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ノート:横山光輝『三国志』に見られる連環画の再構築(2013年7月6日)


  • 2013年7月 9日(火) 07:01 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    2,615
研究 ※関連記事
 横山光輝『三国志』に見られる連環画の再構築(2013年7月6日)
 日本マンガ学会第13回大会に至るまで(2013年7月4日-)

 上記関連記事の続き。福岡県北九州市の小倉駅の南にある2013年7月6日土曜日11時40分にホテルを出る。生憎の雨で近くのコンビニで傘を買おうとも思ったが、帰りにそれを忘れずに持っておくのが億劫だと思い、買わずに過ごすことにする。しかし雨足は強くなる一方でそのまま歩ける状況でなく、ビルの軒から軒へ移るように歩き、濡れながらも小倉駅にたどり着く。
 喉が乾いたので小倉駅内のコンビニでペットボトルのコーヒーを購入して、頭の中の地図を頼りに北側に出る。屋根のついた2階の高さの通路を歩き、会場のある「あるあるCity」という建物に入る。

・あるあるCity|アニメや漫画・ゲーム・アイドル・お笑いなどが盛りだくさんのサブカルチャー大型施設
http://aruarucity.com/city/

 雨のせいで思わぬ時間を使ってしまっていて、もう12時を回っていたんで、急ぎめにエスカレーターを上がる。それで気付いたんだけど、その建物には北九州市漫画ミュージアムだけでなくアニメイトやらまんだらけやらが入っていて、いわゆるオタク文化を支えているようだった。
 5階の北九州市漫画ミュージアムの入口に到達すると、すでに受付の列ができていて、その最後尾に並ぶ。

・日本マンガ学会
http://www.jsscc.net/

・日本マンガ学会 第13回大会(北九州市漫画ミュージアム/あるあるYY劇場) - 日本マンガ学会
http://www.jsscc.net/convention/13

・北九州市漫画ミュージアム
http://www.ktqmm.jp/

 さっき購入したペットボトルをカバンに入れていたら、館内は飲食禁止と言われる。きっちりしているのだな、と。
 招待状を見せ懇親会代2500円と合宿代1000円を払い、自らの名札に名前を書く。

 会場が3部屋あって、それらの間には扉といった敷居が無くシームレスな印象がある。すでにレジュメが何種類か開場前に置かれてあって、清岡も自分の研究報告の分を置く必要があるんだけど、置いて良いのか判らず、またどの人が担当者か判らなかったので、レジュメ201部の入ったビニル袋を持って3会場をうろちょろしていた。それだとただの不振人物なので、他の人のレジュメがあれば頂いていた。実際、スタッフに「何かお探しですか?」と声をかけられたので、その設定の旨のことを返していたが。会場2が一番大きくて、会場2は縦長の印象がある。

※もちろん清岡の発表のことには一単語も触れてないが、日本マンガ学会第13回大会については下記のUstreamラジオ参考(はじめの1時間ほど)。

・Ustream.tv: ユーザー izumino: Piano Fire Radio 漫画をめくるUst 2013/07/10, iPadから録画されました 2013/07/10 23:03 JST. ラジオ
http://www.ustream.tv/recorded/35617433

 12時30分を過ぎると会場1のところで発表者があつまりマイクのことなどの説明が始まっていたので、それに混じる。そこで投影資料を備え付けのノートPCに移す時間になっていて、清岡はUSBストレージではなくminiSDカードを持ってきていたので、担当の方にお願いして移して貰っていた。その時間帯は京都精華大学の院生さん以外は名刺交換の場になっていてあれこれ言っていた。よくよく思い出してみると会場1での発表者は清岡以外はどこかの大学の人だね。

