって前回の7月31日のオフ会の話へ。たいがあさんの話は良かったなぁ、話を聞いて世界が広がったように感じただな、って話していた。
 ここらへんで話題が変わって、如月さんが参加した甲府のイベントの話。甲冑を来て合戦するとかで。で、実は隼鶻さんも祭で甲冑きて行列に参加してたとのこと。
 あと曹徳さんとサイト「蒼天三国志」賛美話。サポ板のルールにあわせてサポ板では「そうとく」というハンドルネームを使っている真面目な人だとか(後で実際に「蒼天三国志」にアクセスしていた)。それから去年の三国志城紀行の話。
http://cte.main.jp/sunshi/w/w040817.html
 隼鶻さんが燕趙園に感動したって話。燕趙園に入る前の遠景でいきなり感動したとのこと。
 あと如月さんが北方謙三先生の水滸伝イベントに行ったって話。そして興味深い話+裏話。如月さんが質問コーナーでみんなが恐縮してシーンとなっているところに一人、手をあげていたそうな。すごい!
mirakako.exblog.jp/d2005-09-01
mirakako.exblog.jp/d2005-09-10
 そこで清岡がその三国志版のイベントはないのかきいたところ。如月さん曰く、今、手紙とかでアピールしたいとのこと。あと如月さんの三国志ジャンルの入り方の話。如月さんは北方三国志から入ったとのこと。はじめ本屋で綺麗な赤色の背表紙を見かけて気になったとのこと。北方三国志オリジナルの登場人物をネットで探して引っかからなかったんで、おかしいな、とおもったとのこと。
そっから興味を持たれて吉川三国志やら蒼天航路やら呉三国志やらいろいろ読んだそうな。
 USHISUKEさんの場合、横山三国志から入ったんだけど、中学生の頃、横山光輝三国志を町の本屋で立ち読みしてたら40巻ぐらいでいきなり店員に脇腹にドロップキックされたとのこと。店員が叫んで曰く「立ち読みするな、バカヤロ~」と。一同大受け。
 さらに如月さんと横山光輝三国志にまつわるエピソード。昔、バイト中にあまりにも暇だったんで、横山光輝三国志、読んでいたとのこと。まだあまりにも暇だったんで、後輩をバイトのお店に電話で呼ぶ。お店の時間が終わると、後輩の知り合いが本屋に行きたがっていて、何を買うかと思ったら、横山光輝三国志をかったとのこと。そこからもりあがって意気投合したとのこと。その二人をコアに、ネットも通じずだんだんと三国志ファンがあつまっていた。その後、新橋の飲み屋で三国志グッズをもちあって集まり、四人ぐらいで興奮して盛り上がってたとのこと。会社の上司の愚痴を言っているような親父が周りにいる飲み屋の中で(笑)
 次はKJさんからの話題。というキーワードを指定すると自動的にニュースをお知らせしてくれる「Google アラート」。
http://www.google.co.jp/alerts?hl=ja
 これでKJさんはブログの元ネタを集めているそうなんだけど、英傑群像さんも同じようなことをやっている(憶測)せいか、ブログのネタがかぶるそうな。
・英傑群像
http://www.chugen.net/
 そこですかさず清岡は前述の第三回三顧会で英傑群像さんからKJさんにブログのネタの先を越されるってことをきいた旨を話した(笑)
 あと三国無双は元々、持ち込み企画?!という話やら、コーエーにソフトバンクが出資している?って話やら。ソフトバンクの孫氏とかけて、

清岡「じゃ(コーエーの三国志のゲームは)呉が強くなるんですかね?!」

と言ったら、USHISUKEさんしか反応してくれなかった(涙)
 それからアーケードゲームの三国志大戦の話。

如月さん「あの(三国志大戦の)カードってどうやって入手するの?」

 全員ですぐにツッコミ。いやゲームをして手に入れるんですけど(汗)。このあとUSHISUKEさんとKJさんが三国志大戦のあるローカルな店について盛り上がっていた。それから三国志大戦の遊び方。カードをうごかしたり。隼鶻さんが大戦のでるまえにサッカーのカードゲームがでていて、バスケを出してくれってメーカーにメールをおくったら丁重にお断りされたとのこと。がっくりしていたら出てきたのが三国志大戦だって話(笑)
 で三国無双ファンや大戦ファンがふえてきたって話で→ビジュアルがいい!→「やおい」の話に如月さんが持っていった(汗) としばらく清岡が如月さんに無双の影響による最近のカップリング傾向の話などしかけたら、USHISUKEさんと隼鶻さんはその用語がわからずてっきり「矢追(純一)系」だと思っていてUFOがどうのこうと三国志がなんの関係があるんだ、しばらく思っていたとのこと(しかし、矢追系って話の方が今や通じない)
・矢追純一公式サイト
http://www02.so-net.ne.jp/~earthian/

