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清岡的見解:ねこまんまさんについて http://tinyurl.com/nekonomanma3
よくわかるねこまんまさんの問題行動 pdf
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メモ:吉川英治『三国志』研究の現在(東京都新宿区戸山2022年7月24日)


研究 ※前の記事 メモ:Cha-ngokushiが所蔵する映像資料(2022年7月18日)

 2022年7月24日日曜日、下記の三国志学会シンポジウム「吉川英治『三国志』研究の現在」に日帰りで行こうとしていた。会場は東京都新宿区戸山1-24-1 早稲田大学戸山キャンパス 33号館3階 第一会議室。

・三国志学会
http://sangokushi.gakkaisv.org/

※関連記事 三国志学会 第十七回大会 三国志大文化祭2022(東京2022年9月4日日曜日)

※新規関連記事 三國志研究第十七号(2022年9月4日発行)

・三国志学会シンポジウム「吉川英治『三国志』研究の現在」
http://sangokushi.gakkaisv.org/symposium/symposium.html

※関連記事 吉川英治『三国志』研究の現在(東京都新宿区戸山2022年7月24日)

※新規関連記事 『三国志』の世界(東京都青梅市2022年10月1日-12月18日)

・三国志学会 公式 (3594gakkai) on Twitter
http://twitter.com/3594gakkai

 日付が変わった後、下記動画2本を見て比較して楽しんだ。東海地方を路線バスで西に行く動画で2つを見比べて楽しんでしまうね、おもろい!藤枝駅でおんなじバス案内所で聞いている。

・【地獄の豪雨】(3日目)東京から大阪へ路線バスだけを乗り継ぐ旅 3日目 - YouTube
https://youtu.be/R1gLnANF0-Q

・【16日目】路線バスだけで日本縦断の旅!~東海道が通れない!必死の迂回劇~ - YouTube
https://youtu.be/8U0tYR-I-E0

※新規関連記事 リンク:2022年7月10日、桃谷駅前商店街に「中国史カフェ 阿斗」というお店がオープンしています!(2022年7月28日)

 4時9分出発。未明、京都市内、新町通を下って京都駅に向かっていて、行く先が工事中?と思ったら、祇園祭後祭の山鉾だった。八幡山、北観音山ときて、南観音山の別世界感!そして後祭復活した時の目玉だった大船山、装飾がすばらしい。青春18きっぷ利用で京都駅の始発出発。この日、日中、不発弾処理に伴う一部列車運休とのことだったが始発なんで関係ない。車内、何度か眠りつつ三国志ニュースの記事「男たちの朝/若い河のように(1982年1月4日)」を書いている、10時11分、書き上げる。12時17分、三島駅到着。とこから新幹線こだま714号で小田原駅までいって少し時間を稼ぐ。2列シートの窓側が埋まっていたので3列シートの窓側に座っていたら、熱海駅で横2つ埋められ、しかも荷物展開型だけどまたげるほどでよかった。「男たちの朝/若い河のように(1982年1月4日)」アップ。14時45分ぐらいに早稲田駅到着。14時50分、某先生に偶然建物前に会うに、三国志義兄弟の宴を削ってのハシゴとのことで。
 三国志学会シンポジウム「吉川英治『三国志』研究の現在」の会場の会議室に向かうのだけど、すっかり会場などの写真を撮り忘れていて、それに気づいた、シンポジウムが終わって会場を後にした後、あわてて建物の写真は撮った。

 

 それで会場には30名近く集まっていて、以下、軽いメモ、というか感想混じり。個人的には初めの研究報告を聴きに来た感。レジュメがB4用紙3枚両面印刷のB5サイズ10ページあって、それとは別にB4用紙両面印刷4枚がある

