次のキーワードについて検索: 検索文字列 ''. 検索結果 181 - 210 / 656 件 (0.0123 秒). 検索条件の修正
181.
唐代史研究 第21号(2018年8月)
下記のTwitter AccountのStatusで知ったこと。 ・東方書店 東京店(神田神保町) (toho_jimbocho) on Twitter https://twitter.com/toho_jimbocho ・Twitter /toho_jimbocho: 【国内書新刊】 『唐代史研究 第21号』 唐代史研究会/2018年8月/税込3,240円 ... https://twitter.com/toho_jimbocho/status/1052517232155062273 ※関連記事 中国古代車馬研究(2018年10月19日) ・中国・本の情報館~中国書籍の東方書店~ http://www.toho-shoten.co.jp/ ※関連記事 中国版画散策 第44回(東方 451号2018年9月5日発行) ・国内書 唐代史研究 第21号 https://www.toho-shoten.co.jp/toho-web/search/detail?id=9900010465&bookType=jp ※新規関連記事 唐代史研究第27号(2024年8月出版) 発行元の唐代史研究会のサイトが見当たらないので上記の書店のページにあるように2018年8月に『唐代史研究』第21号(唐代史研究会)が出版され、東方書店では3240円で売られている。その学会誌の「新刊紹介」に「窪添慶文編『アジア遊学213 魏晋南北朝史のいま』(峰雪幸人)」がある。つまり下記リンク先にある勉誠出版より2017年9月に発売の窪添慶文/編『魏晋南北朝史のいま』(アジア遊学 213、ISBN978-4-585-22679-6)の峰雪幸人氏による紹介ね。「新刊紹介」以外に「書評」があって、別々なんだね。 ・勉誠出版 --HOME http://bensei.jp/ ・魏晋南北朝史のいま http://bensei.jp/index.php?main_page=product_book_info&cPath=9_14_40&products_id=100791 ※関連記事 魏晋南北朝史のいま(2017年9月)
: 清岡美津夫
2018年11月18日(日) 21:21 JST
- 記事
- 3,352 閲覧数
182.
三國志研究第六号(2011年8月27日)
・三国志学会 http://www.daito.ac.jp/sangoku/ ※関連記事 三国志学会 第六回大会(2011年8月27日土曜日) 三國志研究第五号(2010年9月11日) ※次記事 三國志研究第七号(2012年9月1日) ※追記 三国時代から見た「魏志倭人伝」(静岡県下田市2011年10月30日) 上記関連記事で触れた2011年8月27日開催の「三国志学会第六回大会」にて例年通り、会員には会費と引き替えに三国志学会機関誌『三国志研究』第六号(112ページ、ISSN 1881-3631)が渡された。 『三国志研究』は上記サイトにもあるように汲古書院で購入できるそうな。下記の汲古書院のサイトでは今のところその情報はないけど、まぁ問題ないのだろう。 ・株式会社汲古書院 古典・学術図書出版 http://www.kyuko.asia/
: 清岡美津夫
2011年9月 3日(土) 14:42 JST
- 記事
- 3,351 閲覧数
183.
三国志学会 第四回大会ノート5
※目次 三国志学会 第四回大会ノート(2009年9月5日) ※前記事 三国志学会 第四回大会ノート4 15:31。総合司会の石井先生から再開のアナウンスがされる。講演の司会は二松学舎大学の牧角(竹下)悦子先生とのこと。 牧角先生より川合康三先生の経歴の紹介が入る。川合先生は中唐文学研究会(現、中唐文学会)を立ち上げたという。文献史料や作家の歴史をおさえた上で、最終的に文学性を追求する立場にあるのがその特長だという。「三国志学会へは昨日入会した」そうな。 拍手の中、川合先生が登壇される。 レジュメはA4の2枚で2ページ。 ○「曹植の公と私」
: 清岡美津夫
2009年9月29日(火) 12:53 JST
- 記事
- 3,349 閲覧数
184.
三国志学会第一回大会ノート6
・三国志学会第一回大会ノート5の続き http://cte.main.jp/newsch/article.php/405 司会の渡邉義浩先生から狩野直禎先生の紹介が入る。狩野先生がご著作の『諸葛孔明』を書くに至ったか、のご講演とのこと。 ○狩野直禎(三国志学会会長、元京都女子大学学長)「私と三国志」 レジュメは縦書き手書きの5枚。ある意味、貴重なレジュメ。 先祖は熊本肥後。(転勤族の)父親が初めて東京に赴任したときに狩野先生がお生まれになったとのこと。大半は京都にいらっしゃったとのこと。 小学校5年生のときに再び東京へ転勤。夏休みに引っ越し。そういう意味で友達がいなかったので両親が佐藤春夫/著『支那文學選』(新潮社、新日本少年少女文庫14)を買ってくださったとのこと。 ここで狩野先生が初めて三国志の存在を知ったとのこと。そこのエピソードは「天下の英雄は君と僕だけさ」「五丈原の戦ひ」など。そこの解説では三国時代は我が国の神功皇后の時代、と解説があったそうな。さらに引用した書物の簡単な解説があるとのこと。そこに『三国志演義』と『三国志』の解説があったそうな。狩野先生がこの本で印象に残ったのは「故郷(ふるさと)」と題したもの。魯迅の「故郷」を訳したもの。 1942年3月に小学校卒業。 当時は義務教育6年間。狩野先生は東京の中学校進学。当時の主要教科は英数國漢だそうな。現代では考えられないが漢文の授業があった。教科書は簡野道明『新修漢文』。最初は簡単だが(江戸時代に書かれた漢文)、十八史略など入ってきて、曹植「七歩詩」などがあったそうな。歴史(社会の一つじゃなく独立している。)は一年が日本史、二年が東洋史、三年が西洋史、四年がふたたび日本史だったとのこと。そのとき二年の教科書は羽田亨『中等東洋史』とのこと。仏教がらみでインド史が入ってくる程度。三国時代も当然、入ってくるが30分か1時間程度。 1944年で中学三年生。労働に使われたりしたそうな。狩野先生は防空壕の木材を運んだりしたとのこと。そのため西洋史については勉強する機会がなかったそうな。そのうち空襲が始まる。京都に帰る。京都府立の中学に転校。戦争が終わったら終わったで車掌として労働にかり出されていたとのこと。 その後、出師表について授業を受けたそうな(教科書、土井晩翠『星落秋風五丈原』)。祖父が手紙で書き下し文を送ってくれたとのこと。後年、狩野先生の『諸葛孔明』でその文をそのまま使ったとのこと。 京都の高等学校に進学。高等学校の一年生は日本史、二年生は東洋史、三年生は西洋史。東洋史の授業の先生は羽田亨先生のご令息だったそうな。そのときの夏休みの宿題が内藤虎次郎『中國中古の文化』(1927年の授業が本になったものとのこと)を読むようにというもの。当時は紙は悪いし内容が難しいし読みづらいものだったそうな。感想文提出。その中の項目で「曹操の文学趣味」「曹操の矯正策」「諸葛亮の矯正策」というのがあったとのこと。岡崎文夫『魏晋南北朝通史』を読んだそうな。 大学へ進学(当時は高等学校進学の方が難しいそうな)。狩野先生は哲学に行くか、文学に行くか、史学に行くか迷ったとのこと。結局、東洋史学へ。狩野先生は四川省に興味をもつ。那波利貞「文化史上より観察する四川省成都」(歴史と地理 十二巻五号・六号)、久村因(ちなみ)の諸論文(漢代の地名に詳しい)。大庭脩「秦の蜀地経営」(卒業論文→竜谷史壇33号、1950年)。卒業研究は蜀漢か五代十国がまよったが、結局、その両方を含む○○伝説の研究(※聞き取れず)。三国志の研究に近づく。 1953年に大学を卒業。そのころに小川環樹・金田純一郎/訳『三国志』(岩波文庫、1953年、※三国演義の訳) 旧制大学院に進学。一切、単位なし。そのころに川勝先生の論文が書かれる。 川勝義雄「曹操軍団の構成について」(京都大学人文科学研究所創立二十五周年記念)、その中で曹操軍団の構成は任侠的結合である、とかかれていたとのこと。同じ頃に宮川尚志先生が京大に来られる。 宮川尚志「三国呉の政治と制度」(史林38巻1号、1955年) 狩野先生はちょうどそのとき史林の編集委員だったとのこと。この論文の構成などをしたとのこと。 吉川幸次郎「曹氏父子伝」(世界121~132 6回 1956年)。この中の文を読まれる。内容は、我々は曹操を三国演義的な人物像を想像するが、それは正しくない、とかそういう旨。 1957年に狩野先生はある論文を書き上げる。それが狩野直禎「後漢末の世相と巴蜀の動向」(東洋史研究15巻3号、1957年)。