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清岡的見解:ねこまんまさんについて http://tinyurl.com/nekonomanma3
よくわかるねこまんまさんの問題行動 pdf
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メモ2:三国志フェス2013(2013年9月28日)


  • 2013年11月 8日(金) 00:33 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    1,972
ショー ※2013年9月目次的ページ
・メモ:一周片道乗車券往復
http://cte.main.jp/sunshi/2013/0920.html

※前の記事 メモ1:三国志フェス2013(2013年9月28日)

三国志フェス2013

※関連記事 三国志フェス2013(横浜2013年9月28日)

 2013年9月28日土曜日12時15分、「三国志フェス2013」のステージでは「エンペラー・オブ・お笑い三国志」が始まっていた。

 それまでと同じく清岡は本部近くでそのステージの方を見ながら突っ立って待機していると、教団さんから声を掛けられる。前の記事では触れてないが、入場時に挨拶して頂いたんだっけ。
 それで清岡の時間のあることを確認されて、とある出展ブースへと連れて行って下さる。

・北伐:力漲る三国志手ぬぐい・Tシャツ
http://shop.hokubatsu.com/

 それが上記サイトにある北伐のところ。教団さんがブースにいらっしゃるお二人と清岡との顔合わせをして下さる。
 北伐のお二人は「三国志ニュース」を見て下さっているとのことで、こっちも下記関連記事にある「三国志フェス2013」関連以外で紹介していないものの、その記事を作成する以前から存じていたのだけど、ネットはおろか対面でも初めて言葉を交わす。

※関連記事 三国志フェス2013 予習リンク集 (2013年9月28日)

 董卓をイメージしたという飴を一つ頂く。下記ブログ記事にあるように金粉と酒粕の飴だそうで。

・今日は、相国様
http://hokubatsu.blog.fc2.com/blog-entry-767.html

 清岡は京都に相国寺があるという話をしていた。董卓とまったく関係ないが、字面から董卓を思い出すというネタ。

※関連記事 11月1日は董卓が相国に為った日

 それと英傑群像で売っていた同人誌について言及して下さる。確か10年ぐらい前の同人誌なんで、恥ずかしいと申し上げていた。というより心の中では家にまだ数冊残っているので、機会があれば差し上げようと思っていた(ちょうど年末は青春18きっぷの期間で休みになりやすいので、タイミングがあえばUSHISUKEさんと北伐さんが兀突骨に飲みに行くときにお邪魔するとかね)。

・サークル「美陽亭」
http://cte.main.jp/biyo/

 それと清岡からは福岡話で北伐のお二人が関帝廟にお参りに行った話を振って、そこから福岡関帝廟話になっていた。そこの写真展示にユリ・ゲラーさんがいらっしゃったり、素人目に見ると単なる撮影ミスに見える発光が、オーラだという解説がされていたりと。

・福岡関帝廟におまいり
http://hokubatsu.blog.fc2.com/blog-entry-738.html

※関連記事 福岡関帝廟(福岡市中央区天神2002年12月22日)

 それと清岡からは上記の関連記事の話をしていた。その日はちょうど北伐さんとは入れ違いだったようで。それと小倉の玄徳の話。

※関連記事 玄徳(福岡県北九州市小倉片野)

 その後、本部に戻り、同じ位置でステージを見ると、すでに「エンペラー・オブ・お笑い三国志」の1組目のサムニさんのネタが始まっていた。

・サニム的なブログの可能性大! - Ameba
http://ameblo.jp/sanimu/

 一週間前の打ち合わせではネタの最中に審査員はどういった位置で見るか、論点になっていたけど、結局、向かって左側でお客さんと同じ視線で見ることになっていた。
 2組目は東京アヴァンギャルドのネタで、男性の方が医者で、女性の方が患者というコント。患者の方が三国志の世界にイッちゃっていて、それを冷静に診断…というより指摘し、そのギャップが笑いに繋がるネタだ。

