Site Calendar

サイトカレンダをスキップ

2020年 09月
«
»
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30

NAVI

ログイン

ログイン

新着情報

記事

-

コメント (2日)

-

トラックバック (2日)

-

リンク (2週)

新しいリンクはありません

QRコード

QR code

アンケート

三国志ニュースのレポート系記事

三国志ニュースで書いて欲しいレポート系記事はどれ?

  •  三国志フェス
  •  三国志学会大会
  •  関プチ5全国ツアー
  •  魏晋南北朝史研究会関連
  •  三國夜話
  •  六間道三国志祭
  •  三国志TERAKOYA4
  •  三国志 義兄弟の宴
  •  東アジアの『三国志演義』/ベトナムの『三国志演義』
  •  zip,torrent(トレント),rar,lha,mediafire,pdf,DL(ダウンロード),nyaa等を含む検索語句(違法なフリーライド・無料閲覧関連)、あるいはBD・DVD自作ラベル、カスタムレーベル等を含む検索語句(著作権・肖像権侵害関連)に関する調査・研究

結果
他のアンケートを見る | 53 投票 | 0 コメント

PR

清岡的見解:ねこまんまさんについて http://tinyurl.com/nekonomanma3
よくわかるねこまんまさんの問題行動 pdf
gif

掲示板 件名 最新投稿

2005年7月31日「三国志シンポジウム」雑感3


  • 2005年8月28日(日) 20:59 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    2,203
教育機関 ・2005年7月31日「三国志シンポジウム」雑感2からの続き
http://cte.main.jp/newsch/article.php/153


○討論会
司会 渡邉義浩(大東文化大学教授)
東京大学三国志研究会・早稲田大学三国志研究会・学習院大学三国志研究会など。

 昼休みの食堂が混んでいたせいで、我々は20分遅れで会場入りする。当たり前だけど、すでに討論会は始まっていた。
 討論会というから、てっきり各大学の三国志研究会同士が何か三国志にまつわることを討論すると思いこんでいたが、どうやら違うようだ。午前の基調報告ならびに報告に関する質問を各大学の三国志研究会が用意していて、それを順次、報告者に質問していくって形式。
※あとで人伝えで聞いたんだけど、どうもコメンテーターがあらかじめレジュメを見て質問を用意していたようで、その質問内容は発表者側にはあらかじめ報せているようなことはなかったようだ。
 我々が到着していたときは早稲田大学三国志研究会の質問がすでに行われていた。
※質問と回答が1対1という単純なものではなかった(そこらへんが討論?)のと私の聞くテンションが下がっていたので、以下、ほとんどメモ書きになっている。さらに聞き間違え・聞き逃しが多数あると思われるのでご注意を。




▽早稲田大学三国志研究会の質問
・早稲田大学三国志研究会のサイト
http://www.jggj.net/3594

◎三国志はいつ頃、日本へ伝わったか(三国演義の方とのこと)。
(金先生)はっきりとは言えないと思うが三国演義の方は、嘉靖本。朝鮮に入ったのが(嘉靖本ができてから)数十年後だからそれと時をあまり隔てずに同じくして入ったのでは。

◎(日本文学か何かの論文で)太平記と三国演義がかなり似てるという表記。同じぐらいの時期(つまり三国演義ができてからすぐ)に日本入ってきた?
(金先生)三国志平話なども伝わった可能性もある。それより前の平家物語で似ている部分があるって話。能で三国志平話と似ている部分がある。

◎史書にみられる「虎豹騎」と「虎騎」の表記の違いと蜀の虎騎監について
(石井先生)「虎賁」(九錫の一つ?)という言葉から説明。
※このとき、渡邉先生が黒板に「虎賁(こほん)」と「九錫(きゅうせき)」とルビ付きで書いていた。以降もたびたび黒板で用語を書いてくれる。

・下記ブログ「げんりゅうの欣喜雀躍」の2005年8月2日の記事を参考にすると、ここは、げんりゅうさんの質問だったようだ。
http://blog.livedoor.jp/genryu_nori/
(※8月29日追記。上のようなことを書いてトラックバック送信したら、げんりゅうさんが上記ブログ、8月29日付けの記事でさらに詳しいことを書いていただく。質問の動機や上の論文の詳しい情報等ある)

