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清岡的見解:ねこまんまさんについて http://tinyurl.com/nekonomanma3
よくわかるねこまんまさんの問題行動 pdf
gif

『日本まんが』第弐巻で三国ネタ


マンガ ※前の三国関連の記事 メモ:2015年、2つの研究テーマ

 2015年7月4日土曜日。その日は3時にタイマーをかけていたんだけど、1時半に目覚め、出かける支度をしていた。「三国志ニュース」のカレンダコンテンツを更新後、さらに「真・無双検索」のインデックス・ページに同人イベント2件を追加した(「三十六計」の九と十)。

・真・無双検索
http://sangokumuso.lib.net/

 それで身支度に手間取って、4時50分に家を出て、最寄駅に5時21分発のところ5時15分に到着。京都駅5時30分発に乗り継ぎ、東海道線を東に進む。快適な転換式クロスシート。せっかく旅情を楽しもうとしたが、想定の範囲内で、スーパーマーケットで買ってきた20%offのカレーパン、やきそばパン、蒸しパン、どれも味気ない。あっためたらちょっとはマシだったかもね。
『エレ片のコント太郎』ポッドキャストをダウンロードしそこねていて、仕方なく音楽を聴いていた。三国志ニュースの記事「二年律令・奏[シ獻]書 文字異同と一字索引(2015年4月27日)」を書き始める。ネットがつなげられない環境でも勧められるよう、予めブラウザにウェブページを出していた。
 6時37分米原駅到着。30分もある待ち時間は立って荒俣宏/編著『日本まんが』第弐巻「男が燃えた!泣いた!笑った!」(東海大学出版部2015年1月20日発行)を読んでいた。特別快速(浜松行)7時7分発。転換式クロスシートで快適。大垣駅に着く前に寝落ち。Balanescu Quartet「Possessed」で目覚める。浜松駅まで161分もあるので、三国志ニュースの記事「第8回こども写生大会(飯田市川本喜八郎人形美術館2015年7月29日)」「孔明のヨメ。 5巻(2015年9月7日)」「三十六計 十(2016年1月11日)」を立て続けに書く。続いて、月曜日〆切の論文校正で、昨年の研究報告以来ずっと誤っていたグラフ二つの差し替え作業を行う。9時ごろ、聴いている音楽で、矢野顕子「ト・キ・メ・キ」が来た! 続いて、論文の校正に着手。
 9時48分、浜松駅に到着。いつもどおりホームがかわっての乗り換えで、ロングシートの静岡行の列車に乗る。『日本まんが』第弐巻を読んで睡眠し、目覚めたら論文の校正作業をする。
 10時34分に島田駅に到着し、ホームをかえての乗り換えになる。その駅の始発の列車待ち。繁忙期でないせいか次が3両トイレなし列車なので、それに備え駅のトイレに行っていた。駅の改札の電光掲示板が沼津行きを誤って興津行きになっていて一瞬あせった。
 折り返しの3両列車が到達し、いつものロングシートで、ほとんどの乗客は降りていったが、外国人っぽい女性二人はそのまま話し続ける。案の定、そこが終点と気付かなかった様子で発車1分前にそれに気付き、車掌に尋ねて去っていった。良かった良かった。
 10時44分発。論文の校正で、11時12分に静岡駅に到着した頃に、注に同じ文献が出てきていて、気付いてよかった。
 12時3分原駅。いまさらショットサイズの大小について迷う。日本語では大写というがそれと対応するのか、それともショットの範囲のサイズで間逆なのか。とりあえずネットに繋がるまで保留。12時10分沼津駅到着。すでに次の列車が来ていて、対面乗り換え。
 12時21分発のロングシート。それでも論文校正しつつ、20分で熱海駅に到着する。12時41分着で9分余裕があり、いつものようにホームかえて乗換で、東京行きの列車の前で、180円の切符と「熱海駅」の標識を同一フレームに収めようとカメラを構えている女子がいた。もしや近郊切符の周遊乗り中なんやろか。
 12時50分発、ロングシートだけの車両や固定式クロスシートの混在車両やらある。混在車両を選ぶもロングシートを選択。論文校正しつつも13時12分小田原駅で居眠り開始。起きてすぐ『日本まんが』第弐巻を読む。14時34分新橋に到着する。東京メトロ銀座線に乗り溜池山王駅で東京メトロ南北線に乗り換え、14時46分に永田町駅に到着。そこから有楽町線のホームを通り抜けて、国立国会図書館新館に到着する。

