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リンク:張家山漢簡「史律」に見える任用規定について


  • 2010年5月23日(日) 23:48 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    1,382
研究 ※前記事 リンク:『法制史研究』『書学書道史研究』

※関連記事 メモ:「功次による昇進制度の形成」

 前々回の記事や上記関連記事で触れたように官吏の昇進について見てきたんだけど、そもそもどうやって官吏になるかというのにも興味が出てくる。そういったことで読んだのが下記論文。対象となる張家山漢簡の二年律令は、一般的に呂后の二年(紀元前186年)と考えられるという。三国時代からは随分、遡るんだけど、制度的に繋がりが深く参考になることが多いと見なし読み進める。

西川 利文「張家山漢簡「史律」に見える任用規定について」(『文学部論集』第93号 (20090301) pp.107-116 佛教大学 )
http://ci.nii.ac.jp/naid/40016598277

CiNii

 現在、全文PDFへのリンクが切れているが、実は下記「佛教大学論文目録リポジトリ」の「文学部論集」から論文の中身が読めるようになっている。

・佛教大学論文目録リポジトリ
http://archives.bukkyo-u.ac.jp/repository/index.htm

 参考までにページ数付きで目次から示す。

107 はじめに
108 一 学童に関する規定
109 二 史に関する規定
112 三 卜・祝に関する規定
113 おわりに―今後の展望として―
114 注


 この論文は「湖北省荆州市の張家山二四七号漢墓から出土した一群の竹簡(以下、張家山漢簡とする)に、「二年律令」と題される一連(五二六本)の法律文書」(論文P.107より)を対象としている。「はじめに」ではその「二年律令」の概要についてのべられており、史・卜・祝という属吏の養成や任用などに関する規定だという。
 「一」の冒頭ではまず、その規定に史・卜・祝という三種の属吏についてのものがあるという。「史・卜子、年十七歳学。史・卜・祝学童学三歳、学佴将詣大史・大卜・大祝、郡史学童詣其守。皆会八月朔日試之。」(簡474)とあるように史・卜・祝が学童で、大史・大卜・大祝が官府であることが示され、それぞれそこで八月一日に試(卒業試験)が行われるという。史については睡虎地秦簡・秦律十八種「内史雑」に「令赦史毋從事官府。非史子殹、毋敢學學室、犯令者有罪。内史雜」とあるように漢代以前、世襲だったことが示されている。教育内容は史学童に「十五篇」「八體」(簡475)、卜学童に「史書」「卜書」(簡477)、祝学童に「祝十四章」(簡479)だったという。史・卜は専門職だったという。ここで「不入史・卜・祝者、罰金四両。学佴、二両。」(簡480)にある、おそらく八月朔の試に不合格だった者に着目している。ここにある学佴は「学佴敢擅使史・卜・祝学童者、罰金四両。」(簡484)から普段、学童と密接にあった教官の立場としている。
 「二」では学童の卒業試験後の進路について見ており、「試史学童以十五篇、能風(諷)書五千字以上、乃得為史。有(又)以八體試之、郡移其八豊(體)課大史。大史誦課、取取(最)一人以為其県令」(簡475)と「史。殿者勿以為史。三歳壹并課取最一人以為尚書卒史。」(簡476)とあることから、史学童の「十五篇」の試験→五千字以上書ける→「八體」の試験(誦課)→大史の評価により最優秀者が出身県の令史になる(「八體の最下位は史の取り消し)→三年に一度、答案を総合評価し(并課)最優秀者を尚書卒史とする、と示される。『漢書』卷十九百官公卿表上から属吏の秩が「有秩(百官)」「斗食」「佐史」とあり、それぞれ尚書卒史、県令史、下位の史に対応するとする。卒史は『漢書』卷五十八兒寬傳の注に「臣瓚曰漢注卒史秩百石。」とあり、有秩(百官)であることが示される。佐史について、「史律」の「□□大史官之、郡、郡守官之。卜、大卜官之。史・卜不足、乃除佐。」(簡481)より「佐」から補充される記述があり、「佐」(=佐史?)が出発点の秩になるという。この後、『説文解字』叙や『漢書』卷三十藝文志の記述を引き合いに出し、「史律」と比較検討し、これら二つは省略された可能性があるとする。
 それまで「史」について述べられたが、「三」では「卜」と「祝」について述べられる。「卜学童能風(諷)書史書三千字、徴卜書三千字、卜九発中七以上、乃得為卜、以為官処。其能誦三万以上者、以為」(簡477)と「卜上計六更。缺、試脩法、以六発中三以上者補之。」(簡478)があり、この両簡内容的に繋がるとすると、卜学童が試験で三千字読み、占いで九回中七回以上的中→卜になる→さらに三万以上読める→卜上計六更になる→欠員が出れば脩法を試験し、占いで六回中三回以上的中→卜上計六更になるという流れだと言う。史から推測され、卜は佐史の秩とされ、卜上計六更は斗食の秩だという。祝について「以祝十四章試祝学童、能誦七千言以上者、乃得為祝五更。大祝試祝、善祝・明祠事者、以
為冗祝、冗之。」(簡479)とあり、祝学童が「祝十四章」で試験され、七千言以上読める→祝五更とする→大祝が祝を試験し「善祝」「明祠事」と判断→冗祝とするという。祝五更が佐史の秩で、冗祝が斗食の秩だという。こうして史・卜・祝には学童の時の試験と史・卜・祝についてからの昇進試験の二度の試験により専門職の地位になると述べられる。
 「おわりに」に入ると、「史律」が60年ほど降った武帝の元朔五年(紀元前124年)に創始された博士弟子制度(「功令」)と共通する点があるという。学童-博士弟子、学佴-博士と相当し、博士の下で勉強した博士弟子が卒業試験を受けその成績により、文学掌故を中心とする職についたという。

※追記 正史『三国志』の世界(2010年7月3日)

※追記 メモ:第18回三顧会 前夜祭(2013年5月3日)

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