その書き上げた直後に、吉川幸次郎「曹植兄弟」(新潮55巻、1958年)の連載が始まる。その後、1962年に吉川幸次郎「三国志実録」(筑摩書房)刊行。時代区分論争に関連し、「魏晋から中世なのか?」と吉川先生から三ヶ月も質問を受けた、という話。 その後、五斗米道の話も含めた論文、狩野直禎「蜀漢政権の構造」(史林42-4、1959年)を書き上げたそうな。このころ、狩野先生は京都大学東洋史辞典編纂会『東洋史辞典』(東京創元社、1961年)の出版(下請けの仕事)に携わる。ここでいろんなことを勉強したとのこと。 そのころから狩野先生は聖心女子大学の小林分校に就職。そこで二年間勉強すると短大の資格が貰えるとのこと。その時期に狩野直禎「華陽国志の成立を廻って」(聖心女子大学論叢21、1963年)を書き上げる。狩野直禎「後漢時代地方豪族の政治生活」(史泉22、1961年)という論文を書く。これは[牛建]為郡の張氏について書かれていて、三国時代から離れて後漢時代だとのこと。 狩野直禎『両漢學術考』(筑摩書房、1964年)。吉川先生から言われた仕事とのこと。元は1924年の講義。後漢における老荘思想の萌芽。 宮崎市定先生が定年を迎える。普通は定年記念で論文集ができるが、人物往来社から中国人物叢書の企画があがる。第一回配本は随の煬帝で宮崎市定先生ご自身の著。第二回配本は「諸葛孔明」で狩野先生に割り当てられる。狩野直禎『諸葛孔明』(人物往来社、中国人物叢書2、1966年)。これに書くに当たって参考にした本がレジュメに書かれている。内藤虎次郎『諸葛武侯』(東華堂 1897年)。これは劉備がなくなった時点で終わっている。つまり未完。非常に細かく優れた内容。内藤先生は三顧の礼を否定。杉浦重剛・猪狩又藏『諸葛亮』(博文館、1913年)。古本屋で購入。宮川尚志『諸葛孔明』(富山房、支那歴史地理叢書、1940年)。植村清二『諸葛孔明』(筑摩書房、1964年)。 桑原隲藏「孔子と孔明」。これは「支那史上の偉人」というタイトルで1923年に大阪の懐徳堂で講演したときの紀要。のちに『東洋史説苑』(弘文堂、1923年)におさめられる。そこには桑原先生が「至誠一貫してその行動に一点の不純をも認めぬ」と断定。その中で中国嫌いの平田篤胤先生が「孔明の生涯の中で尤も感激に堪えぬのは、実に成敗を度外に北伐を実行して義務に殉じた時にある」と紹介されているとのこと。 その後、狩野先生は森鹿三/編『東洋の歴史』第四巻「分裂の時代」(人物往来社、1967年)で「三国の鼎立」、「西晋から東晋へ」、「民族の大移動」の章を執筆されたとのこと。それと平行して狩野直禎『魏晋學術考』(筑摩書房、1968年、1926年の講義内容)を執筆。狩野直禎『支那文學史』(みすず書房、1970年、1908年の講義内容)を出版。これは六朝文學。狩野直禎「李固と清流派の進出 田村博士頌寿 東洋史論叢」(1968年)を執筆。これはタイトル通り三国時代の前の話。狩野直禎『「三国志」の世界─孔明と仲達─』 清水書院、1971年 人と歴史東洋5。孔明についてそれ以前に書いたので、仲達を入れたとのこと。 ○質疑応答 質疑を呼びかけたものの、特になかったので、「ご講演ということで質疑はなし」ってことで終了。満場拍手。 ・三国志学会第一回大会懇親会へ続く http://cte.main.jp/newsch/article.php/409
: 清岡美津夫
2006年9月10日(日) 23:34 JST
- 記事
- 3,345 閲覧数
185.
非常之人 三国志の覇者・曹操の人物像(2010年10月31日)
※関連記事 三国志学会 第五回大会(2010年9月11日土曜日 二松学舎大学) 上記関連記事で触れた「三国志学会 第五回大会」でレジュメと供にチラシが並べられていて、それによりとあるシンポジウムが開催されることを知る。 2010年10月31日13時から17時まで二松学舎大学九段キャンパス1号館地下二階 中洲記念講堂にて二松學舎大学文学部シンポジウム2010「非常之人 三国志の覇者・曹操の人物像」が開催されるという。 ・二松学舎大学 http://www.nishogakusha-u.ac.jp/ ※10月15日リンク追記 ・非常之人~三国志の覇者・曹操の人物像|二松学舎大学 http://www.nishogakusha-u.ac.jp/sangokushi/ ※開催半月前にしてようやく公式ページができた。申込方法を探している方をアクセスログで多数みたけど、予想通り「入場無料(先着順・申込不要)」とのこと。進行・コーディネーターは伊藤晋太郎先生。 そのフライヤーには下記に引用するような出演者や講演タイトル(?)の記載があった。 ━引用開始━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 鈴木 厚氏 (BSジャパン「覇王・曹操の墓は語る!」ディレクター) 曹操の実像をたずねて 渡邉 義浩氏 (大東文化大学教授・三国志学会事務局長) 英雄? 姦雄? ゆれる曹操像 葉口 英子氏 (静岡産業大学准教授) ゲーム空間の曹操像 ━引用終了━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ※リンク追記 ・大東文化大学 中国学科 渡邉義浩研究室 http://www.ic.daito.ac.jp/~y-wata/ 引用箇所中にある「BSジャパン~」については下記関連記事参照。 ※関連記事 三国志ミステリー 覇王・曹操の墓は語る!(2010年6月12日) ちなみにフライヤーの文には「曹操の墓」発見のニュースや『蒼天航路』アニメ化について触れられる。 ※関連記事 リンク:曹操高陵在河南得到考古確認(2009年12月27日) 蒼天航路(2009年8月21日- DVD&Blu-ray) ※追記 東アジア王墓フォーラム(2010年11月3日奈良県橿原市) ※追記 十大三国志ニュース2010 前編 ※追記 リンク:非常之人~三国志の覇者・曹操の人物像レポート ※追記 三国志学会 第六回大会(2011年8月27日土曜日) ※追記 ノート4:三国志学会 第五回大会
: 清岡美津夫
2010年9月18日(土) 13:44 JST
- 記事
- 3,341 閲覧数
186.
第9回魏晋南北朝史研究会大会ノート2
※目次 第9回魏晋南北朝史研究会大会ノート(2009年9月12日) ※前記事 第9回魏晋南北朝史研究会大会ノート1 休憩中、隣の三口宗さんと次の三国志学会第五回大会は名古屋だろうか東京の二松学舎大学だろうか、と話していた。 事前のアナウンス通り、15時には会場は開始の様子となっていた。
: 清岡美津夫
2010年9月24日(金) 19:30 JST
- 記事
- 3,340 閲覧数
187.
ノート4:三国志学会 第五回大会
※目次 ノート:三国志学会 第五回大会(2010年9月11日) ※前記事 ノート3:三国志学会 第五回大会 14:30、司会からアナウンスが入り、稀代麻也子先生(筑波大学人文社会学系准教授)の紹介が入る。稀代先生は青山学院大学の大学院ご出身だそうな。 レジュメはA3用紙1枚、A4縦書きで4ページだ。以下、その時のノート。 ○研究報告 14:00~14:50「劉楨―「文学」の「感」」
: 清岡美津夫
2012年8月14日(火) 00:54 JST
- 記事
- 3,301 閲覧数
188.
歴史評論 2014年5月号 3世紀の東アジア――卑弥呼と『三国志』の世紀(2014年5月10日)
・關尾史郎のブログ http://sekio516.exblog.jp/ ・拝受(14/05/29) (※上記ブログ記事) http://sekio516.exblog.jp/22063020/ 上記のブログ記事のRSSで知ったこと。そこにある論文一報を紹介して終わりかと思って、下記の学術団体のサイトにアクセスするとそれだけで終わらなかった。 ・一般財団法人 歴史科学協議会 http://www.maroon.dti.ne.jp/rekikakyo/ ・歴史科学協議会 - 『歴史評論』2014年5月号 http://www.maroon.dti.ne.jp/rekikakyo/magazine/contents/kakonomokuji/769.html 上記サイトの上記学術誌ページにあるように歴史科学協議会が発行する 『歴史評論』2014年5月号(第769、10日発行)の特集は「3世紀の東アジア――卑弥呼と『三国志』の世紀」とのことで、定価は885円だという。それに寄稿されている方々についての関連記事を下記に挙げておこう ※関連記事 卑弥呼と台与 倭国の女王たち(2009年10月29日) 「長沙呉簡の世界」ノート2 メモ:「党錮の「名士」再考」 リンク:「王粛「論秘書表」の基礎的研究」
: 清岡美津夫
2014年7月 7日(月) 21:50 JST
- 記事
- 3,296 閲覧数
189.