・東京本館|国立国会図書館―National Diet Library
http://www.ndl.go.jp/jp/service/tokyo/

 一応、目下の研究対象の『月刊コミックトム』の閲覧申請を端末から出すものの、まず手元の買い換えて間もないノートPC(ThinkPad X61)でも国会図書館の公衆無線LAN(Wi-Fi)サービスが使えるよう、事前申請していたので、カウンターに行ってパスワードをもらい(というかパスワードがいることをすっかり忘れていた)、先ほどの三国志ニュースの記事をアップしたり、道中気になっていたショットサイズの意味についてネットで検索したり、雑事を多くこなしていた。

・公衆無線LAN(Wi-Fi)サービス
http://www.ndl.go.jp/jp/service/tokyo/data_eips.html#09

 ショットサイズに関しては杯の大きさや弾丸の大きさなど目的でない多くのページの中から下記のページにいきあたる。

・Shot size - Learn about film
http://learnaboutfilm.com/film-language/picture/shotsize/

・Mastering Film » Directing – Shot Size and Selection
http://masteringfilm.com/directing-shot-size-and-selection/

 前者に「For an emotional scene, try starting with fairly loose framing (maybe mid shots) and then use bigger and bigger closeups to build up the intensity.」という表現があって、「bigger closeups」でクローズアップ=ショットサイズが大きいで認識が良いかと。後者では「A creative variable crucial to the director’s visual vocabulary and storytelling toolbox is shot size, which refers to the size of the subject in your frame.」という文があって、「the size of the subject in your frame」とのことで対象の大きさだから認識があっているという結論に至った。
 結局、雑事が多すぎて研究は何も進まず、結局、ノートPCでWi-Fiが使えるようにしただけが今日の成果となった。そういや前回訪問時に、端末にセットするカードが裏返しでも使えることを知った(隣の人がしてた)。カードに氏名が書かれているので個人情報保護的な裏技だ。それと下記関連記事のちょうど一ヶ月前の土曜日と同じく、みなもと太郎『風雲児たち』を読んでいた。特に順序良く読もうと思っていなかったせいか、1614年の「大坂冬の陣」の前で豊臣側の浪人が大坂城に集結する場面だった。

※関連記事 歴史酒場 銅雀台(2015年6月1日-2016年5月15日)

 やはり基本パロディーマンガなせいか、何の歴史的解説もなく真田十勇士も登場し、しかもその真田十勇士は真田幸村を含め杉浦茂先生のキャラクターで描かれていて、これも特にツッコミなしのギャグになっていた。後日、知ったのだけど(というより「再認識」という表現が適切か)、杉浦茂先生の代表作は『猿飛佐助』であり、それは下記関連記事で触れた集英社の「おもしろ漫画文庫」シリーズにも名を連ねている。

※関連記事 三国志(1953年6月30日)

 また前述した荒俣宏/編著『日本まんが』第弐巻によると、p.324に荒俣宏さんと、みなもと太郎先生との対談にて、

━引用開始━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
みなもと あれは、最初は一〇円ですよ。集英社の「おもしろ漫画文庫」は七円。
━引用終了━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

とあり、「おもしろ漫画文庫」シリーズは貸本流通にのっていたこともわかるし、なぜか他の貸本に比べ安いこともわかる。
 16時半ぐらいに建物を出て、東京メトロ有楽町線で市ケ谷駅まで行き、JR中央本線に乗り換え、代々木駅で降りる。しばらく食事にありつけそうにないので、前述の関連記事で触れた一ヶ月前と同じくBURGER'S BASEを目指す。そのときと違って、小雨が降る中だ。

