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『DRAGON SISTER!-三國志 百花繚乱-』情報


  • 2007年9月17日(月) 00:33 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    1,837
マンガ 「関羽が張飛が女の子!?三國志のネオスタンダード!」なマンガであるnini/著『DRAGON SISTER!-三國志 百花繚乱-』は漫画雑誌の『コミックブレイドMASAMUNE』に連載していた。

・MASAMUNE WEB(コミックブレイドMASAMUNE)
http://www.mag-garden.co.jp/comic-blade/masamune/top2.htm

<参照>nini先生のサイト「DELTA_online」
http://cte.main.jp/newsch/article.php/350

ところが『コミックブレイドMASAMUNE』は2007年初夏号(2007年6月15日発行)で廃刊になったんで、どうなるかと思ったら、どうやら『コミックブレイド』2007年10月号(2007年8月30日発行)に移籍新連載したようだ。

・DELTA_online
http://nini.sakura.ne.jp/

・コミックブレイドオンライン
http://www.mag-garden.co.jp/comic-blade/top.html

さらに『DRAGON SISTER!-三國志 百花繚乱-』の単行本4巻が2007年9月10日発売したとのこと。590円

※関連記事
 DRAGON SISTER!-三國志 百花繚乱- 5(2008年5月10日)

『ブレイド三国志』4巻(2007年11月22日)


  • 2007年9月16日(日) 00:02 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    1,798
マンガ

漫画雑誌の『月刊少年ガンガン』で連載中の真壁太陽/原案・構成、壱河柳乃助/作画の『ブレイド三国志』。

・ガンガンNET
http://gangan.square-enix.co.jp/

『月刊少年ガンガン』のサイトでは毎回、各作品の扉絵を見ることができるんだけど、9月12日発売の10月号の『ブレイド三国志』のところには「最新単行本4、11月22日出陣!!!」とのこと。

<関連記事>
・『ブレイド三国志』2ndステージ(7月12日)
http://cte.main.jp/newsch/article.php/624
・2007年4月22日『ブレイド三国志』3巻発刊
http://cte.main.jp/newsch/article.php/619
<次巻>『ブレイド三国志』5巻(2008年4月22日)
http://cte.main.jp/newsch/article.php/840
 

第2回三国志学会大会懇親会


  • 2007年9月15日(土) 14:21 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    1,967
研究 <目次>第2回三国志学会大会ノート(2007年7月29日)
http://cte.main.jp/newsch/article.php/679
<前回>第2回三国志学会大会ノート6
http://cte.main.jp/newsch/article.php/690

 17時35分、第2回三国志学会大会終了。

 その後、清岡はピーターラビットの手提げカバンを貰い、早速、ノートPCを入れてみる。そうするとちょうど(というかギリギリ)入ったのでこれから活用するという予感を持った。
 懇親会は18時開始とのことでまだ20分程度余裕があったため、知り合い皆で一階下の書店へ立ち寄る。

 その後、懇親会行く組と行かない組に分かれたので、組同士互いに別れの挨拶をし、地下の懇親会会場へと向かう。
 知り合いで懇親会に行く組は清岡、KJさん、USHISUKEさん、すでに会場に来ていた、しずかさん。今回は前回の懇親会に比べ知り合いが少ない。

<参照>三国志学会第一回大会懇親会
http://cte.main.jp/newsch/article.php/409

 前回、初めのうちは知り合い同士で固まって話をして、場に慣れてきたら、徐々に交流を広げていたが、今回は人数的にそのパターンができそうにないんで、清岡はKJさんの後に着いていく宣言をしていた(笑)
 そうすると何故か清岡、KJさん、USHISUKEさんで作戦会議みたいな感じになる(なぜ?・笑)
 あと去年の小学生は今年は来てないのかな、なんて話していた(後で聞いた話だと今年も来ていたとの話。その持続力は素晴らしい)
 それから三国志学会のサイトで前回の大会の様子が写真で出ていたとか話していた。

・三国志学会
http://www.daito.ac.jp/sangoku/
※今、見に行ったら、第2回三国志学会大会の写真もアップされている。初めの発表の会場の写真で150名ぎっしり人が詰まっている様子がわかる。

 18時になると、石井先生から食事の場所へ入るように呼び掛け。あと乾杯のための飲み物の準備に対しても。

 前回の懇親会と同じくバイキング形式+立食パーティー形式。
 清岡たちが着いたテーブルには知り合い以外には、中林先生や福原先生がいらっしゃった。

○懇親会(午後6時~)