日本の「三国志演義」翻案作品における作画資料としての「三国演義連環画」(2017年6月24日)
※関連記事 1980年代日本における「三国志演義」翻案作品のファン層形成(2016年6月25日) 上記関連記事と同じく、昨年と同じく、Twitter内で「"マンガ学会"」と検索している。 ・Twitter / 検索 - "マンガ学会" https://twitter.com/search?q=%22%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%82%AC%E5%AD%A6%E4%BC%9A%22&src=typd ※新規関連記事 日本マンガにおける秦始皇帝兵馬俑鎧甲デザインの伝播(京都2018年6月23日) そうすると2017年6月1日に日本マンガ学会第17回大会のプログラムが発表されていることを知る。 ・日本マンガ学会 http://www.jsscc.net/ ・日本マンガ学会第17回大会 プログラム - 日本マンガ学会 http://www.jsscc.net/convention/17 それでどこが三国に関係するかというと、2016年6月24日土曜日15時20分から50分までクロスパルにいがた3 階 308・309 第2会場にて清岡美津夫「日本の「三国志演義」翻案作品における作画資料としての「三国演義連環画」」の口頭発表があるという。大会参加費は「会員 1,000円(1日につき)/一般 2,000円(1日につき)/学生(※要学生証提示、大学学部生以下) 1日目:500円 2日目:1,000円」だという。 ・生涯学習センター(クロスパルにいがた) 新潟市中央区 https://www.city.niigata.lg.jp/chuo/shisetsu/manabi/shiminkaikan/syougaigakusyuu_cpn.html 全体としては次の日の6月25日にシンポジウム「マンガとスポーツ」があるのに対し初日24日は「会員による研究発表/総会/懇親会/合宿座談会」であり、研究発表は13時から16時25分まででその今回の会場は3つあって、口頭発表が15件、ラウンドテーブルが1件(司会1名計3名)、ポスター発表が1件といったところ。個人的に見に行きたいのは第1会場(クロスパルにいがた3 階 多目的ルーム2)のラウンドテーブル「カートゥーンが描くトランプ米大統領」とやはり自分の研究と関係してきそうな、第3会場(クロスパルにいがた4 階)の「中国における日本漫画の文法の受容―中国最初の新型漫画雑誌『画書大王』をてがかりに」、「〈伝記学習マンガ〉の人物選択と「有名性」をめぐって」、「〈歴史科系学習マンガ〉の表現における「リアリティ」をめぐって」の3報なんだけど、どれも自分の発表時刻にかかってくるというオチだ。「〈歴史科系学習マンガ〉の表現における「リアリティ」をめぐって」はいけそうだけどね。
: 清岡美津夫
2017年6月 4日(日) 12:40 JST
- 記事
- 3,295 閲覧数
190.
三国志学会第一回大会お昼休み
・三国志学会第一回大会ノート4からの続き http://cte.main.jp/newsch/article.php/401 我々はアナウンス通り、お昼をとろうと近くのスーパーの最上階を目指す。 ここで伊比学さんは旧交をあたためた徹夜明けのためそのまま帰宅。KJさんは業務のため昼休み我々と行動を別にする。そのため、USHISUKEさん、げんりゅうさん、清岡、ミミまろさん、たいがあさんの五人で昼飯へ。 歩きながら、前日の三国志シンポジウムにこれなかったUSHISUKEさんやたいがあさんに前日の会場の様子や客層などを話す。 スーパーの最上階はレストランを集めた階で、さすがに子供の夏休みの日曜日とあって通路まで大混雑。我々は空いているお店をうろうろ探すと、意外と簡単にみつかる。ジンギスカンのお店。ランチメニューや単品もあるんでそこに決定! 店に入って、皆、メニューを決めると、やはり午前中の質疑応答でUSHISUKEさんが質問したことが話題になる。やっぱり王平が出るとUSHISUKEさんが質問するんだな(以下のリンク参照)、って話。 ・【独占!】王平は南蛮非漢民族出身か!? http://www.doblog.com/weblog/myblog/3040/2366658#2366658 http://www.doblog.com/weblog/myblog/3040/2370072#2370072 http://www.doblog.com/weblog/myblog/3040/2410665#2410665 http://www.doblog.com/weblog/myblog/3040/2422391#2422391 さらに前日の三国志シンポジウムのパネルディスカッションは去年と違ったのか、って話。そうそう予め質問用紙が配られたり、研究会からの質問が控えめになったりしたんだ。 メニューをきく人が来る。やはりビビンバとか韓国系のランチが豊富みたいでそれを頼む人も結構居た。清岡は冷麺ランチ。韓国風冷麺ね。 やがて自己紹介が始まる。 まず、げんりゅうさんから。唯一、初対面のたいがあさんからあれこれ質問が来る。分かりやすい、げんりゅうさんのブログの行き方は三国志連環の「三国志連環について」のページから。そこから右回りに、お次は、たいがあさんの自己紹介。次、向かいに座っている清岡、その次、向かって右に座るUSHISUKEさん、さらに右に座るミミまろさん。 それから三国志学会第一回大会の懇親会に出ようか出まいかどうしようって話をしていた。私はKJさんに合わせるといった事を言っていた。 そのうち徐々に食事が来て、来た順に各人が食べていった。 また話が昨日の三国志シンポジウムへ。清岡から。USHISUKEさんに{上田先生の報告で発表のあった江戸中期の三国演義を受容した人たちのピラミッドの図の話(下記のリンク先参照)をする。そうそう2月18日にプチオフ会をしたとき、USHISUKEさんとげんりゅうさんと隼鶻さんとで、現代の三国志ファンの話をしていたとき、同じような図(下記のリンク先参照)が出ていたんだよな。プチオフ会のときは上下逆さで下に向かって先細りした図だけど。 ・上田望先生の報告「小説『三国志』と日本人」 http://cte.main.jp/newsch/article.php/377 ・2月18日プチオフ会での話 http://cte.main.jp/newsch/article.php/288 http://cte.main.jp/c-board.cgi?cmd=ntr;tree=2191 それから上田先生の報告にあった、歌舞伎役者に挿し絵を似せるのは現代の真・三國無双のキャラのようなものだ、とか。 次は映画「赤壁之戦」の話。北京オリンピックにあわせて公開されるんで撮影開始がさらに遅れた、など話していた。あと公開後は役者のファンが三国志ジャンルにどっと押し寄せて来るんだろうな、って話をしていた(7月18日の宣和堂電網頁オフ会に出た話題の受け売りなんだけど・笑)。 あと韓国の三国志映画の話もどうなったんだ、とか。 時間も時間だったので我々はその店を後に それから店の旧名が実は「ジンギスカン フランス人」だった。謎な店名(汗)。ジンギスカン(チンギスハン)はフランス人だった?!とか皆いろんなツッコミをしていた。 帰り道は中国と日本の三国志研究の活発さの話をしていた。中国語わからないと、理解できないことが多いね、とか。 13時50分ぐらい。大東文化会館の建物に入ると、KJさんに会う。真っ先に懇親会の話を振ってみたら、KJさん出る予定ということなので、そこの五人全員出ることに。 あと三国志学会の話になって、普通の会員よりグレードが高い維持会員があるって話をしていた。それから三国志学会のサイトでその前日ぐらいから広報担当の人の所属が「NPO三国志フォーラム」に変わっていたって話もしていた(笑) その後、清岡は受付で懇親会に出席する手続きをすませ、ホールに入る。 さていよいよ午後の部だ。 ・三国志学会第一回大会ノート5へ続く http://cte.main.jp/newsch/article.php/405
: 清岡美津夫
2006年9月 1日(金) 12:28 JST
- 記事
- 3,294 閲覧数
191.
三国志学会 第十八回大会 三国志大文化祭2023(東京2023年9月3日日曜日)
・三国志学会 http://sangokushi.gakkaisv.org/ ※関連記事 三國志真戦ビジネス能力診断(2023年4月24日-) ・三国志学会大会 http://sangokushi.gakkaisv.org/taikai.html ※前回記事 三国志学会 第十七回大会 三国志大文化祭2022(東京2022年9月4日日曜日) メモ:三国志大文化祭2022(2022年9月4日) メモ1:三国志学会 第十七回大会(2022年9月4日) メモ2:三国志学会 第十七回大会(2022年9月4日) ※新規関連記事 大上正美先生傘寿記念 三国志論集(2023年9月3日) ※新規関連記事 メモ:三国志大文化祭2023(2023年9月3日) ※新規関連記事 メモ1:三国志学会 第十八回大会(2023年9月3日) ※新規関連記事 メモ2:三国志学会 第十八回大会(2023年9月3日) ・早稲田大学 https://www.waseda.jp/ 上記公式サイトの上記大会ページが2023年8月5日に更新されて、それによると「三国志学会 第十八回大会」は2023年9月3日日曜日13時30分から17時30分まで東京都新宿区西早稲田1-6-1 27号館 地下2階 小野記念講堂にて開催されるという。「参加費 来場:無料」とのこと。 また同会場同日午前中の10時から12時35分まで、それに先立ち、昨年に続き、三国志大文化祭2023が開催されるという。
: 清岡美津夫
2023年8月 5日(土) 18:53 JST
- 記事
- 3,291 閲覧数
192.