・Burger's Base
http://www.facebook.com/BurgersBaseCafediner

 一ヶ月前と同じく佐世保バーガーを注文するものの一ヶ月前と違ってサイドメニューにサラダを選んでいた。美味しく頂く。また機会があったら来よう。その後、父子三人連れが来て、その兄が弟に偽教育的に英語の知識を披露している様がなんだか微笑ましかった。
 それで今回の旅のメインの目的である(いや個人的なメインの目的はむしろ論文校正かもしれないが)、次回三国志フェスの初回の軍義の会場へと向かう。山手線で新宿駅まで行き、開始時間が迫っているので、小雨の中、急ぐ。しかし、初めて行く会場の地図をk事前に見るのを忘れており、会場となる喫茶室ルノアールの支店名に区役所が混じっていることだけを覚えていて、雨の中、区役所通りを行ったりきたり、少し横丁に入ったりしていたが、見つからず終いだった。おかげで芸人のじゅんいちダビッドソンさんやTAIGAさん御用達のオールディース生演奏でツイストが踊れる新宿メモリーズを市役所裏で発見…いや、もちろん三国とはまったくもって無関係なんだけど、アキラさんによると(下記の雑記のとき)、本田圭佑選手の物真似コントで「R-1ぐらんぷり2015」に優勝したじゅんいちダビッドソンさんはそれより前はアメリカ・ベストスリーとか称して当たり前のことを言うネタをやっていたそうで、TAIGAさんに似たネタなんだけど、『アメトーーク!』2015年4月17日放送分「お酒 飲みすぎちゃう芸人」に出演した、じゅんいちダビッドソンさんによると、TAIGAさんとは飲み仲間で、この新宿メモリーズに行って誰が一番アメリカンかツイストを踊って決めようとして結局はみんなアメリカンだという定番ノリがあるそうで。これについてアキラさんが店主の「すいばら」に行っておしゃべりしたいところやね…三国とは全然関係ないが

・東京 新宿 広島 博多 メモリーズ memories
http://s.live-memories.com/

※三国と無関係な雑記<
・ビッグマッチを前に気持ちよく勝ちたい (※2014年3月9日の雑記)
http://cte.main.jp/calcio/blog.cgi?n=959

・テレビ朝日|アメトーーク!
http://www.tv-asahi.co.jp/ametalk/

・すいばら
http://tinyurl.com/kvmtjdk

 結局、区役所どおりのローソンに入り、漢字一文字の姓の人しか見えない、中国語で私語を発していた店員さんにルノアールの場所を尋ねるに、丁寧な日本語で、ミスター・ドーナツの角をまがったところにあるといわれる。そこにいくと、貸し会議室(マイルームとかいう呼び名だっけ?)の店舗の地図が示されていて、結局、目的の喫茶室ルノアール 新宿区役所横店は区役所の裏手、つまり新宿駅から見て新宿メモリーズの奥にあった。

・喫茶室ルノアール 喫茶室ルノアール 新宿区役所横店 | 店舗検索|ルノアール
http://standard.navitime.biz/renoir/Spot.act?dnvSpt=S0107.6

 というわけで18時12分到着。後ろ向きになってもおかしくないシチュエーションだったけど、終始前向きで生産的な話し合いでよかった。予定通り、きっちり18時から20時まで開催し、その後、近くの四川料理店で6人全員でメシ。多分、金燕酒家新宿歌舞伎町店。

・四川西安料理 | 金燕酒家(きんえんしゅか)
http://www.kinensyuka.jp/

  東

 想さん 伏竜舎さんさん、おさっちさん

   テ  ー  ブ  ル

 雄さん 清岡 USHISUKEさん

  西(入口方向)

 清岡はUSHISUKEさんと雄さんとは2015年4月25日土曜日の「三国志 義兄弟の宴」以来で、他の面々はおそらく「三国志フェス2015 水魚の交わり」以来だ。

※関連記事 三国志 義兄弟の宴(2015年4月25日)

 清岡はジンジャエールを注文。伏竜舎さんが三国志フェス2015でお世話になった青島ビールを注文していたのには感心した。

・三国志フェス2015水魚の交わり 後援:中国大使館文化部他
http://3fes.sangokushi-forum.com/2015/
三国志フェス2015 水魚の交わり

