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2005年9月3日「三国志納涼オフ会in東京」二次会報告


  • 2005年9月 8日(木) 19:53 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    1,395
ネット ・2005年9月3日「三国志納涼オフ会in東京」報告の続き
http://cte.main.jp/newsch/article.php/170

 21時30分ごろ、一ツ木通りに出てから、二次会はどこにしようか、って話で、カラオケルームか飲み屋の二つに意見が分かれていた。カラオケルームは前回のプチオフ会でかなり良いイメージがあったから候補にあがっているんだけど。
・前回の7月31日のプチオフ会
http://cte.main.jp/sunshi/w/w050801.html

 結局、この時間帯はカラオケルームが高いだろう、ってことで飲み屋に行くことに落ち着く。近くにあった飲み屋が「笑笑」。安い飲み屋ということで満場一致で「笑笑」へ。
 道中、USHISUKEさんのネタ本から、毎月のように三国志関連の本が出ているなって話で「水煮三国志」の話になっていた……「みずに」で読み方、あってんの?

 土曜と言うことでそこの店もすいていた。

 エレベーターにのって、店に入ると店内に2時間無料のカラオケルームがあったんで、迷わず5人でそこになだれ込む。和室。


入り口(北?)


   KJさん 隼鶻さん 清岡

   大 き い テ ー ブ ル

   如月さん    USHISUKEさん


清岡「みんなそろったんで自己紹介から始めましょうか(笑)」

 なんてネタも酒が入っているんで、受けがいい。ここで隼鶻さんから如月さんへ何かを手渡す。

隼鶻さん「わすれものですよー」
如月さん「ありがとう! ありがとう!」

 何を手渡したか見てみると、それは「赤坂 魯粛」コースター。赤地に白い文字で書かれている格好いいデザイン(右上の写真)。これでみんな手元に「赤坂 魯粛」コースターを持っていることに。さっきまで使っていたやつだからまだ濡れているけど(汗)
 そこからそのコースターの話。毎回、オフ会を「赤坂 魯粛」でやれば、その都度、コースターをゲットできるんで、

KJさん「USHISUKEさんとか、ずらーーと持ってたりして(笑)」

なんてことを言っていた。それで「赤坂 魯粛」コースターを各人が持って、集合写真、とろうということになる。店員にカメラマンをお願いしたところ、快く承諾してくれる。店員が来るまで待ち時間。

KJさん「清岡さんに(オフ会の)レポートレポートってあまり言っちゃいけないんですよね」
清岡「別にいいですよー」

というわけでご希望に答えてこうやってレポート、書いてる(笑)
 それから飲み物や枝豆を注文。如月さんが惹かれた北方三国志の表紙の色は何の赤だっけってことになった。正解は「嫌みのない赤」だとのこと。その赤に惹かれて如月さんは三国志ジャンルへって話。
 それで店員がきたので皆で記念撮影。

店員「ハイ、ち~ず」

 記念撮影後は「赤坂 魯粛」の与太話の続きみたいな感じになっていた。各地にそういったお店(「心斎橋 関羽」とか)があって、コースターとかカードとか集められるようになっていたら、面白いとか。KJさん曰く、各地の駅に三国志人物スタンプをおいてスタンプラリーをするって案もでていた。
 それで地方の話になっていたら、如月さんが2007年(春)に長野県(飯田市)にNHK人形劇三国志の記念館(というか美術館)の話を持ち出す。そうそう川本喜八郎先生の人形。オープンするのが楽しみだな、って話で盛り上がる。ちなみにしばらく苗字を「川中」と間違えていた(汗)
 そこから隼鶻さんが川本喜八郎先生つながりでその食玩(玩具付き食品)をネタにいっぱいテーブルの上にだしてきた。正式名には「北陸製菓謹製コレクションライチゼリー 三国志 第弐集 海洋堂 フィギュアコレクション」ってやつ。
http://cte.main.jp/newsch/article.php/88
 今日にあわせてたくさんの食玩をコンビニで買ってきたとのこと。なんと大人買い! ただ中身がしょぼかったらオフ会が台無しになるかもとおもって、隼鶻さん、一応、大人買いする前に中身のフィギュアを確認したとのこと。初めに買ったやつが色ナシで「着色できねー」と思っていたら二つ目はちゃんと色がついているのがでてきたとのこと。そうそうそれぞれ象牙バージョンと彩色バージョンの二種類があるのだ。
 その食玩をネタに盛り上がっていたら、如月さんがなぜか売っているところにやたら詳しい! 地方のあるコンビニが狙い目だとのこと。USHISUKEさん曰く、マニアは敢えて象牙色を買って、敢えて色を塗るとのこと。ネタ?(笑)
 前述したようにこの食玩(玩具付き食品)の「玩具」は川本喜八郎先生のフィギアで「食品」は「ライチゼリー」。その「ライチゼリー」も隼鶻さんは持ってきていた。

KJさん「メインがおもちゃになると(流通上は)コンビニで売れないんですよね」

とよもやま話を交えつつ、皆にライチゼリーが配られる。そのライチゼリーをよく見るとパッケージに川本喜八郎先生の人形の写真が載っている。しかもそれぞれ人形の写真が違っている。

KJさん「(お菓子のパッケージが)貴重でたべられないんですけど」
如月さん「冷やして食べるとおいしいよ♪」
(一同笑)

 ちなみにお菓子のパッケージ(ふたの部分)と玩具は一致しないとのこと。でもその代わりお菓子のパッケージは董卓がいたり多彩らしい。マニアはこちらを要チェック!
http://rhodem.exblog.jp/i13
 KJさん曰くこれをコレクションにしてサイトに載せると、ファンが群がるとのこと。後日、ネットで検索かけたら、普通に売っていてビックリだった。「ライチゼリーパッケージ 全36種フルコンプ」で検索かけたらでてくる。
 その後、そのパッケージに撮られている人形の話で盛り上がり、NHK人形劇三国志の悪役顔の話をしていた。

清岡「NHK人形劇三国志の最大の悪役は呂蒙じゃないんですか?」

 確か、勧善懲悪にするため呂蒙は民を殺していくってエピソードがあった、とその場で話していて、USHISUKEさんがあまり記憶にないってことをおっしゃていた。
 と後日、思い出したのがサポ板でジョージ真壁さんが「関羽をおびき寄せるために、呂蒙が、罪なき民をバッサバッサ殺していく」というようなことを書き込んでいたんだっけ。
http://cte.main.jp/c-board.cgi?cmd=one&no=844
 それでいよいよライチゼリーを食すお方があらわれた。