◎三国演義における他の通俗小説からの影響で面白い話は何かないか。
(中川先生)ぱっと思い浮かぶのはないが、花関索伝が三国演義(毛宗崗本?)に取り込まれた過程。あと先生が発見したもので資治通鑑の話が三国演義に取り込まれているって話(嘉靖本にはない)。南京あたりで出版された三国演義では資治通鑑の話、特に呉に関する話が取り込まれている。そもそも三国演義より早い長編の白話小説がぱっと思い浮かばないので影響も思い浮かばない。
(金先生)(逆に)三国演義のストーリーが取り込まれることはたくさんある。呂布が劉備をののしる話。花関索の名前がみえるとか。


▽学習院大学三国志研究会の質問

◎曹操の歩戦令(軍令)と魏の兵戸制(軍制)との関係について。軍制が厳しい軍令を可能にしたのか、厳しい軍令を実行化させるために軍制をつくったか。
(石井先生)兵戸制の簡単な説明から。後漢末から南北朝時代の初期ごろまで兵戸という特別な戸籍をつくった(ある一定の兵士を出すための戸籍)。曹操の兵戸制のきっかけの話とか流民や黄巾賊(青州兵)を取り込んだ話とか。

◎青州兵と軍令とのギャップ。青州兵に略奪が多いことから、それらの兵に軍令が適応されていたのか疑問
(石井先生)今の話は先生の著作「曹操」にも書いている。曹操のエピソードから説明。曹操は青州兵を特別扱いしていた?(降伏したんじゃなく協力関係?) 中世の時代区分の話(領主とか私兵とか豪族とか)。このその他の国の中世(鎌倉幕府を例に)と同じでいいのか。

※ここで司会の渡邉先生から注釈。豪族(≠領主)と中世の捉え方で石井先生と渡邉先生は少数派。基本的な京都大学系の話を紹介(豪族=領主)。それから曹操と青州兵の関係の説の紹介

◎武将の軍事能力の位置づけ。合戦の実際のところ(チャンチャンバラバラじゃない?)。
(石井先生)曹操の武将たちへの事細かな指令の話。

◎陣形のこととか、バトル(千人規模ぐらい?)のこと。バトルの実状は?
(石井先生)バトルレベルだとあまりわからない。

◎最後に俗な質問。諸葛亮について。軍事的に優れていないと言われる風潮がありますがが、私はそれに疑問を持っていますが、石井先生はどのようにお考えですか?
(石井先生)おっしゃるとおりだと思います。名将というか

◎中国には政治的な側面がある。日本では政治的な側面がないのはなぜ
(金先生)簡単にいうと、軍事的に日本はほとんど中国と関係を持っていない。日本は中国の政治システムに入ってないから(三国志は中国の政治的背景があることと関係)。

◎日本では三国演義と水滸伝がともにはいってきたが、韓国ではどうか
(金先生)日本と同じ。需要の仕方に違いはあるが。共通点は多い。


▽東京大学三国志研究会の質問
・東京大学三国志研究会のサイト
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Library/2832/
※この顛末は近日中に上記サイトの日記でアップされるとのこと

◎三国志をどういった経緯で研究しているのか
(金先生)三国志を研究しようと思ったことはない(場内わく)。大学二年のときの花関索伝発見で花関索伝に興味を持ち、花関索伝の研究から入った。戯曲の研究家。
(石井先生)三国志の専門家ではない。六朝史など。
(中川先生)小川先生の影響。授業で詩経の話なのにいつのまにか三国志の話になっていた。修士のときに花関索伝の研究会があった。そのとき、金先生のところへおしかけた(場内わく)。
(和田先生)研究家ではなく一ファンとしてしかお答えできない。サイトで日々、一つ一つ積み重ねていく過程が「三国志」だと。
(渡邉先生)科学者希望だったが高二のときに読んだ小説の三国志がきっかけ。大学のはじめ三国志を研究したい、って人は結構、多いが、みんな止めていった。当時(※今もか?)は「(研究対象に)三国志、何いってんの?」っていう風潮が普通だったとのこと。先生はそのままやってしまった。本を書くと儲かるのは(中国史の分野の中で)三国志だけ(場内、笑)。他の分野は本を書けば書くほど貧乏になる。
※司会に質問するのはルール違反だそうな。
(中林先生)子どものときから漢語読み(三国志も読んだ)。出版社と話していて、気付いたことに、三国志関係の出版は当時、関西の先生ばかりだったとのこと。それで「癪」と感じたとのこと(場内、笑)。曰く「一番、儲かるところをなぜ関西にとられないといけないんだ」(場内、爆笑)。その後、関西じゃない先生方に三国志関連の本を書いてもらったとのこと。やっと三国志関係を関東に持ってきたって話。その流れで今回のシンポジウムがあるってことだそうな(場内、笑いっぱなし。金先生から「私は関西」とツッコミがあったような…)。今後、この世界は若い渡邉先生中心に関東で進んでいく、ってことで締め。

