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三國相承展トリニティ「魏-wei-」今秋開催決定


  • 2007年8月19日(日) 22:11 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    2,035
ネット ・三國相承展
http://359s.net/

詳細は上記のサイトへ。
ネットにおける三国志関連の展覧会が復活する。
今年6月は諸般の事情により開催されなかったそうだが、すでに今年10月、来年6月、10月までのテーマが決まっている。

『魏-wei-』2007/10/10~
『呉-wu-』 2008/06/06~
『蜀-shu-』2008/10/10~

※関連記事
・2006年11月16日『曹操孟徳正伝』特別編~瘴癘江
http://cte.main.jp/newsch/article.php/458
・2006年10月10日第三回三國相承展スタート
http://cte.main.jp/newsch/article.php/396
・2006年6月6日 三國相承展 第2回「縁-enishi-」Web展示開始
http://cte.main.jp/newsch/article.php/349
・2005年11月1日「三國相承展」三国志城展示開始
http://cte.main.jp/newsch/article.php/203
・『三國相承展(さんごくそうしょうてん)』 今秋開催
http://cte.main.jp/newsch/article.php/173

・大西巷一/画『異端の軍師』(三國相承展)
http://cte.main.jp/newsch/article.php/757

※追記 三國相承展トリニティ「呉-wu-」10月10日に延期

日中の学者7名が三国志伝を寄贈


  • 2007年8月19日(日) 19:44 JST
  • 投稿者:
    曹徳
  • 閲覧数
    1,864
古典文学 久し振りにこちらに書込みます^^

ニュースソースは8月15日のチャイナネットの記事らしいです。
http://japanese.china.org.cn/index.htm

記事は流れて見れなくなってしまいそうなので、一部引用致しますと、
-------------------------
2005年嘉徳秋季競売会において、
明・万暦年間(1573~1619年)の刻本である
『新刻湯学術校正古本按鑑演義全像通俗三国志伝』2冊が
オークションに出品されたが、結局落札するに至らなかった。
競売会が終わってから、
日本の学者金文京氏(京都大学教授、人文科学研究所所長)、
中山諭氏(大東文化大学文学部準教授)、
井上泰山氏(関西大学文学部教授)、
二階堂義弘氏(関西大学文学部教授)、
竹内真彦氏(龍谷大学経済学部準教授)及び
中国の学者の周文業氏(首都師範大学)ら
『三国志演義』の版本研究者7人が、ともに資金を出し合い、
5万元でこの本を買い取った。
(中略)
図書館に収蔵されている『三国志演義』と学者たちが
買い取った『三国志伝』とは細かい点で違いがあり、
異なった版本であることが分かった。
また、図書館に収蔵されている『三国志演義』の第1巻は
破損しているので、全部よくそろった『三国志伝』は
ちょうどその欠陥を補うことができる、と見られている。
湯宾尹の校正になる2つの版本の『三国志』をいっしょに並べるため、
中日の学者たち7人は買い取った『三国志伝』2冊を
国家図書館に寄贈することを一致して決めた。
-------------------------

俗な話になりますが、5万元というと日本円で約777000円に
相当するらしいです。

日中間の友好関係は、以前の攻撃的な関係から緩和され、昨今では
中国側の日本に対する印象の好転、
日本側の中国に対する冷ややかな視線という見方に変わったと
先日のニュースでも報じられていましたが、
「学術」というキーワードで純粋に研究を志向する方々にとっては、
そういう世間のあれこれに頓着無く協力しあっているというのが、
それが三国志関連であるということも手伝って、
一ファンとして、とても嬉しいニュースでした。


そして、ここ三国志ニュースでもたびたび話題に上っている
三国志シンポジウムなどでお世話になっている諸先生方が
日中のニュースに上がっているというのも身近な感じがして
なお嬉しい。

第3回三国志シンポジウム 雑感1


  • 2007年8月12日(日) 23:25 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    2,925
教育機関 めくり台にある演題<目次>第3回三国志シンポジウム 雑感(2007年7月28日)
http://cte.main.jp/newsch/article.php/661

 2007年7月28日。10時になり、総合司会の渡邉義浩先生のアナウンスが入り、学科主任の挨拶から入る。門脇廣文先生が壇上に立つ。

○學科主任挨拶・・・門脇廣文

 挨拶は中国学科の紹介から始まる。。文学、哲学、歴史を中心にその他、語学、書道の5つの柱から構成されているとのこと。その後、大東文化大学の歴史が述べられる。あと入試の新しい推薦制度の紹介とか。詳しくは下記の大東文化大学のサイトより。

