経書である戴聖/編『礼記』には孔子と弟子の問答など抽象的な話以外にも冠義(元服)や昏義(婚礼)で具体的に何を行うかの話も記載されている。『礼記』の成立が漢代であるため、それを受け継ぐ後漢や三国のことが書かれてあると考えても差し支えがないと個人的には思っている。そこで、そういった制度や慣習に関する具体的な記述をピックアップし、後でそれを頼りに読み直すことができるメモか何かを残しておけば、小説なり漫画なり三国志関連の創作をするのに役立つんじゃないかと思うようになる。
実際、『礼記』を見てみると、清岡にとって馴染みない言葉が並んでいて理解が進まないため、通釈と語釈の入った書籍、明治書院の新釈漢文大系シリーズの『礼記』(竹内照夫/著)を図書館から借りてくることに。いざ図書館の本棚に立つと、戴徳/撰『大戴礼記』(栗原圭介/著)も気になり借りていく。
まず『大戴礼記』を見ていくと「夏小正 第四十七」というところに目が行く。「夏小正は、夏の時に作られ農耕を主とした暦である。」(79ページより)ということで、それぞれの月の具体的な自然のことが記されている。『大戴礼記』と『夏小正』との関係にあれこれ蘊蓄がありそうだけど、ここでは特に取りあげない(詳しくはこの本で)。
そういうわけで、夏小正に一通り目を通し(傳はほぼ省く)、解らないところがあれば通釈と語釈に当たり括弧付けで記述したメモを下記に置いておく。このメモの使用方法として(と私しか使わないか)、例えば、七月の背景描写をしようとすれば、寒蝉(ひぐらし)が鳴く描写を入れたり、逆に背景描写のように従に使うのではなく、五月の話が欲しければ、梅を煮て梅干しを作ることを主にした創作に使うのもいいかもしれない。
大戴礼記
夏小正 第四十七
夏小正
正月
蟄を啓(ひら)く(隠れ住んでいた虫どもが冬眠を終え動き出す)
鴈(かり)北に郷(むかう)ふ(雁が北に向かい移動)
雉(山雉)震[口句](く)す(けたたましく鳴く)
魚陟(のぼ)りて冰(こおり)を負う(背負う)
農厥(のうそ)の耒(すき)を緯(い)す(農耕に用いる耒をたばねる)
初歳に耒を祭り、始めて暢(ちょう)を用いる
[口+有](いう、にわ、苑を垣で囲んだ所)に韭(にら)を見る有り
時に俊風(大風、南風)有り
寒日凍塗(どろどろの道)を[シ條](あら)ふ(冬の日に氷りついた路を水で洗い流す)
田鼠(もぐらもち、土竜)出づ(田鼠が地上に出て活動を始める。猫は田鼠捕らえては食う)
農均田に率(したが)ふ(農耕に従っている人々は田をくさぎることに従っている)
獺(かわうそ)魚を獻ず(献じて祭りをする)
鷹則ち鳩と為る(鷹は変じて鳩となる)
農雪澤に及ぶ(農夫は春の雪解けを待って、農耕に着手する)
初めに公田に服す(初めに公田の農耕に服する)
藝(うん、香草)を采る(これを寝廟に供えて先祖を祀る)
鞠([口蜀]という名の星)則ち見ゆ
初昏(夕暮れ時)に參中す(参という西方に輝く白虎に宿る星が中する)
斗柄(北斗七星の杓形の柄にあたる部分)縣かりて下に在り(北方の上空)
梅杏[木也]桃([木也]・桃は山桃の類)則ち華さく(華は木に花咲くをいう)。
縞(きぬ)に[糸是](あかぎぬ)あり
鶏桴(孚卵)粥(しゃく、養)す(鶏が卵を養う)
二月
往きて黍(もちきび)を[耒憂](いう)す([耒憂]を用いて土ならしし種子をまく)。襌(単衣)なり
初めて俊羔厥の母の粥を助く(俊羔(大きな羊の子)はその母羊を助け養う)