・東京アヴァンギャルド
http://tokyoavantgarde.net/

 清岡は横浜関帝廟ツアーの準備で結局、ほとんど「エンペラー・オブ・お笑い三国志」を見れずにいたが、その数少ない中でも東京アヴァンギャルドが一番だと感じていた。単純に笑えるというのもあるが、それは何だか三国志ファンを諷刺しているように感じられ、含蓄や深みを感じていたからだ。
 評価されないだろうな、と思っていたが、その後の話によると、3組中1位で決勝進出したそうで。
 あと、安本精肉さんがネタ中に、何進の亡くなった日を29日とかおっしゃっていたような気がして、近くのおさっちさんに話を振ってみると、業務に集中してお聞きになってないようだった。後日、下記リンク先で確認すると紀元189年8月25日で、つまりは29日は「肉(にく)」とかけたのだろうかね。

・何進暗殺から董卓秉政へ(孫氏からみた三国志45)
http://cte.main.jp/sunshi/2008/0307.html

※関連記事 8月25日は何進の忌日

・安本精肉備忘録。 - Ameba
http://ameblo.jp/mondays83/

 本部近くで伊藤晋太郎先生と夢梨さんに会う。立ち話のつもりが、打ち合わせっぽくなってしまって、そこで清岡が自己紹介の質問の希望を伺うと、好きな人物と好きな場面とのこと。なるほど好きな場面は良いかも、と思っていた。それと、集合写真の話も申し上げ、あと伊藤先生からは関帝廟内が混んでいて全員に対して一度に説明できないかもしれないという旨をおっしゃっていた。

 ステージの方では初めの3組についてやついさんがコメントをおっしゃっていて、3組ともネタ時間の3分を守っていない旨とそれぞれの具体的な時間をおっしゃっていたのが印象的だった。曰く「キング・オブ・コントだと3組とも即失格」とのこと。

 本部ではおさっちさんが臥猪亭で買ってきたレゴ風の三国のブロックおもちゃを持ってきていた。そうそう三国志フェス2011で展示されていたんだよね。

※関連記事 アイディア:古物商としての三国志ショップ

 本部に立っていると横浜関帝廟ツアーについての問い合わせを受けて、事前受付の話を申し上げていた。どうもその方は清岡のことを三国志学会シンポジウムで知っていらして、あれ、懇親会でお会いしたかな、と思っていたら、どうやら横浜関帝廟ツアーの告知で登壇した際に見て下さったようで。そりゃこちらからは存じ上げない訳だ(笑)

※関連記事 ノート:三国志学会シンポジウム(2013年9月21日)

 13時頃、清岡は喉が乾いていたんだけど、本部には食べ物だけで飲物は各自用意するそうで、2階の控え室に行って、お茶を頂いていた。
 もちろんそれだけのために行ったのではなく、事前に横浜関帝廟ツアーの打ち合わせを伊藤先生と行うためで、先ほどの話もあって、そんなりと話すことができ順々に確認していった。もちろん控え室は出演者や芸人さんが主なので、あれこれ荷物が置かれくつろがれている様子だったので、イスを借り、空いたスペースで打ち合わせをしていた。

 13時30分がツアーの集合時間で、その集合場所の1階の本部前に行く。今回は20名限定で、公式ブースの受付の方に聴くに、現地で待っている方と遅れてくる方の2名を除けば、全員揃っていたため、清岡からツアーの概要を総勢18名のお客さんに説明する。会場内のステージでは依然、「エンペラー・オブ・お笑い三国志」の進行中だったので、ステージの音と説明の声が被ってしまって、苦笑いしていた。
 さらに伊藤晋太郎先生からの挨拶が行われ、早速、伊藤先生を先頭に、夢梨さんを殿に、皆で中華街に向かう。今回、参加費が一人三千円で、その中に食費も含まれ、まず清香園という横浜中華街の関帝廟近くのレストランを目指す。
 受付の際に参加者へ予めプリントを配っていて、そこにスケジュールや会場から関帝廟までの地図が記されていて、そこにあるルート通りに進む…と後で気付いて伊藤先生もおっしゃっていたが、初めから一本、道が違っていたそうで。
 中華街に入る前にふと気付いたんだけど、そういえば、公式ブースの受付の方から集めたお金を受け渡して貰うのを忘れていた。その旨をすぐに伊藤先生に申し上げて、急いで、会場まで取りに帰ることになった。
 すぐに会場に戻ってきたのだけど、お金をとるだけでなく、金額の確認をする必要があり、それが意外と手間取る。まず、後で合流する2名の未払いであることの確認をしないといけないのだけど、ツアーの一団が店に行く前に追い付こうという焦りからそういった順序立てての思考が飛んでしまっていた。最後は電卓まで借りてきっちり計算した後、USHISUKEさんから予め頂いていた封筒二枚のうち、一枚に入れて走り出す。
 この時、初めのルートが地図通りでないと知らず、しかも中華街に元々詳しくないため、必然的に道に迷う。それでも挫けている場合ではないので、闇雲に走っていた。そうすると、目的地の清香園近くにあるはずの関帝廟に到達する。しかし、肝心の清香園がどこにあるか見付けることができず、一本、通りを誤って覚えたのかと思い、隣の通りに行ったものの見つからず。
 立ち止まり少し落ち着くと、荷物に地図を持っていたのをすっかり忘れていたのを思い出す。地図を見て、やはり関帝廟に隣接する通りにある店だと知り、小走りに行く。気付けば汗だくだったが、二回前の記事でも書いたけど、この日は周倉をイメージして黒っぽいシャツのA. C. Milan black jersey (3rd) for the 2012/2013 season BOJAN KRKIC(背番号22番) 14 years (155-165cm)を着ていて、まさかアディダスのClimaCoolがこんな予期せぬシチュエーションで役に立つとは思わなかった。