 前述の大会ページから下記へ会場1のプログラムを引用する。

━引用開始━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
13:15~16:40 口頭発表 :会場1 5階 企画展示室A
1.角田信(横浜国立大学大学院教育学研究科)
手塚治虫の怪物-メアリ・シェリーの「フランケンシュタイン」と「ブラック・ジャック」
2.森下達(京都大学大学院文学研究科)
手塚治虫『罪と罰』精読-キャラクター表現と「映画」的手法
3.コピローワ・オーリガ(京都精華大学大学院マンガ研究科博士後期課程)
マンガ学とアダプテーション論の融合を目指して-京極夏彦『巷説百物語』のマンガ化を例に
4.清岡美津夫(NPO三国志フォーラム)
横山光輝『三国志』に見られる連環画の再構築
5.アントニョノカ・オルガ(京都精華大学大学院マンガ研究科博士後期課程)
少女マンガにおける社会批評性の可能性と限界-「なのはな」における人種化されたジェンダー
6.鈴木真吾(学習院大学大学院人文科学研究科身体表象文化学専攻博士後期課程)
描かれたヘヴィメタル-マンガにおけるヘヴィメタル表象の分析
━引用終了━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 初めの3報告の司会は京都国際マンガミュージアムでお馴染みの京都精華大学のベルント先生。

・「マンガ・ワールズ-サブカルチャー、日本、日本学」 (※個人サイトの雑記)
http://cte.main.jp/sunshi/2012/0601.html#01

 さすがの名司会っぷりで、まず3つの会場の傾向を提示して下さる。つまりは会場1は作品論であつめ、会場2はコンテクスト(文脈、背景)論、会場3はまぁご覧の通り、とおっしゃっていた。その上で、研究報告と研究報告を繋げ、興味を持続させるような司会はさすがで、キーワードとして上がっていたのがアダプテーション(翻案)だった。
 狭い会場ながら人が多く集まっていて、はじめの2つの研究報告は手塚漫画研究なんで、当然、参考文献に、竹内オサム『ミネルヴァ日本評伝選 手塚治虫 ─アーチストになるな─』(ミネルヴァ書房2008年9月10日発行)、竹内オサム『マンガ表現学入門』(筑摩書房2005年6月25日発行)が挙がっていて、後者に関しては、「視座」の単語が出ていたことから3つ目の研究報告も参考にしているのだろう。清岡の報告でもこの2冊を参考文献に挙げているし、著者ご本人も会場にいらっしゃったので、竹内オサム先生祭りだな、と密かに思っていた。

・竹内オサムのホームページ
http://www8.plala.or.jp/otakeuch/

・マンガ関連二種 (※個人サイトの雑記)
http://cte.main.jp/sunshi/2013/0301.html#02

 あとオーリガさんの発表には泉信行『漫画をめくる冒険』(ピアノ・ファイア・パブリッシング2009年)が取り上げられていたかな。
 2つ目の発表が終わると、急に聴衆がその会場から引き上げていった。司会もそのことに触れていたような気がするが、つまりはみんな手塚漫画の研究目当てに来ていた人ばかりだったんだと。手塚漫画の人気は健在だな、と感心しつつ(というようなことを言って、清岡の発表では人が少なかったって次の日の慰労会で言っていたら、川原さんから結構、人が居たとフォローして下さった)。
 あとなぜか清岡は4番目の発表なのに3番目と勘違いしていて、2番目の発表が終わるとノートPCを持って、前に出てしまったんだけど、すかさずベルント先生からツッコミを入れられていた。
 3番目の報告が終わり、同じくアダプテーション論というベルント先生の繋ぎがあって、さらに司会は笹本先生に変わり、研究報告開始。
 笹本先生にとっては当然、清岡のことなんて知らないだろうから、軽い自己紹介を30秒以内で行い(※前述のUstreamラジオによると自己紹介が5分も6分も続くような発表が初期の頃にあったそうで)、手元のノートPCのストップウォッチのソフトを動かし、予め作った下記の原稿を読み上げていく。投影資料1枚1分を目安にしていて、10分ぐらい経過したときにすでに15枚目まで読み上げていたので、原稿にない説明をあれこれ入れて時間調整していた。「ジャーン ジャーン」と口で言ったりして、意外とウケていたのが印象に残った。それでも発表時間25分のところ20分には終了し、質疑応答が10分になっていた。

<1>
 ご紹介にあずかりましたNPO三国志フォーラムの清岡美津夫です。

<2>
 冒頭から申し訳ないのですが、お手元にある配付資料、レジュメに誤りが見つかりましたので、訂正をお願いします。このように図4の凡例と、「結果と考察」の6番の小見出しに誤りがありました。