中国古典小説研究 第16号(2011年12月21日)
・中国・本の情報館~中国書籍の東方書店~ http://www.toho-shoten.co.jp/ ・メルマガ登録 http://www.toho-shoten.co.jp/mailmag/ 上記の書店サイトの上記ページにあるように東方書店が発行するメールマガジン『書羅盤:チャイナブックナビゲーター』2012年第3号(総244号)(2012年3月21日発行)によると、『中国古典小説研究』第16号が2100円で販売されたという。 ※関連記事 『中国古典小説研究』第14号(2009年11月15日) この学会誌は以前、上記関連記事のように紹介した。その記事を参照にすると下記のように公式サイトがある。それによると、『中国古典小説研究』第16号は2011年12月21日発行とのこと。 ・中国古典小説研究会 http://sasa1.misc.hit-u.ac.jp/zgxy/ 論文名を見て、今回三国に関係ありそうな論文は、後藤裕也「『三国志平話』成立に関する一考察-白抜きの小題を端緒として」、片倉健博「伝奇『連環記』について─呂布が董卓を討たない「連環の計」」、小林瑞恵「『三国志演義』の中の「双股剣」と劉備の身分の変化」の三報だろうか。
: 清岡美津夫
2012年3月24日(土) 00:34 JST
- 記事
- 3,271 閲覧数
193.
狩野直禎先生米寿記念 三国志論集(2016年9月10日)
・三国志学会 http://sangokushi.gakkaisv.org/ ※関連記事 三国志学会 第十一回大会(2016年9月3日10日土曜日) 林田愼之助博士傘寿記念三国志論集(2012年9月1日) 上記関連記事で触れた2016年9月10日開催の「三国志学会 第十一回大会」に合わせ、『狩野直禎先生米寿記念 三国志論集』(ISBN978-4-7629-9564-4)が汲古書院より刊行された。タイトルどおり狩野直禎先生の88歳の記念の論集だ。残念ながら、ご体調がすぐれなかったようで、大会の方には欠席になった。 ・株式会社汲古書院 古典・学術図書出版 http://www.kyuko.asia/ ・中国・本の情報館~中国書籍の東方書店~ http://www.toho-shoten.co.jp/ ・国内書 狩野直禎先生米寿記念 三国志論集【中国・本の情報館】東方書店 http://www.toho-shoten.co.jp/toho-web/search/detail?id=4762995644&bookType=jp
: 清岡美津夫
2016年10月 6日(木) 06:56 JST
- 記事
- 3,270 閲覧数
194.
メモ:二つの学術刊行物
私のような素人が、学術関連、特に史学関連の情報を知るのにとても重宝しているのは下記の關尾先生のブログ。ブラウザについているRSSニュースフィードで更新をチェックしている。 ※ブログのタイトルには当たり前だけど敬称がなく、ここで取り上げるときにはいつも付けているが、今回は紛らわしいので敬称略。 ・『關尾史郎のブログ』 http://sekio516.exblog.jp/ 実は上記ブログ以外にも關尾先生には個人的な趣味のブログがあって、それが下記。タイトルの初めの文字が違うんだね。 ・『関尾史郎のブログ』 http://sekio402.exblog.jp/ 『關尾史郎のブログ』の方で気になる刊行物を見かける(と今更のメモだけど)。 ・『西北出土文献研究』第5号,入稿間近! http://sekio516.exblog.jp/5341600 この号は「画像磚墓・壁画墓の特集号」ということでそれ自体、とても興味深いんだけど、その中でもとりわけ個人的には >小林 聡「中国服飾史上における河西回廊の魏晋壁画墓・画像磚墓―絵画資料における進賢冠と朝服の分析の試み―」 がとても気になる。進賢冠ファンの私としては興味深いし、中国古代服飾ファンの諸兄(?)も読んでおきたいところだろうね。幸運には「書店を通じて販売の予定」があるとのことなので、資金に余裕があれば購入したいところ。でも、下記のように第4号が出たばかりだからまだ先なのかな? ・『西北出土文献研究』第4号、刊行! http://sekio516.exblog.jp/5404246 <4月17日追記> 今更気付いたけど、ここを書いた夜に刊行の記事がアップされている。 ・『西北出土文献研究』第5号,刊行! http://sekio516.exblog.jp/5502972 1500円。ころあいを見て書店(東方書店とか?)へ問い合わせだな。 <追記終了> 刊行された『長沙呉簡研究報告』第3集を例に取ると、タイトルにある「入稿」の次に「刊行」ってのが来るんだろうね。 ・『長沙呉簡研究報告』第3集,入稿! http://sekio516.exblog.jp/5286728 ・『長沙呉簡研究報告』第3集,刊行! http://sekio516.exblog.jp/5357377 『長沙呉簡研究報告』第3集は第1集、第2集がそれぞれ国際シンポジウム後の論文集であったのと同じように、2006年9月17日の長沙呉簡国際シンポジウム「長沙呉簡の世界-三国志を超えて-」の論文集で、買っておきたいところ(また、あの地に足のついた三国時代に浸りたいね)。送料の関係から、前述した『西北出土文献研究』第5号とまとめ買いしたいところだ。 <追記> ・ご挨拶 http://sekio516.exblog.jp/5433102 上記のリンク先のように、実はブログを出版する話があったそうで、出版されるようであれば私は買いそう。学術史的にも後世、貴重な資料になるのでは、と。 ※追記 メモ:「中国服飾史上における河西回廊の魏晋壁画墓・画像磚墓」
: 清岡美津夫
2007年4月13日(金) 12:08 JST
- 記事
- 3,253 閲覧数
195.
「湖南出土魏晋簡牘をめぐる諸問題」「出土資料からみた魏晋時代の河西」(2012年2月19日20日)
・關尾史郎先生のブログ http://sekio516.exblog.jp/ ・国際ワークショップ(12/02/19~02/20) (※上記ブログ記事) http://sekio516.exblog.jp/17265806/ 上記ブログ記事にあるように、2012年2月19日日曜日13時から18時まで東京都品川区の立正大学大崎キャンパス11号館第5会議室にて国際ワークショップ「湖南出土魏晋簡牘をめぐる諸問題」が、2012年2月20日月曜日10時から17時まで東京都新宿区の桜美林大学四谷キャンパス地下会議室にて「出土資料からみた魏晋時代の河西」が開催されるという。共に入場無料・事前申込み不要とのこと。 ・立正大学-「モラリスト×エキスパート」を育む。 http://www.ris.ac.jp/ ・トップ | 桜美林大学 http://www.obirin.ac.jp/
: 清岡美津夫
2012年1月27日(金) 00:16 JST
- 記事
- 3,247 閲覧数
196.
高島 俊男 先生、逝去 2021年4月5日
訃報です。 2021年4月5日に高島俊男先生がお亡くなりになりました。享年84歳でした。 ・東方書店 東京店(神田神保町) (toho_jimbocho) on Twitter http://twitter.com/toho_jimbocho ・Twitter / toho_jimbocho: 中国文学者の高島俊男先生がお亡くなりになりました。『お言葉ですが…』『漢字と日本人』『水滸伝の世界』『三国志きらめく群像』『中国の大盗賊』などのほか、東方書店からは1991年に『独断!中国関係名著案内』(品切れ)を刊行されました。心からお悔やみ申し上げます ... https://twitter.com/toho_jimbocho/status/1379033388632264706 高島俊男先生のご遺徳を偲び、哀悼の意を表します。
: 清岡美津夫
2021年4月 6日(火) 06:50 JST
- 記事
- 3,245 閲覧数
197.
