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掲示板 件名 最新投稿

リンク:「尹湾漢墓簡牘の基礎的研究」


  • 2010年1月13日(水) 23:38 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    3,148
研究 ※前記事 リンク:「漢代の扁書・壁書」

 漢代においての地方官吏の日常については前々から興味があって、下記掲示板の書き込みにある論文について気になっていた。

・Re:司馬師や司馬昭の仕官はじめはいつ?  (※「三国志ファンのためのサポート掲示板」投稿)
http://cte.main.jp/c-board.cgi?cmd=one&no=2546

 その論文は下記の論文。

高村 武幸「秦漢代地方官吏の『日記』について」(『古代文化』54(9) (2002) pp.22-33,63-64)
http://ci.nii.ac.jp/naid/110000449115

 下記関連記事で触れた高村武幸/著『漢代の地方官吏と地域社会』の「後記」によると、この論文は大幅に書き改められた上で、この書籍の「第二部 漢代官吏の社会と生活」の「第一章 秦漢代地方官吏の「日記」について」に収録されたという。

※関連記事 『漢代の地方官吏と地域社会』(汲古叢書75 2008年)

・株式会社汲古書院
http://www.kyuko.asia/
・汲古叢書 75 漢代の地方官吏と地域社会 - 株式会社汲古書院
http://www.kyuko.asia/book/b9728.html

 その漢代の部分の元となる史料は尹湾六号漢墓簡牘であり、中でも「元延二年日記」と命名された冊書が主となる。前述の論文に先んじて、基礎的研究の論文が下記のようにあり、ウェブ上で閲覧できる。

西川 利文「尹湾漢墓簡牘の基礎的研究──三・四号木牘の作成時期を中心として──」(『文学部論集』第83号 (199903) pp.1-17 佛教大学)
http://ci.nii.ac.jp/naid/110006473019

CiNii

リンク:噂をすれば影(ニュースな史点2010/1/11の記事)


  • 2010年1月12日(火) 20:00 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    2,438
ネット ※関連記事 「三国志ニュース」デザイン大幅変更(2009年7月20日)

上記関連記事にあるように、元々「三国志ニュース」はサイト「りゅうぜんず」の「永安日報」に倣っているのだから、他のサイトの更新情報などを中心になりそうなものだけど、実際はほとんど記事になっていない。
三国志に関する更新などの機会があれば紹介しようと思っているサイトはいくつかあるんだけど、なかなか切欠が掴めずにいた。
それらのサイトの中で、今回、紹介できる機会があったのはサイト「徹夜城の多趣味の城」。下記の関連記事にあるように、以前、そのコンテンツで「歴史映像名画座」は少し触れたことがある

※関連記事 三国志 武将列伝(2009年9月4日)

今回はそれではなく「ニュースな史点」というコンテンツの2010年1月11日の記事「噂をすれば影」についてだ。「ニュースな史点」は時事ニュースと歴史を絡めた、読んで楽しいコラムとなっている。

・徹夜城の多趣味の城
http://www2s.biglobe.ne.jp/~tetuya/TETUYA.HTML
※ここのサイトの「史劇的な物見櫓」→「ニュースな史点」→「2010年1月11日の記事」と辿る

ここで一旦、個人的な話になるんだけど、数年前に「ニュースな史点」を知って、その時点で、1999年2月からのバックナンバーを読み、昨年辺りでようやく現行に追い付いていた。

それで「噂をすれば影」はどんな内容の記事かというと、昨年末に曹操の高陵が発見されたという報道について読みやすくまとめられている。ちなみにその報道については「三国志ニュース」でも下記関連記事に取り上げている。

※関連記事 リンク:曹操高陵在河南得到考古確認(2009年12月27日)

※追記 ダメ人間の世界史(2010年3月16日)

※追記 リンク:模範解答でいいのか(ニュースな史点2012/4/30の記事)

リンク:「漢代の扁書・壁書」


  • 2010年1月11日(月) 17:57 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    3,443
研究 ※前記事 リンク:「漢代における郡県の構造について」

 このシリーズで同著者の論文へのリンクが続いたので、別の著者の論文へのリンクを張る。元々は『史林』がオンラインで公開されていないか、確認のため、CiNiiで検索をかけていたときに見かけた論文。