 それでは発表させていただきます。タイトル通り、横山光輝先生のマンガ『三国志』と連環画の関係についてです

<3>
 まずその横山『三国志』についてですが、まとめるとこのようになります。1972年から1987年までの長期連載で、その間、掲載誌を変えたと言うより雑誌自体が二回変わっています。
 レジュメの方に詳しく書かせていただいてますが、この横山『三国志』が主にビジュアル面で参考にしたと思われる『三国演義連環画』についても、このようにまとめました。
 1956年から1964年まで上海人民美術出版社からの出版です。こういう感じでポケットサイズの冊子で、中はこのように1ページ当たり1枚の絵があって、その絵の下に文が添えられています。
 それでちょっと見えにくいかもしれませんが、ここにエピソード名が書かれてあって、エピソードごとに冊子が分かれています。

<4>

 この二つの作品の関連性をこのようにまとめました。日中国交正常化などの、日中の関係というより、中国の国内事情により、1978年以前は連環画が手に入りにくい状況でした。

<5>
 それで具体的に、どのように『三国演義連環画』から横山『三国志』へ参照されたかというと、まずわかりやすいように、参照されてない例を出します。服装にもあかりにもポーズにも類似性が認められません。

<6>
 参照された例でわかりやすいのが、このように1枚の絵から1つのコマが制作されるパターンです。
 でもこういったパターンはレアケースです。

<7>
 多くはこのようにコマ割りされ、ズームインやらカメラアングルを変えたり、カメラワークが活用されます。

<8>
 それらをざっと分類すると、まず「位置分割」が挙げられます。単純に、このように場所を区切ってコマ割りすることです。

<9>
 その次が「視座変化分割」で、この例はキャラクターの造形が違って、少々判りにくいですが、同じポーズを取っています。その同じポーズを、カメラ・アングルを変えること、つまり見ている人の場所をかえることでコマを進めています。
 こういった分割が横山『三国志』に見られるマンガの連続性を支えています。

<10>
 これらのように、横山『三国志』に見られる引用・加工において、ズームアップが重要な役割担っていることがわかります。
 そこでズームアップなどに関するレフ・クレショフ氏の分類に基づく竹内オサム先生の分析方法を用います。まずレフ・クレショフ氏の分類ですが、このようになります。ここになりU、アップショットはCUとBの間です。LL、エクストリームロングショットはLよりさらにズームアウトした分類です

<11>
 その分類を用いて、横山『三国志』に参照された『三国演義連環画』の絵3688枚を分類すると、このグラフのようになります。このように『三国演義連環画』でLLを除けばズーム・アウトした絵になるほど、枚数が増えることがわかりました。

<12>
 続けて『三国演義連環画』を参照し制作された横山『三国志』のコマを分類するとこのグラフのようになります。BとLに二つのピークがあることがわかりました。
 つまり『三国演義連環画』ではロングショットの絵が多い傾向となり、横山『三国志』はバストショットとロングショットの絵が多い傾向となります。

<13>
 これをくわしく見るために、まずCUからLLまでの分類に対し、べんぎ上、ズームアップするほど数字が大きくなる整数を割り振って、つまり7から1まで割り振ります。
 さらに『三国演義連環画』の画から横山『三国志』のコマへの変化量を集計します。
 例えば、『三国演義連環画』の画がLであれば、2となり、そこから制作されたコマがBであれば5となりますので、2から5までの変化量は5ひく2で+3となります。
 これを参照で制作された全部のコマについて集計をとり図示したのがこのグラフになります。

 例えば、変化量3であれば、可能性としてはLからBへの変化、FからUへの変化、MからCUへの変化とたくさんありますが、元の『三国演義連環画』の絵はLが多いことから、ほとんどLからBへの変化だと考えられます。同様に変化量0についてもLからLへの変化が大多数を占めると考えられます。

