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結果
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第8回三顧会午前1


  • 2008年3月28日(金) 12:54 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    4,741
場所 山口県光市で「石城の里 三国志城」という資料館が1998年9月13日に設立された。名前の通り、『三国志』や『三国演義』に関する資料を展示する施設であり、そればかりではなく「三国志クイズラリー」や「年忘れ餅つき大会」など各種イベントも開催されている。

・石城の里 三国志城
http://www3.ocn.ne.jp/~sangoku/

 そんな中、2004年1月3日に三国志城の常連により「三国志城突発オフ会」が行われ、その対象を三国志ファン全般に拡張し、三国志城主催で2004年8月15日に「三顧会」という交流会が開催され、それ以降、年二回のペースで続いている。

○過去の三顧会参考記事
 2004年8月15日 第1回三顧会 ※個人サイトの日記
 2005年5月4日 第2回三顧会
 2005年8月14日 第3回三顧会
 2006年5月4日 第4回三顧会
 2006年8月14日 第5回三顧会
 2007年5月4日 第6回三顧会
 2007年8月14日 第7回三顧会


 そして迎えた2008年3月23日の第8回三顧会。

 当日のタイムスケジュールは下記のようになる。それぞれのプログラムにリンクを張る。

[ 3月23日 第8回三顧会イベント内容 ]

 9時~  三国志城オープン
 10時~ 三顧会あいさつと自己紹介
 11時~ 三国志ジェンガ大会
 12時~ お食事時間
 13時~ 三国志講演会 「三国時代の食」
 14時半~ 参加型イベント「三国志壁掛けお面づくり」
 15時頃 三顧会終了のあいさつ
 17時頃 三国志城クローズ


 清岡は前日より三国志城の特別企画展示場に居て、6時前には目が覚めていた。

※参照記事 第8回三顧会前夜祭

 いつもだったらノートPCを持って外に出て電波の届くところまで行ってメールのチェックなどをするんだけど、晴れていた昨日と打って変わって外では雨が容赦なく降り注いでいた。もしかして三顧会初の雨天開催?などと思っていた。
 仕方ないので、すぐ身支度をし、持ち込んだ缶コーヒーを飲みながらまったりする。特別企画展示場の「第八回三顧会」の文字とスクリーンを写真に撮ったりした。

 8時ぐらいに朝食のため、食堂へ移動。
 ワタナベさんには挨拶代わりに「昨晩は張角の夢を見ましたか?」と言っておいたが(笑)
 食堂では泊まった人の誰かが持ち込んだ『ジャイアント・ロボ THE ANIMATION 地球が静止する日』のDVDが流されていた。諸葛亮が出ていることを確認できた。
 そんな中で、英傑群像岡本さんも交え泊まり組九名で朝食を頂く。相変わらず美味しい。
 『ジャイアント・ロボ』の各シーンに対して「かわいいー!」と声が飛び交っている中、英傑群像岡本さんが「あれ、かわいいか?」とツッコミを入れているのが妙に印象的な場だった。

 食事を終え、DVDを見てまったりしていると、仮装士 義さん来館。雨の中、コスプレの大きな荷物を持っており、とても大変そうだった。そういや仮装士 義さんとは2007年5月27日の「三国志の宴2」以来。と思っていたら、「三国志の宴」の話を始め、その他、道中の話などでしばし談笑。
 そうするとその場に無双5曹丕コスをした神城さんが来られ、仮装士 義さんと挨拶していた。お互いネットでは知り合いだったけど、初対面だったようだね。

 傅僉さんが来館。今回はスタッフとのことで、前日見せてもらったスタッフTシャツをその場で着ていた。
 それとなぜか無言で「清岡」と書かれた名札を渡された(笑)。そう今回も参加者には名札の用意がされていて清岡は前回も参加したのですでにあるってこと。しかし自分で書いておきながら、名札のルビの部分が一部、間違えており黒く塗りつぶされている(汗)

 参加者が食堂に集まってきて、10時を過ぎた頃、バルコニーに集まるように告げられる。

 
●三顧会あいさつと自己紹介

 始めのプログラム。前回は冷暖房がある特別企画展示場で行っていたが、今回は春の良い気温ということで、バルコニーが会場となる。しかしながら大雨で気温が下がっているせいか、ストーブが用意されていた。

