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清岡的見解:ねこまんまさんについて http://tinyurl.com/nekonomanma3
よくわかるねこまんまさんの問題行動 pdf
gif

レポ:7/26北九州 兀突骨で酒池肉林?! ラウンド1(2014年7月26日)


  • 2014年8月 3日(日) 23:32 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    1,950
ネット ※前の記事 レポ:兀突骨に行くまで(2014年7月26日)

 上記記事にあるように2014年7月26日土曜日18時37分に清岡は黒崎駅の改札外のコインロッカー前に居た。そこが下記リンク先にあるオフ会の集合場所だった。みんなで創作居酒屋「兀突骨」で宴会するオフ会。

・7/26北九州 兀突骨で酒池肉林?!|関プチ5 全国ツアー
http://cte.main.jp/kanpetit/20140726/kprof.cgi

※関連記事 関プチ5 全国ツアー:7/26北九州 兀突骨で酒池肉林?!(2014年7月26日)

 予め参加者にお知らせしていたのだけど、目印に清岡は、曹熊とかけて、緑地に様々な模様の組み合わのクマが左肩で逆さに象られたTシャツを着ていた。そうすると、まず初対面のあやさんから声を掛けて下さり、続いてコンビニから出てきた教団さんがいつの間にいらっしゃったんですか?、といったリアクションをとられていらっしゃった。どうも一階にもコインロッカーがあるらしく、教団さんは参加者がそこと勘違いするのでは?と気遣って下さってそこへ見に行って下さった。
 それもあって、初対面のちくわさん、同じく初対面の黒井丸さんと無事に会うことができ、続いて半年ぶりの北伐の山さん&菊さん、そして、ねこクラゲ先生と全員揃う。

・幻影界通信
http://nanos.jp/nekokurage/
幻影界通信

・北伐:力漲る三国志手ぬぐい・Tシャツ
http://shop.hokubatsu.com/

 時間もないことだし早速、出発。黒崎駅の南側、歩道橋の広場みたいなところから階段を降り、商店街のアーケードに入る。その頃には、清岡は逆さクマのTシャツを脱ぎ、元々着ていた、ACミランの2012/13シーズンのホーム・ユニフォーム(No.92)になる。
 商店街のアーケードは黒崎駅から南側に放射状に延びていて、その東寄りのところをズンズン進む。兀突骨にいくから、南蛮征伐っぽいので、何か白羽扇を持ってくれば良かった、と山さんに申していた。あと南蛮の罠があるとか、毒の泉があるとか、やはり行く先が「兀突骨」という店なので、南蛮征伐をイメージして話してしまうね。
 そうやって行軍をイメージしていてふと気付いたら、清岡と山さんが随分、先陣を切っていることに気付く。いや、正確には殿(しんがり)の一団がすでに盛り上がっちゃって、なかなか行軍速度が上がらない状態だった。そのため先陣と後陣の距離が離れていって、敵襲が来たら簡単に前後の連携が分断され、全滅しそうな行軍になっていた。後距離があるのにその賑わいはキャッキャッとする声で伺えた。

「もう女子会みたいになってますね」

なんて感想を思わずもらしていた。そういった雰囲気を察してか黒井丸さんから参加者について「みなさん知っている人同士ですか?」という旨の質問を頂くが、前のグループも後ろのグループも初対面の人が含まれていたはずと思いながら、もう打ち解けているんだと驚いていた。
 一応、目的の店への道順は「左手の道でアーケードが出たら、そこへ曲がる」と覚えていたものの、回りに確認の声を漏らしていた。そうすると教団さん曰く「六つ目の角を曲がる」とのことで、きっちり角をまがることができた。
 そうすると「兀突骨」の看板のある建物が見える。やはり初めていらっしゃる人もあって、建物の前から写真撮影会がはじまり、さらに建物の中に入って、一階の店舗の前でもみなさん、撮影されていた。

・兀突骨
http://jsite-fukuoka.com/kitakyushu/gotsutotsukotsu/

 一足先に清岡は主催者として店の中に入り、店の人に挨拶していた。他の人は?という感じになったので、「みなさん、写真撮影中です」と答えておいた(右は店前写真。あやさんご提供)。入って突き当たりのお座敷に入る前の上のところに掲げられている時計を見ると、すでに19時を回っていて、やはりみんなで来ると結構、かかるな、と実感していた。楽しかったから結果、良かったんだけどね
 席は事前に調べておいたとおり、五人掛けのテーブル席が二つあったので、4人ずつ分かれる。自然と店に入って手前の東側に女子会グループ、奥の西側に女子会外グループに分かれた。しかし、どうやら清岡は古い写真を参考にしていたようで、二つのテーブルの間に高いパーティションがあるという誤算っぷりだった。まとめると



