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天地を喰らう(1983年6月7日-1984年8月21日)


  • 2014年4月15日(火) 23:37 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    1,067
マンガ ※前の三国関連の記事 三国志(1952)、三国志物語(1959)、伊藤幾久造/絵

 2014年3月23日日曜日。3時半に目覚め、上記記事で触れた食材を使って酢豚をつくったものの(好き嫌いが分かれそうだけど私は酢豚に缶詰のパイナップルを入れるの推進派なので、一缶まるまるいれたった!)、6時半でようやく食べ終え、すぐに烏丸三条のスターバックスへ向かう。

・京都三条烏丸ビル店 | スターバックス コーヒー ジャパン
http://www.starbucks.co.jp/store/search/detail.php?id=116

 開店の7時前に到着し、しばし待つ。開店すると、ドリップコーヒーのトールサイズとその場のノリで150円のハチミツワッフルを注文する。うっかりしてマグカップにするのを忘れていた。ハチミツワッフルはその包装に書いてあるように、コーヒーの上に乗せておくと、熱で融けて良い感じで美味しくなった。
 日本マンガ学会第14回大会の要旨提出(兼研究報告申込)〆切が4月1日なので、その原稿を書こうとしていたが、身が入らずツイッターで戯れる(※要旨に対して査読があって、この時点では研究報告できるかどうかわからないが、できないことになっていたら、ここには書いてないのだろうね)。

・日本マンガ学会 第14回大会開催のお知らせ - 日本マンガ学会
http://www.jsscc.net/convention/14

 9時15分ぐらいからようやくエンジンがかかるが、10時には予定の京都国際マンガミュージアム研究閲覧室に向かう。

・研究閲覧室 | 京都国際マンガミュージアム
http://www.kyotomm.jp/collection/

※関連記事 漫狂 2号「特集・横山光輝」(1979年11月25日)

 事前にメールで予約した資料をあれこれ用意して下さっていた。今回のメインは本宮ひろ志『天地を喰らう』(マンガ)の『週刊少年ジャンプ』(集英社)掲載時の状況を調べることだ。そのためUSHISUKEさんから借りた『天地を喰らう』(ジャンプ・コミックス デラックス)を持ってきていた。
 予約したのは『週刊少年ジャンプ』1984年23号から38号までの当たりで、下記関連記事でこの作品の文庫を見て、メモをとった。

※関連記事 第37回 秋の古本まつり(京都古書研究会2013年10月31日-11月4日)

 ところがいざ1984年23号あたりが手元にきたら、第一回目が見当たらない。元からの情報が誤っていたのか、単にメモを誤ったのか判らないが(これも機会があれば確認したいね)、ともかくその場にある資料についてメモをとっていた。
 それを終えると、それ以前の『週刊少年ジャンプ』について閲覧の再依頼をする。1984年26号が連載50回記念で雑誌の表紙になっており、雑誌巻末の作者のコメントで一周年としていて、それを頼りにどこまで持ってきてもらうか決めていた。
 持ってきて下さった頃にはお昼時で、第一回があるかどうか確認してから、ノートPCだけを持ち出して朝に行ったのと同じスターバックスに行き昼食をとる。One More Coffee(つまりおかわり)のコロンビアブレンドのトールサイズ100円にフィローネ 春野菜&ポーク(レモンバターソース)だ。今回はきっちりマグカップで注文。それにしてもレモンバターソースの酸味が合っていて美味しい。

 30分ぐらいで帰ってきて、再び『天地を喰らう』の雑誌掲載時の調査をする。本宮ひろ志『天地を喰らう』(マンガ)は『週刊少年ジャンプ』1983年27号6月20日号(6月7日発売)から1984年38号9月3日号(8月21日発売)まで全62回連載されていた。
 1983年27号は雑誌の表紙にその作品の絵が採用され、「創刊15周年/記念新連載!!」の文字があり、つまり雑誌としても重要な連載作品であることが告げられている。その号の回は全ページカラーとなっており、「三週連続巻頭カラー」なのが売りのようだ。ちなみに190円。その次の28号が二色刷りが入り、170円。29号が本誌6ページまでカラーで、麗の体は緑色だった。34号の8回目が「序章完」の扱いとなる。
 ジャンプ・コミックス デラックス版と雑誌掲載時との回を分け方がことなるのだけど、37号の11回目までが同じで、38号の12回目からズレ始めるようだ。
 40号(9月6日発売)の14回目の雑誌巻末(p.350)の作者コメントに「◆中国へ取材に行こうと資料を読んだり人にあったり大変<ひろ志>」とあり貴重な記録だね。余談が過ぎるが、この号の雑誌巻頭のカラー特集はコミックマーケット(いわゆる夏コミ)特集で、『うる星やつら』(※ライバル誌の『週刊少年サンデー』連載)の主要登場人物であるラムのコスプレをした女子たちの集合写真が載っていて、歴史的にとても興味深いシチュエーションになっている。それにしてもこれぐらいの露出って今でもできるんだっけ?