KJさん「ちょっと献帝をいただこうかな~♪」
一同「まず献帝から?!」

 そうそうKJさんパッケージをコレクションする気満々だったようで、一番、要らない(笑)献帝から頂こうという算段。
 KJさんがライチゼリーのふたに手をかけて、それを開く。そうすると悲鳴と共にKJさん、のけぞる。何事かと思うと、なんとライチゼリーのパッケージの中からゼリーの汁が飛び出てKJさんの肩口にかかっていた。
 一同、大爆笑。

如月さん「これ(汁が)でるんだ」
USHISUKEさん「献帝の罠だ!」
如月さん「宦官にガビーとっ!」
KJさん「無理矢理、献帝にせまるとね、宦官にね、やられるね」

 そしてライチゼリーをぱくりと食べてKJさん一言。

KJさん「献帝、いただきました!」
(一同、拍手)
隼鶻さん「もうこれで新しい皇帝!」
KJさん「禅譲しました!」
(爆笑)

 献帝といえば、ってことで話しているうちに「検定」の話になり、「三国志検定」の話になる。ネット上にあるよ、ってことでそのサイトの話題になる。そう確か「三国統一志」というサイトだ。
・三国統一志
http://sangoku-touitushi.com/

 このサイトの皆の印象は「インパクトはあってビックリする」、「蝶々がいっぱい」などなど。
 隼鶻さんは知らないようなので、清岡がノートPCでそのサイトにアクセスして皆で閲覧。

USHISUKEさん「すげぇー、こんなにあったのか!」

 とサイトを知っているはずのUSHISUKEさんがなぜか反応。

USHISUKEさん「トップページ、みたことないんだけど、これすごいですね!」
清岡「どーやって(いつも)みてるんですか!?」
USHISUKEさん「いやなんかいつも検索でひっかかるんですよ」

 というわけで、サイトにある「三国志検定」、正確には「超難関:〔三国士〕検定試験クイズ」を隼鶻さんが挑戦していた。それを清岡が見ていた。
 その間、三国志愛好会メーリングリストや三国志討論会(チャット)の話になっていたようだ。
・三国志愛好会
http://san-gokushi.com/
 三国志討論会(チャット)のログをKJさんがみていて、清岡が先週、参加していたのは知っていたようだ。

 それから三国志の話になる。孫魯班が悪女って話。KJさんが自らのサイト「三国検索」で孫魯班をデータ化したって話で検索……と記憶違いだったようで、まだデータを入れてなかったようだ。
 そこから二宮事件の話になって鍾会のお母さんの話。どこにあるんだろ、って話。
 その流れで、それって陳武だっけ、違う違う遼来々の時期で亡くなった董襲だって話をしていたら、「三国志ファンのためのサポート掲示板」(以下、サポ板)の遼来々のツリーの話になる。
http://cte.main.jp/c-board.cgi?cmd=ntr&tree=1617
 隼鶻さんやKJさんの中ではこのツリー、評価が高い。きれいにまとまっている、「超キター」という感じ、などの言葉をいただいた。そのツリーをノートPCでUSHISUKEさんや如月さんがそれをよんであれこれ盛り上がっていた。子どもに「張遼くるよー」っていうとか。それに対する清岡の雑感を少々。ネットでは三国志に載ってなければすぐ三国演義に載っているって話になるって話をした後に、その流れで周瑜の命日のツリーの話もしていた。
http://cte.main.jp/c-board.cgi?cmd=ntr&tree=1899
 その流れで「今日は何の日」ってできるねって話。

隼鶻さん「孫策の命日ってありますよね。それが何の意味があるのかって」
清岡「いやいや、ファンはそういうことでも知りたいんですよぉ」

 それで、やたら何とかの命日って検索ワード多いんですよね、って清岡の話。その検索ワードを見かけたらその日のうちに調べて三国志ニュースに書くという話をしていた。その例として司馬懿と諸葛亮の命日。
http://cte.main.jp/newsch/article.php/148
http://cte.main.jp/newsch/article.php/164

 その三国志ニュースをみてKJさんの三国志サプリメントにも記事が出たって話。
http://sangoku.lib.net/apl/blog/?no=98
 公開はしてないがKJさんは命日データを持っているとのこと。その一端を上記のブログのネタにしたとのこと。

如月さん「関羽って(誕生日)8月なんですか?」

 そこでKJさんの三国志サプリメントの記事でそういうことを書いたな、なんて話になっていた。
http://sangoku.lib.net/apl/blog/?no=88
 中華街では「農暦6月24日」で今の暦にするんで毎年、違ってきているみたいだ。
 ちなみに翌日、サポ板に別の関羽の誕生日が判明した。
http://cte.main.jp/c-board.cgi?cmd=one&no=1979

如月さん「12月だったっけ、関羽がしんだのって? 1月が曹操だから…」
清岡「あっ……しよっと、『三国志ファンのためのサポート掲示板オフライン』!」

とKJさんが曹操と曹丕との間の政治的空白の話をしているのを尻目に黙々と手元の電子文献で調べる清岡。とりあえず三国志の蜀書や呉書に関羽の命日がみあたらなかったんで、曹操の命日だけでもと魏書をみる。
 いつの間にか九錫の話になっていた。どう読むのかとかの話。隼鶻さん曰く、物をもらったわけじゃないとか、USHISUKEさん曰く権限をもらったとか、隼鶻さん曰く、劉宋までくだらないとパターン化されないとか。(曹操が)王になっても貰ったとか貰わなかったとか。それで曹操と曹丕どちらが権限が強いって話で。USHISUKEさんの曹操の話(名にこだわらず実をとる)とか、九品官人法に興味あるとか。隼鶻さんがUSHISUKEさんに尋ねて曰く、宮崎市定の九品官人法を読みました?
 とそんな面白い話をスルーしてしまった清岡は曹操の命日を見つけたので(といってもそれ自体は単に三国志魏書武帝紀に書いてあっただけ)、その箇所をノートPCでみせる。「三国志ファンのためのサポート掲示板オフライン」で実演中。
 三国志魏書武帝紀には