・大東文化大学
http://www.daito.ac.jp

 その後、今日の授業についての説明。あと去年の三国志シンポジウムをまとめた冊子と『三国志研究入門』の紹介がされていた。

・三国志研究入門(2007年7月25日)
http://cte.main.jp/newsch/article.php/644

○一限目・・・中林 史朗(大東文化大學中國學科教授)
日本人にとって三國志とは何じゃいな? ~見るのか、讀むのか、掛け軸から『ストップ劉備くん』まで~

 10時13分スタート。
 その前にこの授業のタイトルについて。予めの情報だと、上記の通りタイトルに「ストップ劉備くん」と書いてあったんだけど、大東文化大学のサイトの情報だと「ストップ、ザ劉備君」という誤用になっている。当日、どうなっているのか楽しみにしていたら、写真のように会場のめくり台やプログラムの紙では「ストップ、ザ劉備君」、だけど配られたレジュメでは「ストップ劉備くん」となっている。おそらく事務方には何故か「ストップ、ザ劉備君」と誤って伝わったんだろうね。結局、授業では特に『STOP劉備くん!』に触れられることは無かったので、どっちでも良かったんだけど。

http://cte.main.jp/newsch/article.php/630
※↑その開催前の経緯はこの記事の下部参照

 まずこの授業を受け持つ経緯について面白可笑しく説明。なんでも台湾に居たら中川先生からメールで依頼が来たそうな。金がないから今回、身内だけ(大東文化大学の先生方だけ)でやるらしい。

●始めに
 ※小タイトルはレジュメ通り。以下、同じ

 授業の主旨は三国志の世界をもう一度、確認しようではないか、とのこと。まず日本人に広く知られた「三国志」の世界とは『三国志』ではなく『三国志演義』である、と断った上で、『三国志』は寛平年間(889-897)で藤原佐世/編『日本國見在書目録』に記載されており、平安朝時代に日本へ舶来されている。つまり知識人にはこのころから知られていたこと。一般大衆には江戸時代以降でしかも『三国志演義』の方が知られた。
 「結論から言うと三国志の世界とは遊びの世界だった」とおっしゃってすかさず「これで私の話は終わりです……という訳にはいきませんが」とおっしゃって場内をわかせる。

●1、江戸時代

 日本人によく知られた人物は諸葛亮。なぜなら、彼の作とされるものが残っているから。粱父吟や出師表は『文選』や『古文真宝』に収録されており、『文選』は平安時代より親しまれている。特に中世の禅林の世界において『古文真宝』(中国の名文を集めた者)が愛読されていた。そこから推測し江戸初期には『古文真宝』に書かれている諸葛亮の評価がそのまま踏襲され朱子学者や漢学者に引き継がれる。その具体例として寛文三年(1663年)の鵜飼石斎『古文真宝後集諺解大成』収録「後出師表」の文末の注に宋の張[木式]の「蓋凛凛乎三代之佐」が引用されている、つまり諸葛亮を「王佐の人」と肯定的に捉えている。江戸幕府が朱子学を御用学としているので、江戸前期の公式見解ということになろう。大学頭の林家二代目林鵞峰には十編以上、弟の読耕斎にも数編の「孔明贊」が残されている。
 この「王佐の人」に批判的なのは伊藤仁斎(京都の町学者)。その著作の『古学先生文集』巻六「読諸葛孔明伝」において「王佐之才」と対極の「覇者之臣」(諸葛亮自ら「管仲・樂毅」に比したので)に位置づけた。ところが著作の『古学先生詩集』巻二「楠判官画像贊」においては信義という点で諸葛亮と楠正成と同一視しているが、諸葛亮に対し贊文など一切書いていない。
 元禄時代からがらっと変わってくる。仁斎の子、東涯の時代になると諸葛亮に関する詩文を書いているし、それ以後の人々も三国志に関する詩文を書いている。これはちょうど元禄年間に『通俗三国志』が刊行されたこと。ここで『通俗三国志』の説明。今でも出版されている。