・The Society of Historical Research
http://wwwsoc.nii.ac.jp/shr/

 それが下記の論文。「関西学院大学リポジトリ」にも収録されている。

佐藤 達郎「漢代の扁書・壁書──特に地方的教令との関係で──」(『関西学院史学』35号 (200803) pp.83-98 関西学院大学)
http://ci.nii.ac.jp/naid/110007153041

CiNii

GyaO!で『三国演義』『関公』


  • 2010年1月10日(日) 12:37 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    2,396
テレビ 『岡田斗司夫のひとり夜話』(GyaOジョッキー)のアーカイブを見ているときに気付いたんだけど、下記のリンク先にあるようにサイト「GyaO!」で『三国演義』(中国中央電視台制作)が9話まで、『関公』は5話まで公開されている。『三国演義』の方は「GyaO!ストア」での消費に引き込む意図が明確になっている。メモがてら記事にしておく。

・無料動画 GyaO![ギャオ] | 映画、海外ドラマ、アニメ、音楽、お笑い、バラエティ、スポーツほか映像配信中
http://gyao.yahoo.co.jp/


・三国志 話数限定 第1話「劉備・関羽・張飛の義兄弟の誓い」前編|三国志 話数限定|ドラマ・アジア|無料映像 GyaO![ギャオ]
http://gyao.yahoo.co.jp/player/00718/v07236/v0723600000000524025/

※関連記事 GyaOで『三国演義』(中国中央電視台制作、2008年7月15日)

※追記 GyaOで『三国演義』(中国中央電視台制作、2012年2月6日-)


・関羽 話数限定|ドラマ・アジア|無料映像 GyaO![ギャオ]
http://gyao.yahoo.co.jp/p/00718/v08088/

※関連記事 中国歴史ドラマ「関羽」(BSジャパン、2008年7月22日)


桜井茶臼山古墳:副葬銅鏡が81枚に 卑弥呼時代のものも(毎日新聞2010年1月7日)


  • 2010年1月 9日(土) 23:11 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    2,716
新聞 出遅れた感があるが毎日新聞の記事へリンクしておく。2010年1月7日に奈良県立橿原考古学研究所が発表したのが記事になっている。

・毎日jp - 毎日新聞のニュース・情報サイト
http://mainichi.jp/

・桜井茶臼山古墳:副葬銅鏡が81枚に 卑弥呼時代のものも - 毎日jp(毎日新聞)
http://mainichi.jp/kansai/news/20100108k0000m040033000c.html

・奈良県立橿原考古学研究所
http://www.kashikoken.jp/

この記事によると、桜井茶臼山古墳に副葬された鏡に「正始元年」の銘文が入った三角縁神獣鏡が見つかったってこと。
倭で「正始」の年号といえば、何度も引くけど、下記のように『三国志』魏書東夷伝の卑弥呼が亡くなるまでの記述に出てくる。正始元年(紀元240年)は帯方太守の弓遵が建中校尉の梯雋らを遣って倭国に詣で詔書と印綬を奉り仮倭王にした年だね。その記述では確かに贈っているものに鏡が含まれている。

・『三國志』卷三十魏書第三十烏丸鮮卑東夷傳

正始元年、(帶方)太守弓遵遣建中校尉梯雋等奉詔書印綬詣倭國、拜假倭王、并齎詔賜金・帛・錦罽・刀・鏡・采物、倭王因使上表答謝恩詔。其四年、倭王復遣使大夫伊聲耆・掖邪狗等八人、上獻生口・倭錦・絳青縑・綿衣・帛布・丹木・[犭付]・短弓矢。掖邪狗等壹拜率善中郎將印綬。其六年、詔賜倭難升米黄幢、付郡假授。其八年、太守王頎到官。倭女王卑彌呼與狗奴國男王卑彌弓呼素不和、遣倭載斯・烏越等詣郡說相攻撃状。遣塞曹掾史張政等因齎詔書・黄幢、拜假難升米為檄告喩之。卑彌呼以死、大作冢、徑百餘歩、[犭旬]葬者奴婢百餘人。更立男王、國中不服、更相誅殺、當時殺千餘人。復立卑彌呼宗女壹與、年十三為王、國中遂定。政等以檄告喩壹與、壹與遣倭大夫率善中郎將掖邪狗等二十人送政等還、因詣臺、獻上男女生口三十人、貢白珠五千、孔青大句珠二枚、異文雜錦二十匹。

※関連記事 リンク:卑弥呼の墓