(二十五年春正月)庚子、王崩于洛陽、年六十六。

とあり、ここの「王」とは曹操のこと。ここの庚子の日付けのことを指している。
 例によって「中央研究院兩千年中西暦轉換」で何日か検索をかける。
http://cte.main.jp/c-board.cgi?cmd=ntr&tree=1824

 旧暦でいう1月23日とのこと。それから本やサイトによって旧暦基準か新暦基準かことなっているんで、昔、サイトづくりでKJさんは混乱したとのこと。結局、KJさんの記憶にあるちくまの訳と違うって話になってんだけど、ちくま訳はあってたんだろうか(ハードカバーの方はあっていた)。
 ちなみにUSHISUKEさんは持ってきていた村山孚/著「三国志のツボがわかる本 いまさら聞けない三国志の権謀術数渦巻く舞台裏」(パンドラ新書、日本文芸社 2005年8月25日刊 ISBN4-537-25313-4 C0222)で曹操のなくなった年月をみてくれてそれとは一致した。
 それから講談社の「中国の歴史」の話。やっぱり三国志ファン。如月さんは金文京/著「中国の歴史」シリーズで4巻の「三国志の世界」(講談社 2005年1月15日 ISBN4062740540)を買っていた。そのため、三国志シンポジウムの金文京先生の報告を是非、聴きたかったとのこと
http://cte.main.jp/newsch/article.php/152
 先生つながりで、「その時歴史が動いた」に出演されたときの話が出ていた。番組全体が諸葛亮を聖人みたく扱っている中、スタジオ収録の金文京先生の諸葛亮の仕官についてのコメントは諸葛亮の打算に触れられていてある意味、痛快だった、という話。。
http://cte.main.jp/newsch/article.php/81
 それとUSHISUKEさんのmixiの話。なんかみんなに紹介メールおくるとかで。
http://mixi.jp/
 それからアフェリエートの話。それほど儲からないみたい。KJさん曰く、お金儲けしようとおもったら、もっともっと工夫しないといけないみたい。
 と、ここで時間が気になったUSHISUKEさん。

USHISUKEさん「じゃ、そろそろ(オフ会の二次会を)開きますか」
というわけで
KJさん「(楽しすぎて)時間をすごく忘れていました」
如月さん「私もー」

 とか言いながらなかなか話が終わらない。次回のオフ会の会場の話になる。
 「赤坂 魯粛」みたいに三国志関連の地名はないかって話になってそういや居酒屋で「赤兎馬」ってありませんでした?って話になった。

清岡「オンラインショップの赤兎馬が居酒屋の赤兎馬で焼酎の赤兎馬で乾杯するってネタが……あれ? これって私があったら良いなっていうネタだっけ?」

 とりあえず居酒屋の赤兎馬をKJさんもあったあったとおっしゃっていて、どこにネタあったかな、って話していたので、とりあえずノートPCでネットを探る。そしたら三国志ニュースの私の書き込みだった(汗)
http://cte.main.jp/newsch/article.php/121

清岡「あ、(居酒屋の赤兎馬は)KJさんのかきこみでした(汗)」
(一同爆笑)
隼鶻さん「なにげに清岡さんとKJさんで(コメントの書き込みを)独占してませんか」
USHISUKEさん「二人して忘れている!」
如月さん「おかしー」
隼鶻さん「二人で盛り上がりすぎ!」

 もうすっかり忘れていた清岡とKJさんは照れ笑い。それから三国志ニュースの話やcgiの話で盛り上がる。
 で、しばらく清岡は隼鶻さんと「古代中国の文字と至宝」展の話をしていた。まだ長沙走馬楼呉簡は整理されていないとかで。それについて隼鶻さんが昔きいた名言「孫権が手に持ったかもしれない」。なるほどロマンだなぁ。
 向こうではKJさんのサイトの被検索の話をしている。「素材」がどうのこうの。あとリンクを張られるとグーグルのランクが上がるとかどうのこうの。
 USHISUKEさんはフィギュアのコレクションの話をしていた。開けずにおいているとのこと。す、すごい!

 やっぱりまだ話したりないようで、あれこれ話していたが、それぞれの終電の時間も迫っていたので、レジのところへ向かう。
 支払いを済ますと皆、口々にUSHISUKEさんに「幹事おつかれさまでした」とか「どうもありがとうございました」とかあと「忘年会、楽しみですね」なんて言ってた。

 そして駅が違うKJさんと他の四人が別れの挨拶をして、つもる話を残しながら、店の前で別の道に進みだす。

 早ければ、忘年会で再開するかもしれないんで、そのときまでの楽しみなのだ。

・2005年9月3日「三国志納涼オフ会in東京」三次会報告に続く。
http://cte.main.jp/newsch/article.php/174

2005年9月3日「三国志納涼オフ会in東京」報告


  • 2005年9月 6日(火) 12:31 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    2,683
ネット  2005年7月31日に埼玉県の川越市でプチオフ会をやって、それがあまりにも楽しかったんで、じゃまた関東でやりましょうってことだった。
http://cte.main.jp/c-board.cgi?cmd=ntr&tree=1699

 それからUSHISUKEさんの元、話がトントン拍子に決まっていき、2005年9月3日の夕方より「赤坂 魯粛」という創作和食料理店でオフ会を行うことになった。題して「三国志納涼オフ会in東京」。
http://cte.main.jp/c-board.cgi?cmd=ntr&tree=1897
 三国志ファンのオフ会をするには打ってつけの店名。それにしてもなぜ「魯粛」なのか謎。

 そして迎えた2005年9月3日。オフ会をやると発表されたときは、すぐに参加者が5名まで増えたんで、この調子で増えていくかな、とおもったんだけど、残念ながらそれで頭打ち。ここらへんは次回に期待したいところ。
 以下の五名。

○主催
・USHISUKEさん
http://www.doblog.com/weblog/myblog/3040

○参加者
・清岡美津夫
http://cte.main.jp/sunshi/
・如月雪さん

・KJさん
http://sangoku.lib.net/
・隼鶻さん

 清岡にとって参加者全員は一度、お会いしたことのある人たちで特に初対面の緊張みたいなのはなかった。それは隼鶻さんも同じ。まぁそういう意味では初対面の楽しみみたいなのはないんだけど。
 今回の初対面の組み合わせはUSHISUKEさんと如月雪さん、KJさんと如月雪さん。これを横からみてそういった楽しみとしよう。