<14>
 より詳しくみるために、『三国演義連環画』37巻を例に取り、分析しました。横軸に『三国演義連環画』37巻のページ数をとり、縦軸にそれぞれのページの絵を参照に制作された横山『三国志』のコマの数を表します。つまりピークができるところはコマ数が多いということで、横山『三国志』にてマンガとしてより詳しく表現されたところだと言えます。
 また、先程の分析方法に基づき、Mよりズープアップされたコマの数および、Fよりズームアウトされたコマの数も、ぞれぞれプロットしました。

<15>
 まずピーク(1)を詳しく見ると、このように会話場面になっています。こういった場合、ご覧の通り横山『三国志』ではバストアップ以上のズームを多用しストーリーを進める傾向にあります。そのため先程のグラフでも、よりズームアップの曲線が上にいきます。

<16>
 次にピーク(3)を見ると、集団での戦闘画面であり、全体を見せるため、『三国演義連環画』と同じく横山『三国志』でも、引きの絵になります。当然、先程のグラフでもズームアウトの曲線が上にいくようになります。

<17>
 ところが少し進むと個人戦の描写になり、『三国演義連環画』では依然、引きの絵ですが、横山『三国志』では個人の動作にズームインされやすくなり、動きに合わせ細かいコマ割りで描写されるようになります。当然、前述のグラフでもズームインの曲線が上に行き、逆転します。
 このように参照元の『三国演義連環画』とは関係なく、場面に応じて横山『三国志』のコマの表示比率の変化することがわかりました。

<18>
 次に横山『三国志』に参照された作品からどのように引用されたかを見ていきます。まず小説の吉川『三国志』です。基本的にストーリー面は参照されますが、ビジュアル面では『三国演義連環画』から参照されることが多いため、それほど目立ちません。ここでは武器の例を挙げました。

<19>
 それとは逆にストーリー面で『三国演義連環画』から横山『三国志』が参考にされる例は極めて少なくなります。ここでは『三国志演義』にも吉川『三国志』にも存在しない、魏延が民衆を煽って反乱する例を挙げました

<20>
 次に、今までの比較により浮かび上がる横山『三国志』のオリジナリティについてです。ここでは、まず祝融の服装についてあげます。話す相手の服装は『三国演義連環画』と似てますが、女性の方の祝融の服装はより軽装に描かれています。ここでもレジュメの訂正があるのですが、レジュメでこの横山『三国志』の巻数が抜けています。「祝融夫人」の題名のあるのは48巻です。

<21>
 また横山『三国志』では戦闘シーンが多くなる傾向にあります。それがよく現れるシーンがこれになります。それ以前のほとんどの三国作品で長坂橋で張飛は戦わずに敵の軍勢を食い止めるのですが、横山『三国志』では戦闘した描写がみられます。

<22>
 さらに横山『三国志』の特徴として登場人物の削除があげられます。その代表的なことは劉備の二人の夫人のうち、一人しか登場していないことです。これによりエピソードは減りますが、読者にとっては判りやすくなるという効果を期待したのでしょう。

<23>
 この劉備の夫人の絵でも言えるのですが、横山『三国志』では左右が入れ替わることが多々あります。一例をあげました。
レジュメにも書いてありますし、ここにいらっしゃる方々のほうが詳しいと思いますが、つまりはこれはマンガの特性でして、右から左へと読む日本のマンガでは、コマの右側が主体を表し、左側が客体を表すので、左右が入れ替わったと考えられます。

<24>
 こういったマンガの文法に関連した左右の入れ替え以外にも、参照元となる『三国演義連環画』と吉川『三国志』との葛藤により左右が変わる例があります。それが関羽の矢傷の手術の場面です。参考までに吉川『三国志』の矢野きょうそんによる挿絵も並べておきます。
 これを見て貰えば判るように、吉川『三国志』でも『三国演義連環画』でも麻酔無しの手術中にも関わらず平然と酒を飲み囲碁を楽しんでいますが、横山『三国志』では絵の空間的制約か、それらの描写が省かれています。