<参考記事>2005年11月21日~ 「完本三国志」全6巻
http://cte.main.jp/newsch/article.php/239

ほぼ同時期に岡島冠山(1674-1728)が京都や大阪で唐話の普及や白話小説の翻案を活発に行ったことの影響がある。そのため一般に三国志が知られるのは元禄以降。
 それというのも三国志に関する「○○像」や「題○○図」等の詩文が多く見られるようになるため。ここでもう一方のレジュメ「『三國志』シンポ資料」(以下、資料)に移る。「6、江戸の漢詩文(元禄以後の一部)」のところ。たまたま中林先生の手元にあるものをリストアップしたものとのこと。確かに「題孔明像」とかいろいろある。三国志の原文を読んで詩をつくるのではなく、絵があってそれに概算をかくとのこと。ここで会場の前に展示されている掛け軸について触れる。まず一つ目が関羽とそれに関する贊とのことで「何を書いてあるかはこの字が読める人はお考えになればよろしい」と言って会場内をわかせる(掛け軸の字は崩してあって現代人が読むには辛い)。以上は江戸時代の儒者に見られる評価。
 次が江戸時代の一般諸人について。江戸時代の川柳を見ると、曹操、劉備、諸葛亮、関羽、張飛、趙雲らを対象にした歌が150作以上も見られる。ここで資料「7、江戸の川柳(『誹風柳多留全集』『誹風柳多留捨遺』の中の一部)」に移る。ここでは人物ごとに川柳がピックアップされている。例えば劉備のところでは「三度まで通いお蜀を手に入れる」、諸葛亮のところでは「孔明も三会目から帯をとき」など。これらから庶民に『三国志演義』の内容がよく知られていたことがわかる。その中でも諸葛亮に関した歌は50作以上と特に多い。ついで劉備。また歌から当時、諸葛亮の絵を描いた羽子板が存在し、智謀の士として広く知れ渡っていたことが推測できる。
 一方、関羽について。日本における関羽像は、黄檗僧が信仰の対象の伽藍神としてもたらしたもの、長崎から入った唐絵としての明清時代の肉筆のもの、小説に附せられた版画のもの等によりもたらされ、江戸中期の寶暦(1751)以後に広まり、日本での肉筆関羽像画が作られ出すようになった。この日本での関羽像の傾向は四つに大別されるが(周倉・関平を従えた図、赤兎馬に跨る図、春秋を読む図、演義中の一場面図)、絵柄や構図は中国に倣う。一方、諸葛亮の日本での肉筆画はそれほどたくさんない。中林先生曰く、(関羽ほど)あまり絵にならない人物なのではないか、とのこと。
(※関羽の図像、伊藤仁斎親子の孔明観に関しての参考文献、長尾直茂/著『漢文学 解釋與研究』第二輯・第三輯(平成11年・12年))
 ここで会場に展示された掛け軸について説明。真贋や描写内容について面白可笑しく解説され場内をわかせていた。巻物ではなく刊本を持っているのはおかしい、とか。あと絵から関羽の顔は赤いってことがよく知られていた、という指摘があった。
 江戸後期のこのような傾向に、最も大きな影響を与えたと思われるのが『絵本通俗三国志』(天保年間)。絵としては葛飾戴斗の絵が一番有名だろう。

<参照記事>2006年7月29日「三国志シンポジウム」雑感2
http://cte.main.jp/newsch/article.php/377

●2、明治から昭和前半

 幸田露伴(文人)『通俗三国志』を初め、十本前後の『三国志演義』の翻訳や内藤湖南(学者)『諸葛武侯』を皮切りに五本前後の諸葛亮に関する評伝が公刊される。ここで資料「1、『三國志』と『演義』に関するもの」と「2、諸葛亮に関するもの」に移る。諸葛亮に関するものは、江戸時代では中国から来たものを訳したものだったが、日本人により諸葛亮に関して書いたものの最初は浅田寛『諸葛孔明傳』(文政十年)。
 それらの中で我々日本人に最も影響を与えたのが土井晩翠(詩人)の長編詩「星落秋風五丈原」ではないだろうか。当時を代表する思想家で東宮御学問所御用掛となり倫理を進講した杉浦重剛も『諸葛亮』なる評伝を書いており、同時に江戸の侠客幡随院長兵衛を讃える漢詩をつくっており、諸葛亮も幡随院も「侠」という概念で同じように捉えていたことが分かる。土井晩翠や杉浦重剛に見られるような諸葛亮に対する見方は当時の日本人の対外の見方だ。また資料に「日本青年の歌」と「星落秋風五丈原」との共通する部分をあげてある(つまり「日本青年の歌」が「星落秋風五丈原」をぱくった)。

●3、昭和後半から平成へ

 この時代を一言でいうなら、小説、同人誌、コミック、人形劇、映画、ゲーム、インターネット等、何でもありの世界。価値観が多様化だけではなく三国志が完全にエンターテイメント化した。
 例としてマンガの武論尊/原作・池上遼一/作画『覇-LORD-』が上げられる。ストーリーの説明で主人公の倭人が劉備に成りすますことや、呂布と趙雲(作中では女性)との子が関平とか出てくる。(※これは割かし三国志ファンの間で有名な話だけど、さらに中林先生は周瑜が美貌の女将軍で、彼女が率いる軍団が美女軍団と最近のトピックまで言及されていたのには驚いた)。あと芝居の方でも市川猿之助の『スーパー歌舞伎 新・三国志』がある。
 これらの中で唯一大きな展開を示していないのが映画やテレビを中心とした映像部門。『人形劇三国志』や劇場公開されたアニメ以後、新たな企画は殆ど耳にしない。来年(2008年)放送を目指し日中共同でアニメ『三国志』の制作が始まった、との話も伝わる。
 「三国志」というものは固有名詞から「単に覇権を賭けた争いを表す普通名詞」になったといえる。それは既に江戸時代からある。千代丘草庵主人の『洒落本讃極史』(遊里の話)、近松門左衛門の『本朝三国志』(日本の話)に見られる。三国志は完全に遊びの娯楽になっている。ここで資料の「5、三国志とは関係無いもの」に移る。加藤文『やきそば三国志』とか加野厚志『女三国志』など。