 15時52分、ホテルでくつろいでいると、USHISUKEさんからメール。どうやら何かアクシデントがあったみたいで少し遅れるとのこと。
 16時15分にホテルを出て、地下鉄で最寄りの赤坂見附駅へ移動。ネットの地図を見て、「赤坂 魯粛」は一ツ木通り沿いにあることをしっていたんで、その駅の地図を見て、場所を方向を何となく頭に入れる。そして通りの名を確認しつつ進んでいく。
 そうすると、両脇に一本の木が点々と立っている通りに出る。あぁ、なるほど「一ツ木」ね、一ツ木通りだ、と思い、その通り沿いに進むと、赤地に白い文字で「魯粛」とかかれた看板発見。近づくと、さらに大きな看板があった(右上の写真)。ここだ、と思って階段を上がると、そこは和風な入り口。まだ集合場所の店の前には誰も来てないな、と思いつつ、もう時間なのでもしかしてみんな店内? と思って、いざ店内へ。そうすると店員がやってきたんで、USHISUKEさんの名前を出して来てないかきいてみると、どうやらまだ誰も来ていないみたい。店内で待つように言われたんでしばし待つ。
 ノートPCで誰からか連絡ないか、見てみる。17時7分、隼鶻さんから駅から店までの道で迷っているという連絡が届く。とりあえず一ツ木通り沿いに店があることを折り返しのメールで伝える。17時22分、店員の指示で、お座敷に移動。ここが今回の会場か。冷たいお茶を出してくれる。17時30分ごろ。店に清岡宛に電話がかかってきた模様。誰かと思ったら、如月雪さんだった。どうも用事がおしていて遅れて来るとのこと。しかし店に連絡するとはナイス機転! あとはKJさんが連絡ないな、とおもいつつ。あまりにも偶然がかさなって私が店内で一人ぼっちなもんだから要らぬ妄想がわいてくる。もしかしてもう少ししたらKJさんが赤いヘルメットをかぶって、「どっきりカメラ」とかかれたプラカードをもって現れて、後にカメラマンをひきつれつつ、私がピコピコハンマーでKJさんの頭をたたいて、最後はみんなで「どっきりドキドキ大成功!」とか言って場が爆笑に包まれるんだろうな、と思って一人ほくそ笑んでいた(※と清岡はリアルタイムで見ていたわけじゃないんで描写は正確ではありません。そもそもヘルメットの色、あってるの?・笑)
 そんなところへ現れたのはUSHISUKEさん。あぁ、とりあえずこれで一安心、と思いつつ、近況を話した後、早速、お互い三国志のネタを見せ合う。USHISUKEさんは村山孚/著「三国志のツボがわかる本 いまさら聞けない三国志の権謀術数渦巻く舞台裏」(パンドラ新書、日本文芸社 2005年8月25日刊 ISBN4-537-25313-4 C0222)という本をみせてもらう。後できいたんだけど、電車の中で手持ちぶさたになったんで買ったとのこと。新しい本だなぁ。
http://www.nihonbungeisha.co.jp/
 清岡は青木朋さんの漫画、ミステリーボニータの「八卦の空」(正確には一回目にあたる短編の「恋火」)とコピー本(ウェブ上の漫画「司馬懿くんの事件簿」の再録本)。
http://cte.main.jp/c-board.cgi?cmd=one&no=777
http://cte.main.jp/newsch/article.php/150
青木朋さんは前回のオフ会の参加者でみなさんどんな漫画か気になったと思い。
http://cte.main.jp/sunshi/w/w050801.html
 そうやってまったりしていると、如月雪さん登場。挨拶を終え、早速、三人でおしゃべり。やっぱり初めは「赤坂 魯粛」の話から。如月さん曰く、三国志に詳しい店長がそういった店名にしたとのこと。だけど、その人は異動になったようで、今は店名だけ残ったようだ。異動先で新しいお店を作ってくれると嬉しいけど。「法正」とか。それで如月さん自身はどこからこのお店のことを聞きつけたかというと、ムック本の「別冊宝島1133 三国志 僕たちの英雄伝説」からとのこと。そこには他にも仲達(なかたつ)というお店もあったって話笑)
http://cte.main.jp/newsch/article.php/168
 そして清岡からは三国志城のイベントの第三回三顧会の話。朝一の自己紹介の段階ですでに30名を超えていたほど盛況だったって話。
http://cte.main.jp/newsch/article.php/157
 参加者の中には「コミック三国志マガジン第3号 白眉最良号」での三国志城と三顧会の紹介記事を読んで来たって言う人も居た。
http://cte.main.jp/newsch/article.php/131
 ちなみに「コミック三国志マガジン」の創刊号は「蒼天已死号」で第2号は「天下三分計号」。第4号でそういった名はなくなったって話もしていた。
 あと如月さんは今回のオフ会で三国志シンポジウムの話もききたいってことをサポ板で書いていた(なんせ如月さん以外、四人とも三国志シンポジウムの会場に居たから)。そのため、清岡は三国志シンポジウムで余分に一冊、冊子をとっていたので、それを差し上げる。如月さん大喜び。

 そこへ隼鶻さん登場。如月さんとは一年ぶり、USHISUKEさんと清岡とは一ヶ月ぶりの再会。あとはKJさんの登場を待って「三国志納涼オフ会in東京」の開催だ。
 そこで隼鶻さんからKJさんへ連絡を取ろうとする。電話番号がわからないので、とりあえずメールで。やっぱり急用がはいったのかな、と皆で心配する。
 その待ち時間、隼鶻さんが持ってきた三国志ネタを披露。一つは「古代中国の文字と至宝」展の図版。東京のサントリー美術館でやっていたやつだ。ちなみに大阪のサントリーミュージアム天保山で開催されなかったので清岡は未見。それからスーパー歌舞伎の新三国志IIIのパンフレット。そういえば去年、一緒に三国志城に行ったとき隼鶻さん、新三国志III、見に行ったって話をしてたっけ。
 あと最近、隼鶻さんがコンビニで面白い雑誌を見かけ、一気に立ち読みしてしまったって話。何でもその雑誌はそのコンビニに一冊しかおいてなくて、どのページを開けても三国志の漫画ばかりだったとのこと………ってそれって「コミック三国志マガジン」だ! どうやら隼鶻さんは4号を読んだらしい。今まできいたこともないしコンビニに一冊しかないし隼鶻さんはよほどのマイナー誌とおもったとのこと。いやはや面白い話をきかせてもらった。三国志ジャンルから離れている人もそうやってコンビニでみかけてまた三国志熱が復活してたりして。そこから「コミック三国志マガジン」の変にマニアックな説明を隼鶻さんにする(中心となっているライターがどうのこうの、とか)。