 で話戻って、衆道禁止のバナーの話やサイト「英雄集結」の話などをしていた。
http://kakutei.cside.com/kakutei.site/syosai/syudou.htm
http://www2.nightmare.to/~gotu/cgi-bin/webblog/blog.cgi

 それから話は「赤坂 魯粛」の話。前述の「赤坂 魯粛」にまつわる話をしたあと、与太話(誰が何いったかまちがえているかも)。

USHISUKEさん「六本木は周瑜です。『六本木 周瑜』?」(一同、笑)
KJさん「周瑜は青山っぽい」
USHISUKEさん「難波 董卓」!
如月さん「福岡も董卓っぽい」(失礼)
KJさん「梅田は関羽じゃないですかね、『梅田 関羽』!」
清岡「じゃ『心斎橋 関羽』で!」
KJさん「そう考えると『赤坂 魯粛』って語呂がいいですね」
如月さん「『丸の内 曹操』!
(一同納得)
USHISUKEさん「『多摩 馬騰』!」

ってことで、サイトを持っていない隼鶻さんには是非、毎月の地名に誰があうか投票するサイトをつくってください、ってことで(笑)
 投票つながりで蒼天三国志での俳優投票企画「ドラマ三国志」についての話題になって大いに盛り上がった。ノートPCでそのサイトでどの人物をどの俳優かっていうのをさがしてみんなで見ていた。みんな投票結果の三国志の人物を誰が演じるかをきいて一つ一つで盛り上がっていた。
・サイト「蒼天三国志」
http://www.h4.dion.ne.jp/~aruiwa/
 ここの「企画の間」→「ドラマ「三国志」結果~まとめ」

 それと各地にオフ会の支部があって各地で定期的にオフ会をやって、年一の忘年会規模の時に全国から集まってくるってアイディア。関西支部とか多摩出張所とか湘南支部(かっこいー)とか。

 21時30分ごろ。
 というわけで店の方からもう時間だということが告げられたので、一次会はお開き。五人とも二次会に行くのが当たり前というノリだったので、特に名残惜しいという雰囲気はなかった。
 最後に店のスタンプカードやら使い捨てのコースターやらもらって、その店を後にした。

・2005年9月3日「三国志納涼オフ会in東京」二次会報告に続く。
http://cte.main.jp/newsch/article.php/171

超日本人向け電子漢籍文献!「正史三国志原文検索」


  • 2005年9月 6日(火) 00:29 JST
  • 投稿者:
    KJ
  • 閲覧数
    2,192
ネット す、すごい電子工具書を発見しました!
私にはかなりのビッグニュースなんですが。

「正史三国志原文検索」

中研院の電子漢籍文献テキストをベースとしながらも、
世界書局『新校三国志注』を参考に校正をかけ、
段落・改行は、ちくま訳本に合わせてあるという、
なんとも使いやすいデータベースではありませんか。

直感的に使えます。

ちくま訳本のページで検索すると、それに相当する原文箇所が出てきます。
さらに語検索、つまりキーワードで検索できます。
GoogleやYahooのようにスペースで区切ってアンド検索できます。
ワ、ワ、ワイルドカードも使えます。*と?ですよ。すげー!
さらにさらに異体字にも対応していて、登録済みの異体字は
どちらを使ってもちゃんとヒットしてくれるーーー!

cgiを駆使したデータベースの傑作です。

ちくまのページで!立伝人物を選びながら!検索文字列で!
すばらひい。感動しました!便利なこと極まりない。

と、ここまでホメきっておきながらこの三国志ニュースで既に
紹介されていたら立場ないな・・・

そんなすばらしい「正史三国志原文検索」を公開しているサイトはこちら。
http://www112.sakura.ne.jp/~dokin/quietism/index.html
HINAさんの『QUIETISM』というサイト。

和食料理店「赤坂 魯粛」


  • 2005年9月 4日(日) 23:03 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    2,194
場所 2005年9月3日に「三国志納涼オフ会in東京」があった。
http://cte.main.jp/c-board.cgi?cmd=ntr&tree=1897
その一次会の会場が「赤坂 魯粛」という名の創作和食店だった。