・climacool revolution - Adidas
http://adidas.jp/running/climacool-revolution/

※追記 三國志物語(1940)、少年三国志(1955)、羽石光志/絵

 13時40分過ぎ、店の場所に近付くと、ちょうど、ツアーの一団が入って、最後尾の夢梨さんが外から見えるぐらいの時間帯だった。その後ろに並び、店に入り、二階に案内される。もちろん遅れたんじゃないかと気が気でなかったので、真っ先に夢梨さんに確認したり、後で伊藤先生に確認したりしたが、どうも大丈夫だったようだ。

・横浜中華街 中華料理 清香園 公式サイト《Yokohama ChinaTown SeikoEn》接客好感度No1を目指すマスコミで話題沸騰の店
http://yokohama-seikoen.com/

 予約したところが、大きな中華卓が三台あって、食事の参加者20名と食事なしのお子さまの参加者1名、伊藤先生、夢梨さん、清岡の合計24名で、8人ずつに分かれる。当然、真ん中の卓に伊藤先生が座り、その補佐として左隣に清岡が座り、西の卓には夢梨さんが座り、あとは家族連れや友達同士は自然とひとまとまりになるが基本適当に座っていただく。

 料理が来る前に、自己紹介という流れだけど、どう考えてもこの人数だと途中で料理が来てしまうため、料理を食べながらになるが順に自己紹介していきましょうって流れになった。事前の打ち合わせ通り、お題は、どこから来たか、『三国志』『三国志演義』での好きな人物、好きな場面等だと清岡から告げられる。西の卓から自己紹介が始まり、皆さん、短い時間でも深みのあることをおっしゃっていた。やはり関東からいらっしゃる方が多いが中には北海道からの方もいらっしゃった。もちろん伊藤先生からも自己紹介して下さって、今回は先週の三国志学会シンポジウムで先生のご発表と同じく、神さまの関羽と文学の関羽との関係性のイベントとのこと。

※関連記事 ノート:三国志学会シンポジウム(2013年9月21日)

 案の定、途中で料理が運ばれ(ちょうど自己紹介が終わった頃だけど、時間の関係で後述の伊藤先生からの説明がシームレスで入れて貰った)、やはり皆さん、遠慮してなかなか手を付けなかったが、伊藤先生が促して徐々に手を付け始められていた。料理は事前の資料によると、順に、中華サラダ、イカの季節野菜炒め、春巻、シュウマイ、酢豚、コーンスープ、白米もしくはチャーハン、本日のデザートとのことだったんだけど、すっかり清岡は忘れていて、出てくる視覚的な驚きと共にどれもこれも取り皿にとって味わって食べていた。途中で、白米かチャーハンか尋ねられ真ん中のテーブルではほとんどの方がチャーハンだったような気がする。

 自己紹介が終わると、伊藤先生からご自身がお書きになられた関帝廟に関する資料を皆に配られる。ちゃんと元の書籍の奥付もコピーして下さっているので、後で気になった方はその書籍を購入できるようになっている。二松學舍大学文学部国文学科/編『神奈川 文学散歩』(新典社2013年3月27日発行、ISBN978-4-7879-7552-2)だ。