 ここでKJさんからメールの返信が隼鶻さんのもとへ来る。どうやら道に迷ったようだ。だけどメールの本文が「なんとか行け」で終わっているのが気になる。『「なんとか行け」ない』だったりして(汗)

 隼鶻さんが持ってきた三国志ネタに戻る。今度は横浜中華街の地図だ。そこから四川料理は三国志の時代にあったかな?というUSHISUKEさんの疑問に、隼鶻さんが「なかった」と答え、当時の食べ物を研究している人の話をしていた(その研究者の名前は失念)。食べ物から先週、清岡が三国志討論会(チャット)に参加したという話をした。
http://cte.main.jp/newsch/article.php/167
 話戻って、横浜中華街の話。清岡が気になっていたのは関帝廟が横浜中華街のどこにあるかってこと。神戸の関帝廟は中華街から結構、離れた位置にあったけど、横浜のは中華街の中にあった。うらやましい。だけど横浜のは神戸のと違って、関帝廟の敷地内に四阿(あずまや)みたいなスペースはないとのこと。如月さん曰くやっぱり日本で一番大きい関帝廟は横浜?ってことになって日本各地の関帝廟の話になる。立川の関帝廟。千里中央の関帝廟、そして三国志城の関帝廟。それからUSHISUKEさんからの疑問で、中国と日本との学会の関係のこと。隼鶻さんからあれこれ興味深い話が出ていた。

 と、ここで唐突にオフ会内の会話をとりあげてみる。大抵は省略しているけど、雰囲気だけでも。

隼鶻さん「(三国志ファン層や三国志の興味対象を)なんでわけるんですか?」
清岡「別に『分けてる』って意識はなくてむしろ『分かれている』?」
USHISUKEさん「今回のオフ会でもまよったんですけど、どういう(三国志の)分野の人によびかけるか、ってことを」
隼鶻さん「おそらく『三国志』って文字にとびついてくる人は大勢いるとおもいますよ」

如月さん「三国志シンポジウムの(聴きに)来ている人はすごかったの?」
清岡「いや完全に聴衆です」
USHISUKEさん「当初は(聴きにきているだけの)うちらが質問できる予定だったかもしれないけど」
如月さん「その後の、オフ会にきていた人はみんな(三国志に)くわしかったの?」
清岡「みんなそれぞれの分野ですごいっていうか…」
隼鶻さん「例えば、ネットの話とかだったら自分はきくしかないとか」
USHISUKEさん「英語、ネット、漫画、文献、本当もう(三国志ジャンルは)こんな広い文化と思って、逆にビックリした」

 それからさっきのKJさんのメールに書かれていたメッセージの憶測が飛ぶ。清岡はメールでメッセージを売っている最中、一騎打ちでやられ、そのままメッセージが送られてきたなんて話をした。そうすると三国志シンポジウムの報告で一騎打ちはなかったって話を隼鶻さんが持ち出してきて、それから関羽が顔良を討ち取ったって話をUSHISUKEさんがしていた。
 18時35分。ここでKJさんから清岡へメールが入る。実は隼鶻さんの携帯電話のバッテリーが切れていたので、先ほど清岡からKJさんへメールを出していた。KJさんからのメールには携帯の電話番号が記されていたので、USHISUKEさんにかけてもらう(清岡は携帯電話を持っていない)。どうやらKJさん道に迷っているようで、ついにタクシーまでつかったとのこと(汗)
 待っている間にまた三国志談義再開。先週、前述した三国志討論会(チャット)中にむじんさんに文献が見れるサイトを教えて貰ったって話をして、ノートPCで実際にそのサイトを閲覧していた。
・むじんさんのサイト「むじん書院」
http://mujin.parfait.ne.jp/mujins/
 それから如月さんが清岡の韓当の小説の続きを読みたいって話をふってきた。そうそうあれ、ようやく終わりました。
http://cte.main.jp/sunshi/sandai/00200.html

 KJさんがそろそろ登場しそうなので、いよいよ「三国志納涼オフ会in東京」の始まりだ。店の人に飲み物とコース料理のスタートを頼む。
 飲み物と初めの料理(刺身)がきた後ぐらいにKJさん登場。それで下のような席順になる。

入り口(北)

   如月さん KJさん 清岡

   大 き い テ ー ブ ル

   隼鶻さん    USHISUKEさん

 挨拶をしてた後にやっぱり遅れた理由をおっしゃる。なんでも集合時間を1時間、後に間違えたとのこと。清岡が17時に「三国志ファンのためのサポート掲示板」に「赤坂 魯粛」から書き込んでいるのをネットから見ていて、「1時間前から清岡さん、来ているなんてまじめな人だなぁ」と思ったとのこと(汗)。その場の人をわかせていた。
http://cte.main.jp/c-board.cgi?cmd=one&no=1975
↑その書き込み
 さらに駅から「赤坂 魯粛」に向かう道中、方向を90°間違えたようで、六本木あたりまで歩いていたとのこと。いやはや、無事たどりつけて何よりです。

 と、ここでKJさんの話。前述の三国志城の第三回三顧会に行こうと目論んでいたが、休みがその日にとれず、大きく後に休みがずれたとのこと。仕方ないんで、ある人に会いに行って……
 とその流れで、KJさんからまだ公開できない情報をきいて一同ビックリ。
 いやぁ、すばらしい楽しみができたなぁ。
 その情報を元に小一時間、いろんな話で盛り上がる。

 それから如月さんが最近、自分のブログを立ち上げたって話をしていた。

 やっぱりトラックバックセンターの三国志ピープルを頼りにいろんな三国志系ブログを如月さんは見てまわっているとのこと。
・三国志ピープル
http://tbp.jp/tbp_1243.html