東アジア王墓フォーラム(2010年11月3日奈良県橿原市)
・称猫庵 http://syoubyouan.blogspot.com/ ・第29回橿原考古学研究所公開講演会 (※上記ブログ記事) http://syoubyouan.blogspot.com/2010/10/29.html RSS配信を通じ上記ブログ記事で知る。 奈良県立橿原考古学研究所と(財)由良大和古代文化研究協会との主催で2010年11月3日祝日水曜日10時から奈良県橿原文化会館 大ホールにて第29回橿原考古学研究所公開講演会「東アジア王墓フォーラム」が開催されるという。 ・奈良県立橿原考古学研究所 http://www.kashikoken.jp/ ・橿原文化会館のホームページ http://www4.kcn.ne.jp/~kashibun/ 上記研究所のサイトのTopics&Newsにプログラムが書かれている。 講演(3)の王巍「曹操高陵の発見と中国の墳丘墓・王墓形成」の「曹操高陵」とは例の安陽西高穴大墓のことだろう。 「魏の曹操高陵の発見についての報告は、本邦初のご披露」となっているが、下記関連記事でふれた2010年5月21日に開催された「第2回中日学者中国古代史論壇 魏晋南北朝期における貴族制の形成と三教・文学 ―歴史学・思想史・文学の連携による―」での梁満倉「論曹操墓出土的部分文物与歴史文献的関係」は無視なんだろうか。それとも直接発掘・調査した結果の報告ではないと聞くので、それだと数にいれないとか?(あと可能性としては大和の国を本邦とするとも考えられるがさすがにそれはないだろう) ※関連記事 論曹操墓出土的部分文物与歴史文献的関係(2010年5月21日) また、講演(1)の豊岡卓之「桜井茶臼山古墳の調査成果と意義」については、下記関連記事にあるようにその古墳から「正始元年」の銘文が入った三角縁神獣鏡が発見されたそうなので、中国の三国時代に関連性がある。 ※関連記事 桜井茶臼山古墳:副葬銅鏡が81枚に 卑弥呼時代のものも(毎日新聞2010年1月7日) ※追記 三角縁神獣鏡研究事典(2010年6月29日) 講演(2)の「伽耶における三・四世紀の墳丘墓と王墓」ももしかすると中国の三国時代と同時代なのかもしれないと思うと関係性があるのかもしれない。 下記関連記事にあるように曹操関連の報告のある10月11月の学術催事はこれで三つ目だ。時系列順には二番目だけど。 ※関連記事 国際シンポジウム「三国時代・魏の世界―曹操高陵の発見とその意義―」(2010年11月27日28日) 非常之人 三国志の覇者・曹操の人物像(2010年10月31日) ※追記 『ワールドビジネスサテライト』で曹操特需(2010年11月2日) ※追記 十大三国志ニュース2010 前編 ※追記 三国志の時代―2・3世紀の東アジア―(2012年4月21日-6月17日)
: 清岡美津夫
2010年10月12日(火) 10:06 JST
- 記事
- 3,240 閲覧数
198.
新出魏晋簡牘をめぐる諸問題ノート2
※目次 新出魏晋簡牘をめぐる諸問題ノート(2009年9月13日) ※前記事 新出魏晋簡牘をめぐる諸問題ノート1 ○報告II 新出三国西晋出土簡牘の調査と課題
: 清岡美津夫
2012年6月27日(水) 23:55 JST
- 記事
- 3,223 閲覧数
199.
リンク:『法制史研究』『書学書道史研究』
※前記事 リンク:「尹湾漢墓簡牘の基礎的研究」 ・枕流亭ブログ http://d.hatena.ne.jp/nagaichi/ ・『法制史研究』PDF (※上記ブログ記事) http://d.hatena.ne.jp/nagaichi/20100224/p1 上記ブログ記事で知ったこと。 下記のように独立行政法人科学技術振興機構(JST)運用で、電子化した学術雑誌を公開しているサイトがあるそうな。 ・Journal@rchive http://www.journalarchive.jst.go.jp/japanese/ 冒頭でリンクしたブログ記事では『法制史研究』掲載の論文(PDF)へいくつかリンクでまとめられている。それを見ても、下記の『法制史研究』のページを見ても両漢三国志西晋の法制史関連の論文が結構、ありそうだ。1951年から2003年までの分が読める(つまり新しい年の分は見られない) ・法制史研究 (※「Journal@rchive」内ページ) http://www.journalarchive.jst.go.jp/japanese/jnltop_ja.php?cdjournal=jalha1951 それで下記の公式サイトを見に行くと、ちゃんと「法制史研究の電子アーカイブ化に伴うお知らせとお願い」のページがあるね。公開に関しては「刊行後5年を経過した時点」が目安だそうな。乱暴に言ってしまえば、拒絶を表明しなければ公開する的な電子化方針だね。 ・法制史学会ホームページ http://wwwsoc.nii.ac.jp/jalha/ あと三国時代あたりが関連する学術雑誌としては下記の『書学書道史研究』が挙げられる。1991年から2008年までの分が公開されている。三国志関連では例えば福宿孝夫「日本出土「魏紀年」四鏡の銘文と字体」(Vol.1991,No.1(1991) P.3-15)とか。割合としては少ないが。 ・書学書道史研究 (※「Journal@rchive」内ページ) http://www.journalarchive.jst.go.jp/japanese/jnltop_ja.php?cdjournal=shogakushodoshi1991 ・書学書道史学会 - -書道史研究- http://shodoushi.s314.xrea.com/
: 清岡美津夫
2010年2月25日(木) 23:56 JST
- 記事
- 3,204 閲覧数
200.
リンク:「王粛「論秘書表」の基礎的研究」
※関連記事 メモ:KURA(金沢大学学術情報リポジトリ) とある大学の研究紀要にある論文が読みたくなって、上記記事で紹介したように、下記の「学術機関リポジトリ構築連携支援事業」のサイトで、「機関リポジトリ一覧」を見てみる。 ・学術機関リポジトリ構築連携支援事業 http://www.nii.ac.jp/irp/ そうすると一覧に目的の大学はなかったものの、「国士館大学」の文字が見えたので、アクセスする。 ・i-Lib kiss (国士舘学術情報サービス) http://libw01.kokushikan.ac.jp/ 少々検索してみる。そうすると下記論文が出てくる。PDF形式。 津田資久「王粛「論秘書表」の基礎的研究」(『国士館大学文学部人文学会紀要』Vol.38(200512)) 途中で王粛「論秘書表」の通釈(日本語)も収録されているので、三国魏に興味あるが、論文は難しいと敬遠している方でも、上記「i-Lib kiss」の検索から該当論文の通釈だけでも読んでみると良いかも。
: 清岡美津夫
2009年3月31日(火) 12:52 JST
- 記事
- 3,199 閲覧数
201.
三国志学会第一回大会ノート5
・三国志学会第一回大会ノートお昼休みからの続き http://cte.main.jp/newsch/article.php/402 14時に定刻通り始まる。 ○劉世徳(中国社会科学院教授)、通訳 伊藤晋太郎(慶応義塾大学講師)「『三国志演義』嘉慶七年刊本試論」 今回はレジュメというより「≪三国志演義≫嘉慶七年刊本試論」という11ページの論文が配られている。それはタイトルも含め簡体字で書かれている。以降、ここで表示できる漢字に置き換える。 劉世徳先生は中国の三国志演義学会の会長でだそうな。司会の金文京先生によると、中国の古典小説研究の権威とのこと。 講演のスタイルは前日の劉先生の大学院特別講演会「曹操殺呂伯奢」と同じくまず劉先生が中国語で話し、随時、その後に通訳の伊藤先生が訳されていくというものだ。 なぜ劉先生が三国演義の版本について研究しているかのお話。三国演義の版本については日本の方が先を行っていて、中国人の方も急いで追いつかないといけないとのこと。そういう考えの元、一人に日本人学生(博士課程)をとったとのこと。もちろんその学生は版本研究。彼の論文は優秀だと評価されたので、研究所では彼を版本研究にとどめようとしたそうな。ところが彼はその研究所から去ることになったとのこと。その理由は彼が結婚することになったんだけど、彼は家を貰えなかったからとのこと。その後、彼は商売替えし、三国演義から完全に離れてしまったとのこと。 その後、劉先生自ら、版本の研究をすることになったとのこと。 劉先生が今まで嘉慶七年刊本の研究をしてきた理由。その版本というのは希なものだから。イギリスの学者、アンドリュー・ウエスト(論文の除魏安?)の「三国演義版本考」という本によると、嘉慶七年刊本はアメリカのハーバード大学にしかないとのこと。その版本というのは紹介する価値がある。 その版本の特徴は福建省の建陽というところで清の時代(嘉慶七年)に刊行されたとのこと。 嘉慶七年刊本は二つの版本の流れが合流している性質がある。この趨勢は明代の終わりから清代の初めに始まった。福建省の建陽にあった出版社のあるものが南京の方へうつった。