・コミケ/ コミックマーケット/ 同人用語の基礎知識
http://www.paradisearmy.com/doujin/pasok6_comicmarket.htm

・コスプレの注意事項
http://www.comiket.co.jp/info-p/C85/C85cosplay.html
※これを読むと水着のコスプレができる前提で書かれているね。

 20号(10月18日発売)の46回の本編が終わった次のページのp.102に総集編の広告がある。10月26日発売で250円とのこと。さらに1984年1・2号(1983年12月6日発売)のp.47の扉絵に総集編2が12月23日に発売する告知がある。総集編が出るほどの人気ぶりなのか、それとも長編は初めから読まないと受け入れられにくいためのてこ入れなのか判断が付きかねる。
 16号(3月20日発売)の40回の雑誌巻末の作者コメントに「◆取材資料読み、いくら時間があっても、足りない毎日!<ひろ志>」とあり、参照する資料について苦労されている様が伺える。
 38号の62回(最終回)の最終見開きページ(pp.324-325)は映画っぽく上下が黒塗りで、その下の黒地に白抜き文字で「「天地を喰らう」第一部完」とあり、一応、『週刊少年ジャンプ』にありがちな「第一部完」だ。ここらへんシチュエーションが全然、違うが、何か横山光輝『三国志』との共通点を感じてしまった。

※関連記事 少年ワールド 1979年12月号(最終号1979年11月6日発売)

 そして雑誌巻末の作者コメントには「☆御愛読ありがとう!/また、誌上で会いましょう。/--ひろ志--」とある。
 『週刊少年ジャンプ』を調べている合間で、単行本の方もチェックしていた。第一巻は1984年1月15日発行で、当時のジャンプコミックスのフォーマットとして巻末見開き2ページに読者のコーナーがありの、そこにNHKの『人形劇三国志』について言及される。そこらへんの時代感覚が大事だね(自分向けの言葉)。

※関連記事 少年ワールド、コミックトム

 あと本宮ひろ志先生のその前作は『やぶれかぶれ』だそうな。1985年6月15日発行の最終巻の『天地を喰らう』7巻 洛陽炎上の巻のpp.194-195の見開きページは前巻までの読者のコーナーではなく、漫画家 本宮ひろ志「踏み台として次への飛躍をめざす」と銘打たれた文で下記に引用すると、

p.194
━引用開始━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 この『天地を喰らう』は、少年ジャンプにおける人気は、すこぶる悪かった。毎回、最下位といってもいい。七、八年前にやっぱり『万年雪のみえる家』という作品をかいたことがあったけれど、これもまるで人気が出なかった。しかし、今までざっと四万ページに近いマンガをかいてきたけれど、どうも人気のなかった作品の方が愛着がある。
━引用終了━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

とあるが、総集編もあるし、雑誌での掲載順が人気順と相関関係にあると聞くが(未確認)最終回以外二桁順位になったことがないので、にわかに信じがたい。それに1986年には同じ中国歴史ものである漢楚戦を描いた『赤龍王』の連載が始まるので、人気がある程度ないと、いくら『週刊少年ジャンプ』創生期から『男一匹ガキ大将』で雑誌の売り上げにに貢献してきた看板作家でも同じ路線での連載はできないと思うし。
 さらに下記に引用する。

p.195
(前の段の『男一匹ガキ大将』についての件を承けて)
━引用開始━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 しかし、さすがにハッタリと空想力だけでは、いかんともしがたい。そこで古典に挑戦してみようと考えて、とりかかった作品が、この『天地を喰らう』である。残念ながら人気が出なかった。でも愛着のある作品のひとつとして、また次なる方向への踏み台として大事にしたいと思っている。
━引用終了━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 これだけ見るとこの路線は続きそうにないのだけど、結構、時代もの歴史ものがここから始まるのだけどね。