 そして懇親会は、狩野直禎先生からの乾杯のご挨拶から始まる。
 一同「乾杯!」、そして満場拍手。

 早速、清岡は料理を取りに向かっていた。
 テーブルに戻るとKJさん、福原先生、しずかさん、USHISUKEさんが話していて、それに耳を傾けていた。KJさんからの地理の話から、福原先生が実際に南陽→新野→襄陽をバスに乗っていったとき、ちょうど新野が中間地点にあったとか、実際に言ってみると土地の実感がわくという話になっていた。さらにしずかさんの大河の意味合い的な話、区切るものか人の流れを促すものかとか。それからKJさんからNPO三国志フォーラムの紹介。
 福原先生から『西晋の武帝 司馬炎』(中国歴史人物選3、白帝社)の執筆話。冗談っぽく「書かされた」って表現をされたんで思わず「書かされたんですか?」とツッコミを入れてしまった。どうも司馬炎の伝記を頼まれたそうなんだけど、それだけでは一冊は書けないと思われたらしく(関西弁で「書けるんかな、と思って…」)、結局、司馬懿から書いて、「ポスト三国志」の流れになった。それから(今の)中国のお酒の話からUSHISUKEさんが中国に旅行した話。

※追記 メモ:『西晉の武帝 司馬炎』

 その後はしばし清岡、KJさん、USHISUKEさんでローカルトーク。ウェブと出版とのコラボレーションで成功している事例があるのかな、って話などをしていた。

 ここで石井先生からアナウンス。折角、韓国から来て下さったということで李先生からのお話を伺う場となる。
 李先生が韓国語がおっしゃって、金先生がそれを日本語に訳すって流れ。

 ローカルトークをしていたら、しずかさんがKJさんに客人を連れてくる。どうも「三国検索」を結構、活用している方で、KJさんのことをネットで一方的に知っている方らしい。

 その後、中林先生からお酒で倒れた時の武勇伝(?)を伺う。面白すぎ。

 『三国志研究入門』を出版している日外アソシエーツ株式会社の小森さんと名刺交換。

 その後、会場行脚から戻ってきた、しずかさんを捕まえ、その報告を伺う。

 USHISUKEさんは昨年と同様、澤先生とマンツーマン状態で話し込んで居るんで、清岡はKJさんとローカルトーク続行。
 そうすると、その二人の元へ石井先生が見知らぬ二人を連れて来る。どうやらサイト「徳本商会」の徳本さんとその知り合いの簡俊さんとのこと。しばしサイト管理の話やネット動向の話、ファン層の興味の移り変わりの話で盛り上がる。サイト管理の話ではサイトの寿命の話をしていたっけ。以前の話題を提供した。
 その流れでKJさんから清岡の紹介があって、「長沙走馬楼呉簡 丘について」の課題ネタを振られた。いやさすがに初対面の人にこのネタは引かれるだろうと思いつつ言ってみるとやっぱり引かれ気味だった(笑)。

 ここで会長の狩野先生がお帰りというアナウンスがあったので拍手。

 サイト管理の話を再開する。簡俊さんから最近の三国志ファン層の興味深い話を伺う。やっぱり三国志大戦がメジャーだよな。
 とりあえずKJさんが「NPO三国志フォーラム」はまだNPO法人化されていないんで、「NPO法人三国志フォーラム」ではないので間違わないように、と徳本さんに主張していたところにはなんか妙に笑ってしまった。その流れで「三国志連環」の話。やはりデッドリンクが多いと感じられていると徳本さん。そうだよな、あれはなかなか。
 話の流れで簡俊さんとUSHISUKEさんを引き合わせる。そうすると、マンツーマン状態でその後も話していた。

※追記 ノート6:三国志学会 第五回大会

 その後、分かれ、再び会場行脚から戻ってきた、しずかさんを捕まえ、その報告を伺っていた。清岡とKJさんからはネットの知り合いに会った話をする。

 てな感じで時計は20時近く。ここで石井先生のアナウンスがあって、最後は福原啓郎先生から締めの挨拶。
 最後は第三回に向けてということで一同乾杯と満場拍手で終える。