 まず司会進行のノッチさんからマイクで三顧会開催が告げられ、次に谷館長からの挨拶。
 そして好例の参加者の自己紹介。マイクが順に回されていく。言う項目は前回と同じく、名前、どこから来たか、好きな人物、好きな三国志作品など。

 今回も前回同様、今の三国志ファンの動向を知るに貴重な資料となるため「好きな三国志作品」については覚えている限り(つまり部分的に)列挙してみよう。以下。

 秘本三国志横山三国志龍狼伝覇-LORD-DRAGON SISTER! 三國志 百花繚乱アレ国志三国志大戦3吉川三国志真・三國無双5真・三國無双シリーズ、呉三国志、PHP文庫の『孫策』、人形劇三国志三国志 中原の覇者

 最後は英傑群像岡本さん。冒頭で「三顧会は初めての参加」と言ってボケを入れて笑いをとりつつ、最後は大三国志展に三国志城から出展することの紹介をして締め。

 それから好例の三顧会三回目の参加者に谷館長直筆色紙プレゼント授与コーナー
 今回は一条さんお一人ってことで。前々回は無双4の左慈、前回は無双4の呂布、一条さんは今回、『人形劇三国志』諸葛亮コスをされている。

 これで始めのプログラムは終了なんだけど、今回、バルコニーの東の壁に木と枝が描かれた板が掲げられており、参加者全員に一枚ずつ桃の花びらを模したピンクの紙が配られ、そこに三国志に対する思いを書き込んで、絵の木に貼る趣向とのこと。

 ここで今回の三顧会の大まかな流れが説明される。それぞれのイベントの参加不参加は自由とのこと。
 お昼は関羽カレーと周瑜うどんのみの販売のみ、などアナウンスされる。9:35、一旦、解散。次のプログラムは10時の三国志ジェンガ大会。

 とりあえず先ほど配られた桃の花びらの紙にメッセージを書く。著名はしなかったが清岡だとわかりやすい文を書いておいた。
 何のメッセージを入れるか、でその場では「私が国を立てて『四国志』にしてやる!」なんてギャグが飛び交っていた(笑)

 自己紹介のときにすでに様々なレイヤーさんを見かけていた。ミーさんは大戦2の小喬コスをしていた。
 横光諸葛亮コスが雪代さんだとすると、あの隣の人は「アレ国志同盟」の管理人さんかな、と思いつつも清岡が「Yahoo!コミック」の連載を追いかけるぐらいであまり『アレ国志』を知らないものだから結局、確認しないまま声も掛けず終いだった。
 さらに横光徐庶コスのアスナさんや横光[广龍]統コスで場がビジュアル的に賑わっていた。
 あとここに遜 瑜懿さんの大戦の周瑜コスが加わることとなる。

 と、ここでついでに今回の三顧会でどんなコスプレがあったかまとめてみる。

 人形劇三国志 劉備、諸葛亮
 横山三国志 諸葛亮、徐庶、[广龍]統
 真・三國無双5 曹丕
 三国志大戦2 小喬、周瑜

 今回は珍しく無双系が最も少なかった。

 食堂に戻ると、地元ケーブルテレビのKビジョンのカメラが入っていて、取材されていた。
 それを横目に人形劇三国志の劉備の仮装士 義さんと一条さんと話す。そうすると一条さんが他にも衣裳を持ってきているってことで、コスプレされているお二人(というか人形劇三国志の水魚)からそれを着るよう熱心に勧められる(笑)。押し負けそうになったので、話題を変えようと、そういえば「始皇帝と彩色兵馬俑展」で衣裳を着れて撮影もできる「変身コーナー」があった、という話を振ると、少し離れたところから英傑群像岡本さんが「(広島の巡回のときに)あれ、着ましたよ」と応答がある。その食い付き具合が妙におかしかったので思わず笑ってしまった。
 その展覧会の「変身コーナー」には子ども用の鎧があったんで、話題がそれに変わる。一条さんが「子ども用の衣裳を作るのがサイズをどれに合わせれば良いのかわからない」ってことをおっしゃると仮装士 義さんが「大きめにつくってギャザーを入れてフリーサイズにすれば」とおっしゃり結構、具体的かつ本気で話されていた(笑)。その後は「大三国志展」の話題へ。
 折角だから、仮装士 義さんの勇姿を取ろうとデジカメを特別企画展示場に取りに行き、戻ってきたら、Kビジョンの取材を受けていた。そこで撮った写真が右上の写真。