◎三国志平話は庶民、三国志は知識層、演義はどういった層に読まれていた?
(中川先生)読者は誰か?はかなり難しいとのこと。本ですから、字を読める層。そうなると上層部?教養人? 小説は卑下されていたが机の下で実はいろんな人が読んでいた? 三国演義と教養人のエピソードを紹介(教養人が三国演義を読んでいることを知られ恥ずかしい思いをしたという)。

◎<延々と質問者の発表になっている質問> 日本における文化資源としての三国志? コミュニケーションツールとしての三国志?
(和田先生)あまり深く考えたことがない(※この質問だと質問の意図がわからないのは当たり前のような…)
(金先生)金先生のスーパー歌舞伎の話。「劉備が女で関羽と恋仲になる」っていう一作目の話。
http://cte.main.jp/sunshi/off/repo10.htm
主演の市川猿之助さんが先生の本をヒントにこの脚本を書いたとのこと。劉備が女性って考え方は中国で昔からあったとのこと(例えば三国演義で劉備だけがそれを暗示する双刀を持っている)。スーパー歌舞伎に協力している中国の雑伎団がこのストーリーに断固反対したが、タイトルに「新」をつけて「新三国志」ってタイトルにしてどうにか折り合いをつけた、とのこと。中国人にとって「三国志」というのは決まっている(三国演義は許容範囲のフィクションが入っている)。日本ではそういうのはありえる。韓国はその真ん中ぐらい。

◎鼓吹曲の話。蜀のが残ってないのは、漢から引き継いだので元々、なかったのでは?って質問。三国平話や三国演義に鼓吹曲の影響はあるのか?
(金先生)それだと蜀は同時代史的なものを作らなかったことになるが、それはそれで面白い。

◎蜀が史官を置かなかったと陳寿は書いているが、これは陳寿が私怨で悪く書いているから、実際は史官は居た?
(金先生)(史官がいたいないに関わらず)常識的に考えて、誰かが歴史(記録)を残したのは当然あったと思っている(今は記録にない)。呉はすんなり降伏したのに対し、蜀は征服された後に反乱が起こり成都が大混乱となるので史料が散逸したのでは。

※ここで、見に来ていた国士舘大学の津田先生に話がふられる。
(津田先生)諸葛亮のときに史官があったかなかったっていうのは本当にわからない。その後に置かれた可能性もある。史官はなにか?って問題にもかかわってくる。歴史編纂官? 天文官? あと、蜀は後漢の制度をそのまま引き継いでいるんで国史編纂をやっていた可能性はあると思う。
※ここで津田先生からの質問
◎漢の鼓吹曲は○○と□□(※ききとれず)の両方ともある?
(金先生)カンジョにあるだけだと思う。

※リンク追記。
・Re:蜀の史官の存在について   (※「三国志ファンのためのサポート掲示板」内ツリー)
http://cte.main.jp/c-board.cgi?cmd=one&no=3171

◎六朝期を経て兵書が消えていった理由、豪傑たちが重視されなかったこと、兵法が学問として成立しなかった理由等
(石井先生)バトルはよくわからなかったが、ストラティジーはよくわかる。曹操の兵書は実際の話よりは理論的な話になっている。バトルは職人技→中国では職人の地位は低い。理論をくみたてるのは尊重されるが実践する人は尊重されない。文官が優勢になる。
(金先生)三国時代までは文武のバランスがとれている。六朝期を経た後は圧倒的に文治社会。その理由は難しい。武という文化(武人文化)が消えてしまったわけではなく低層で受け継がれていたのではないか。近代以前の最も大きな組織は官僚組織と軍人組織。(話変わって)芸能というのは軍事と表裏一体。軍隊の中に芸人がいる話。


▽大東文化大学三国志研究会の質問
※残り1分で出番が回ってくる。

◎新三国志の話(劉備が女)と「登場人物があたかも韓国人」というレジュメの記述をふまえ、日本での三国志物語と韓国での三国志物語の中でキャラクターに大きな違いがあって面白いってものを紹介して欲しい。
(金先生)趙雲を題材にしたある小説の話。三国志とは違う話になっている。アドリブ的にかかれた箇所(兵士の会話部分とか)が韓国になっている。