・新典社|Shintensha inc.
http://www.shintensha.co.jp/

 それに沿って伊藤先生がその場でお立ちになり、横浜関帝廟での作法について説明されていた。予定では廟内で説明するってことになっていたが、よくよく考えてみると他の参拝者が多くてそんな場はないかもしれないので。お参りとおみくじについてなんだけど、後者は、素人目に見て運任せに思えるような作法で、関帝におみくじを引いて良いかどうかお伺いを立て、お許しが出るまで(二枚の神具のうち一枚が表、もう一枚が裏の場合、つまり素人考えで確率二分の一が当たるまで)、おみくじが引けないそうな。また本来、その神具で許しが出なかったらその日はおみくじを引かない方が良いそうなんだけど、実際は出るまで神具をふるそうだ。なかなか興味深い作法となっている。また、ともかく拝礼が多いのも特徴かな、とも思った。それもそのはずで関帝廟、と言ってもそこに祀られているのは関帝陛下だけでなく、前述の書籍のp.94から引用するに「これらの香炉はそれぞれ玉皇上帝(玉皇大帝とも。天界・人間界を支配する)、関聖帝君(関羽)、地母娘娘(后土娘娘とも。大地をつかさどる女神)、観音菩薩、福徳正神(土地公とも。地域社会の守護神)のものである」とあり、本殿に入る前にこれらの香炉に線香を捧げ、さらにおみくじを引く前に各3回拝礼をするらしい。それも今の「拝礼」ではなく、どちらかというと中国古代の拝礼に近いようだね。

※関連記事 三国創作のための拝メモ

 それ以外の時間は各テーブルでの「ご歓談」ってことなんだけど、担当者としても真ん中の卓以外の卓で盛り上がっているかどうか気になっていた。東の卓はこちらまで歓声が聞こえるほど、あれこれ盛り上がっているようだった。西の卓は後で夢梨さんに尋ねるに、つなさんともう一人の方(同じく三国志学会シンポジウムの懇親会でお話したのだが名前失念)とが中心になって盛り上げて下さったとのこと。

 伊藤先生の説明が終わった頃に、まのさんが合流され、全員揃う。清岡とは2012年8月12日のコミックマーケット82 3日目以来か?

※関連記事 メモ:コミックマーケット82 3日目(2012年8月12日)

 真ん中の卓では伊藤先生がいらっしゃるということで、他の卓に比べお得ですね、なんて話してたし、もちろん三国の話題も出ていて、早速、伊藤先生への質問で、「なんで関羽は神さまになったんですか?」と出ていた。伊藤先生はすぐさま「それは一番、聞いていただきたくない質問ですね。それは判らないが正解です」と前置きした上で(笑いをとられていた。)、その理由はいろんな説があって決定的なものがないとのことだそうな。ここで清岡は下記関連記事での議論を思い出しつつ「どちらの気持ちも解る」と前置きした上で、専門家じゃない人たちにとっては専門家のお墨付きにも似た単純明快な回答を貰って安心したいのだけど、専門家としては決定的なのがなくていろんな説がある場合、迂闊なことが言えない状況だと申し上げる。

※関連記事 2006年3月11日 プチオフ会 新宿編

 伊藤先生が資料としてお書きになられたのは、関羽は劉備に対してあるいは漢に対して「忠」というのがあるので、後世の歴代の権力者たちは臣下に忠誠を誓うように言うように、どんどん関羽の位を上げていって神格化させていったそうな。もう一つは上からの押しつけで広まるわけはないので、民衆側からの押し上げだけど、関羽の「義」が関係するそうで、「忠」が上下の関係に対し「義」は横の関係で、これは特に関羽の出身地である山西省の山西商人が全国的に活動し、より「義」が必要になり、関羽を祀るようになったためだそうで関羽の元で「義」を誓うそうな。山西商人が自分たちの信仰を広めていったそうだ。どれか一つに絞れず、偶発的な側面もあるとおっしゃっていた。
 続けて「なんで顔が赤いのか」という質問も出ていて、こちらも同じ理由に答えてつまられていたのだけど、清岡がすかさず「毎年、年末ぐらいにどの説が有力かってのをベスト10方式で発表すれば良いんですよね」と茶々を入れていた。伊藤先生によると、よく言われるのは忠義を表す色は赤なんだけど、それはどうかとも言われ、関羽は道教の世界で元帥神のときに四方を守る神さまで、南を守る神、つまり五行で赤だったとのことだ。あと中国の学者の説で、一般の農民は農作業で日焼けして顔が赤いため、関羽も人民の神さまだからそうなったというのもあるそうで。「結構、思想入ってますね」と清岡。