 仮装士 義さんから「(三国志ジャンルの)2000年代ブームは結構、三国志の細分化が進んでいるから…これがバラバラになっちゃわないと良いんですけどね」という話を振られ、そこから三国志ジャンル論に移行する。仮装士 義さん曰く、三国志ジャンルの90年代ブームはそういった形で細分化し離散化し終わった、とのこと。
 ここで90年代ブームを知らない清岡は興味深かったのであれこれ尋ねてみる。そうすると答えて曰く、地方のフリークが各々好きなものに別れていってどんどん小さくなっていって消えていった、とのこと。当時、ネットも普及していなかったので横の連携が取りにくい状況だったんだろう。

※参照記事 公式サイト

 話によると、ちょうど1996,7年ぐらいからブームの衰退が始まったらしい。だけど、『蒼天航路』が残ったので、それが新しい「幹」になったとのこと。傍証として『真・三國無双』シリーズも『三国志大戦』シリーズも人物設定や造形が『蒼天航路』っぽいところがあるらしい。
 この「幹」の存在は大事で、それを考えると「幹」がなくより細分化している2000年代ブームは危ういなぁ、と二人して話していた。あだ花はいっぱい咲くけど、どうかなぁ?、と。
(ここで清岡は東浩紀/著『動物化するポストモダン』の「データベース型消費」を連想していた。「幹」=「大きな物語」ってあたり)
 あと清岡からは90年代ブームで知っていることと言えば、同人界で横光の赤備え曹操が流行っていたということぐらい、と言っていた。
 とりあえず三国志ブームは十年周期らしい。80年代ブームもあったとかで(『人形劇三国志』とか?)

 あと仮装士 義さんの印象では今の三国志作品は「三国志、みんな知っているでしょ?」といった前提で特に説明がされないのが特徴だとのこと。『鋼鉄三国志』も『三国伝』も。例えば西遊記作品もそういった前提を話さないのが多いから、それぐらい三国志関連もメジャーになったのでは?とおっしゃっていた。
 『レッドクリフ』でまた別のファン層が入ってくるのでは?と清岡が話を振ったら、ジョン・ウー監督だから弩を二丁持った周瑜が跳んできてバックに鳩がばっと飛び無駄に雨が降るというネタが飛び出ていた。そのネタっていろんなところで聞くんでジョン・ウー監督の共通認識はそうなんだ、とそういう意味でも清岡は笑っていた。

 ここで一条さんも話に交える。『覇-LORD-』が「幹」に成りうるんじゃないか、と清岡が話を振ると、仮装士 義さんはあれも三国志を知っている前提なのでは?とコメント。
 『覇-LORD-』は様々な意外な設定を出しているのに関わらずメインの流れは『三国演義』に忠実だと清岡は話を振る。仮装士 義さん曰く、三国志作品の難しいところは終わりは決まって居るんでどこに着地点を持っていくか、とのこと。つまり、風呂敷を広げるのは簡単だけど、如何に畳むかが困難なんだと。
 ここでいろんな作品の収拾のつけ方の話に移る。一条さん曰く、簡単なのは董卓討伐のところで終わるのことだ、と。それで清岡は2005年の三国志漫画ブームを思い出し、例として口に出し、連載終了になったものは確かにそのへんで終わっていると言う。一条さん曰く、ただしそこで終わると諸葛亮が出てこないというデメリットがある、と。仮装士 義さん曰く、そこでどうやって諸葛亮を登場させるようねじ込むか各作品で苦心の跡が見える、と。
 それで「(諸葛亮を)ねじ込まないで終わった『覇王の剣』はすごく好きなんですよ」と仮装士 義さんがおっしゃり場をわかせる。「(『週刊少年チャンピオン』で連載していた)『さんごくし』はナレーションで(諸葛亮字)孔明を持ってきている」と一条さんがおっしゃりそれにもウケた。
 ここで物語上で、如何に諸葛亮と劉備を描くかの話に移っていく。実は再評価が遅れているのは、劉備じゃないか、と出ていた。


※追記 リンク:ファンクラブ


 11時近くになっていたのでノッチさんからアナウンスが入り、一同、三国志ジェンガ大会の会場となるバルコニーへと移動する


<次記事>第8回三顧会午前2
http://cte.main.jp/newsch/article.php/859

※新規関連記事 三国志ニュース定期便 山口県に昔あった三国志城での或日の思い出話(YouTube2024年12月7日19時)

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