<25>
 以上のように、マンガがもつ「引用プラス加工の文化」の側面を横山『三国志』に見てきましたが、次に中国から日本への文化の伝達の側面を見ていきたいと思います。
 それについていろいろあると思うのですが、ここでは作中に描かれた軍制、特に軍楽について見ていきます。
 兵法を論じた、周の司馬じょうしょの『司馬法』には「起(た)ちて譟鼓して進み、則ち鐸を以て之を止(とど)む」とあり、つまり、革の楽器で進むもしくは攻めるの命令を伝達し、かねの楽器で止めるもしくは退く命令を伝達します。それを踏まえて作品を見ていきます。
 まず『三国演義連環画』では左の絵のように太鼓を叩く様と攻撃する様が同時に描かれています。それから右は銅鑼を叩き兵を収容する様が描かれています。

<26>
 一方、それに対応する横山『三国志』の場面では銅鑼しか使わず、そのため左のように、銅鑼を叩いて攻める場面があります。
 とはいっても右の絵のように太鼓を叩き進むもしくは攻める場面がないわけではありません。
 おそらく横山『三国志』では銅鑼を携帯できる楽器、太鼓を軍営に設置された楽器と認識されたのでしょう。

<27>
 そのため、この後、横山『三国志』において、奇襲される場面には楽器が描かれずとも、必ず、前もって「ジャーン ジャーン」という音喩表現がなされるようになりました。
 軍制における楽器の側面を見ると、中国古代文化は横山『三国志』により100%伝達されたわけではないものの、その一端は形を変え、つまりマンガの文化として加工されて伝わったようです

 以上で研究報告を終えます、ご静聴、ありがとうございました。

 
質疑応答
Q1 『三国演義連環画』も横山『三国志』も見たこともないが、『三国演義連環画』はどういったものか? ふきだしはないのか?

A1 1ページに1コマでフキダシもたまにある(レジュメに書いてある)。

Q2 (続けて)先程、「引用」という言葉を使われたが、これは「引用」なのか?

A2 (「引用」だと角が立つとつぶやいた後に)今回の報告では「引用」という表現と「参照」という表現を使っている。逆に「引用」という表現を認めてしまう動きがレジュメにも触れた、竹内オサム先生の『マンガ表現学入門』などにある「引用+加工」の文化がある。
 (あまり納得された様子ではなかったので詳しく説明して)『三国演義連環画』は1ページ1枚で連続性がそれほどなく、それを補足し連続性を持たせるだけでも創作性があるし、引用だけでマンガが成り立たず、もちろん横山『三国志』オリジナルの部分もある。

(司会曰く、質問者は著作権に詳しくアダプテーション全般の話としていろいろ思うところがある、と)

Q3 奥さんを2人から1人へ減らしたという話があって、他にも登場人物を所もあるそうだが、どうして削ったのか。

A3 中国で『三国志演義』は馴染みのあるもので、逆に削ると読者なりからクレームが来るだろう。だけど、日本では馴染みがないので、登場人物を削った方が読者の覚える手間が省かれ、読みやすくなるからだろう。

Q4 (続けて)それでストーリー的に不都合はないのか?

A4 削られた人物に関係するストーリーが削られる、もしくは別の人物に置き換わっているので特に不都合はない。

Q5 (質問ではないが)出典がすぐに思い付かないが、さきほどの配偶者が1人削られたことについて、横山先生がインタビューで「子ども向けなので、側室という文化を伝えづらいんで、わざと一人にしたんだ」と確かおっしゃっていた。

A5 ありがとうございます。

Q6 (続けて) 吉川『三国志』を参照にしていたのは知っていたが『三国演義連環画』について知らなかった。吉川『三国志』で誤っていて、張[合β]が2度死に、横山『三国志』は3度死ぬが、そこらへんは『三国演義連環画』の影響か?