 別に三国のオフ会でもなんでもないんで、よもやま話がメインなんだけど、その中でも具体的には全部かけないが、日本全国同時多発的に三国のコンテンツが沈んでいるという話題が印象的だった…と清岡が話を振ったのだけど、その一端は下記関連記事参照のこと。

※関連記事
 亀戸の中華料理店 三國志休店(2015年4月?)
 石城の里 三国志城 休館(2015年4月22日-)
 2015年三国志祭(2015年10月12日祝日)

 そういった感じで多くが沈んでいるんで相対的な効果もあって、坂本和丸さんやおとぼけさんの活躍が今、抜きん出ていると。下記関連記事参照。あと渡邉義浩先生の出版ペースも話題になっていたっけ。

※関連記事
 歴史酒場 銅雀台(2015年6月1日-2016年5月15日)
 はじさんチャンネル 第2回目(2015年6月14日)
 三国志 英雄たちと文学(2015年7月12日)

 人との繋がりという意味では最近、脈絡なく唐突に隼鶻さんからメールを頂いたと清岡はUSHISUKEさんとおさっちさんに向けて申していた。おさっち(おりふ)さんには隼鶻さんのことがしばし通じなかったんだけど、今、思い起こすに東京麺通団に一緒に行った人と告げればよかったか(下記関連記事参照)。おそらく清岡は隼鶻さんとその2007年2月17日土曜日開催の「三国志ファンのための新年会2007」以来、会ってないかと。

※関連記事 三国志ファンのための新年会2007 三次会以降

 その流れで、そういえばRiangさんとは2008年5月31日土曜日開催の赤兎馬Presents「三国志の宴3」以来、会ってないと清岡は申し上げるとおさっちさんは三年前ぐらいまで会っていたそうで。

※関連記事 赤兎馬Presents「三国志の宴3」レポ

 そんな感じで小一時間、会食をした後、新宿駅で解散となる。清岡を含めその6人の中の半数が「歴史酒場 銅雀台」に行くこととなり、埼京線各駅停車に乗り込む。板橋駅おりたぐらいで清岡が2008年10月放送の視聴者参加番組『BS熱中夜話』にみられた歴史ファンの違いを話したら、想さんが食いついた。USHISUKEさんとおさっちさんが出演していて、どんな感じで取り上げられたが語っていた。おさっちさんは夏侯惇の話と卑弥呼の話の二つも放送されていた。

※関連記事 BS熱中夜話でテーマ「三国志」予定

 それと下記リンク先にあるように、番組のご意見番が石井仁先生になったと思っていたら、最終的には加藤徹先生になったこととかも想さんに伝えていた。

・計画(「三国志ファンのためのサポート掲示板」、通称、サポ板内ツリー)
http://cte.main.jp/c-board.cgi?cmd=ntr;tree=3079

 それで目的の建物に入り、実はエレベーターを使うのがスタンダードのようで、清岡は前回、階段を使ったので、初エレベーター。それはコンパクトなものだった。逆に他の二人は階段を使ったことがないそうで。ちなみに想さんは歴史酒場銅雀台の常連さんといえるぐらい通っているそうで。

・歴史酒場銅雀台
http://doujakudai.blog.fc2.com/

・7月4日(土)『祝☆おかげさまで開店1ヶ月もちこたえられました祭り』
http://doujakudai.blog.fc2.com/blog-entry-22.html

 入ると、お客に竜牙堂さんがカウンター席に座っておられて、なんだか流れ的に奥のテーブル席に行きそうになったが、よくよく考えたら、そっちに行く必要もなく、それに店主の和丸さんや店員のモリスさんらとおしゃべりしたいので、カウンター席へ。左から清岡、おさっちさん、想さん、竜牙堂さんの並び。
 想さんはカクテルの「近藤勇」を注文していて、和丸さんがその浅葱色のカクテルを「はい、近藤さん」と渡したもんだから、一瞬、近藤というお客さんがいるのかと思ってしまった。そして、そのカクテルとお店の副店長らと記念撮影。
 清岡は前回と同じく「赤壁大戦」を注文し、記念撮影。その向こうに写るのが『三國志II 武将FILE』であり、和丸さんによると、話のネタになるかとカウンター席に展示しているそうで、見事、清岡はその術中にはまっていた。
 というのも、1991年の出版で、タイトルどおり光栄(現・コーエーテクモゲームス)のシミュレーションゲーム『三國志II』内の人物ごとのページ構成で、主要人物には特に解説もなく『三国演義連環画』(上海人民美術出版社1956-1964年)からの絵が添えられてある。