○15:00~15:30 袴田郁一(早稲田大学大学院文学研究科)「吉川『三国志』のテキスト比較 ―序・張郃の死・幻の最終回・楠公孔明優劣論―」
 最近、新聞連載にあたったのでそこで気づいたことを報告とのことで、それでこうやって研究成果が発表できるほどに新知見が得られるのは理想的だな。あと他の研究を引き合いに出すのは研究の醍醐味で正直うらやましい。
 p.1「1. ふたつの「序」」とのことで、吉川「三国志」には戦中に書かれた「序」と戦後の「序」があると。ここでの注目ポイントは吉川が何によって自作「三国志」を書いたかというところ。第一の「序」によると「直訳に依らないで」「わたくし流に書いた」とのこと。ここらへんは先行研究が指摘するところで、一般にも冒頭のお茶のシーンで吉川の創意が知られるところなんだけど、連載が終盤にかかるぐらいになるとそういった創意も消えて、「通俗三国志」の直訳っぽくなると、城塚朋和「吉川英治「三国志」」(『大衆文学研究』一一三、一九九七年)から引用により記述してた(また注で実際の文をひいいて自身を「訳者」、自作を「新訳」とするところを提示してある)。ところが昭和二十一年の第二の「序」に着目すると、内容が翻って「全意訳」とするようになり、「その他の類書、関係書なども能ふがぎり渉猟した」とも書かれたと(部分的には妥当性あり)。
 p.3「張郃の死」。(「通俗三国志」にはなく吉川「三国志」では三回死ぬことでおなじみの張郃だけど、吉川自身、連載でのこのミスに気づいていて単行本では修正されたそうで。ところがその後の版を追うと修正が継承されず(レジュメでは版にナンバリングがされていて)、さらに張郃の名前が消えるといった別の変更がなされていると。この理由として、可能性として、吉川と講談社の絶縁状態時期の影響が上げられていた。
 p.6「3. 幻の最終回と新編「序」」。「日本国内では新聞各紙に対する統制が漸次行われ、その結果、一九四二年末までに整理統合が完成する」といった背景で吉川「三国志」の掲載紙が廃刊により吉川「三国志」辞退が終了、「(をはり)」とある。これはストーリー的には関羽の最期の前だそうで。清岡はここらへんマンガの横山光輝「三国志」と通じるところがあるな、と思いつつ。

※関連記事 少年ワールド 1979年12月号(最終号1979年11月6日発売)

 大元の『中外商業新報』も廃刊になったけどこの「(をはり)」はなかったそうな。あとこういった高文脈なことが起こった影響で、この一旦の最終回は33年間、単行本に収録されずで話が繋がりにくい部分が生じていたとのこと。再開に際して、設けられた「序」がレジュメの章題にある「新編「序」」とのことで。
 p.8「4. 楠公孔明優劣論とテキスト比較の意義」。楠木正成と諸葛亮との比較は当時の社会背景が出ているという話。そこらへんの戦後修正される前の、戦時中のテクストを見ることで明らかになったことを述べられていた。つまりは元々、戦時色が強く、孔明を貶める論だったと。
 それで司会の渡邉義浩先生の興味深いコメントを破産での質疑応答の時間。竹内真彦先生より。まず配布資料の「【資料3】『中外商業新報』掲載回の一覧」に抜けがあると(推測では両面印刷と片面印刷での操作ミスと)。第2版では張郃出る?→出てる。本のタイトル、○○の巻 連載版はついている?→ついてる。ただ分け方が単行本が違う。董卓のところで出廬の巻→赤壁の巻。竹内先生:つまり単行本の段階でつけたのがある。
 あと参考文献で三国志ニュースに記事がある文はリンクをあげておく。

※関連記事
 リンク:「たった1字」をめぐる冒険(来・ぶらり No.64 2021年10月)
 三國志研究第八号(2013年9月14日)
 三國志研究第十三号(2018年9月15日)
 三國志研究第七号(2012年9月1日)
 三國志研究第九号(2014年9月6日)
 英雄たちの「志」 三国志の魅力(2015年4月)
 三国志 演義から正史、そして史実へ(2011年3月25日)
 僕らの三国志大全(2012年12月13日)