本来は上三分の一が絵で残り下三分の二が字だったんですが清代になりその形式を捨て去った。この時代の版本は毛宗崗本にどんどん近づいた。この版本は毛宗崗本についてた絵を移植している。また金[又/土][口又]という有名な文芸評論家の名を勝手に使っている。毛宗崗本に近づいているのに毛宗崗本とは称されていない。福建省の建陽の版本は風下におかれていて絶体絶命の状況にあった。 嘉慶七年刊本は12幅(12枚)の絵がある(論文にその人物が書かれている。昭烈帝、張飛、諸葛亮、趙雲、姜維、曹操、張遼、許チョ、呉大帝、周瑜、魯粛、司馬懿)。その中に関羽だけ居ない。 明代、関羽は重きを置かれていた。嘉靖本とその復刻本の区別がある。嘉靖本には関羽がどのように殺されるか詳しく書かれている。復刻本ではそういう場面がない。どう書き換えられたかというと、天から関羽を呼ぶ声(「はやくおいでよ」)がした、というふうに書き換えられている。このように明代には関羽を尊重して書き換えが行われている。同じように関羽の名前もでず「関公」と置き換えられている。それに対し、嘉慶七年刊本では関羽の絵がなくなっている。明代から清代の初めにかけて関羽を神様にする機運が高まっていたが、嘉慶年間になると関羽崇拝のブームが覚めてきた。 嘉慶七年刊本は簡本(二十巻)であり、福建の本は簡本と繁本の二種類に分かれる。それら簡本は「志伝」と「英雄志伝」の二種類がある。嘉慶七年刊本を劉龍田刊本と黄一鶚刊本とで比較した。論文の比較は全面的ではないかもしれない。 次に論文の構造と結論についての話。 論文は八つの部分で構成。一は概況。二はいくつかの注意点。ここで四つの問題について述べている。一つ目は嘉慶七年刊本に書かれた作者の出身地が間違っている。二番目に関羽がいない点。三つ目は誤字が多い。四つ目はコスト削減のため臨機応変的な処置をとっている。 三番目のテーマはこれが福建省の出版なのかどうか。三つの問題。一つは劉先生は福建省出版と認識している。その理由は書店、序文の作者や巻の構成などから。三つ目は二つの可能性がある。一つの可能性は福建の書店が出版した。二つ目の可能性は余所の書店が福建の古い版本をつかって出版した。 四番目のテーマは三国演義第240節の題名について述べられている。三つの問題について述べている。一つ目は目次と本文の題名の不一致。二つ目は第139節、本文に関索は出てこないが、本の先頭にある目次には関索の文字が見える。三つ目は節のタイトルに誤字が見られる。→黄一鶚刊本によく似ている。 五番目のテーマ。一部分をみて全体を判断する、其の一。235節の本文を例にとって述べている。いろんな本を比べ文字を見ると「簡本」に分類。他の簡本に比べてもかなり簡略化されている。 六番目のテーマ。一部分をみて全体を判断する、其の二。33節と175節の末尾。33節の最後の部分には三つの違いがある。嘉慶七年刊本は明代の黄一鶚刊本の系列の簡略化された本と同じ。 七番目のテーマ。一部分をみて全体を判断する、其の三。関索の挿話について述べている。結論。嘉慶七年刊本は基本的に黄一鶚刊本、明代の劉龍田刊本と同じ。別の系統にある周曰校刊本とは異なる。 八番目は終わりに。すでにお話ししたのでここでは繰り返さない。 ○質疑応答 たいがあさんからの質問。三国志演義の版本について、日頃から疑問に思っていたことの質問。三国志演義の英訳(テイラー訳)について。英訳本と和訳本(小川環樹訳)とに内容が食い違う部分がある。例えば三顧の礼のシーンで諸葛亮が吟じる詩のところ。 ※ここらへんは「三国志ファンのためのサポート掲示板」で出ていた話題なので以下のリンク先を参照のこと http://cte.main.jp/c-board.cgi?cmd=ntr;tree=2023 これら二つは版本が元々違うのか? →司会の金文京先生が(和訳の話なので)劉先生には答えることはできないとし、まず話の確認から。小川環樹訳は毛宗崗本とのこと。それから誰がおわかりになるか? と呼びかける。しばし二、三人からの中国語が会場に響き渡る。 (※中国文学のイギリス人の訳と日本人の訳について中国人と韓国人が中国語で話し合っているのを多くの日本人が静かに見守るという何とも国際色豊かなシーンだと清岡は内心思っていた) 司会の金先生は「それは面白い問題ですね」と話す。 →(劉先生の中国語の話を金先生が日本語に訳して)まとめると、結論としてはお答えできない。なぜなら劉先生自体、英訳も和訳も見ていないから。一般的な状況としてそれらは毛宗崗本に基づいて訳されている。毛宗崗本と一言にいってもそれは複雑で毛宗崗本の中でもいろんな違いがある。もしかすると英訳と和訳とでは元にした本が違うのかも。もし同じものに基づいていたら違いは起こらないだろう、と劉先生は信じているとのこと。明らかな例をあげると毛宗崗本では冒頭で詩があげられているが、本来の羅貫中のにはなかったここらへんは{前日の三国志シンポジウムの基調報告にあった話だ) →さらにここから実際に諸葛亮の詩の違いについての確認。英訳にあたるような版本はない、とのこと。意訳ではないか? この間、やっぱり中国語が飛び交う。 (清岡がたいがあさんにきくと今、英語の文が手元にないとのこと。あとで清岡がノートPCでサポ板のツリーを見せる) 周文業先生からの質問。嘉慶七年刊本を劉先生はどこでみたのか? →亡くなった方の蔵書の中で見た。 ハーバード大学のものと劉先生のみた本は同じものか? →同じものであろう 12幅の絵で関羽が居ない理由は? それは単に抜けているだけでは? →その可能性は小さいだろう。ハーバード大学の方の本でも関羽が居ないから。 周先生の理解では関羽崇拝ブームがどんどん高まっていった。劉先生との考え方以外で説明できることはないか? →関羽崇拝は文化現象。明代の終わりから清代の初めまで関羽崇拝が高まったことは間違いない。清代中頃、関羽崇拝がさがっていったかどうかは検討の余地がある。劉先生は版本の話だけで述べた。関羽崇拝がどんどん高まっていったという根拠は? 周先生による別の考え方。関羽を崇拝するあまり怖ろしくて絵にもできなくなった(場内笑)。それは証拠があって清代に関羽のお芝居をすることが禁止された例がある。 →劉先生。関羽があるべきところにはあるはずだし、必要なければないはずだ。(何か例が出たけど清岡失念)。お芝居というのは特殊な状況で版本の問題は別。しかし、周先生の解釈も否定できない。 33節の末尾に三つの違いがあるということだけどどれが正しいか? →字数の調整による違い。区切り方によってそれぞれのテキストに違いがでてきた。(その後、「紅楼夢」の例があげられる。) 話を通すと全部、同じだが、どこで区切るかによって違う。33節の末尾について専門に論文を書いたことがある。建陽で火事が起き出版業がだめになったことがある。数年前に建陽にいったことがあるが出版業が盛んだった時代のいかなる痕跡も残っていなかった。建陽の出版業は時代が下るごとに縮小していった。出版の中心は浙江省の杭州や南京の方へ移っていった。(以下、専門的な話が続く) 司会の金先生からのコメント。こういったテキストの研究というのは必要なものではあるが、非常に退屈なこと。劉先生の講演の冒頭で学生さんが版本の研究を離れるのも当然か、なと(場内笑)。もう一人名前の出ていたイギリスの人も今は銀行員になっていて、刊本研究をやめている。これから版本研究をやる人はご参考に、とのこと(場内笑) ○10分休憩 ここで清岡は昨日一瞬、会った仁雛さんと会い、挨拶。
...
: 清岡美津夫
2006年9月 3日(日) 18:19 JST
- 記事
- 3,191 閲覧数
202.
『談藪』研究(2010年2月)
※関連記事 書羅盤より2009年2月発売の書籍 上記関連記事で紹介したメールマガジン『書羅盤・チャイナブックナビゲーター』の2010年第6号(総210号その1)(2010年4月20日発行)で知ったこと。 2010年2月に何旭/著『『談藪』研究』(ISBN9784835052687)が不二出版より7875円で発売したという。 不二出版のサイトで『『談藪』研究』の情報が見あたらなかったので、上記メールマガジンの発行元である東方書店のサイトへアクセスする(※追記。記事の本筋とはまったく関係ない話だけど、「発行元」とタイプしようとして「あっこうもと」となって「悪口元」と変換されていて、気付かず二十四時間以上、訂正せず放置していた・汗)。 ・中国・本の情報館~中国書籍の東方書店 輸入DVD大幅値下げ! http://www.toho-shoten.co.jp/ それで『『談藪』研究』について、見てみると、下記へ引用するような紹介文があった。 ━引用開始━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 近代に魯迅によって再発見された古小説『談藪』の総合的研究。『談藪』が『世説新語』の後をつぐ志人小説であり、逸文に登場する人物は、三国の魏から隋にかけて在位した帝王、宰相、将軍、文人士大夫、官吏たちである。 ━引用終了━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
: 清岡美津夫
2010年4月25日(日) 23:55 JST
- 記事
- 3,182 閲覧数
203.