●終りに

※以下、殆どレジュメそのまま
 日本人に広く知れ渡った「三国志」と言うものが、ある意味で娯楽(大衆文化)であったとするならば、娯楽であるが故に「三国志」に関する多くの著作は、それぞれの時代の時代相或いは当時の日本の社会相を、色濃く反映していると言える
 我々は、日本人が著した「三国志」に関する著作を読み解くことに因って単に中国の時代や文化を読み解くだけでは無く、それぞれの時代の日本或いは日本人自身を読み解くことも可能となる。

 11時終了。

<次回>第3回三国志シンポジウム 雑感2
http://cte.main.jp/newsch/article.php/674


※追記 リンク:「日本人に於ける三国志とは―見るのか,読むのか,江戸から現代まで―」

『三國志DS 2』 (DS版) 11月1日発売決定


  • 2007年8月10日(金) 20:24 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    1,110
ゲーム http://web.archive.org/web/20070204071405/www.gamecity.ne.jp/history.htm (エンコード:EUC-JP)
↑一度は2007年3月21日に『三國志DS 2』 (ニンテンドーDS)の発売が決まったんだけど、
http://www.gamecity.ne.jp/history_2006_2.htm
↑2007年2月16日に「2007年発売」とぼやけた表現に改められる。
その『三國志DS 2』の発売が決まる。2007年8月9日に下記GAMECITYにて発表。

・GAMECITY  (コーエー総合ポータルサイト)
http://www.gamecity.ne.jp/

・『三國志DS 2』
http://www.gamecity.ne.jp/ds/sands2/

というわけで、『三國志DS 2』は2007年11月1日発売決定とのこと。


素人目に見て、ニンテンドーDSでの開発はスケジュールが崩れるのかな、と思ってしまう。

2007年8月6日『八卦の空』(ミステリーボニータ9月号)


  • 2007年8月 7日(火) 22:11 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    1,064
マンガ 中国三国時代を舞台とし、紀玄龍や管公明のコンビが神秘的な事件を解決していく漫画、青木朋先生/著『八卦の空』。前々号からの続き物(もっというと単行本2巻の話から)が今回の扉にも書かれているように第3回目にしていよいよ決着。

※関連リンク
・秋田書店
http://www.akitashoten.co.jp/
・青木朋先生のサイト「青木朋HP++青青」
http://aoki.moo.jp/
・青木朋さん(私設)ファンクラブ
http://bluefan.exblog.jp/

・ミステリーボニータ9月号に「八卦の空」(ブログ『青青日記』)
http://blog.aoki.moo.jp/?eid=746105


<前々回>2007年6月6日『八卦の空』(ミステリーボニータ7月号)
http://cte.main.jp/newsch/article.php/618
<前回>2007年7月6日『八卦の空』(ミステリーボニータ8月号)
http://cte.main.jp/newsch/article.php/640

<次回>『八卦の空』(ミステリーボニータ10月号、2007年9月6日)
http://cte.main.jp/newsch/article.php/681


 以下、ネタバレ気味のストーリーライン。




 冒頭から司馬子元が五石先生と共に炉のところに登場していて、側には石化している四星将。ここで初めて司馬子元は五石先生の目的が不死の薬作りにあることを聞かされるが、五石先生の罠によりストーリーからは退場(個人的にはその後の司馬子元のお姿もちゃんと見てみたかったが・笑)。というわけで対、五石先生というストーリー展開になる。
 炉のあるその場所へ向かう管ちゃん、玄龍くん、火煙くんの三人。そこには五石先生から報のメッセージがある。曰く、石化した父を助けたければ火煙くんが白水の谷に来い、と。あからさまな罠設定で、五石先生の狙いは残る火煙の石髄なので、わざわざ行くことはない、と止められるも、ここは真っ直ぐな火煙くん、単身、五石先生の元へ行く。
 後を追う玄龍くん&管ちゃん。結局、五星将の石髄全て手に入れ不死の薬を調合し服した五石先生。五星将の能力全て手に入れ無敵の強さでかなり恐くなっている。その五石先生が管ちゃん&玄龍くんに襲いかかる。あることがきっかけとなり決着がつくんだけど。

 それにしても結局、王金鈴がどんなキャラが分からず仕舞いでそれはそれで残念なんだけど(笑)

 次号は女盗賊がでる話とのこと。巻頭カラー44P

<書き忘れ>
 今回、ちゃんとあみあみが描かれた武冠がいっぱいで出てくる。バンザイ!