黒井丸さん 山さん

  テーブル     (通路側)

清岡   教団さん

  パーティション (カウンター席→)

菊さん ねこクラゲ先生

  テーブル     (通路側)

あやさん ちくわさん

トイレ   出入口側

 山さんを指しつつ「実は教団さんがこの方かもしれませんよ」とぼけつつ、黒井丸さんに誰が誰かわかるかと話を振ってみる。大体は把握されているようで良かった。どうやら黒井丸は教団さんと集合時間の前に顔合わせしていたようで、清岡は思わず「作戦会議してどっちがボケやるか決めたとか」と申してしまう。
 それと清岡は壁側なので、通路に出にくく、そのため、女子会グループの方に声掛けるのに、壁と固定された椅子の上に立ち、パーティションを上から覗く形となる。そうすると、なんだか銭湯のお風呂場を覗くような感じで、なんだかいやらしいシチュエーションになっていた。それが印象深かったので、パーティションのことを「お風呂場」と呼んでいた。
 各自、お土産くばりタイム、それから飲物の注文とり。そしてコース料理がでてくる。まずは右の写真(※あやさんご提供)のようなうどんサラダ。よくかき混ぜるように、とのことだった。それから店にかざってある店長さんによる絵について話していた。

 黒井丸さんからは中国古代の架空の生物の話を振られる(※名前失念)。その流れで越の話になり、清岡は上田信『トラが語る中国史 エコロジカル・ヒストリーの可能性』(ヒストリア005、山川出版社2002年7月20日)を思い出しつつ、漢人が河川から深入りすると猛獣などの危険があるって話をしてたっけ。

※関連記事 トラが語る中国史(2002年7月20日)

 そんな感じで知識重視の話になっている西の女子会外グループなんだけど、そんな雰囲気を高みから吹き飛ばすように、東の女子会グループから「かわいい」って声がちょくちょく飛んでくる。清岡は西に居るもんだから、そんな感じで断片的にしか女子会グループの様子がわからないんだけど、下記の菊さんによるブログ記事でどんな感じだったか伺うことができる。

・wú
http://hokubatsu.blog.fc2.com/blog-entry-1018.html

 教団さんがお土産か何かを渡すために、その女子会へ行ったのだけど、しばし帰ってこなかった。清岡は思わず「我々の斥候じゃなかったのか」と漏らしていた。
 帰ってきて、三国の人物の読みの話になり、もちろん「かこうとん」「かこうじゅん」の話になっていたんだけど、終戦前後は呂布を「ろふ」、赤兎馬を「せきとめ」など、今じゃ聞き慣れない読みのオンパレードだったと清岡。

※関連記事
 古典籍総合データベース(早稲田大学図書館)
 三国志(1953年6月30日)

 その流れで、『小学六年生』1953年8月号の付録の畑純太郎/文、永松健夫/画『三国志物語 燃える大平原』の話が出てきて、教団さんからその挿絵(だっけ?)の虎牢関での呂布対劉備三兄弟の挿絵を見せて下さって、各自の武器についてあれやこれやと話していた。注目はやはり蛇矛じゃない張飛か。

※関連記事 少年ワールド、コミックトム

 そうこうしている間に、みなさんに注文した飲物が行き渡り、乾杯の気運が高まる。それで一言、

清岡「じゃ、乾杯の音頭を山さんから」

という無茶ぶりを敢行す。それを素で受けてくれる優しい山さん。事前に清岡からローカルトークでもう『三国志演義』第一回の桃園結義に模したのは飽きた、と聞かされていたせいか、シンプルに乾杯となった。
 そしてコース料理(と、下記の山さんのブログ記事にて後日知ったのだけど)の肉の大皿が来る(写真はあやさんご提供~♪)。これにはみなさんテンションが上がりまくり。

・黒崎兀突骨さんで三国志飲み会
http://hokubatsu.blog.fc2.com/blog-entry-1017.html

 清岡は黒井丸さんに同人誌展示即売会にサークル参加したときどんな感じだったか聞いていた。CD-Rにして売ったそうで。
 ここで教団さんの帰宅時刻を聞くに、22時20分とのことでそれに合わせて席替えしないとね、と清岡は意識していた(伏線)。