 ちなみに本宮先生や当時の『週刊少年ジャンプ』については西村繁男『さらば わが青春の『少年ジャンプ』』(飛鳥新書1994年5月30日発行)に詳しい。以下、引用。

p.238
━引用開始━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 本宮はどちらかと言えば、来る者は拒まず去る者は追わずの姿勢で、漫画家として独立できる人間に対しては、自分の仕事の都合は考えず積極的に応援した。むしろ適性を見抜くと、その人間が採用されやすい編集部に売りこみすらしていた。
 当時の『少年ジャンプ』の目次を見ると、わたしもずいぶん彼の恩恵を受けていたことがわかる。
 すでに連載をしている『悪たれ巨人』の高橋よしひろ、『ホールインワン』の金井たつお、五十四年十七号から連載になる『私立極道高校』の宮下あきら、それに大将の本宮と四人が目次に占めていた。さらに本宮に私淑する車田正美、本宮をお兄ちゃんと呼び、自らの漫画にも本宮漫画の影響が色濃い中島徳博、本宮の居候から原作の道に進んだ武論尊を加えると、ジョージ秋山の謂ではないが、本宮マガジンと陰口を叩かれても文句の言えない状況ではあった。
━引用終了━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

p.247
━引用開始━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 昭和五十六年はちょうどゼロサム社会と言われていた。
 少年週刊誌の読者層は、どの位の人数になるのだろうか。ジャンプ、マガジン、サンデー、キング、チャンピオンの五誌合わせた実売数が七百万部前後だった。その内野三百万部をジャンプが占めているのだから、占有率で見れば四二パーセン強で文句のない数字だった。この三年でジャンプが増えた分チャンピオンが急激に部数を落としていた。キングは四十万部前後でほとんど大勢に影響はなかった。マガジンが落ちた分がサンデーに乗ってもいたが、サンデーの伸びはそれ以上の数字になっていた。その分がジャンプに食いこんでいるのは否めなかった。
━引用終了━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

p.254
引用冒頭の「これ」=『北斗の拳のアニメ化)
━引用開始━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 これを機に『少年ジャンプ』の自己記録更新は止まるところを知らず、五十九年年末最終号で四百三万部を記録、翌六十年年末で四百三十五万五千部、わたしの編集長時代はここまでで、四代目後藤広喜にバトンタッチすることになる。
━引用終了━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 それと、発表時期が近い、久保田千太郎/原作、園田光慶/マンガの『中国歴史コミック1 コミック三国志(1) 劉備乱世に起つ』(定価500円、講談社1983年7月10日発行 恐らく7月6日発売)についても見てみる。帯にNHKの『人形劇三国志』のことが書かれてあってそこだけ見ると便乗商品ぽく感じてしまう。7月6日に1,2巻発売(推測)で、8月6日に3,4巻、9月6日に5巻といったペース。吉川英治『三国志』(小説)の先祖伝来の剣の件が普通に出てくる。そして日本の作品としては珍しく桃園結義にちゃんと祭壇が描かれてある。この時点では全10巻とされたが、結局、全15巻で劉備が最後に夷陵に出軍して終わり。最後のコマは1ページで船団を俯瞰した絵だ。15巻は1984年12月17日発行、12月6日発売。これに先んじて同じ内容で1979年から1980年まで4巻分、学習研究社から発売されているが、どういった初出なのか調べ切れてないどころか手掛かりすらも掴めてない状況だ。

※追記 久保田千太郎/作・園田光慶/画 三国志(1979年6月-1984年12月)

 そうやって調査を終えて、気付いたら16時だった。それ以上、あまり何もできず、17時過ぎの市バスで帰る。

※次の三国関連の記事 三國志物語(1940)、少年三国志(1955)、羽石光志/絵

※追記 日中における中国四大名著のマンガ比較研究(同志社大学2013年3月21日)

※追記。2014年6月8日に京都国際マンガミュージアムに行く。メインの目的は『天地を喰らう』と横山光輝『三国志』の連載時の重なるところでのページ数とコマ数のカウントなんだけど、もう一つある。Wikipediaでの情報の裏をとるために、『コミック・ゴン』第1号(ミリオンムック25、ミリオン出版1997年11月5日発行)を見るためだ。そのpp.67-91「少年じゃんぷ」に各年の人気投票結果表があって、pp.70-71が1983、84年に当たる。しかし1983年のところ、連載開始号から推測しおそらく「天地を喰らう」と「あした天兵」の覧が入れ替わっていて、あと1号分データ欠損があった。16,17作品中、最終回は15位だったもののそれ以外は6位を下ることがなく、作者が『天地を喰らう』7巻の巻末で言うのとは真逆で高い人気を誇っていたことがわかる。ちなみにp.84によると1984年に発行部数318万部に到達、『赤龍王』は10位を下回りつつ終わる。

※追記 お便り紹介コーナー 三国志のページ(1980年4月-1995年3月)

※追記 メモ:国会図書館から米沢嘉博記念図書館へ(2016年1月9日)

※新規関連記事 まぼろしの女王 卑弥呼(小学六年生4月号1986年3月5日)

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