 この後、前回と同じくスタッフの案内で分かれてそれぞれの駅やバス停へ向かう。
 清岡はどこから帰ればホテルに近いんだろうと迷っていたら、会場にほとんど人が居なくなっていて、これはどうやら帰るタイミングを逸したんだと思っていたら、何か先生方や学生方で懇親会の二次会が近くのファミレス(昨日のジョナサンの隣)で行われるとかになっていたんで、それに参加することに。一般人は清岡だけだったんで、「誰だ、おまえ?」状態だったんだろな。

 二次会20時終了。
 結局、ファミレスから10分程度徒歩で西台まで行き、そこから都営三田線で巣鴨まで乗り、山手線に乗換え、ホテルの最寄り駅の大塚駅で降りた。


・第3回 三国志学会大会は2008年9月14日日曜日開催
http://cte.main.jp/newsch/article.php/658

※追記 三国志学会 第四回大会ノート(2009年9月5日)

第2回三国志学会大会ノート6


  • 2007年9月14日(金) 12:25 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    1,985
研究 <目次>第2回三国志学会大会ノート(2007年7月29日)
http://cte.main.jp/newsch/article.php/679
<前回>第2回三国志学会大会ノート5
http://cte.main.jp/newsch/article.php/688

(※清岡注、最後の発表とあって疲れて清岡の気力が殆どなくなっており、またレジュメ等で後日補間できなかったため、以下、かなり端折ったレポート内容となっている)

 16時15分に紹介開始。
 二松学舎大学の竹下先生から林田先生のご紹介がある。略歴や著作等。三国時代の文学がご専門だそうな。

○「私の中の三国志」林田 愼之助(神戸女子大学名誉教授)

 16時20分に開始。
 最近、講談社から『史記・貨殖列伝を読み解く』という本を出した。そこで金文京先生の『三国志の世界』の本を頂いた。その本で林田先生が疑問に思ったところがある。卑弥呼が景初二年に使者を魏の明帝に送ったくだりで、「景初二年」と陳寿が『三国志』魏書東夷伝ではっきり書いており、(その使者が)帶方郡に着いたのは景初二年六月であると書いている。明帝は景初三年正月に亡くなるわけだから、景初二年十二月にすでに重体である(※「十二月乙丑、帝寢疾不豫。」『三国志』魏書明帝紀)。
 そこでなぜ(卑弥呼の使者が来たのは)景初三年になるのか。京都学派では景初三年になっていたり、今の教科書では景初三年になっているものもある。景初三年の理由がいろいろあるが、一つは明帝が亡くなった、一つは景初二年の六月から遼東半島で司馬懿と公孫淵が戦を初め八月には鎮圧した、というのがある。卑弥呼の使者は景初二年六月に帶方郡につき三ヶ月足止めを喰らっていた。そして戦が鎮まった景初二年八月に少し時間をおいて出発したとしても、遼東半島とそして洛陽まで大体、三ヶ月強ぐらいだ。なぜならば、(『三国志』魏書明帝紀の注に引く『干竇晉紀』で)明帝の問いにはっきりと司馬懿が百日と答えている(「往百日、攻百日;還百日、以六十日為休息、如此、一年足矣。」)。

 曹操と荀[或〃]の話、文学の話など(※清岡注、この辺りの下りがほとんど清岡の頭に入らず)。

 漢代の辞賦作品。詩経などだいたい儒教の教理に適っている。また教理に沿いながら詩経などを解釈する。しかし曹丕は違う。「文以氣為主」(「典論論文」)としている。文には個性がある。それまで、政治的なものが入ってきて文学が形成された。例えばヨーロッパでは19世紀の末、ある人物(※清岡注、名前失念)が初めてヨーロッパ文学は(カソリックの教理から)自立したといった。(三世紀の中国の文学で自立性が確立して)それがあったからこそより内在的になった(※清岡注、この後の下りがほとんど清岡の頭に入らず)
 集英社の企画で、「中国の英傑」という伝記のシリーズがあって、林田先生は曹操の伝記を書きたかったとのこと。編集サイドとしては諸葛亮を書いて欲しかったとのこと。諸葛亮を精神的思想的な啓蒙型に位置づけた書き方をしようとおもったとのこと(※→中国の英傑(5)『諸葛孔明 泣いて馬謖を斬る』)。(司馬徳操など荊州での話)
 三国時代というのは三国が争ったが、国境を越えて文学というのがある。
※ここでA4一枚のレジュメにある話にうつる。レジュメには四つの引用があって、まず初めの二つについて。下記。