如月さん「みんなすごいよ」
清岡「知識より、そういう(三国志系の)本の感想とかがこっちとしてはみたいんですよ(笑)」

 ということで、あと如月さんには「プレッシャーに感じずほどほどに更新」ということをアドバイスしておいた……それが前回7月31日のオフ会の結論(笑) あと青春18きっぷの話。

如月さん「あれって18歳まで?」
一同「違う違う」
清岡「別に(切符、買う前に)若さ測定とかしないですよ。前屈してどこまでいくかとか(笑)」

 次は三国志シンポジウムの討論会の話題。各発表者の研究するきっかけみたいなことが話されていた。東京大学三国志研究会の最初の質問のところ。
http://cte.main.jp/newsch/article.php/166
 あと清岡と隼鶻さんは討論会に20分遅れで会場に入ったんだけど、それまでに早稲田大学三国志研究会がどんな質問をしていたか、USHISUKEさんとKJさんにきいていた。どうも当時、ヒッタイトがどうのこうのってやりとりがあって、話がどんどん三国志から離れていったらしい。清岡と隼鶻さんが会場へ入ってきた頃にようやく話が三国志に戻ってきていたとのこと。

 ここで鮪トロしゃぶの鍋が登場。俄然、清岡のテンションはあがっていた。
 そこですごくメタ的な話。今回のオフ会ではあまり人が集まらなかったね、って話になっていた。
 それで三国志博物館の九州オフ会の話になっていた。そこでは7人、集まったってこと。
http://blog.livedoor.jp/amakusa3594/
 やっぱり関西(ここでは西の意)は盛り上がってて悔しいってことを隼鶻さんが言っていた。いや、清岡が関西でオフ会を主催していたのはもう3年も前なんですけど、とすかさず注釈をいれたけど(汗)。ちなみにUSHISUKEさん曰く三国志博物館では来週11日に関東オフ会があるとのこと。USHISUKEさん、参加するのかな??
 で、オフ会にどうやったら人が集まるのか、という話。ここから清岡のお話。やっぱりオフラインで実際に会うのは警戒心をいだくんじゃないかな、サイトである程度、仲良くならないと来れないですよ、なんて言っていた。サイトマスター(つまり今回の参加者の大半)だとそこらへん、何を警戒すべきかどうかはだいたいわかるんだけど、やっぱり普通の閲覧者だとそこらへんがわかりにくいから全部ひっくるめて警戒しやすい。
 ちょうど隼鶻さんが鍋奉行にいそしんでこちらの話に参加していないときに、KJさんから、ある人がオフ会に参加しなかった理由を清岡はきいていた。曰く、その人にとっては他の参加者のことはだいたい知っているが、他の参加者はその人のことを知らないので、その人にとっては参加するのを躊躇してしまう(参加してもあまり会話がはずまない、と思ってしまう)、とのこと。これをきいて清岡は目からウロコだった。そういえば今回、清岡がネット上でお誘いした人は全員、他の参加者がその人を知らないって人ばかりだったな(汗)
 そこで清岡は鍋奉行をしていて今の話が耳に入らなかった隼鶻さんに向かって曰く。

清岡「今、テストにでるところ、(KJさんが)言いましたよ(笑)」

と言ったら、隼鶻さんが何のことだか、気にしていた。まぁ鍋奉行が終わってから改めてお話します。
 それからまた他のサイトのオフ会の話。tRTKチャットのオフ会が三国志ファンのオフ会で頻繁に各地でやっていたから最大だったんじゃないかな?、と清岡が話していたら、そのうちtRTKチャットのtRTKって何の略って話になった。いや、「The Romance of the three kingdoms」の略ですよー、旦那ー。

※追記 tRTK CHAT閉鎖(2009年6月10日)

 それから話を戻して、テスト対策の話。「なぜ、オフ会に参加するのに躊躇するか」って話。この会の二回目に活かすとのこと。

KJさん「逆にいうと隼鶻さんがオフ会に参加したいって気持ちが少しわかれば何かヒントになるのかなぁって」
清岡「そのテスト対策の一つとして身近な三国志ファンと一緒にきてもらうってのがあります。ただ完全にオフ会で友だち同士だけでおしゃべりをされるとオフ会の意味がなくなってしまいますね(苦笑)」
隼鶻さん「まわりに(三国志ファン)居ないですよね」
USHISUKEさん「ぼくもそこはあると思う。ちょっと(mixiのイベント情報の)文章に書いちゃいました。『普段、三国志ファンが身近に居ないファンの方はこの機会に話してみませんか』って」
清岡「あ、今ので50点!(笑)」

USHISUKEさん「ネットに対するマイナスイメージが変にあるから、やばい集団じゃないかと思われるんですよ」
如月さん「なんか(ネットに)マイナスイメージがあるみたいで知り合いがオフ会を参加するのを旦那に止められるって話がありました」
清岡「だからそういう誤解をとくために私なんかがんばって(オフ会の)レポートを書いてる部分もありますよ」
KJさん「私なんか腹黒いのは、(オフ会で会話についていけないと心配し参加に躊躇する人に対し)サポ板に前回のオフ会は『三国志に関する世間話』でしたねっていうのを書きました」
如月さん「(三国志の話を)真剣に話されると、私、ぜったいわからないし」
清岡「まぁ、実際、前回は三国志の話をあまりしませんでしたね」