A6 (投影資料の鉄球の武器のところを見せつつ)、それについては1度目の死のところを見たが、横山『三国志』では張[合β]ではなく、無名の人物になっていた。2度目、3度目についてはこれから見る必要がある。

Q7 着物とか冠で位が変わってくると思うが、『三国演義連環画』と横山『三国志』では若干違うように見え、そこらへん何か知っているか。

A7 だいたい同じだが、横山『三国志』15巻以降から『三国演義連環画』を参考にしているので、それ以前は横山『三国志』オリジナルのデザインだ。また15巻以降すぐに『三国演義連環画』を参照したのではなく、徐々に変えていった関係もあって、そういった違いが出てきている。また『三国演義連環画』自体、歴史上の冠に忠実というわけではないので、位との関係性についてはよく判らない。

Q8 (ベルント先生から)『三国演義連環画』での顔の描き方は横山『三国志』とかなり違って、横山の方ではかなりマンガちっくになっている。それを念頭に、清岡さんにとって連環画は一般的に言って絵本の方に近いのかコミックスの方に近いのか、どういう位置付けにあるのか。

A8 それはレジュメにも書いたが、私自身、絵物語に違いと思う。連環画にはマンガにあるような連続性がそれほど見られない理由で。

Q9 基本的なことなのだが、連環画は右綴じなのか、左綴じなのか。

A9 左綴じ。

Q10 そしたら人物の位置もそれに関係してくるのでは?

A10 連環画ではあまり関係しないかもしれない

(司会の笹本先生から) この場合、(横山『三国志』では)セリフの順番が大きいと思う。かなり入れ替わりがあるので、先にセリフを発する人が右に居ると思う。

 次の報告(異人種間のやおい)の最後のスライドで、『STAR TREK』のヴァルカン人が別れ際「Live long and prosper」と言うときの右手の指を揃えて中指と薬指との間を開けるヴァルカン・サインをするスポックのイラストが描かれていて、それはスラッシュものの対象にされた作品(しかも異人種間)だからか、それともヴァルカン哲学のIDIC思想に基づくものか、気になって、懇親会にでも聞いてみようと思っていたら、残念ながらそういう機会はなかった(ちなみに次の日の慰労会にてこの件を話すと笹本先生曰く「考えすぎ」、大城先生からは『STAR TREK』の放送年を尋ねて下さって1966年と申し上げると確かに古いってことで。あと笹本先生が気になっていらして吉村先生に確認していらしたが、「Olga」と同じ綴りだけど、出身国は別々で血縁関係があるわけではないとのこと)。

※関連記事 真・三國無双 SLASH(2013年1月8日)

※追記 メモ2:三国志フェス2013(2013年9月28日)

 全部の研究報告が終わった後、清岡に話し掛けて下さった方がいらっしゃって、山口県に三国志城があって、そこで三顧会というイベントがあると教えて下さった。もちろん清岡はそれには第一回から参加している旨を申し上げ、しばし談笑していた。そういえば、下記関連記事にあるように今回の研究報告について三国志城もきっかけの一つだと告げるのを忘れていたが。

※関連記事 三国演義連環画と横山三国志

※追記。あと発表後、2、3名、『三国演義連環画』に興味を持って下さって、発表用に2冊ほど持ってきていたので、お貸ししていた。それとフルネームは忘れてしまったが、張さんが「懐かしい懐かしい」や「昔のはもっと薄い紙だった」とおっしゃって『三国演義連環画』を見ていたのが印象的だった。

 そして日本マンガ学会の総会。会場2での開催となる。今回は正会員で出席。前回の総会は論文投稿規定についての議論が印象的だった。今回は日本マンガ学会の英語の団体名が論点になっていた。団体名にある「Cartoon」に複数形のsを付けようと言う改正案から、それだったらシンプルに「Comics」だけにしようとか、いっそのこと「Manga」にしてしまえば良いとか、元の案も合わせて計3案が出て、決選投票を行い、僅差で過半数を超え原案(改正案)に落ち着いた(今、公式サイトをみるとロゴの画像ファイルにすでに変更されていて仕事が早いと感心することしきり)。
 お次は東に数十メートル先のホテルで懇親会。チケットを渡してその一室に入る。提携を結んでいる同ホテルのチェックインが混んでいて18時30分より少し遅れて開始。前回の大会での懇親会では陳曦子さんとその先輩の徐園さん(新聞マンガの研究者)しか話す機会がなくて、そのお二人が帰ったら、ずっと一人でぼんやり座っていたため、今回もそうなるかな、と覚悟していて、隅っこの方で一人で飲み食いしていたら、研究報告したおかげで、結構、話し掛けて下さる人が多くて、結果的に、その心配は杞憂に終わっていた。個人名はほぼ伏せるのだけど、田河水泡・のらくろ館の方、北九州市漫画ミュージアムの方(清岡の研究報告を聴きたかったそうなんだけど、ホスト側なので聴けなかったそうで)、今回も研究報告された建築エコノミストの方(建築にうとい清岡でも知っている、TV番組でも取り上げられる「もしマンガ・アニメの建物を本当に建てたら」の方)、アズ漫画研究会の方、『月刊コミックトム』の『風雲児たち』の元担当編集者の方(横山『三国志』を含めあれこれ裏話を伺っていた)などなどお話しして下さる機会があった。