※関連記事 三国演義連環画(1956-1964年)

 巻末に参考文献があるが、そこに『三国演義連環画』やその訳本の記載はないのだけど、ゲーム中の顔グラフィックスと共に『三国演義連環画』の絵が添えられているものだから、まるでその連環画作品から忠実に取材していると主張しているようなページ構成になっている。前作のシミュレーションゲーム『三國志』も『三国演義連環画』を参照にしているそうなんだけど、副読本の「武将FILE」は『三國志II』からなので、『三国演義連環画』の受容表象が一目瞭然なのはこの『三國志II 武将FILE』が適当なのだろうな、と思っていた。

※追記 シブサワ・コウ35周年記念キャンペーン情報第1弾公開(2016年10月28日)

 実は銅雀台に来るまでの道中、あまり日本の歴史に詳しくない想さんがおさっちさんに何かしらのベタなエピソードを聴くことにしようという軽い約束事だったんだけど、清岡が話を振って石田三成の三献茶や長篠の戦いについてぐらいのエピソードを語るぐらいで結果的に終わってしまっていた。というのも和丸さんの術が効き過ぎたせいか、『三國志II 武将FILE』からおっさんの懐かし話無双になっていて、想さんにシミュレーションゲーム『三國志』シリーズのプレイを勧めていた。想さんは同じコーエーのゲームでも『真・無双検索』シリーズでよく遊んでいたとのことで、それと比べるとシミュレーションゲームの方はストーリーがないのが難点だそうで。そこで清岡は『太閤立志伝』などのリコエイションゲームを勧めていた。
 あと背後の本棚に光栄の読者投稿本『歴史パラダイス』がそろっていて、それは1995年からの出版だそうで、Vol.3ぐらいまでぱらぱらとめくっていて、「北海道/ちきんぢょーぢ」さんが荒川弘先生の絵に似ていると清岡は指摘していた(今、ネットを検索すると普通にWikipediaに載っているね)。そうするとおさっちさんから目の付け所が清岡さんと言われる。

※関連記事
 まとめメモ:歴史パラダイス
 三国志魂(スピリッツ) 上(2012年3月28日)

 あと『歴史パラダイス』に「魏ファンに朗報」として連載一年目のマンガ『蒼天航路』が紹介されていたのは、受容形態としては面白いね。ちなみに『蒼天航路』は1994年10月27日発売の『週刊モーニング』1994年47号(11・10号)から連載開始だ。

※関連記事 漫狂 2号「特集・横山光輝」(1979年11月25日)

 そこと同じところに書いてあったのだが、前々から疑問に思っていた片山まさゆき『SWEET三国志』の掲載誌は『ヤングマガジン海賊版』とのこと。また国会図書館に行ったら、初回掲載などを調べないとね。

※関連記事 大トロ倶楽部(1987年4月17日-1990年7月20日)

 その流れでマンガ家の話の流れで、下記関連記事で触れた『STOP 劉備くん!』でおなじみの白井恵理子先生の話をしたんだけど、それはさっぱり伝わらなかったんだけど、少なくとも想さんに『STOP 劉備くん!』がどんなマンガ作品かが伝わってよかった。

※関連記事 横山光輝三国志(1991年10月18日-1992年9月25日)