 でまた次回は人数がより多くなって欲しいって話になった。清岡は逆に主催者にとって人数が多くなってくると孤立する人が出てこないか心配になってくる、という話をした。あとグループに分かれてしまう、とか。でも10人ぐらい欲しいですねって話になって前回の7月31日のオフ会の話へ。たいがあさんの話は良かったなぁ、話を聞いて世界が広がったように感じただな、って話していた。
 ここらへんで話題が変わって、如月さんが参加した甲府のイベントの話。甲冑を来て合戦するとかで。で、実は隼鶻さんも祭で甲冑きて行列に参加してたとのこと。
 あと曹徳さんとサイト「蒼天三国志」賛美話。サポ板のルールにあわせてサポ板では「そうとく」というハンドルネームを使っている真面目な人だとか(後で実際に「蒼天三国志」にアクセスしていた)。それから去年の三国志城紀行の話。
http://cte.main.jp/sunshi/w/w040817.html
 隼鶻さんが燕趙園に感動したって話。燕趙園に入る前の遠景でいきなり感動したとのこと。
 あと如月さんが北方謙三先生の水滸伝イベントに行ったって話。そして興味深い話+裏話。如月さんが質問コーナーでみんなが恐縮してシーンとなっているところに一人、手をあげていたそうな。すごい!
mirakako.exblog.jp/d2005-09-01
mirakako.exblog.jp/d2005-09-10
 そこで清岡がその三国志版のイベントはないのかきいたところ。如月さん曰く、今、手紙とかでアピールしたいとのこと。あと如月さんの三国志ジャンルの入り方の話。如月さんは北方三国志から入ったとのこと。はじめ本屋で綺麗な赤色の背表紙を見かけて気になったとのこと。北方三国志オリジナルの登場人物をネットで探して引っかからなかったんで、おかしいな、とおもったとのこと。
そっから興味を持たれて吉川三国志やら蒼天航路やら呉三国志やらいろいろ読んだそうな。
 USHISUKEさんの場合、横山三国志から入ったんだけど、中学生の頃、横山光輝三国志を町の本屋で立ち読みしてたら40巻ぐらいでいきなり店員に脇腹にドロップキックされたとのこと。店員が叫んで曰く「立ち読みするな、バカヤロ~」と。一同大受け。
 さらに如月さんと横山光輝三国志にまつわるエピソード。昔、バイト中にあまりにも暇だったんで、横山光輝三国志、読んでいたとのこと。まだあまりにも暇だったんで、後輩をバイトのお店に電話で呼ぶ。お店の時間が終わると、後輩の知り合いが本屋に行きたがっていて、何を買うかと思ったら、横山光輝三国志をかったとのこと。そこからもりあがって意気投合したとのこと。その二人をコアに、ネットも通じずだんだんと三国志ファンがあつまっていた。その後、新橋の飲み屋で三国志グッズをもちあって集まり、四人ぐらいで興奮して盛り上がってたとのこと。会社の上司の愚痴を言っているような親父が周りにいる飲み屋の中で(笑)
 次はKJさんからの話題。というキーワードを指定すると自動的にニュースをお知らせしてくれる「Google アラート」。
http://www.google.co.jp/alerts?hl=ja
 これでKJさんはブログの元ネタを集めているそうなんだけど、英傑群像さんも同じようなことをやっている(憶測)せいか、ブログのネタがかぶるそうな。
・英傑群像
http://www.chugen.net/
 そこですかさず清岡は前述の第三回三顧会で英傑群像さんからKJさんにブログのネタの先を越されるってことをきいた旨を話した(笑)
 あと三国無双は元々、持ち込み企画?!という話やら、コーエーにソフトバンクが出資している?って話やら。ソフトバンクの孫氏とかけて、

清岡「じゃ(コーエーの三国志のゲームは)呉が強くなるんですかね?!」

と言ったら、USHISUKEさんしか反応してくれなかった(涙)
 それからアーケードゲームの三国志大戦の話。

如月さん「あの(三国志大戦の)カードってどうやって入手するの?」

 全員ですぐにツッコミ。いやゲームをして手に入れるんですけど(汗)。このあとUSHISUKEさんとKJさんが三国志大戦のあるローカルな店について盛り上がっていた。それから三国志大戦の遊び方。カードをうごかしたり。隼鶻さんが大戦のでるまえにサッカーのカードゲームがでていて、バスケを出してくれってメーカーにメールをおくったら丁重にお断りされたとのこと。がっくりしていたら出てきたのが三国志大戦だって話(笑)
 で三国無双ファンや大戦ファンがふえてきたって話で→ビジュアルがいい!→「やおい」の話に如月さんが持っていった(汗) としばらく清岡が如月さんに無双の影響による最近のカップリング傾向の話などしかけたら、USHISUKEさんと隼鶻さんはその用語がわからずてっきり「矢追(純一)系」だと思っていてUFOがどうのこうと三国志がなんの関係があるんだ、しばらく思っていたとのこと(しかし、矢追系って話の方が今や通じない)
・矢追純一公式サイト
http://www02.so-net.ne.jp/~earthian/

 で話戻って、衆道禁止のバナーの話やサイト「英雄集結」の話などをしていた。
http://kakutei.cside.com/kakutei.site/syosai/syudou.htm
http://www2.nightmare.to/~gotu/cgi-bin/webblog/blog.cgi

 それから話は「赤坂 魯粛」の話。前述の「赤坂 魯粛」にまつわる話をしたあと、与太話(誰が何いったかまちがえているかも)。

USHISUKEさん「六本木は周瑜です。『六本木 周瑜』?」(一同、笑)
KJさん「周瑜は青山っぽい」
USHISUKEさん「難波 董卓」!
如月さん「福岡も董卓っぽい」(失礼)
KJさん「梅田は関羽じゃないですかね、『梅田 関羽』!」
清岡「じゃ『心斎橋 関羽』で!」
KJさん「そう考えると『赤坂 魯粛』って語呂がいいですね」
如月さん「『丸の内 曹操』!
(一同納得)
USHISUKEさん「『多摩 馬騰』!」

ってことで、サイトを持っていない隼鶻さんには是非、毎月の地名に誰があうか投票するサイトをつくってください、ってことで(笑)
 投票つながりで蒼天三国志での俳優投票企画「ドラマ三国志」についての話題になって大いに盛り上がった。ノートPCでそのサイトでどの人物をどの俳優かっていうのをさがしてみんなで見ていた。みんな投票結果の三国志の人物を誰が演じるかをきいて一つ一つで盛り上がっていた。
・サイト「蒼天三国志」
http://www.h4.dion.ne.jp/~aruiwa/
 ここの「企画の間」→「ドラマ「三国志」結果~まとめ」

 それと各地にオフ会の支部があって各地で定期的にオフ会をやって、年一の忘年会規模の時に全国から集まってくるってアイディア。関西支部とか多摩出張所とか湘南支部(かっこいー)とか。

 21時30分ごろ。
 というわけで店の方からもう時間だということが告げられたので、一次会はお開き。五人とも二次会に行くのが当たり前というノリだったので、特に名残惜しいという雰囲気はなかった。
 最後に店のスタンプカードやら使い捨てのコースターやらもらって、その店を後にした。