・田河水泡・のらくろ館 - 公益財団法人 江東区文化コミュニティ財団
http://www.kcf.or.jp/morishita/norakuro.html

・建築エコノミスト 森山のブログ
http://ameblo.jp/mori-arch-econo/

※リンク追記(上記ブログ記事)
・マンガ学会第13回大会にて、弐瓶勉先生作品分析
http://ameblo.jp/mori-arch-econo/entry-11583299419.html

・アズ漫画研究会
http://asmanken.web.fc2.com/

 バイキング形式の料理はすぐに売り切れて一回しかとれなかったけど、おかげさまで全然、退屈することなく過ごすことができた。終わりの時間が近付くと、藤本由香里先生がピンクのクマのグローブ・パペットの中の人に徹するというすばらしいキャラ作りのまま(※こう書くと皮肉っぽくもとられるが、本当に尊敬の眼差しだった)、次の合宿について告知され、懇親会は終了。

※関連記事 メモ:歴史漫画における少年漫画と少女漫画との違い

※追記 月刊コミックトム 創刊号(1980年4月15日)

 次の合宿も同会場で行われるのだが、設営準備のため、一旦、外に出される。待っている間、藤本先生のゼミの修士過程の方に話し掛けて下さる(「三国志の人」って呼ばれたときには思わずツッコミを入れてしまったが)。ご専門が『テニスの王子様』等に見られる左右の概念とのことで、そういう意味で、コマを数える苦労(労力もそうだけど定義付け等についても)で共感し合っていた。やはり左右については泉信行『漫画をめくる冒険』(ピアノ・ファイア・パブリッシング)が基本のようで、清岡は参考文献に挙げていたが、実は未読と告げていた。どうにかして該当個所を読まないとね。

※リンク追記
・少女マンガ誌部会東京例会 - 日本マンガ学会
http://www.jsscc.net/study-group/shojyo/2013-3
※「日時:2014年3月15日(土)午後1時~6時半/場所:明治大学中野校舎高層棟3階・304教室/1、井上知香:13時~14時15分/マンガにおける左右の持つ意味~『テニスの王子様』を中心に」とのことで、部会で発表できるまで研究がまとまったようで何より。予定が合えば見に行っていたのに残念だ。