多くの女士を綏(やす)んず(仲春の吉辰(吉日)、嫁娶や加冠の儀礼には心の安まる思いでいる)
丁亥、萬用ひて學に入る(学(大学)の初めの教学は丁亥の日)
鮪(巨大なまぐろ)を祭る
菫(すみれではなく、あおい)を栄えしめ、繁(しろよもぎ)を采る。
昆(衆)として小蟲(小さな虫が集まって動く)。[虫(氏/一)](ありの卵。食用)を抵(お)す
來降して燕乃ち睇す(降りてきた燕を流し目で見る。同じ屋根の下)
[魚單](うなぎの一種)を剥ぐ(→鼓を作る)
鳴く倉庚(こうらいうぐいす)有り
榮芸(正月の采芸が花咲く)
時有[禾弟]を見て始めて収める(成長した[禾弟]を採取)
三月
参則ち伏す((三月)には参宿という星が隠れて見えない)
桑を攝る(桑の葉をもぎ取る、蚕を飼うのがにわかに忙しくなる様子)
委たる楊(やなぎ)あり(委委…のびのびと葉が茂って下に垂れているさま)
[羊韋](羊がむれあつまる、羊は暖かくなると群集まる)たる羊あり
[(士/冖/虫)殳](けら、すくもむし)は則ち鳴く
冰を頒かつ(氷を氷室より取り出す。凌人職が氷を分けて大夫に授ける)
識([艸/職]の仮借時、葉はほおずきに似て花は小さく白く中心は黄)を采る
妾子始めて蠶(かひこ)かふ(妾とその子は始めて蚕を飼う。妾は卑いが子は尊い)
宮事(家庭のこと、家事)を執養す(ここでは蚕を飼うこと)
麥實を祈る(麦が実ることを天に祈る、殻を包んでいる皮のままだと保存がきき貴ばれた、前年の秋に種を蒔き翌年の晩春には実る。麦は穀の始め)
越(ここ、時を表す)に小旱有り
田鼠化して[如/鳥](ふなしうずら)と為る
桐芭(桐の花)を[才弗]う(払として細かくやわらかでしっとりした潤いがあり空にぽっかり浮かぶ風情がある)
鳴く鳩あり
四月
昴(星の名、白虎の宿星)則ち見る。初昏(夕暮れ時)に南門(星の名)正す
鳴く札(せみ)
囿(園の名)に杏(あんず)を見る有り
鳴く[虫或](よく、いさごむし)あり
王[艸/刀/貝](王瓜)秀づ(孟夏の月に生ず)
荼(と、のげし、けしあざみ、君の敷物を作る材料。花は菊に似て味は苦い)を取る
秀づる幽([艸/要](ひめはぎ)という草の名、根は薬用)あり
越(ここ、時を表す)に大旱(大きなひでり)有り
陟る(おすうまに乗る)を執り(母馬から引き離し)駒(おすうまの二歳)を攻む(順うように教育する)
五月
參(伐星)則ち見る(日を距てること三十度、東方)
浮游(かげろう)殷(さか)んなること有り(朝に生まれ日暮れに死ぬ)
[夬鳥](ふくろう、百舌?)則ち鳴く
時に養日(最も長い日)有り
乃ち瓜あり(今年始めて瓜を食う喜び)
良蜩(五采を備えた蝉)鳴く
[匚+(日/女)](せみ)の興るや、五日にして翕まる(羽を合わせ活動ができる)、望にして乃ち伏す(十五日にして鳴き、十五日にして伏して亡くなる)
灌(群がり生ずる)たる藍蓼(前者が染料、後者が食料)を啓つ(長大になるので分植する)
鳩鷹と為る(鳩が化として鷹となる)
唐蜩(夏ぜみをいう)鳴く
初昏(夕暮れ時)に大火(心星(火星)が南方に)中す(このときに黍を種える)
梅を煮る(梅を煮て日に曝し乾[木尞](梅干し)にする)
蘭を蓄ふなり(香草にして薬用に供せられている)
菽(しゃく、豆類の総称)の糜(うすいかゆ)あり(菽を用いて糜を作る)
馬を頒かつ(夫婦の駒を分かつ)
將に諸(こ)れ則を間(閑)せんとす
六月
初昏(夕暮れ時)に、斗柄(北斗七星の杓形の柄にあたる部分)正に上に在り(南方の上空)