○渡邉先生による討論会、閉会の挨拶。
なかなか難しい質問が多かった。

○中林先生による「三国志シンポジウム」閉会の挨拶
※ここでの冒頭で、先の文武の質疑応答の注釈が少し入る。なぜ文が強くなってきたかは儒教社会の成立が関連。
来年再来年とこういったシンポジウムを開きたいがそれは予算次第ということ(場内、笑)


 というわけで満場拍手で終了。
 振り返ってみるとかなり満足なシンポジウムだった。

・三国志シンポジウムの感想・コメント等は下記のリンク先で
http://cte.main.jp/c-board.cgi?cmd=ntr&tree=1871


 個人的なことだけどこの後、ネットの知り合いとでプチオフ会を開くのでした。
http://cte.main.jp/sunshi/w/w050801.html

 さらに2005年9月3日にオフ会をやろうという話が派生した。
http://cte.main.jp/newsch/article.php/151

<次回>2006年7月29日「三国志シンポジウム」雑感1
http://cte.main.jp/newsch/article.php/374

三国志大戦公式大会「覇業への道」(2005年8月20日~9月25日)


  • 2005年8月24日(水) 17:50 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    1,634
ゲーム

大会名:三国志大戦公式大会「覇業への道~英傑達の初陣~」
参加費:1人 1000円

2005年8月20日から9月25日の間で全国各地のアミューズメントスペース(主にセガの店舗)で三国志大戦の公式のゲーム大会が行われるとのこと。「全国大会」モードや「先駆け大会 魏限定戦」等の大会モードとは別とのこと。
(公式ではないのは全国でちらほらとあったみたい、下記のURLが一例)
http://cte.main.jp/newsch/article.php/138

開催店舗、スケジュール等、詳しくは下記のサイトで。

・三国志大戦公式サイト
http://www.sangokushi-taisen.com/
・am.sega.jpイベント情報ページ
http://am.sega.jp/


情報交換等は三国志大戦TBPやファンサイトを利用すると良いかも。

・三国志大戦TBP
http://www.blogpeople.net/TB_People/tbp_3004.html
・ファンサイト「三国志大戦 覇王への道」
http://g-master.org/3taisen/
それにしてもあまりよく知らないんだけど8月の下旬から始まるゲーム大会は普通なのかな。
実は9月まで夏休みの大学生をターゲットにしてたりして。
 

8月23日は三国演義での諸葛亮の命日


  • 2005年8月23日(火) 21:26 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    4,792
古典文学 http://cte.main.jp/newsch/article.php/148
↑微妙にここの続き?

 最近、サポ板で、周瑜の命日が12月3日だという出典が三国演義の嘉靖本かもしれないというので妙に納得したんだけど、
http://cte.main.jp/c-board.cgi?cmd=ntr&tree=1899
今回の記事は諸葛亮の命日について。

三国演義の第一○四回:隕大星漢丞相歸天、見木像魏都督喪膽によると

孔明不答。衆將近前視之、已薨矣。時建興十二年秋八月二十三日也:壽五十四歳。

ということで、三国演義では8月23日は諸葛亮の命日とのこと。

ちなみに、三国志蜀書諸葛亮伝だと

(建興十二年)其年八月、亮疾病、卒于軍、時年五十四。

ということで、日付までは書かれていない。
 私自身、特に探してないが、NHK「その時歴史が動いた」で取り上げられた日付だから何か史書に記述があるかもしれない(ないか…)
http://cte.main.jp/c-board.cgi?cmd=one&no=1606

※追記 三国志館プレオープン(2009年8月23日)

※追記 川本 喜八郎 先生 逝去 2010年8月23日

2005年7月 水煮三国志


  • 2005年8月22日(月) 12:19 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    1,306
書籍 「水煮三国志」
成君憶/著、呉常春・泉京鹿/訳
1680円
2005年7月発行
ISBN4-8207-1639-5
株式会社日本能率協会マネジメントセンター発行

・株式会社日本能率協会マネジメントセンターのサイト(出版情報)
www.jmam.co.jp/pub/
※サイトを見るとリンクをする際は報告の義務があるので、それを尊重し、リンクしません。

サイト「白夜の鐘楼」の「diary」でこの本のことを知りました。
・「白夜の鐘楼」
http://midnightsun.velvet.jp/

 表紙には赤い文字で「中国ビジネス思想の源流を知る」と書かれているようによくある三国志からビジネスの秘訣を知る、みたいな本のようだ。
 そして内容も紹介文から推察するに、これまたよくあるように「三国志」からと銘打ちつつ「三国演義」から題材を得ているようだ。
※出版サイトでの紹介文において、「三国演義」ではなく、「三国志」を「四大古典小説」としているあたりからその兆候が……いや、もしかして本の中身は違うかもしれないけど。