 合宿の会場は、懇親会に引き続き南北に長い机が置かれていて、そこにスタッフが買ってきたお菓子やら飲物やらが置かれていて、その東西に3群、計6群のテーブルが設置されていた。21時開始。藤本先生が中の人のマスコットの説明によると、北東のテーブルが、『クッキングパパ』の作者である、うえやまとち先生がお目見えになられていたので、九州の食とグルメを語る所で、北西が資料収集保存部会 第1回会合、さらに熊本の漫画ミュージアム設立についての所、東がジェンダー・セクシュアリティ部会、西がマンガ教育部会およびYARN(ヤーン: Young Academics Research Network/若手研究者ネットワーク部会)、南東が著作権部会、南西が海外マンガ交流部会+カトゥーン部会とのことだった。
 事前にはサイトで資料収集保存部会のことは聞いていて、その頭で合宿に臨んだものの、まさかそんなローカライズされたところとは知らなかったので、先制パンチをくらった心地になっていて、次に興味を持っていた著作権部会には人が集まらず、その次に興味のあったマンガ教育部会については、自分は若手研究者というカテゴライズじゃないしなと迷っている間に席が埋まり、同じぐらい興味のあったジェンダー・セクシュアリティ部会は席が埋まっているどころか、もう盛り上がっている段階で入り込む隙はなく、結果、自分の飲物を確保するだけで立ち尽くしていた。終いには遅れてやって来た、鈴木さんと『月刊コミックトム』の元編集者さんに各テーブルの説明しているのに自分はどこにも行けないというていたらく。ちなみに鈴木さんは、YARNかジェンダー・セクシュアリティ部会だな、と呟いた後、その0.5秒後ぐらいにジェンダー・セクシュアリティ部会に行くという即決っぷりで、清岡はうらやましがっていた。
 そこから清岡の中で変なスイッチが入ったようで、精神的に疲れたこともあって(こう書くとコンフェデレーション・カップでのステファン・エル・シャーラウィみたいだが、そんなかっこいいものでもなく2日間で睡眠時間3時間というしっかりと肉体的な疲れもあって)、こんな状態だと曖昧な決意で参加すると迷惑をかけてしまうと思い、消極的に参加することに積極的になろうと決意し、どのテーブルにも加わらないところの隅でイスに座り飲物を飲んでいた。案の定、各グループでは自己紹介なんかもしていて、生半可な気持ちの参加では迷惑をかける状況になっていた。まぁ、全体としては前回大会に比べれば相当参加できており、今回の合宿参加費の1000円は勉強代だと自分に言い聞かせていた。とは言っても研究報告しなければ次回も前回並になるだろうな、と思いつつ。近くの海外マンガ交流部会とマンガ教育部会とのところは聞いていたのだけど。海外マンガ交流部会の所で積極的に参加しつつ、自ら持ち込んだ資料を持ち込みつつ、他のグループにも積極的に参加されていた丹羽さんを羨望の眼差しで眺めていた。
 ちなみに南東の著作権部会のところは、夏目房之介先生が来られたということで、夏目先生を囲む会になり、人が集まってきてすぐにジェンダー・セクシュアリティ部会並みの盛り上がりを見せていた。

・北九州マンガ学会:夏目房之介の「で?」:ITmedia オルタナティブ・ブログ
http://blogs.itmedia.co.jp/natsume/2013/07/post-1417.html

 みんなが各テーブルに集っている中、一人だけ外側に行くと返って目立ってしまって、返って気を使わせてしまったようで、何度もいろんな方に声をかけて下さって、申し訳ない気持ちでいっぱいだった(さらに次の日の慰労会が始まる前に笹本先生に気を使わせてしまっていたが)。
 ともかくこの「合宿」というのは興味深い企画で、何か機会があれば真似したいと思っていた。
 23時合宿終了。イス等の後片づけをして、解散。雨の上がる夜の街で、とりあえず研究報告を無事終えたという達成感で心を満たしながら、ホテルまでの道を歩いた。

※次の記事 玄徳(福岡県北九州市小倉片野)

※追記 メモ:横浜中華街 関帝廟 関帝誕 神輿巡行(2013年7月31日)

※追記 燕趙園 彩画(三国志演義 関連)

※追記 ノート:三国志学会 第八回大会(2013年9月14日)

※追記 ノート:三国志学会シンポジウム(2013年9月21日)

※追記 メモ3:三国志フェス2013(2013年9月28日)

※追記 「三国志演義」を翻案した少年マンガの1980年代までの変遷(2014年6月28日)

※追記 横山光輝三国志上海パズル(2014年4月)

※追記 レポ:兀突骨に行くまで(2014年7月26日)

※追記 レポ:7/26北九州 兀突骨で酒池肉林?! ラウンド1(2014年7月26日)

※追記 レポ:7/26北九州 兀突骨で酒池肉林?! ラウンド3(2014年7月26日)

※追記 レポ3:九州三国志忘年会(2013年12月29日)

※追記 メモ:2015年、2つの研究テーマ

※追記 三國志研究第十号(2015年9月5日)

※追記 1980年代日本における「三国志演義」翻案作品のファン層形成(2016年6月25日)

※新規関連記事 横山三国志に「うむ」は何コマある?~マンガ全文検索システムの構築(2017年8月4日)

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  • ノート:横山光輝『三国志』に見られる連環画の再構築(2013年7月6日)
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