名前にあるとおり、赤坂にあるお店。赤坂の一ツ木通りの東に面するビルの二階にある。
階段を上がるとそこは写真のような入口。
和食を連想させるように竹が植えられている。

魯肅(字、子敬)というと三国志呉書に立伝されている人物。
ご存知、呉の重臣だ。
それがなぜ創作和食の店の名になっているのか、一番、興味のあるところ。

今回のオフ会では個室のお座敷に通される。
そこでオフ会の参加者たちがあつまりあれこれ三国志の話をしていたんだけど、やっぱりその中の一つに「赤坂 魯粛」のことが出てくる。
実はすでに「別冊宝島1133 三国志 僕たちの英雄伝説」で取り上げられていたとのこと。
http://cte.main.jp/newsch/article.php/94
この中の企画の「ニッポン限定」三国志MAPで紹介されてたようだ。

ちなみに「赤坂 魯粛」の姉妹店の名前は列挙すると、Ruwanshon、刀削麺大陸、ルワンション、五籠とおよそ三国志と関係の名前。
では、なぜここだけ三国志と関係する店名、しかも魯粛なんて微妙にはずした名前?
改めて考えると「赤坂 魯粛」という店の名前の語呂は良いけどね。

オフ会の参加者の一人によると店長だった人が三国志が好きでそういう名前をつけたとのこと。今はよそへ異動になったらしい(もちろん情報の裏はとってない。結局、なぜあえて魯粛なのかわかんないし・笑)
異動しなければ、「青山 周瑜」とか「丸の内 曹操」とか「多摩 馬超」とか、三国志にちなんだお店が次々とできていったに違いない、と与太話に花をさかせるオフ会参加者(笑)
もしくは、異動先で「心斎橋 関羽」とか「難波 董卓」とかつくっているというかなり勝手な与太話も(笑)

ちなみに創作和食はおいしい。清岡のお気に入りは鮪トロしゃぶ。
この店はビジネス向けのお店のようで日曜は休みでオフ会をした土曜も結構、すいた様子だった。
(ふとみると契約を交わしているお客さんもいたし。)
なので、土曜祝日にはリーズナブルなお値段なサービスもあって今回はそれをつかっているようだ。

それにしても、この店に行ったあとは魯肅のように倉一つをあげる気前よさになるかも(笑)

肅家有兩[口+禾]米、各三千斛、肅乃指一[口+禾]與周瑜、瑜益知其奇也、遂相親結、定僑・札之分。

「絵に描いた餅」の元祖?


  • 2005年8月30日(火) 23:31 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
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歴史 ・絵に描いた餅
役に立たないたとえ。計画などが実現する可能性のないこと。画餅。
三省堂「大辞林 第二版」より


毎週土曜日19時から三国志討論会(チャット)が開かれていることで時間があれば参加しようと思っていた。
それでなかなか参加できないでいたけど、この間の土曜日にようやく参加した。

・サイト「三国志愛好会」の「三国志討論会」
http://san-gokushi.com/

それで毎回テーマが設定されていて、その時は「三国時代の食物と体型」……だったと思う。
それで三国時代の食物の話題になって、麦を食べていたことはわかるけど麦を何の料理にしたかって話題になっていた。
パン? ナン?って話だったんだけど、そこで出てきた単語が「餅」。
餅の材料というとてっきり餅米からつくるのかと思ったら、そうでもないみたい。
その場で「字通」で調べてみると、麦の粉をまるめ蒸してつくったのが餅だそうな。

それで実際に餅ができる過程が史書に載っていないか、後漢書や三国志を調べる。
そうするとあまり関係ないことが目に付いて気になったのが、三国志魏書の盧毓伝。
盧毓(字、子家)は盧植の息子。
で、時代背景や前後関係の説明を抜いて、いきなりその文を書く。

時舉中書郎、詔曰:「得其人與否、在盧生耳。選舉莫取有名、名如畫地作餅、不可啖也。」

<清岡の適当訳>
(盧毓が)中書郎に登用されたとき、詔(みことのり)でいわれる。「その人を採用するかどうかは、つまり盧毓の生業いかんだ。選挙(登用の選抜)は名声があるから採用するのではない。名声は地に画を描いて餅を作るようなものだから、啖(くら)うことはできない」

詔を出すのは皇帝。このときは魏の明帝。
この人が「絵に描いた餅」という言い回しを使った元祖?
この言葉の由来?