 ただ、日本人が書いたビジネス書ではないところが目新しいところだろうか。本の帯に「中国で110万部を超える大ベストセラー」(※素人的な疑問だけど中国では110万部でベストセラーなんだろうか)って書いてるし。
 それと気になったのが、これまた出版サイトでの紹介文。「大企業の曹操、中小企業の孫権、ベンチャー企業の劉備にたとえて展開するビジネス小説仕立て」ってあたり。
 実は内容は物語調で、いろんな意味で楽しんで読めるのかな。章のタイトルも面白そうなものばかりだし。書店で手にとって中身を確かめるのが楽しみだ。

 個人的には第11章の「曹丕の不倫騒動」ってあたりが気になる。

第三回三顧会ダイジェスト5「英傑群像イベント<三国志トランプ大会>」


  • 2005年8月17日(水) 11:36 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    1,601
場所 ・第三回三顧会ダイジェスト4「三国志風水講習会」からの続き
http://cte.main.jp/newsch/article.php/161

 第二回三顧会のときにも行った企画だけど、好評だったため、第三回でも再び行うとのこと。
・第二回三顧会の企画「英傑群像企画イベント」
http://cte.main.jp/newsch/article.php/117

 前回と同じく「英傑群像」企画なのだ。

・三国志グッズ総合オンラインショップ「英傑群像」
http://www.chugen.net/
※今回、弓術大会で使用した弓矢やトランプ大会で使ったトランプをここで購入できる。

 準備のために、休憩を20分ぐらいはさみ、15時ぐらいにふたたび特別展示室に参加者一同あつまる。
 そこには前回同様、カードが等間隔に四角く並べられていた。そして前回同様、縦にアルファベット、横に数字が振ってある。これはプレイヤーから離れたカードを取る場合に座標を言ってカードをめくれるようにするためだ。
 カードの取り方は神経衰弱と同じ。ただ、神経衰弱とちがって、数字が一緒だとカードをペアとしてとれるのでなく、めくった二枚のカードに描かれた人物や事柄の関係を口頭で説明し、関係があればカードをとれるってルール。例えば関羽と張飛だったら、義兄弟だから取ることができるし、曹操と周瑜だったら、赤壁の役の敵対する総司令官同士だから取ることができる。但し同じ勢力に居た、とかの弱い関係だと二つのカードはとれないようになっている。
http://cte.main.jp/sunshi/off/repo12.htm
↑ちなみにこういった創作神経衰弱は元々、珍獣さんのアイディアだ。



 今回は盛況で参加者は19名。
 入口近くのテーブルの面の真ん中に立つ峪村さんから時計回りに、東雲うこんさん、遜 瑜懿さん、テーブルの角を曲がって、じゅんきさん、傅僉さん、岡さん、司会のていやさん、白樺 亮さん、臼樽さん、テーブルのコーナー曲がって、同じく司会の英傑群像岡本さん、西本さん、池田さん、渡辺さん、テーブルのコーナー曲がって、舘澤さん、櫻さん、はとむ子さん、藤蓮さん、テーブルのコーナー曲がって、岡崎さん、横谷さん、本川さん、森広さんときて、峪村さんに戻ってくる。
 まず前回、参加者の峪村さんからスタート。さすがにしょっぱなから取れない。それからじゅんきさんの番がまわってくると、曹植と楊脩を引く。じゅんきさん、「友だち同士」といって嬉々としてカードをとる。あ、そうか自己紹介で楊脩ファンって言ってたんだった。二つのカードに「☆」がいくつか書かれていて、二つのカードで合わせて、「☆」が七つ、つまり7ポイント、ゲット。前回は1ペアとると続けられなかったんだけど、今回は3ペアまで連続でとることができるようで、その次に、孫堅&呉国太(三国演義での第二夫人)、劉備&関羽(だっっけ?)をゲット。一気にトップに躍り出る。その次が傅僉さんで呂布&張遼を得る。池田さんがスタンダードに董卓&貂蝉。そういう感じで、みなさん、結構、カードを取っていってる。中でも峪村さんがめくった劉璋と馬超。張魯を通じて三国志のエピソードを話し、皆を納得してそれらのペアを得るという三国志ファンの根性を感じた(前回、二位だったので一位を目指していたらしい)。それから舘澤さんの旗と旗を引いてリアル神経衰弱をやっておられた(笑)。それから櫻さんの引いた曹丕と張飛。遠い親戚だということを説明し取っていった。「曹操と張飛は親戚」報道を思い出していた(汗)
http://cte.main.jp/newsch/article.php/94
 そらから何巡かしたときにカードも少なくなってきたので、次の一巡で終わりだということが告げられる。最後、森広さんで終わり。場にはカードが四枚だけ残った。全部、めくってみると、やはりほとんど組み合わせ不可能。なので、司会のていやさんからどれか組み合わせを思いついたら、そのカードをとれるって旨を皆に伝えられる。
 そこで名乗りあげたのが、本川さん。「張昭」カードと「一騎打ち」カードの組み合わせでとれるって話。「張昭」って文官で「一騎打ち」とはほど遠いのに? と思ったら、「張昭」は諸葛亮と舌戦(「一騎打ち」)をしたってこと。お見事!
 というわけで、一回目の創作神経衰弱は1位がじゅんきさん(20ポイント)、2位が峪村さん(18ポイント)、3位が藤蓮さん(14ポイント)となった。