三国志学会 第十五回大会 三国志大文化祭(オンライン2020年9月13日日曜日)
・三国志学会 http://sangokushi.gakkaisv.org/ ※関連記事 【延期】第5回“三国志”の作り方講座(東京都新宿区戸山2020年5月17日) ※新規関連記事 第5回“三国志”の作り方講座(東京都新宿区戸山2020年12月19日) ・三国志学会大会 http://sangokushi.gakkaisv.org/taikai.html ※前回記事 三国志学会 第十四回大会(東京2019年9月14日土曜日) ※新規関連記事 2020年見るべき中国時代劇ドラマ(2020年3月26日) ※新規関連記事 三国志大文化祭に行くまで(2020年9月13日日曜日) ※新規関連記事 メモ:三国志大文化祭 特別講演(2020年9月13日) ※新規関連記事 メモ:三国志大文化祭 発表(2020年9月13日) ※新規関連記事 メモ:三国志学会 第十五回大会 報告(2020年9月13日) ※新規関連記事 メモ:第三回三国志学会賞授賞式(2020年9月13日) ※新規関連記事 メモ:三国志学会 第十五回大会 講演(2020年9月13日) ※次回記事 三国志学会 第十六回大会 三国志大文化祭2021(東京2021年9月5日日曜日) ※9/1リンク追記 ・三国志学会 公式 - YouTube https://www.youtube.com/channel/UCHvfzEtN5TUUHtM1jpKyVeA ・早稲田大学 https://www.waseda.jp/ 上記公式サイトをこまめにチェックしていると、やはりこの時世なんで例年の7月下旬より遅れて8月11日に更新され、数日ぐらいで会員にハガキが到達されるのだろう。 何かというと「三国志学会 第十五回大会」は2020年9月13日日曜日13時から17時まで東京都新宿区西早稲田1-6-1 27号館 地下2階 小野記念講堂(※9/1追記。無料のオンライン中継のみ。上記追記のYouTubeチャンネルにて)にて開催されるという。「参加費:500円(入会された方は無料です)」とのこと。昨年が小説家、吉川英治がテーマになっていたが、今年は横山光輝がテーマになった印象があるね。 また同会場同日午前中の10時から12時25分まで、それに先立ち三国志大文化祭が開催されるという。こちらには特別講演として「四葉夕卜 (漫画原作者)/「『パリピ孔明』創作秘話」がある。 やはりこのご時世なんで両者とも「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染情況により、オンラインで行う可能性があります。対面かオンラインかは、学会HPで9月1日に発表します。」とのことだ。 ※関連記事 パリピ孔明(2019年12月31日-) ※新規関連記事 パリピ孔明が胸アツでアゲアゲ!!原作者の四葉夕卜先生の裏話も!?(2020年9月27日)
: 清岡美津夫
2020年8月12日(水) 09:35 JST
- 記事
- 3,182 閲覧数
204.
リンク:歌舞伎の世界における関羽の受容(2011年3月31日)
※関連記事 『三国志画伝』における『通俗三国志』の理解(2007年3月) 上記関連記事を書く際に、そこでふれた論文がCiNiiでないか検索したときに気付いた論文。 ・UTokyo Repository: 歌舞伎の世界における関羽の受容 http://hdl.handle.net/2261/51602 ※新規関連記事 『三国志演義』における日本語の翻訳(比較文学・文化論集 第36号2019年3月31日発行) 上記の東京大学のリポジトリのページにあるように、梁蘊嫻「歌舞伎の世界における関羽の受容」(『比較文学・文化論集』28号, 2011.3.31, pp. 1-10, 東京大学比較文学・文化研究会2011年3月31日)という論文があって、それが上記リンク先にてPDFファイルとして読めるという。
: 清岡美津夫
2015年3月20日(金) 06:14 JST
- 記事
- 3,178 閲覧数
205.
三国時代の曹魏における税制改革と貨幣経済の質的変化(2010年12月)
手元のRSSフィードを溜めた所で、今、とある著者名を検索すると以下のブログ記事がピックアップされる。 ・Marginal Notes & Marginalia http://iwamoto.asablo.jp/ ※上記ブログ記事 ・新収 史学雑誌 第119編第1号 http://iwamoto.asablo.jp/blog/2010/02/15/4880862 ・新収 『史滴』第31号 http://iwamoto.asablo.jp/blog/2010/02/23/4900194 ・拝受 中国古代貨幣経済史研究の諸潮流とその展開過程 http://iwamoto.asablo.jp/blog/2010/07/03/5198298 ・新収 史学雑誌 第119編第7号 ほか http://iwamoto.asablo.jp/blog/2010/08/18/5294703 ・拝受 戦国秦漢時代における王権と非農業民 ほか http://iwamoto.asablo.jp/blog/2011/02/23/5702393 ・關尾史郎のブログ http://sekio516.exblog.jp/ ※上記ブログ記事 ・新着(10/02/--) http://sekio516.exblog.jp/12444093/ ・新着(11/01/24) http://sekio516.exblog.jp/14141224/ ・拝受2(11/02/02) http://sekio516.exblog.jp/14141446/ ・拝受(11/03/06) http://sekio516.exblog.jp/14383337/ ・称猫庵 http://syoubyouan.blogspot.com/ ※上記ブログ記事 ・戦国秦漢時代における王権と非農業民 http://syoubyouan.blogspot.com/2010/10/blog-post_07.html ※リンク追記 ・中国古代貨幣経済史研究 http://syoubyouan.blogspot.com/2011/04/blog-post_10.html ・魏晋南北朝史研究会 http://6ch.blog.shinobi.jp/ ※上記ブログ記事 ・受領論文(2月下旬) http://6ch.blog.shinobi.jp/Entry/112/
...
: 清岡美津夫
2011年3月13日(日) 13:50 JST
- 記事
- 3,167 閲覧数
206.
「長沙呉簡の世界」ノート1
・2006年9月17日「長沙呉簡の世界-三国志を超えて-」ノートからの続き http://cte.main.jp/newsch/article.php/417 中国からの先生が到着するのを待つために5分押しでスタート。 まず総合司会の三崎良章先生から会場の注意事項についてアナウンス。 ○開会挨拶(10:00~10:10):窪添慶文(お茶の水女子大学) 窪添慶文先生の挨拶。中国訳が逐次入る。長沙呉簡の紹介と研究の現状について。呉簡の全貌が明らかにされていないが、最近、北京大学を中心とした北京呉簡研討班による『呉簡研究』第2輯が刊行されたことなど。日本の長沙呉簡研究会のも含めた今までの研究の流れも紹介。あと、中国から来られた王素先生、宋少華先生、羅新先生、それから韓国からの朴漢済先生の一人一人の紹介。紹介ごとに先生が起立され、その都度、拍手。あと日本からの阿部幸信先生、小嶋茂稔先生、町田隆吉先生のご紹介。 ○主旨説明(10:10~10:25):關尾史郎(新潟大学) 予稿集の1ページ目を開くように言われ、そこには「主旨説明」と銘打たれた文章が2ページに渡りあった。基本的にはそれを關尾史郎先生が読み上げていく。1996年に長沙市の中心街である走馬楼の工事現場の古井戸(J22)から大量の簡牘が見つかったことから始まり、その価値、影響や研究動向について解説され、その後、このシンポジウムで発表される報告について一つ一つ順に概略を述べられていた。 主旨説明が終わると拍手。 ○報告I(10:30~11:05):阿部幸信(日本女子大学)「嘉禾吏民田家[艸/別]数値データの整理と活用」 予稿集とは別に資料があるA4の2ページの資料と附表が配られる。 はじめに ※この小タイトルは予稿集の写し 昨年の8月に行われた北京大学での長沙呉簡の国際シンポジウムでの日本側のデータベースの発表に中国側から強い関心が寄せられたので、それを受けての報告とのこと。 1.嘉禾吏民田家[艸/別]とは ※この小タイトルは予稿集の写し、以下同じ。 まず田家[艸/別]の説明。50センチメートル前後の木簡で、面積に応じた租税額の計算と納税の確認が記録されているとのこと。それぞれの情報はすべて1枚におさまっている。記録された年度は嘉禾四年と五年(西暦235,236年)に集中しているとのこと。長沙のこの時期について詳細な情報が得られる。 その記載例が予稿集とレジュメに書かれている。記載例に項目ごとに順に番号が打たれていてその後、それぞれの意味するところが説明されている。「(1)丘名(2)身分(3)姓名(4)田地の総数……(30)銭の納入先(31)校閲日(32)校閲者の官職・姓名(名は自著)」といったようなこと。ここで予稿集とレジュメ両方間違っていると言うことで訂正。予稿集とレジュメは釈文(実物を見て解釈された文)に則って書かれたが、写真を見ると、違っていたとのこと。正「(32)田戸経用曹史趙野張惕陳通校」。