とは言っても、三国志より先行する書物をきっちり調べたわけではないので、元祖がどうかわからないのだった。
なんか、普通に故事でありそうだしね。

2005年7月31日「三国志シンポジウム」雑感3


  • 2005年8月28日(日) 20:59 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
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教育機関 ・2005年7月31日「三国志シンポジウム」雑感2からの続き
http://cte.main.jp/newsch/article.php/153


○討論会
司会 渡邉義浩(大東文化大学教授)
東京大学三国志研究会・早稲田大学三国志研究会・学習院大学三国志研究会など。

 昼休みの食堂が混んでいたせいで、我々は20分遅れで会場入りする。当たり前だけど、すでに討論会は始まっていた。
 討論会というから、てっきり各大学の三国志研究会同士が何か三国志にまつわることを討論すると思いこんでいたが、どうやら違うようだ。午前の基調報告ならびに報告に関する質問を各大学の三国志研究会が用意していて、それを順次、報告者に質問していくって形式。
※あとで人伝えで聞いたんだけど、どうもコメンテーターがあらかじめレジュメを見て質問を用意していたようで、その質問内容は発表者側にはあらかじめ報せているようなことはなかったようだ。
 我々が到着していたときは早稲田大学三国志研究会の質問がすでに行われていた。
※質問と回答が1対1という単純なものではなかった(そこらへんが討論?)のと私の聞くテンションが下がっていたので、以下、ほとんどメモ書きになっている。さらに聞き間違え・聞き逃しが多数あると思われるのでご注意を。




▽早稲田大学三国志研究会の質問
・早稲田大学三国志研究会のサイト
http://www.jggj.net/3594

◎三国志はいつ頃、日本へ伝わったか(三国演義の方とのこと)。
(金先生)はっきりとは言えないと思うが三国演義の方は、嘉靖本。朝鮮に入ったのが(嘉靖本ができてから)数十年後だからそれと時をあまり隔てずに同じくして入ったのでは。

◎(日本文学か何かの論文で)太平記と三国演義がかなり似てるという表記。同じぐらいの時期(つまり三国演義ができてからすぐ)に日本入ってきた?
(金先生)三国志平話なども伝わった可能性もある。それより前の平家物語で似ている部分があるって話。能で三国志平話と似ている部分がある。

◎史書にみられる「虎豹騎」と「虎騎」の表記の違いと蜀の虎騎監について
(石井先生)「虎賁」(九錫の一つ?)という言葉から説明。
※このとき、渡邉先生が黒板に「虎賁(こほん)」と「九錫(きゅうせき)」とルビ付きで書いていた。以降もたびたび黒板で用語を書いてくれる。

・下記ブログ「げんりゅうの欣喜雀躍」の2005年8月2日の記事を参考にすると、ここは、げんりゅうさんの質問だったようだ。
http://blog.livedoor.jp/genryu_nori/
(※8月29日追記。上のようなことを書いてトラックバック送信したら、げんりゅうさんが上記ブログ、8月29日付けの記事でさらに詳しいことを書いていただく。質問の動機や上の論文の詳しい情報等ある)

◎三国演義における他の通俗小説からの影響で面白い話は何かないか。
(中川先生)ぱっと思い浮かぶのはないが、花関索伝が三国演義(毛宗崗本?)に取り込まれた過程。あと先生が発見したもので資治通鑑の話が三国演義に取り込まれているって話(嘉靖本にはない)。南京あたりで出版された三国演義では資治通鑑の話、特に呉に関する話が取り込まれている。そもそも三国演義より早い長編の白話小説がぱっと思い浮かばないので影響も思い浮かばない。
(金先生)(逆に)三国演義のストーリーが取り込まれることはたくさんある。呂布が劉備をののしる話。花関索の名前がみえるとか。


▽学習院大学三国志研究会の質問

◎曹操の歩戦令(軍令)と魏の兵戸制(軍制)との関係について。軍制が厳しい軍令を可能にしたのか、厳しい軍令を実行化させるために軍制をつくったか。
(石井先生)兵戸制の簡単な説明から。後漢末から南北朝時代の初期ごろまで兵戸という特別な戸籍をつくった(ある一定の兵士を出すための戸籍)。曹操の兵戸制のきっかけの話とか流民や黄巾賊(青州兵)を取り込んだ話とか。