 あとそれと連続していたかどうか忘れたが、マンガの話で、前回来たときに清岡が国会図書館で読んでいた『月刊コミックトム』に連載してあった、幕末マンガの、みなもと太郎『風雲児たち』について語ったんだけど、さすがに和丸さんはその作品のことはおぼえていらっしゃらなかったんだけど、その後、そのマンガを熱心に勧めるお客さんがいらっしゃったそうで、それで覚えたそうな。
 その日は「祝☆おかげさまで開店1ヶ月もちこたえられました祭り」で一ヶ月記念の日だということで、一度みなで乾杯し、この一ヶ月の間のいろんな話を和丸さんやモリスさんから伺っていた。
 それでどういった順序か忘れたけど、竜牙堂さんやおさっちさんがお帰りになられたけど、奈良さんが来店されていた。清岡は思わず握手してしまったよ。
 奈良さんがいらっしゃるときに銅雀台で何かイベントをするって話になり、上映会?とかあれこれ暖めてあるアイディアがあるんだけど、その中でも、誰か講師を呼ぶ?いや和丸さんが語る場に、って話になっていた。いつも司会をされているので、意外と和丸さんが語る場がないそうで、そうなれば、武安国について語る、と和丸さん。お店にはスクリーンがないけど、ゲーム用のモニターがあり、しかもPCと接続できそうでプレゼンに使えそうだった。そこで一人一人にプレゼンができる?、って話になっていた。それだと30分ぐらい?という話の流れで、社交辞令だろうけど、想さんから30分だと短い、三国志学会第九回京都大会のときのことをもっと聴きたいといわれ、普通に嬉しがる清岡。

※関連記事 三国志学会 第九回大会(2014年9月6日13日土曜日)

 あとお店についてのアイディアで、清岡からスポーツバー「ミラニスタ」のスタンプカードを見せ、銅雀台ではこういうのやらないの?と話をふる。そうすると単純に経費が払えないと和丸さん。そしたら、想さんがそれを作るとか、クラウドファンディングやれば?とかカクテルごとのスタンプにすれば?とかいろんなアイディアが出て、あとは奈良さんが採算の観点から一般的にあまりメリットが出にくいという話をされていた。
 23時40分ぐらいに、我々も帰ろうとしたとき、オープン前にいらっしゃったお客さんが二人連れでいらっしゃっていた。そのお客さんを交え『三国志演義』の「桃園結義」を模した乾杯をした後(我々は本日二度目)、入れ違いみたいな形になる。帰りは階段を通って帰る。思ったより急だった。
 想さんと奈良さんとは帰る先が逆方向だったので、板橋駅のホームで別れ、清岡は24時28分新宿発の西行きの中央本線普通に乗り、阿佐ヶ谷駅で降りる。雨が降っていたが、目的地の「ミラニスタ」は駅近くにあるのでそれほど問題にはならない。

・東京のスポーツバー ミラニスタ
http://www.milanista.info/

 その日は特にミランのマッチがあるわけでなく、というよりカルチョはシーズオフなので、脈絡なく現れたわけなんだけど、左から二つ目のカウンター席に座り、ノートPCで論文校正の作業をしていた。いや、その前に入っていきなりオーナーさんから「シャーラウィやばい」と言われる。つまりはこのシーズンオフの時期にミハイロヴィッチ新監督になってフォワードが大勢補強され、しかも今までと違うフォーメーションを採用するとかで、清岡が贔屓のステファン・エル・シャーラウィの居場所がなくなるという意味だ。そこで清岡は下記のリンク先の公式サイトの記事のことに触れ、インサイド・ハーフを試すという監督発言について触れていた。

・AIMING HIGH | News | AC Milan
http://www.acmilan.com/en/news/show/157890

 それで清岡は論文校正に気合を入れるため、最終的に、カプチーノ、フィッシュ&チップス、ジンジャエールと、むしろミランのマッチがあるときと同じぐらい注文してた。
 店内は若手のダーツプレイヤーがいらっしゃるとかで、二名で一台のダーツマシーンで盛んにプレイされていたんだけど、何だかオーナーさんがおっしゃる単語がダーツ関連に聞こえない。ダーツマシーンを見ると、そこのモニターに映っていたのが、『進撃の巨人』の巨人だった。どうもダーツマシーンのメーカーと講談社のコラボレーションとのことで、ちゃんとダーツで巨人を討伐する内容で、討伐した巨人の数が表示されていた。