訂正前は「用」が抜けていた 田家[艸/別]の性質としては今のところ不明とのこと。 2.数値データベースの紹介 データベースは簡番号、釈文、『嘉禾吏民田家[艸/別]』の掲載ページ(写真版・釈文)いうシンプルなもの。入力作業そのものは2001年に終了。しかし、釈文と写真版を比べるとあれこれ論ずる点が出てくる。例えば「丘ごとの納税者の偏り、年度ごとの記載情報の特徴」とか。こういったことはデータベースの副産物。 さらに進んで、データベースを検索システムにとどめず、数値化し、田家[艸/別]全体を分析・利用する手段にしようという動きが出てくる。 具体的には、阿部幸信・伊藤敏雄/編『嘉禾吏民田家[艸/別]数値一覧(I)』に載っている三つの数値一覧、(1)阿部幸信/編「嘉禾吏民田家[艸/別]田土額一覧」(2)伊藤敏雄/編「嘉禾吏民田家[艸/別]米納入状況一覧」(3)伊藤敏雄/編「嘉禾吏民田家[艸/別]における丘別・倉吏別米納入状況一覧」。この本のタイトルに「(I)」とあるのはまだ全部じゃなくごく一部で、全部は膨大な量とのこと。 続いて『嘉禾吏民田家[艸/別]数値一覧(I)』の作成の背景について。田家[艸/別]は木簡一枚ごとに完結したものなので、できるだけ多くの複数枚のデータを抽出して比較検討する必要がある。田家[艸/別]のように田地の状況と課税の過程が詳細に表れている史料はなく、さらにそれが2000点以上もまとまっているので、数値データベースの手法が有効な手段の一つとしてでてきた 3.「嘉禾吏民田家[艸/別]田土額一覧」の活用事例─町数と畝数の関係を中心に─ 数値データベース、「嘉禾吏民田家[艸/別]田土額一覧」の活用例(一例)について解説。判別不能な部分も逆算して求めることもしてある。 田地の数(町数)と田地の総面積について双方にについて判明するものを選別。 「丘」が田地を含んだ一定の空間的広がりをもつものであるとしてここでは扱う。田家[艸/別]のその次の記載に身分と姓名が記されている。これが耕作者なのか納税者なのか不明。その次の課税と直接関係しない田地の数量まで記載された理由が不明。しかし、嘉禾4年・5年の長沙近辺の田地の数と広さを知ることが出来る。 ここで面積を個数で割ることでその人物が工作していた個数あたりの面積(畝数/町数)をだすことができる。そうして出したデータの嘉禾4年全体をみてやると平均値が6.1畝、中央値が5.0畝とのこと。 こういったデータを丘ごとにわけてやる。その結果がはじめに配られた附表。丘によって畝数/町数にばらつきが出てくる。つまり数字が大きいものと小さいものに分かれてくる。 ここにどういった意味があるかというと、阿部先生が仮説を立てる。傾斜が比較的きつい丘では畝数/町数が小さく、平坦に近いと畝数/町数が大きくなると仮説。「丘」という名称が使われていても必ずしもそこが傾斜地であるとはかぎらないのではないか。 ※清岡補足 後日、コメントで仁雛さんから教えていただいたんだけど、ネット上に「走馬樓三國呉簡.嘉禾吏民田家[艸/別]資料庫」というデータベースがある。試しに今、地名で「下伍」と検索すると地名が下伍丘である木簡の出土編號、地名、人名、年代編號、内容(釈文)が項目としてあげられ表となってずらずらと出てくる。内容(釈文)はこの報告通りのフォーマットであることを追認できる。なかなか楽しい。 ・走馬樓三國呉簡.嘉禾吏民田家[艸/別]資料庫 http://rhorse.lib.cuhk.edu.hk/ ※追記 古典籍総合データベース(早稲田大学図書館) 司会から、予稿集に質問用紙が挟んであるので、それに書き込んでもらうことで、午後のパネルディスカッションで質疑応答を行うとアナウンス。その関係か特にこの時間の質疑応答はなし。 ・「長沙呉簡の世界」ノート2へ続く http://cte.main.jp/newsch/article.php/425 ※追記 走馬樓三國呉簡 嘉禾吏民田家莂資料庫
: 清岡美津夫
2006年10月 2日(月) 23:58 JST
- 記事
- 3,135 閲覧数
207.
2006年3月11日 第二回TOKYO 漢籍 SEMINAR
2002年11月30日土曜日に京都大学人文科学研究所で「石刻が語る三国時代」という公開シンポジウムがあった。 http://cte.main.jp/sunshi/w/w0212101130.html 私は何げなくそのシンポジウムにいったんだけど、それはとても興味深いシンポジウムだった。それで主催は『京都大学人文科学研究所「三国時代の出土文字資料」研究班』というところとのことで、当日、配られたパンフレットには『「三国時代の出土文字資料」班(二〇〇〇~〇五)』と書かれていたので、勝手に「石刻が語る三国時代」を中間報告のシンポジウムととらえ、きっと最終報告のシンポジウムがあるに違いないとにらんで、ひそかに待ち続けていた。 それと関係があるかどうかはさておいて、今日、「三国志ファンのためのサポート掲示板」である書き込みがあった。 http://cte.main.jp/c-board.cgi?cmd=ntr;tree=2177 そこの書き込みと掲げられたURLによると、 「第二回TOKYO 漢籍 SEMINAR 三国鼎立から統一へ--史書と碑文をあわせ読む」 主催 国立大学法人京都大学人文科学研究所 日時 2006年3月11日土曜日の10時30分~16時 場所 東京都千代田区 学士会館2階 210 大会議室 があるとのこと。参加方法等、詳しくは下記URLで。 ・京都大學 人文科學研究所 http://www.zinbun.kyoto-u.ac.jp/ 報告者や講演題目を見ると、「石刻が語る三国時代」と共通するところが多いんだよな。研究がどう進んだのか、楽しみ。
: 清岡美津夫
2006年1月25日(水) 23:50 JST
- 記事
- 3,133 閲覧数
208.
『中国古典小説研究』第14号(2009年11月15日)
※関連記事 書羅盤より2009年2月発売の書籍 上記関連記事で紹介したメールマガジン『書羅盤・チャイナブックナビゲーター』の2009年第21号(総204号)(2009年12月29日発行)で知ったこと。2009年12月第四弾。 ・中国古典小説研究会 - 国立大学法人 一橋大学 http://sasa1.misc.hit-u.ac.jp/zgxy/ 上記サイトにあるように中国古典小説研究会から『中国古典小説研究』第14号(ISSN 1342-2545)が2009年11月15日に2000円で発売されているという。 『三国演義』関連は下記の二報。 片倉健博「『三国志演義』のストーリー形成の一考察 ─雑劇『襄陽会』と『博望焼屯』を中心に─」 後藤裕也「読み物としての『絵図三国志鼓詞』 ─車王府本鼓詞『三國誌』との比較を通じて─」 「三国志ニュース」では今までこの研究会とその学会誌について触れていなかったんだけど、『中国古典小説研究』のバックナンバー目次を見ると、『三国演義』に関する論文が多いし、第12号には「学会報告」のところに「三国志学会第1回大会」が挙げられている。 ※関連記事 2006年7月30日「三国志学会 第一回大会」ノート0
: 清岡美津夫
2010年1月 4日(月) 00:04 JST
- 記事
- 3,122 閲覧数
209.
後漢政治制度の研究(2014年3月20日)
三国志学会 Facebookページで知ったこと。 早稲田大学出版部より2014年3月20日に渡邉将智/著『後漢政治制度の研究』(早稲田大学学術叢書 ISBN:978-4-657-14701-1)が8400円(税別)で発売されたという。 ・早稲田大学出版部 http://www.waseda-up.co.jp/ ・後漢政治制度の研究 | 早稲田大学出版部 http://www.waseda-up.co.jp/history/post-698.html
: 清岡美津夫
2014年3月30日(日) 00:29 JST
- 記事
- 3,120 閲覧数
210.
メモ2:「アクセス集計に見られる現代日本における三国志由来事項の変容と浸透」
※前記事 メモ1:「アクセス集計に見られる現代日本における三国志由来事項の変容と浸透」 アクセス集計のペースが1日当たり4日分から3日分にペースダウンしたものの、2007年12月17日分まで進み作業の目処が立ち、また並行して、前記事に引き続き、発表原稿へも当日配るレジュメへも転用できるような原稿を書いている。 意欲を高めるために、前記事で「序言」を公開したわけだけど、現行ではその文に日本におけるインターネットの利用状況に関する文を加えている。それはウェブ上に公開されている総務省による平成18年「通信利用動向調査」を引用した上で、それを論拠にし書かれている。前記事を編集し、その部分を公開しても良いのだけど、いちいち変更した分を編集するときりがないため、前記事に書いた部分を第一稿として留め、最終稿は当日にとっておくことにする。 それで今回、前記事の「序言」に続き、「集計方法」を公開する。もちろん前記事と同じく改められる可能性は高いが、変更箇所を追って公開しない予定。また、「メモ1」「メモ2」と続いたが、次は「3. 集計結果と考察」となり、報告の肝の部分になるため、発表前に公開される可能性は低い。但し、発表者の意欲を高めるため、断片的に公開される可能性は捨てきれない。 主に「2-4. 検索語句の分類」については下記、関連記事を大きく参考にした(とは言ってもそこの冒頭で示唆するように、元々、発表原稿に流用する目的で書いたんだけどね)。 ※関連記事 メモ:検索ワードの分類
: 清岡美津夫
2009年8月 3日(月) 12:55 JST
- 記事
- 3,117 閲覧数