桃(やまもも)を煮る(桃を煮て乾桃として保存)
鷹始めて摯(し)す(鳥を殺す意)
七月
秀(ここでは花さく意味)づる[艸/(口口)/隹](おぎ)葦(あし、この材は席を織る)あり([艸/(口口)/隹]葦はあしの花の咲いた以後の名)
狸子(たぬきの幼子)肇(はじ)めて肆(と)ぐ(始めてほしいままにふるまう、小動物を狙っては追い回し捕殺する)
湟潦(土の低い所の水たまり。大雨であふれる雨水)苹(よもぎ)を生ず
爽(水辺に生ずる草)死す(臭気を発し枯死する)
苹(よもぎ)秀づ(繁茂して花を開いている)
漢(天の川)戸を案ず(家の正面(南)に南北の順い天の川が位している)
寒蝉(ひぐらし)鳴く
初昏(夕暮れ時)に織女正しく東郷す(織女の三星が正しく東に向いている)
時に霖雨(長雨、三日以上降る雨)有り
灌(あつ、聚の意)める荼(と)あり
斗柄(北斗七星の杓形の柄にあたる部分)懸かりて下に在り(北方の上空)、則ち旦(日が出る直前)なり。
八月
瓜を剥ぐ(上皮を剥ぎ取って、祭祀や賓客用に供するためひたしつけtけものにする。瓜を蓄える時期)
玄(赤みを帯びた黒色)校(もえぎ色のしぼりぞめの衣、未婚婦人の衣)なり
棗を剥ぐ(祭祀や賓客に供する豆実とする)
栗零(お)つる(栗の熟し収穫する時期。零つるは栗のいがが自然に割れ落ちる意)
丹鳥(蛍)白鳥(蚊)を羞(すす、食べる意)む(蛍が蚊を食べる)
辰(房星)は則ち伏す(地上から見えなくなる)
鹿人のごとく從う(つき随って行動する、群に随って行動する)
[如/鳥](ふなしうずら)鼠と為る
參(伐星)中すれば則ち旦(明け方)なり(參は昏に東に見える)(※語釈より。「中する」を否定している説が多い)
九月
火(大火、火星のこと)を内(い)る(伏して見えなくなること)
[しんにょうに帯](わた)る(北より南へ空を渡り行く)鴻鴈(おおいなるかり)あり
主夫(火を司る夫、古代の火の出納の重要な職)火を出だす
陟(のぼ)る(去り行く意)玄鳥(元鳥、燕)ありて蟄(かく)る(冬眠に備え静かな所に隠れる)
熊(くま)、羆(ひぐま)、[けものへんに百](驢馬の一種)、狢(むしな)、[鯱の魚が鼠](いたち)、鼬(いたち)、則ち穴にす(あなごもりし冬季には冬眠する)
榮(花を開いている)鞠あり
王始めて裘(かわごろも)きる
辰(房星)日に繋(か)かる
雀海に入りて蛤と為る
十月
犲(やまいぬ)獣を祭る(性が猛悪で羊や豚を斗耐えては祭ることを生き甲斐を示す)
初昏(夕暮れ時→朝旦の間違い)に南門(南北の二つの大星)に見る
黒鳥(からす)浴す(さながら羽毛を洗浴でもしているかのように高く飛び上がり低く下がり、鳥の待っているのが見える)
時に養夜(夜が長い)有り
玄雉(きじ)淮(淮水)に入りて蜃(大蛤)と為る
織女正しく北郷す(北に向かう)。則ち旦(夜明け方)なり
十有一月
王狩りす(冬期の一時を武にあてる)
筋(弓)革(鎧、共に古代の兵器の代表)を陳(つら)ぬ(使用に耐えられると王に報告する儀礼)
嗇人(身分の低い官)從はず(狩りには行かない)
麋(鹿の一種)角に隕(お)とす
十有二月
鳴く弋(よく、いぐるみ)あり(いぐるみに自由を縛られて鳴いている禽(とり)がいる)
玄駒(おおあり)賁(はし)る
卵蒜(大蒜(にんにく)、小蒜のこと)を納る(君に献上する)
虞人(山林沼沢を掌る役人)梁(水をせき止めて魚を捕るところ)に入る(漁をする)
麋(鹿の一種)角を隕(お)とす(※十一月に同文)