・2005年9月3日「三国志納涼オフ会in東京」二次会報告に続く。
http://cte.main.jp/newsch/article.php/171

超日本人向け電子漢籍文献!「正史三国志原文検索」


  • 2005年9月 6日(火) 00:29 JST
  • 投稿者:
    KJ
  • 閲覧数
    2,192
ネット す、すごい電子工具書を発見しました!
私にはかなりのビッグニュースなんですが。

「正史三国志原文検索」

中研院の電子漢籍文献テキストをベースとしながらも、
世界書局『新校三国志注』を参考に校正をかけ、
段落・改行は、ちくま訳本に合わせてあるという、
なんとも使いやすいデータベースではありませんか。

直感的に使えます。

ちくま訳本のページで検索すると、それに相当する原文箇所が出てきます。
さらに語検索、つまりキーワードで検索できます。
GoogleやYahooのようにスペースで区切ってアンド検索できます。
ワ、ワ、ワイルドカードも使えます。*と?ですよ。すげー!
さらにさらに異体字にも対応していて、登録済みの異体字は
どちらを使ってもちゃんとヒットしてくれるーーー!

cgiを駆使したデータベースの傑作です。

ちくまのページで!立伝人物を選びながら!検索文字列で!
すばらひい。感動しました!便利なこと極まりない。

と、ここまでホメきっておきながらこの三国志ニュースで既に
紹介されていたら立場ないな・・・

そんなすばらしい「正史三国志原文検索」を公開しているサイトはこちら。
http://www112.sakura.ne.jp/~dokin/quietism/index.html
HINAさんの『QUIETISM』というサイト。

和食料理店「赤坂 魯粛」


  • 2005年9月 4日(日) 23:03 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    2,192
場所 2005年9月3日に「三国志納涼オフ会in東京」があった。
http://cte.main.jp/c-board.cgi?cmd=ntr&tree=1897
その一次会の会場が「赤坂 魯粛」という名の創作和食店だった。

名前にあるとおり、赤坂にあるお店。赤坂の一ツ木通りの東に面するビルの二階にある。
階段を上がるとそこは写真のような入口。
和食を連想させるように竹が植えられている。

魯肅(字、子敬)というと三国志呉書に立伝されている人物。
ご存知、呉の重臣だ。
それがなぜ創作和食の店の名になっているのか、一番、興味のあるところ。

今回のオフ会では個室のお座敷に通される。
そこでオフ会の参加者たちがあつまりあれこれ三国志の話をしていたんだけど、やっぱりその中の一つに「赤坂 魯粛」のことが出てくる。
実はすでに「別冊宝島1133 三国志 僕たちの英雄伝説」で取り上げられていたとのこと。
http://cte.main.jp/newsch/article.php/94
この中の企画の「ニッポン限定」三国志MAPで紹介されてたようだ。

ちなみに「赤坂 魯粛」の姉妹店の名前は列挙すると、Ruwanshon、刀削麺大陸、ルワンション、五籠とおよそ三国志と関係の名前。
では、なぜここだけ三国志と関係する店名、しかも魯粛なんて微妙にはずした名前?
改めて考えると「赤坂 魯粛」という店の名前の語呂は良いけどね。

オフ会の参加者の一人によると店長だった人が三国志が好きでそういう名前をつけたとのこと。今はよそへ異動になったらしい(もちろん情報の裏はとってない。結局、なぜあえて魯粛なのかわかんないし・笑)
異動しなければ、「青山 周瑜」とか「丸の内 曹操」とか「多摩 馬超」とか、三国志にちなんだお店が次々とできていったに違いない、と与太話に花をさかせるオフ会参加者(笑)
もしくは、異動先で「心斎橋 関羽」とか「難波 董卓」とかつくっているというかなり勝手な与太話も(笑)

ちなみに創作和食はおいしい。清岡のお気に入りは鮪トロしゃぶ。
この店はビジネス向けのお店のようで日曜は休みでオフ会をした土曜も結構、すいた様子だった。
(ふとみると契約を交わしているお客さんもいたし。)
なので、土曜祝日にはリーズナブルなお値段なサービスもあって今回はそれをつかっているようだ。

それにしても、この店に行ったあとは魯肅のように倉一つをあげる気前よさになるかも(笑)

肅家有兩[口+禾]米、各三千斛、肅乃指一[口+禾]與周瑜、瑜益知其奇也、遂相親結、定僑・札之分。

「絵に描いた餅」の元祖?


  • 2005年8月30日(火) 23:31 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    2,956
歴史 ・絵に描いた餅
役に立たないたとえ。計画などが実現する可能性のないこと。画餅。
三省堂「大辞林 第二版」より


毎週土曜日19時から三国志討論会(チャット)が開かれていることで時間があれば参加しようと思っていた。
それでなかなか参加できないでいたけど、この間の土曜日にようやく参加した。

・サイト「三国志愛好会」の「三国志討論会」
http://san-gokushi.com/

それで毎回テーマが設定されていて、その時は「三国時代の食物と体型」……だったと思う。
それで三国時代の食物の話題になって、麦を食べていたことはわかるけど麦を何の料理にしたかって話題になっていた。
パン? ナン?って話だったんだけど、そこで出てきた単語が「餅」。
餅の材料というとてっきり餅米からつくるのかと思ったら、そうでもないみたい。
その場で「字通」で調べてみると、麦の粉をまるめ蒸してつくったのが餅だそうな。

それで実際に餅ができる過程が史書に載っていないか、後漢書や三国志を調べる。
そうするとあまり関係ないことが目に付いて気になったのが、三国志魏書の盧毓伝。
盧毓(字、子家)は盧植の息子。
で、時代背景や前後関係の説明を抜いて、いきなりその文を書く。

時舉中書郎、詔曰:「得其人與否、在盧生耳。選舉莫取有名、名如畫地作餅、不可啖也。」

<清岡の適当訳>
(盧毓が)中書郎に登用されたとき、詔(みことのり)でいわれる。「その人を採用するかどうかは、つまり盧毓の生業いかんだ。選挙(登用の選抜)は名声があるから採用するのではない。名声は地に画を描いて餅を作るようなものだから、啖(くら)うことはできない」

詔を出すのは皇帝。このときは魏の明帝。
この人が「絵に描いた餅」という言い回しを使った元祖?
この言葉の由来?

とは言っても、三国志より先行する書物をきっちり調べたわけではないので、元祖がどうかわからないのだった。
なんか、普通に故事でありそうだしね。