(1)胡沖呉歴曰、帝以素書所著典論及詩賦餉孫權、又以紙寫一通與張昭。
                       (『三國志』卷二 文帝紀 注引『呉歴』)

(2)呉歴曰、權以使聘魏、具上破備獲印綬及首級、所得土地、並表將吏功勤宜加爵賞之意。文帝報使、致[鼠軍]子裘、明光鎧・[馬非]馬、又以素書所作典論及詩賦與權。
                     (『三國志』卷四十七 呉主傳 注引『呉歴』)

 素書の素は絹の意味。絹に典論や詩賦を書いて孫権に贈った。やはり孫権に知ってもらいためにわざわざこういうものを贈ったんだろう。(「以紙寫一通與張昭」に触れて孫権だけじゃなく張昭にも贈った、とし、張昭の話、陸機の話。血縁関係から陸機は張昭の書を見たんじゃないかとし、張昭が陸機に与えた文学的影響の話)

※レジュメの三番目についての解説に移る。

(3)呉書曰、紘見[木冉]榴枕、愛其文、為作賦。陳琳在北見之、以示人曰、此吾郷里張子綱所作也。後紘見陳琳作武庫賦・應機論、與琳書深歎美之。琳答曰、自僕在河北、與天下隔、此間率少於文章、易為雄伯、故使僕受此過差之譚、非其實也。今景興在此、足下與子布在彼、所謂小巫見大巫、神氣盡矣。紘既好文學、又善楷篆、與孔融書、自書。融遺紘書曰、前勞手筆、多篆書。毎舉篇見字、欣然獨笑、如復睹其人也。
                     (『三國志』卷五十三 張紘傳 注引『呉書』)

 それぞれ観賞したり、自分の書いたものを贈りつけたり褒められたりして、また喜ぶ、またそれが国境を越えていたというのは面白い。

※レジュメの四番目についての解説に移る。

(4)翻與少府孔融書、并示以所著易注。融答書曰、聞延陵之理樂、睹吾子之治易、乃知東南之美者、非徒會稽之竹箭也。又觀象雲物、察應寒温、原其禍福、與神合契、可謂探[頤の頁が責]窮通者也。會稽東部都尉張紘又與融書曰、虞仲翔前頗為論者所侵、美寶為質、彫摩益光、不足以損。
                           (『三國志』卷五十七 虞翻傳)

 17時27分終了

 質問と回答(例の如く頭に入らなかったので略)

 17時29分終了

 事務局長から来年の開催日についてアナウンス。来年の三国志学会大会は9月14日。

<参照>第3回 三国志学会大会は2008年9月14日日曜日開催
http://cte.main.jp/newsch/article.php/658

※追記 三国志と乱世の詩人(2009年9月29日)

※追記 より深く理解するための「三国志」講座(2010年10月15日-12月24日)

※追記 図説 三国志の世界(2011年5月23日)

※追記 三国志学会 第七回大会(2012年9月8日土曜日)

 あと帰路についてのアナウンス。スクールバスは終わっているが普通のバスはあるとのこと。三点目として懇親会のこと。会場は前もったお知らせにあるグリーンスポットであったが、急遽変更し一号館の地下の食堂になったとのこと。四点目は二階で出店しているまだ書店が営業しているとのこと。

 17時35分、第2回三国志学会大会終了。

<次回>第2回三国志学会大会懇親会
http://cte.main.jp/newsch/article.php/691

『邪馬台三国志』


  • 2007年9月13日(木) 18:03 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    1,078
書籍 ネットでたまたま見かけたのでメモ。
邪馬壹國(邪馬台国)といえば、『三国志』の魏書東夷伝に載っており『三国志』とは切っても切れない関係なんだけど、その邪馬台国関連の書籍が1990年に新人物往来社から出版されているとのこと。それが高田康利/著『ヤマト・出雲・邪馬台国の三国史』。続けて1994年に『新ヤマト・出雲・邪馬台の三国志』が出版されている。
それ関連の『邪馬台三国志』が下記サイトで公開されている。

・『邪馬台三国志』
http://www2h.biglobe.ne.jp/~aoitaka/

※追記 新人物往来社サイトリニューアル(2009年12月24日)

※追記 第30回 春の古書大即売会(京都古書研究会2012年5月1日-5日)