・DARTSLIVE×進撃の巨人 [後編] ~自由の翼~
http://www.dartslive.com/jp/feat/anifes/shingeki/

 そのうち、常連のムラタさんがいらっしゃって、カウンター席の一番左端に座られる。そこで清岡から、歴史酒場銅雀台で「ミラニスタ」のスタンプカードを見せた話をする。オーナーさんによると、「ミラニスタ」でスタンプカードを作ったのは採算の観点ではなく、常連さんへのサービスが何もなかったので何か、ってことで作られたそうな。あと主にダーツ客を通じた宣伝効果も狙ってのことで、ダーツケースに入れられるようにしたそうな。他の店でダーツをするときにスタンプカードが目に付くと。そしてある意味、清岡は見事その術中にはまり、他の店である歴史酒場銅雀台で皆に見せていたということに気付く(笑)。でもミラニスタのスタンプカードは、実のところ、3月末に今の店舗に移って以来、新たに発行されず廃止だそうで。
 (今の)歴史酒場銅雀台は前述の通りオープンして一ヶ月経った程度という話題で、そこからムラタさんの口から昔の「ミラニスタ」のことをあれこれきけてよかった。ACミランをコンセプトとした、かなりニッチな店、しかも阿佐ヶ谷のような飲み屋激戦区にあるだなんてどんなに尖った店かと思い、足を運ぶと、緩いノリで何のサッカーの試合見ますか?と言われ驚いたそうで。あとムラタさんはいつかインテリスタ支店ができると信じていらっしゃるようで、今、ちょうど隣にインテリスタというお店を作ったら面白いというネタ話に発展していた。さぞデルビーでは得点/失点するたびに本場サン・シーロさながらの声援や怒号で面白いことになっているだろうと。
 とまぁ、論文校正の作業をしながら歴史酒場銅雀台の話をしていたら、ムラタさんから好きな時代を効かれ、三国志マンガ研究の話になったんだ。下記関連記事にあるようにムラタさんには清岡が国立国会図書館に足を運んでいることが知られていて、そういう意味ではその話の続きにあたるのかな。

※関連記事 大トロ倶楽部(1987年4月17日-1990年7月20日)

 その中では日本マンガ学会に興味をもたれていたようで、清岡に対し「(マンガを)描く方なのか評論する方なのか」と質問を投げかけていた。そのどちらでもないのだけど、それは結構、的を射た発言で、マンガ研究の母体がマンガ評論家の集まりだったと聞き及んでいたので。反対に、マンガの編集者の参加はあまり見られない、という話もムラタさんにとって想定内だったらしい。それは本職が編集で、素人の清岡からは偏見っぽく聞こえるぐらいの編集者の特性から推察できるそうな。
 それで清岡が目の前で校正していた論文の一段分を「この『そこまで』の『そこ』ってどこ?」と一撃で校正して下さる。深夜遅くだったせいでそのときの清岡は頭が回らず、うまく答えられなかったんだけど、後から見るとその論文は研究報告のレジュメの文が元になっているため、冒頭の文を大幅に変えており、その名残で「そこまで」という行き先のない代名詞が残っていたようだ。数時間後、「そこ」を「官渡の戦い」と差し替えた。それと職業柄なのか「1センテンスが長い」と連呼されていた。まぁね。
 明け方近くで5,6人のダーツ客がいらっしゃって、賑やかになっていて、始発の時間となり、清岡は予定通り、5時に店を出る。次の来店は7月25日土曜日だ。