 三国志ファンの話になって、ファン層の意識の違いについて話していた。昔、mixiの或るコミュニティで黒井丸さんが歴史関連の話をふると、『三国志演義』が絶対みたいなノリで返されたという話をされていて、清岡はmixiだからそんな昔の話じゃない?と驚きつつコメントを返す。そこから当時の食器について。黒井丸さんがみんなに肉を切り分けるために、トングみたいな食器が当時あったとおっしゃっていた。木製だと腐って今に残らないかも、と申し上げる清岡。

※関連記事 『古代中国を発掘する─馬王堆、満城他─』(1975年)

 そして女子会グループから飛んでくる黄色い声に対して、思わす「盛り上がり具合では負けてられない気がする」と漏らす清岡。

 ここで三国志学会第九回京都大会の話で、教団さんから次の清岡の研究報告について尋ねられる。

※関連記事 三国志学会 第九回大会(2014年9月6日13日土曜日)

 タイトルは清岡自身でもきっちりは覚えてないぐらいなんだけど、研究報告のタイトルとなった「なぜ横山光輝は官渡の戦いを描かなかったのか」(※今、上記関連記事からコピペした)の答えはすぐ出るってことを申し上げていた。ツイッターでは「140文字以内で語れる」と言ってたんだけど、出典などを入れなければそれぐらいになると申し上げる…と昨年末の段階に、にゃもさんに告げようとしていたことなんだけどね。

※関連記事 三国志ファン、コア層こわそう、再燃

 その流れで清岡からは、最近、ツイッターで三国志情報が伝わりにくいって話をしていた。いや、それは最近に限ったことではないのだけど、情報の発信者としては三国志だからすぐ伝わるだろうと言う思い込みがあって、そのギャップから余計に、そう感じるってことだ。その場で例に出したのが、三国志フェスの話で、次回開催は2015年の1月か2月の土曜日なんだけど、依然、「三国志フェスは今年はやらないのかな」というツイートを見かけ、その都度、

「次回「三国志フェス」は2015年1月or2月の土曜、横浜で開催予定」とのことですね http://twitter.com/Tesshu8/status/483443693878120449

と返信していて、それが三回にも及んだと清岡は告げた。
 学術的な話題も出たので、ちょうど良いと思い、清岡から自分の論文、レジュメ×2の三点セットを黒井丸さんに渡し、すでにレジュメを渡しているお二人にはレジュメ×2を渡す。

※関連記事
 三國志研究第五号(2010年9月11日)
 ノート:横山光輝『三国志』に見られる連環画の再構築(2013年7月6日)
 「三国志演義」を翻案した少年マンガの1980年代までの変遷(2014年6月28日)

 それは後日でも読んで貰えば嬉しい程度のお土産のつもりで差し上げたのだけど、熱心に読んで下さる黒井丸さん。論文の方は話のネタにはもってこい。適当に開いて単語を読むと話のネタになると清岡は申し上げる。「例えば『無双OROCHI』」と告げると、黒井丸さん、曹操と信長の似ているという設定について言及して下さる。
 あと、にゃもさんからの又聞き話で、吉川英治『三国志』の初めの単行本は戦時中に発売されたのだけど、一冊だけ、戦後に発売された単行本があって、それは結構、戦時中の連載時と違うという話で、やはり古典の翻案といえどもそういった時代の変遷と無関係でいられなかったそうで。

※関連記事 東京媽祖廟 関帝像
 ※このタイミングでおっしゃっていたが清岡は書いてないね。

 その流れでさらに清岡からは横山光輝『三国志』(マンガ)はそれほど雑誌連載時と単行本とでは大きな変更はないものの、なぜか顔良&文醜の顔がすげ替えられていると申していた。また文庫化の際に修正されたものが、単行本のときに修正されたと誤られたりすることがあるとも話したっけ。
 その流れで郭嘉など、顔の描写に一貫性がないときがあるという話題。黒井丸さんによると『水滸伝』では登場人物の統一をとるための担当スタッフがいたらしいが三国ではいないそうだ。
 こんな感じで知的欲求を満たしていた、女子会外グループなんだけど、またしてもそれを吹き飛ばすような一言が女子会グループから来る。