◎青州兵と軍令とのギャップ。青州兵に略奪が多いことから、それらの兵に軍令が適応されていたのか疑問
(石井先生)今の話は先生の著作「曹操」にも書いている。曹操のエピソードから説明。曹操は青州兵を特別扱いしていた?(降伏したんじゃなく協力関係?) 中世の時代区分の話(領主とか私兵とか豪族とか)。このその他の国の中世(鎌倉幕府を例に)と同じでいいのか。

※ここで司会の渡邉先生から注釈。豪族(≠領主)と中世の捉え方で石井先生と渡邉先生は少数派。基本的な京都大学系の話を紹介(豪族=領主)。それから曹操と青州兵の関係の説の紹介

◎武将の軍事能力の位置づけ。合戦の実際のところ(チャンチャンバラバラじゃない?)。
(石井先生)曹操の武将たちへの事細かな指令の話。

◎陣形のこととか、バトル(千人規模ぐらい?)のこと。バトルの実状は?
(石井先生)バトルレベルだとあまりわからない。

◎最後に俗な質問。諸葛亮について。軍事的に優れていないと言われる風潮がありますがが、私はそれに疑問を持っていますが、石井先生はどのようにお考えですか?
(石井先生)おっしゃるとおりだと思います。名将というか

◎中国には政治的な側面がある。日本では政治的な側面がないのはなぜ
(金先生)簡単にいうと、軍事的に日本はほとんど中国と関係を持っていない。日本は中国の政治システムに入ってないから(三国志は中国の政治的背景があることと関係)。

◎日本では三国演義と水滸伝がともにはいってきたが、韓国ではどうか
(金先生)日本と同じ。需要の仕方に違いはあるが。共通点は多い。


▽東京大学三国志研究会の質問
・東京大学三国志研究会のサイト
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Library/2832/
※この顛末は近日中に上記サイトの日記でアップされるとのこと

◎三国志をどういった経緯で研究しているのか
(金先生)三国志を研究しようと思ったことはない(場内わく)。大学二年のときの花関索伝発見で花関索伝に興味を持ち、花関索伝の研究から入った。戯曲の研究家。
(石井先生)三国志の専門家ではない。六朝史など。
(中川先生)小川先生の影響。授業で詩経の話なのにいつのまにか三国志の話になっていた。修士のときに花関索伝の研究会があった。そのとき、金先生のところへおしかけた(場内わく)。
(和田先生)研究家ではなく一ファンとしてしかお答えできない。サイトで日々、一つ一つ積み重ねていく過程が「三国志」だと。
(渡邉先生)科学者希望だったが高二のときに読んだ小説の三国志がきっかけ。大学のはじめ三国志を研究したい、って人は結構、多いが、みんな止めていった。当時(※今もか?)は「(研究対象に)三国志、何いってんの?」っていう風潮が普通だったとのこと。先生はそのままやってしまった。本を書くと儲かるのは(中国史の分野の中で)三国志だけ(場内、笑)。他の分野は本を書けば書くほど貧乏になる。
※司会に質問するのはルール違反だそうな。
(中林先生)子どものときから漢語読み(三国志も読んだ)。出版社と話していて、気付いたことに、三国志関係の出版は当時、関西の先生ばかりだったとのこと。それで「癪」と感じたとのこと(場内、笑)。曰く「一番、儲かるところをなぜ関西にとられないといけないんだ」(場内、爆笑)。その後、関西じゃない先生方に三国志関連の本を書いてもらったとのこと。やっと三国志関係を関東に持ってきたって話。その流れで今回のシンポジウムがあるってことだそうな(場内、笑いっぱなし。金先生から「私は関西」とツッコミがあったような…)。今後、この世界は若い渡邉先生中心に関東で進んでいく、ってことで締め。

◎三国志平話は庶民、三国志は知識層、演義はどういった層に読まれていた?
(中川先生)読者は誰か?はかなり難しいとのこと。本ですから、字を読める層。そうなると上層部?教養人? 小説は卑下されていたが机の下で実はいろんな人が読んでいた? 三国演義と教養人のエピソードを紹介(教養人が三国演義を読んでいることを知られ恥ずかしい思いをしたという)。