 一筆書き乗車の関係で、中央本線を西に行くべく5時9分高尾行に乗る。ロングシート。ところが熟睡してしまったようで、目覚めたら、高尾行のはずの乗っている列車がいつの間にか反対方向の東京行になっていいて、寝ぼけた頭なりに慌てて降りたら日野駅だった。日野駅6時32分発の列車に乗りなおし、予定では6時35分八王子駅発なので4分ぐらいのビハインドだ。予定では甲府駅近くのスターバックス コーヒーで時間調整も兼ねて一時間ばかりネットにつないでくつろぐはずだったが、それが丸々なくなるようだった。逆にいれば、その予定時間のおかげで帰宅時刻に影響がでないのだけど。
 7時2分高尾駅発のクロスシートの列車。行きと違って、ちゃんと『エレ片のコント太郎』のポッドキャストをダウンロードしておいたので、それを聞きながら論文校正作業。聞き終わっても音楽にかえて論文校正作業続行。それは8時53分甲府駅発(そこには8時38分到着)のクロスシートの列車でも同じ。だけどさすがに眠くなってきて、9時47分信濃境駅あたりで居眠り開始する。10時41分塩尻駅に到着し、ホームをかえての乗換えで、すでに次の列車が待っていた。今度はロングシートの列車だ。でも12時前の上松駅まで居眠りしていた。そこからようやく論文の本文の校正を終え、注の校正に移る。12時54分に中津川駅に到着し、いつもどおり同じホームでの時間差での乗換えだった。13時20分発名古屋行。そこから図版のデータをまとめていた。でも結局、眠り眠りの作業で。
 ここでようやくこの記事の表題にある本題なんだけど、米原駅に到着する前に、この旅に持ってきていた、荒俣宏/編著『日本まんが』第弐巻「男が燃えた!泣いた!笑った!」(東海大学出版部2015年1月20日発行)を気分転換に読んでいた。その書籍は荒俣宏さんがいろんなマンガ家と対談する内容で、ちょうどこの旅でもちょいちょい触れた、みなもと太郎先生との対談のところだった。

・東海大学出版部 TOKAI UNIVERSITY PRESS
https://www.press.tokai.ac.jp/

・東海大学出版部|書籍詳細>日本まんが 第弐巻
http://www.press.tokai.ac.jp/bookdetail.jsp?isbn_code=ISBN978-4-486-02050-9

 ちなみに荒俣宏さんは三国志ニュース的には下記関連記事で触れた番組の回にてご意見番として出演されていた。

※関連記事 ザ!鉄腕!DASH!!(NTV2010年3月7日放送分)

 話を戻し、この旅でも、みなもと太郎先生の代表作といえば『風雲児たち』なんだけど、この書籍のp.365によると、関ヶ原から坂本龍馬の旅立ちまでが無印の『風雲児たち』で、それ以降が『風雲児 幕末編』だそうでリイド社の『コミック乱』で連載中とのことだ。

・コミック乱|株式会社リイド社
http://www.leed.co.jp/magazine/ran/

 それで三国と関係するところは下記に引用するみなもと太郎先生の発言のところだ。

p.366
━引用開始━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
でもね、褒めてくれる人にとにかく説明するのは、「歴史は素材にすぎません」と。僕はあくまでまんが家なのであって、歴史に詳しく描き出したわけではない。ただ、あのとき「コミックトム」で連載開始の時は、あの本に『ブッダ』(手塚治虫)と『三国志』(横山光輝)の二大大河ドラマが載っていた。インドと中国のお話をやっていて、日本をやらないのはおかしいんじゃないかという気持ちがあったからです。あと、当時、テレビの教養番組かなにかで、三国志を取り上げていて、解説者の教授が「中国のような歴史の古い大陸だから、こんな作品が生まれる。せせこましい島国の日本から大河ドラマは生まれ得ない」とか言っているので、ムカッとして「なら、おれが描いてやる」という気持ちが制作動機ですね。基本的に僕はアマノジャクなんです。幕末が好きだから、時代劇が好きだから、坂本竜馬が好きだから、というのでやり出したわけではない。
━引用終了━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 つまりは『風雲児たち』は実のところ、手塚治虫『ブッダ』と横山光輝『三国志』に対する反動形成的に制作開始されたようだ。それにしても引用にある解説者の教授が気になる。1980年前後で「作品」と称しているのだから中国文学の人なんだろうけど。

※次の三国関連の記事 EXPO三国志(1992年7月24日-26日)

※追記 SWEET三国志(1992年2月25日-1995年5月25日)

※追記 レポ:兀突骨に行くまで(2015年8月1日)

※追記 メモ:三国志サミットが始まるまで(2015年11月21日)

※追記 歴史酒場 銅雀台 閉店(-2016年5月15日)

※追記 1980年代日本における「三国志演義」翻案作品のファン層形成(2016年6月25日)

※新規関連記事 横山光輝『三国志』が大好き! (ケトルVOL.37 2017年6月14日)

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