「よく言われるのが丞相時計」

 思わず「何?何?何の話?」と聞き返したくなるような、楽しそうな言葉なんだけど、パーティションの壁は高く、そんな訳にもいかないので、清岡は所感を漏らす。

清岡「むこう盛り上がってますよ」
山さん「心の中ではこっちの方が盛り上がってます」

 この山さんのコメントがネタではなく本当だったのは後で証明される(伏線なのかな?)。
 それで清岡は思いだしたように、実は昨年九州三国志忘年会が今回の日本マンガ学会第14回大会の研究報告の元ネタになったって話を振る。つまり、USHISUKEさんが古書店で買ったという、マンガの伊藤正樹『少年三国志』(1963年)の画像を皆に見せていたんだけど、その時はタイトルだけしか認識していなくて、清岡の知っている、福井英一『少年三国志』(1953年)と同じかどうかよく判らなくて、実は別物で、それぞれ当時のマンガ状況が反映したものだったので、研究材になるほどだったと。

※関連記事 レポ:兀突骨に行くまで(2014年7月26日)

 山さんはその時の『少年三国志』の話をおぼえていらっしゃった。そして黒井丸さんが福井英一先生に詳しくて、「当時、手塚治虫、馬場のぼると並ぶ人気作家だった」とかあれこれ皆に説明して下さる。そういう知識を持っている方に会ったのは初めてと、俄然テンションの上がる清岡。
 その流れで、教団さんから、小学館の『小学六年生』1954年11月号(かな?)の付録、若月てつ『少年少女 まんが三国誌』のコピー2枚(4ページ)分を見せていただく。ストーリーは三顧の礼から(『三国志演義』の?諸葛亮の?)最後までだそうな。2ページだけみるにローアングルのコマ割りなど、目を引く構図があったりと。主人公の名前が雑誌名にあわせ「ろくねん」だそうな。ここらへんこの少し前に小学館の『中学生の友』で連載していた、福井英一『少年三国志』の主人公の名が「中友」だということを連想させる志、何よりそのコピーを見るに鎧のデザインが剣道の胴みたいなところに名が書いているという、『少年三国志』そのものだった。そのへんのルーツについて、黒井丸さんからは『西遊記』の金角銀角からでは?と推測されていた。先ほどのロー・アングルを含め「なんでこんな大胆な構図?!」と清岡はツッコミを入れる。
 それから福井『少年三国志』話。黒井丸さんからどこまで描かれたか?と尋ねられ、「督郵が来た後、中友が都へ直談判しにいくところ」と答え、清岡のレジュメを引きながら、『三国志演義』における第二回の途中だと答える。それに対し「やる気なかったの?」と教団さん。それに対して、思わず吉川『三国志』のサブストーリー的に展開する『少年三国志』の良さを清岡は熱く語ってしまう。福井英一先生が1954年6月26日に亡くなったんで、死後60年なんでと自己言い訳を零していた。それについて感心してくださる山さん。さらには、横山光輝先生が1934年6月18日誕生なので、生誕80周年だと清岡が告げる。

※関連記事 待てあわてるなこれは孔明の罠だ(2014年6月18日)

 依然、レジュメを熱心に読んで下さっている黒井丸さんに園田光慶/画『三国志』の説明をする。黒井丸さんから園田先生自身の情報を頂く。裏をとっていないが、一度連載を投げたというエピソードについてだった。黒井丸さんは以前、日本のマンガ史をまとめていたそうで。

 このタイミングで揚げ物の盛りつけが来る。ヴォリュームたっぷりでどれも美味しそうだ。
 黒井丸さんからゲーム『天地を喰らう』の話。アーケードの横スクロール(ベルトコンベア式)アクションゲームではなく、RPGのほうだ。

※関連記事 2007年2月1日「天地を喰らうRPG II 諸葛孔明伝」i-mode配信開始

 山さんから。落鳳坡にやたら強い一般兵がいるそうで、そこでレベル上げができるとのこと。顔のデザインは山さんによるとマイナーチェンジのオンパレードだそうな。黒井丸さんによると本宮ひろ志自体、顔のパーツのパターンがすくないから、簡単と。黒井丸さんによると、一般的なRPGのヒットポイント(HP)はこのゲームでは兵士数に相当するのだけど、単に置き換えたのではなく、兵士数が少なくなれば攻撃力が下がる、と。そのため戦術的な面もあるそうな。清岡「なんか計略が魔法みたいなイメージしかない」
 さらにアクションゲームの話。プレイアブル・キャラクターが馬超じゃなくて魏延だということだそうな。まぁ、馬超は原作に登場しなかったというのもあるかもしれないが。清岡「本宮先生に頼めばよかったのに。」