※追記 第2回三国志学会大会ノート2

※追記 歴史人別冊 三国志 虚と実を徹底検証(2014年3月27日)

 その卓では中には隣席同士でいきなり盛り上がってお友達になられた方もいらっしゃった。
 さらにローカルでは清岡の左隣が雲子さんで、清岡が「AC Milan」のユニフォームを着ていたのに言及されたので、ついつい三国と関係ないことを話していた。下記リンク先で書いたように、2011/12シーズンのチャンピオンズ・リーグのラウンド16でのホーム・ゲームでアーセナルに4-0で大勝したものの、続くアウェイ・ゲームでは黒いサード・ユニフォームを着て3-0と大敗して、危うく合計で敗退するところだったため、その黒いユニフォームを封印して黄色にすると発表されたものの、次の2012/13シーズンでもやっぱり黒いユニフォームで、結局、そのシーズンは使われなかった歴史ある幻のユニフォームと説明したっけ。ちなみに次のシーズンのサード・ユニフォームは黄金になっていた。

・黄色ならぬまさかの黄金 (2013年5月9日の雑記)
http://cte.main.jp/calcio/blog.cgi?n=554

 それと首から掛けるネックストラップのスタッフ・パスカードの裏に入れておいた一周片道乗車券(かえり)についても尋ねられたもんだから、それについて下記のリンク先のように説明していた。3万2千円のことろ1万円ぐらい安くなっているってことで。もちろん導入部分は定番の乗車券を見せて「ツッコミどころが2つありますが判りますか?」って言うやつ。正解は「京都市内 → 京都市内」とところと、それでいて「復割」となっているところだ。もちろん三国とはまったく関係ない。

・メモ:一周片道乗車券往復
http://cte.main.jp/sunshi/2013/0920.html

 もちろん三国の話、特に地方官吏の話もしたんだけど、清岡からは下記関連記事にある『漢代の地方官吏と地域社会』の話をしていたんだが、肝心の書名をど忘れしていて、後日、伝えたら、すでに読んでいたそうで。

※関連記事 『漢代の地方官吏と地域社会』(汲古叢書75 2008年)

 あと雲子さんは「三国志ニュース」で下記関連記事の『魏晋南朝の遷官制度』を知って購入して下さったそうで。肝心の記事にした清岡はまだ一文字も読めてない状況なんだけどね。

※関連記事 魏晋南朝の遷官制度(2013年3月)

 それと清岡から関羽ネタってことで伊藤先生や雲子さんに日本マンガ学会大会での発表資料を見せていたんだけど、実は一週間前の三国志学会で伊藤先生にすでに見せていたそうで。清岡は一週間前のことも忘れているだなんて自分で自分に驚いたと口に出して言っていた。

※関連記事 ノート:横山光輝『三国志』に見られる連環画の再構築(2013年7月6日)

 その中のネタで、横山光輝『三国志』では劉備の二夫人が一人の夫人になっているという発表したら、質疑のときにそれについて横山先生のコメントがあると教えて下さったのだけど、肝心の出典はさすがにわからず、後日、ツイッターで呟いたらにゃもさんが教えてくれたという話をしていた。そこで清岡は日本マンガ学会のように三国志学会でも部会ができる可能性について言及していたのだけど、伊藤先生曰く単純にそこまで発表数が足りないから無理とのことだ。