○15:30~16:00 箱崎緑(三国志学会会員)「吉川英治『三国志』の系譜」
 B5用紙5枚の配布資料あり(ちなみにそれでは「みどり」さん表記)。冒頭で先程の発表で出ていたリスト(【資料3】)を持っているとおっしゃっていて、清岡は、マウントか?と勝手に解釈して微笑ましかった。清岡はタイトルを見て、吉川英治『三国志』の版本研究みたいなものかな、と勝手に思っていたのだけど、そうではなく、吉川「三国志」がどの作品に影響を受け、どの作品に影響を与えたか、という意味らしい。それがひと目で判るようにか配布資料の1枚目がそういった作品間の系図(吉川「三国志」まわりのみ)になっていて、吉川「三国志」がいかにハブ的作品だったか、がわかりやすい。冒頭で吉川そのものより文化に興味があるとおっしゃっていた。吉川「三国志」から派生した作品の中で、やはり清岡の専門の「マンガ」に目がいってしまう。福井英一「少年三国志」、横山光輝「三国志」、石森プロ(2005-2006年)、石森プロ(2020年)の4作品が上げられているけど、石森プロの一緒やん!と心の中でツッコミを入れてしまうね、いや正確には石森プロ(2005-2006年)∈石森プロ(2020年)といったところだろうけど、吉川「三国志」要素部分だと同じ…と思っているのだけど、ちゃんと見比べてないので心の中で留めておくのが正解だろうね、あるいは質問しておけばよかったか。分冊百科連載じゃなくて年数は単行本の方だね。→※追記、大きさは違っても欄外の注釈に至るまで一緒だった。このシンポジウムに合わせると、お茶の場面も劉備の母親も出てこないのに吉川原作マンガね。

※関連記事
 マンガ 三国志 I,II(2020年12月1日出版)
 2005年11月「ROMAN COMICS 三国志 1 桃園の誓い」発売

 派生する「ラジオドラマ」については『三國志研究』第十六号での同著者論文ではじめて知った。派生する「舞台」の「東京宝塚劇場『三国志』(菊田一夫脚本)(1967年6月)」が気になるね、何か機会があれば雑誌等に当たりたい。

※関連記事 三國志研究第十六号(2021年9月5日発行)

 吉川「三国志」に影響を与えた「通俗三国志」「演義三国志」については梁蘊嫻先生の2021年論文を参照と。先の袴田さんの発表でも参考文献に挙げられていたし、必読感。

・跨境 日本語文学研究 第12号
https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784305403124

※新規関連記事 吉川英治『三国志』の底本調査とその利用様相(跨境 日本語文学研究 第12号2021年6月30日発行)

 こういうことでまず吉川「三国志」に影響を与えた作品の方で、村上知行「三国志物語」は毛本系とのこと。配布資料にあったが、吉川英治の蔵書にこの村上「三国志物語」があって、メモが書き込まれており、参考にした証拠となるそうな。また白河次郎「諸葛孔明」も参考。

※関連記事 「近代デジタルライブラリー」で三国

 それで吉川「三国志」が何を生んだのか、とのことで柴田錬三郎「三国志」があげられていた。あの子供向けのやつね、冒頭で「わたくしは、これを大いに参考にさせていただきました」と書いてあって、実際、吉川「三国志」オリジナルの部分も出てくるやつ。箱崎さんの論文で知ったんだっけ。

※関連記事 三国志(1952)、三国志物語(1959)、伊藤幾久造/絵

 それとスライドで参考に清岡の論文が掲げられていて福井英一「少年三国志」に触れられていたけど、主役の名は連載分じゃなくて単行本の方ね、オリジナルキャラクターにも単行本独自のが取り上げられていた。単行本の発行が福井英一死後なんで作者の意向が反映されているかどうか怪しいけど、それを言っては神モデル/預言者モデルを引き合いに、そもそも作品内のキャラクターは作者だけのものかを論じないと行けないね。

※関連記事
 少年三国志(1953年6月-1954年7月)
 少年三国志(太平洋文庫1954年10月25日発行)
 メモ:神モデル預言者モデルというのを知った(日本マンガ学会第21回大会2022年6月18日)