 それから教団さんからは福岡旅行の話を伺う。その流れで黒井丸さんからは大友宗麟話。中国の史書に出てくるそうで。清岡は『明史』に信長と秀吉の逸話が出てくると告げる。

・『明史』巻三百二十二 列伝第二百十 外国三 日本
日本故有王、其下稱關白者最尊、時以山城州渠信長為之。偶出獵、遇一人臥樹下、驚起衝突、執而詰之。自言為平秀吉、薩摩州人之奴、雄健蹻捷、有口辯。信長悅之、令牧馬、名曰木下人。後漸用事、為信長畫策、奪幷二十餘州、遂為攝津鎮守大將。有參謀阿奇支者、得罪信長、命秀吉統兵討之。俄信長為其下明智所殺、秀吉方攻滅阿奇支、聞變、與部將行長等乘勝還兵誅之、威名益振。尋廢信長三子、僭稱關白、盡有其眾、時為萬曆十四年。於是益治兵、征服六十六州、又以威脅琉球・呂宋・暹羅・佛郎機諸國、皆使奉貢。乃改國王所居山城為大閣、廣築城郭、建宮殿、其樓閣有至九重者、實婦女珍寶其中。其用法嚴、軍行有進無退、違者雖子壻必誅、以故所向無敵。乃改元文祿、幷欲侵中國、滅朝鮮而有之。

 教団さんはスマートフォンのツイッターのタイムラインからKOBE三国志ガーデンにおける次回の三国志Q&Aの話を出されていた。そう、ちょうどその日が竹内真彦先生の三国志Q&Aの日で、それに参加した人から早速、次回情報がツイッター上で共有されていたという、何とも今風な現象。いや、教団さんのネットワークの広さを賞讃すべきか。

※関連記事 2014年のKOBE三国志ガーデン内イベント

 再び清岡は山さんにパーティションの向こう側はテンションたかいと申し上げると、再び負けてないと山さん。そこで一人でテンション高く叫んでいたら、ふなっしーですよ、と茶々を入れる清岡。

 しばし清岡は黒井丸さんと下記関連記事にも触れられている、忍者ものの山田風太郎、白土三平、横山光輝の系譜について語っていた。

※関連記事 横山光輝「三国志」の魅力に迫る(2010年10月5日)

 席替え時刻を20時10分にしたいと思っていたのだけど、いよいよその時刻が近付く。どう人を入れ替えるかというと、席の位置で動きやすい清岡と教団さんが東側に行き、逆に東側からはあやさんとちくわさんが西へ行くということだ。意図しなかったのだが、山さんは初対面の三人に囲まれる状況となるので、思わず申し上げる。

清岡「頑張って下さい、次の盛り上げは山さんにかかってますので」
山さん「え?」

 まだ時間があったので、清岡は教団さんに対し「この二人に話しておきたいことを今のうちの話しておかないと」と告げる…と自分で言いつつ、清岡が山さんに話を振る。それは結果的にオフレコ話になったが、どうも山さんのツボには入ったようで、女子会グループに匹敵するんじゃないかというぐらい盛り上がってしまった。
 そしてワニの肉がくる。黒井丸さんは鶏肉の味に近いと聞いたそうで、清夫からは「是非、ご自身で味わってその真偽を確かめて下さい」と申し上げる。食べてみると前回と違い辛い味付けだった。そういえば黒井丸さんから感想を伺うのを忘れていた。
 さて席替えてのラウンド2だ。

 後日、思ったのだけど、この店内の様子を見るに、三国志ファンは共感系と知識系といった二つの方向性があるような気がする。それら二つは対立項でも大別できるわけでもなく、イメージとしては縦軸が共感系で、横軸が知識系で、そうやってできた平面のどこに三国志ファンが位置するかといったものだ。今回のラウンド1では女子会グループが平面の左よりの高い位置にあって、女子会外グループが平面の低い位置の右寄りといった案配だ。
 下記関連記事で触れたように、三国志ファンを想定するのに、どうしても知識系に偏った見方をしていて、共感で繋がるファンや深化していく様を結構、見逃していた気がする。ここらへん今後の三国志ファン論の重要な鍵となりそうなので、留意しておきたいところだ。

※次の記事 レポ:7/26北九州 兀突骨で酒池肉林?! ラウンド2(2014年7月26日)

※追記 三国志ファン、コア層こわそう、再燃

※追記 大型人形劇 三國志(2014年9月27日)

※追記 関プチ5 全国ツアー:8/30三国志納涼オフ会in東京2014・改(2014年8月30日)

※追記 十大三国志ニュース2014

※追記 関プチ2015:8/1北九州 兀突骨で酒池肉林?!(2015年8月1日)

※追記 レポ:兀突骨に行くまで(2015年8月1日)

※追記 レポ1:8/1北九州 兀突骨で酒池肉林?!(2015年8月1日)

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