・日本マンガ学会
http://www.jsscc.net/

 あと伊藤先生への質問で「どうして関羽の研究をするようになったか?」というのがあってこれは単純明快に留学先の先生がそうしろとおっしゃったからだそうな。清岡は茶々を入れて「その方が禰衡をやれといえばそうなっていた」と。それと伊藤先生はデビュー論文では周瑜をお書きになったそうで、『三国志平話』での周瑜の話や、話の回が終わるたびに決まり事のように周瑜が血を吐くこと、それで『三国志演義』で赤壁の前で周瑜が血を吐くのは実はフライイング(血を吐く原因となった矢傷がないので)だった等、興味深い話を伺えた。
 それで廟内での説明をここでしていただいたので、ある程度、時間的に余裕ができ、最後の杏仁豆腐を各自頂き、14時40分ぐらいに店を出る。皆で関帝廟に行って、後でまのさんに聞くに土曜日の割には空いていたそうな。それでも横浜の有数の観光地とあって混んでいた。

・横浜中華街 関帝廟《関帝廟入口》
http://www.yokohama-kanteibyo.com/

 ここで清岡が皆さんの拝観料を関帝廟の左手前で払うのだけど、肝心の封筒がなかなか見つからない。ファイルに入れたのは覚えているが、それには書類が詰まっていて、手間取っていた。ようやく封筒を見付けたと思ったら、お金の入ってない方で、慌てていたら、ファイルごと落として、地面に豪快に書類をばらまいてしまっていた。まわりの参加者がそれを拾って下さって、ようやく封筒を見付けることができる。
 そこから一人一人チケット代わりの関羽のお守りをお渡しする。本殿前に行くことができ、そこで各自に線香を手渡してくれる流れだ。伊藤先生からの簡単なおさらい的な説明に沿って、各自が各香炉に付された番号に沿って線香を立てていく。時間をおしている訳ではなかったが、念のため、京劇を見たい人は先に言って貰う。
 自己紹介の時にアカデミックな進路の方が2名いらっしゃることが判明し、この隙に清岡はそのお二人に史学とか文学とか専門分野を伺うと、まだこれから決められるとのことだった。
 その後、本殿に入り、いよいよおみくじを引く段となる。こちらも伊藤先生のおさらい的な簡単な説明があったので、迷わず皆さん、作法通りの殿内を回られて、最後、おみくじ棒(1から100までの番号が振られているとのこと)を引き、神具2枚を地面に投げて関帝陛下に許しを請うていた。
 入って左側の所に、出たおみくじの番号を言うと担当者が後ろの棚から占いの書かれた紙を出してくれ、そこで200円を払うという流れなんだけど、今回は清岡が会計なんで、そこで待ち受けて、各参加者の分を払っていた。おかげでいろんな占いの結果を聴けた。もちろん細かいお金、100円玉2枚が続くわけがないので、時にはお釣りを担当者から受け取っていた。引いた後、おみくじの内容が悪ければ木に括るそうな。
 こうして滞ることなく、15時15分におみくじを引く時間が終わって、結構、京劇までに会場に戻りたいという方が多かったものの、折角だからと集合写真を撮ることに。撮影ポイントは定番の関帝廟入口の階段の所で、撮影者は夢梨さんにお願いして通りを挟んだ歩道から撮って貰うことに。
 撮影後、中華街に詳しいキリエさんにお願いし、京劇を見たい方々を引き連れて先に戻っていただいた。残りの人々はゆっくり会場に戻り、清岡はそれとなく今回のツアーについてあれこれ感想を伺っていた。それと張遼好きな参加者の人に、「遼来々」が百科辞典的な『太平御覧』由来だということが面白いって下記のリンク先のことを思い出しながら話していたっけ。

・遼来々の出典 (※「三国志ファンのためのサポート掲示板」内ツリー)
http://cte.main.jp/c-board.cgi?cmd=ntr;tree=1617

 それと前述したアカデミックな進路を志すお二人があれこれ伊藤先生に質問していた。
 会場に戻り、15時30ぐらいにそこで解散となり、伊藤先生と夢梨さんと清岡は2階控え室に行き、ちょうど「エンペラー・オブ・お笑い三国志」が終わったところなので、芸人さんたちがくつろぐ中、空いた所で次回は先頭に立つ人が旗を持つと良いかもとか、あれこれ今回のツアー企画について話し合っていた。

※追記 メモ3:三国志フェス2013(2013年9月28日)

※追記 三国志ファン、コア層こわそう、再燃

※追記 四川省を満喫しよう!(2014年7月26日)

※追記 黒正塾 第13回秋季学術講演会(2015年11月21日28日)

※追記 0泊4日の旅(2016年4月21日-24日)

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