 あまり関係ないけど、清岡がこの時間、思い出せずに気になっていたのは、人形作家の川本喜八郎先生が人物造形に吉川「三国志」を参照したって出典は何だったかってこと。ようやくノートPCで行き当たる。「【対談】尽きぬ『三国志』の魅力」(『潮』1998年1月号、PP.268-275)にて「僕が人形を作ったときも、イメージは吉川『三国志』です。」という川本先生の発言。

※関連記事 【対談】尽きぬ『三国志』の魅力(潮1998年1月号)

 その流れで吉川「三国志」派生作品として、1982年1月4日テレビ朝日放送アニメ「三国志」もあやしいな、芙蓉姫がキャスティングされているし。

※関連記事 三国志(テレビ朝日、1982年1月4日)

 ○休憩 (16:00~16:20)

○16:20~16:50 仙石知子(二松学舎大学文学部専任講師)「吉川英治『三国志』の母親像」

 スライドと配布資料両方を用意していたが、両方とも内容が同じなので、配布資料のみにしたとのこと。B5用紙両面印刷で9枚あり、1枚あたり、両面計4枚のスライドが印刷されているので36枚のスライドがある。メインは他の作品との冒頭を見せることで、吉川「三国志」の母親像を比較検討している。具体的には「三国志演義」(李卓吾本の日本語訳、毛本がない部分は都度、指摘)、「通俗三国志」、吉川「三国志」(大部分が説明のダイジェスト)。李卓吾本が桃園結義の後、関張が義母としての母に拝する記述があるのに対し、毛本は血の繋がらない同士の結義を強調するため、それを省略し、対する吉川「三国志」は有名なお茶を巡る場面が母への孝行を軸に組立てられ、また母は桃園結義の設営をしたりその後の劉関張と絡んだりと独特の母親像を形成している。また「三国志演義」にあった、母が劉備を遊学させた記述は「通俗三国志」、吉川「三国志」で省略されていると。最後に吉川英治による、自身の母親についての随筆が引用されていた。母親を軸に、有名な吉川「三国志」オリジナルの冒頭のところを見直すと、また違った見え方がするものだ、と清岡の感想。
 質疑応答の時間にうつり、渡邉義浩先生のコメント、仙石先生の研究に族譜に見える女性像があり、今日は日本の孝を出したと。箱崎さんから、「通俗三国志」にないからでは?というのに対し、盧植についていた、という記述があると。公孫瓚の扱い。兄(学友)ではなく見かけただけと記述。→吉川の意図論へ。竹内先生 たった六文字のこと。毛本ではそもそも母が生きてたかどうか。吉川は母が死ぬまで描写がある。吉川の私小説として読めるのでは。

○16:50~17:20 ナターシャ・ダウンズ(エディンバラ大学日本学科)「吉川英治『三国志』における悪役の構築 ―曹操の「英雄」から「奸雄」の位相を評価する」

 英語でも日本語でも配布資料あり。発表後の渡邉義浩先生のコメントによると、ポリシステム理論だそうな、なるほどそういう研究のバックグラウンドがあるんだね。董卓の悪さと比べることで曹操の悪さがわかる。劉備と比較することで曹操の英雄がわかると。二松学舎の早乙女先生 内観叙述(「特に明治時代意向に現れた」)とは具体的にどこ?→近代に限ったことではない、と指摘したかったかと。一般より。訳について。発表者の意図するところではないんで配布資料を訳した人より。villain→訳:奸雄、悪役、もともとは奸絶だったところを奸雄にした。奸雄はとびぬけた悪役の意。今回のことは『三国志研究』に収録されるそうな。また、三国志学会大会の告知。

※関連記事 三国志学会 第十七回大会 三国志大文化祭2022(東京2022年9月4日日曜日)

 ということで帰宅の途につく。20時15分、車内で三国志ニュースの記事「リンク:中国オタク「日本で人気の高い三国志武将って誰なんだろう?」(「日中文化交流」と書いてオタ活動と読む2022年5月24日)」をアップ。22時帰宅。

※次の記事 リンク:神戸大学 文学部一回生に聞いた知ってる中国人 2022年版(2022年7月26日)

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