 そのポイントは第二回目に持ち越しされ、総合で順位を競うとのこと。ここで、じゅんきさん、それと舘澤さん、西本さん、池田さん、渡辺さんの四人組は帰宅時間が来たとのこと。そこでさっきの一回目で高得点を得た人に英傑群像岡本さんから「三国演義トランプ」(「三国演義 高級撲克」)をプレゼントされていた。

 そして準備のため、しばし休憩して、二回目。今回はルールを改良し、ペアを取れるのは一回のみ。これでテンポよく順番をまわしていける。
 参加者は北東のテーブルの辺の真ん中に立つ傅僉さん、そこから反時計回りに清岡、 遜 瑜懿さん、テーブルのコーナー曲がって東雲うこんさん、峪村さん、本川さん、テーブルのコーナー曲がって、森広さん、吉澤さん、横谷さん、テーブルのコーナー曲がって藤蓮さん、司会の英傑群像岡本さん。そしてテーブルのコーナー曲がって傅僉さんに戻る。計10名。
 それでのっけからみんなゲットし続ける。一回目の知識が有効活用されていたり(干禁と水上戦とか)するせいだろうか。ちなみに清岡は公孫[王賛]と張飛をゲット。劉備が兄としたのが公孫[王賛](三国志蜀書先主伝より)で、劉備の弟が張飛ということで(三国演義「第一回:宴桃園豪傑三結義、斬黄巾英雄首立功」より)、劉備と兄弟つながり。森広さんと吉澤さんがペアとしてなかなかとれないカードを「キラーカード」と称していて、何でもかんでも「キラーカード」認定していたのが可笑しかった(笑)
 それで終わってみると、清岡は19ポイント。おぉ、二回目の一位?って思ったら、峪村さんが25ポイントで一位だった。
 それを集計し、英傑群像の岡本さんから総合順位の発表。峪村さんが悲願の一位。賞品は三国志関連の人物が描かれたジグソーパズル。二位が本川さん。賞品は作品集CD。三位が横谷さんと藤蓮さん。賞品は三国志の人物の絵の入った錦(?)。それぞれ英傑群像から贈られる。

 これで第三回三顧会の企画はすべて終了。この後、夕日の中、弓術大会ラウンド2が行われた。
http://cte.main.jp/newsch/article.php/159
 それから食堂でまったりと時を過ごしていたが徐々に解散の兆しを見えていた。
 18時半ごろ解散。とても楽しく充実した三顧会が終わりを告げる。
 第四回三顧会の予定はまだ決まっていないとのことだけど、また開催してくれると良いなぁ。


 それから第三回三顧会の後、二次会があって、ちょうど山口県玖珂郡周東町の周防高森駅(岩徳線)近くの島田川で花火大会があるとのことだったので、車で移動し、見に行った。花火が上がっていたのは20時から21時ぐらい。
※後で調べると「周東町夏季ふるさとまつり花火大会」という大会らしい。花火は2200発とのこと。体感としてはもっと多いような気がした。
 二次会参加者はていやさん、櫻さん、Fさん、はとむ子さん、傅僉さん、藤蓮さん、英傑群像岡本さん、清岡、横谷さん、きり丸さん、たまさん、でこさん、せいがさん。
 なかなか迫力のある花火だった。


・2006年5月4日 第四回三顧会ダイジェスト
http://cte.main.jp/newsch/article.php/329