◎<延々と質問者の発表になっている質問> 日本における文化資源としての三国志? コミュニケーションツールとしての三国志?
(和田先生)あまり深く考えたことがない(※この質問だと質問の意図がわからないのは当たり前のような…)
(金先生)金先生のスーパー歌舞伎の話。「劉備が女で関羽と恋仲になる」っていう一作目の話。
http://cte.main.jp/sunshi/off/repo10.htm
主演の市川猿之助さんが先生の本をヒントにこの脚本を書いたとのこと。劉備が女性って考え方は中国で昔からあったとのこと(例えば三国演義で劉備だけがそれを暗示する双刀を持っている)。スーパー歌舞伎に協力している中国の雑伎団がこのストーリーに断固反対したが、タイトルに「新」をつけて「新三国志」ってタイトルにしてどうにか折り合いをつけた、とのこと。中国人にとって「三国志」というのは決まっている(三国演義は許容範囲のフィクションが入っている)。日本ではそういうのはありえる。韓国はその真ん中ぐらい。

◎鼓吹曲の話。蜀のが残ってないのは、漢から引き継いだので元々、なかったのでは?って質問。三国平話や三国演義に鼓吹曲の影響はあるのか?
(金先生)それだと蜀は同時代史的なものを作らなかったことになるが、それはそれで面白い。

◎蜀が史官を置かなかったと陳寿は書いているが、これは陳寿が私怨で悪く書いているから、実際は史官は居た?
(金先生)(史官がいたいないに関わらず)常識的に考えて、誰かが歴史(記録)を残したのは当然あったと思っている(今は記録にない)。呉はすんなり降伏したのに対し、蜀は征服された後に反乱が起こり成都が大混乱となるので史料が散逸したのでは。

※ここで、見に来ていた国士舘大学の津田先生に話がふられる。
(津田先生)諸葛亮のときに史官があったかなかったっていうのは本当にわからない。その後に置かれた可能性もある。史官はなにか?って問題にもかかわってくる。歴史編纂官? 天文官? あと、蜀は後漢の制度をそのまま引き継いでいるんで国史編纂をやっていた可能性はあると思う。
※ここで津田先生からの質問
◎漢の鼓吹曲は○○と□□(※ききとれず)の両方ともある?
(金先生)カンジョにあるだけだと思う。

※リンク追記。
・Re:蜀の史官の存在について   (※「三国志ファンのためのサポート掲示板」内ツリー)
http://cte.main.jp/c-board.cgi?cmd=one&no=3171

◎六朝期を経て兵書が消えていった理由、豪傑たちが重視されなかったこと、兵法が学問として成立しなかった理由等
(石井先生)バトルはよくわからなかったが、ストラティジーはよくわかる。曹操の兵書は実際の話よりは理論的な話になっている。バトルは職人技→中国では職人の地位は低い。理論をくみたてるのは尊重されるが実践する人は尊重されない。文官が優勢になる。
(金先生)三国時代までは文武のバランスがとれている。六朝期を経た後は圧倒的に文治社会。その理由は難しい。武という文化(武人文化)が消えてしまったわけではなく低層で受け継がれていたのではないか。近代以前の最も大きな組織は官僚組織と軍人組織。(話変わって)芸能というのは軍事と表裏一体。軍隊の中に芸人がいる話。


▽大東文化大学三国志研究会の質問
※残り1分で出番が回ってくる。

◎新三国志の話(劉備が女)と「登場人物があたかも韓国人」というレジュメの記述をふまえ、日本での三国志物語と韓国での三国志物語の中でキャラクターに大きな違いがあって面白いってものを紹介して欲しい。
(金先生)趙雲を題材にしたある小説の話。三国志とは違う話になっている。アドリブ的にかかれた箇所(兵士の会話部分とか)が韓国になっている。

○渡邉先生による討論会、閉会の挨拶。
なかなか難しい質問が多かった。

○中林先生による「三国志シンポジウム」閉会の挨拶
※ここでの冒頭で、先の文武の質疑応答の注釈が少し入る。なぜ文が強くなってきたかは儒教社会の成立が関連。
来年再来年とこういったシンポジウムを開きたいがそれは予算次第ということ(場内、笑)


 というわけで満場拍手で終了。
 振り返ってみるとかなり満足なシンポジウムだった。

・三国志シンポジウムの感想・コメント等は下記のリンク先で
http://cte.main.jp/c-board.cgi?cmd=ntr&tree=1871


 個人的なことだけどこの後、ネットの知り合いとでプチオフ会を開くのでした。
http://cte.main.jp/sunshi/w/w050801.html

 さらに2005年9月3日にオフ会をやろうという話が派生した。
http://cte.main.jp/newsch/article.php/151

<次回>2006年7月29日「三国志シンポジウム」雑感1
http://cte.main.jp/newsch/article.php/374