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結果
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清岡的見解:ねこまんまさんについて http://tinyurl.com/nekonomanma3
よくわかるねこまんまさんの問題行動 pdf
gif

人形劇 三国志 三顧礼での諸葛亮の寝台デザイン(1983年3月19日)


テレビ  以下、いつものように日記的にダラダラと書いていく。

 2016年11月4日金曜日4時半に起きる。鼻水が止まらず、どうやら風邪の引き始め。そのため昼食後、風邪薬を飲む。
 家に帰って風呂に入り、夕食代わりにチョコチップクッキーを食べ、風邪薬を飲む。
 19時48分に自宅を発つ。まだ寒くないので、黒いヒートテックの上に2015/16シーズンのACミランのレプリカシャツ(70カルロス・バッカ)を着ていく。
 市バスで移動。京都駅の一つ前のバス停の下京区総合庁舎前で降りる。向かいからミランの胸スポンサーがbwin時代のスウェットを着る外国人が来たけど、こちらのユニフォームには無反応だった。Fly Emiratesを知らないんだろうか。
 風邪の引き始めなのに、箱ティッシュを忘れたので、ダイコクドラッグで204円で購入。レシートを見ると8時27分だったので地下をダッシュ。
 そうすると、線路内立ち入りの影響で5分遅れだった。20時31分+5分京都駅発の琵琶湖線新快速(長浜行)に乗り込む。さすがに平日のこの時間では座れないが、次の駅の山科駅で座れる。左通路側。三国志ニュースの記事「メモ:三国志II 天翔ける英雄たち(日本テレビ、アニメ1986年8月22日)」を書く。
 近江八幡駅あたりでチョコチップクッキーをばりぼり食べ、荷物を一つなくす。いつものヤンマー中央研究所では9℃。
 21時27分+5分米原駅到着。7→8番対面乗換え。この駅から乗る人たちは何かが足りなくて残念だ。というのも転換式クロスシートでほとんど逆方向を向いている。順方向の通路側に座る。
 時刻表だと乗換え時間が2分だったが、5分以上遅れているので、それにあわせて接続した関係で、次に乗る列車の東海道本線(東海)(大垣行)は21時29分+4分発。22時2分+α大垣駅到着。5番→1番の乗換え。22時9分発の東海道本線(東海)快速(豊橋行) 薬をのんで尾張一宮駅までがっつり眠ってた。23時34分豊橋駅着。
 マンガ喫茶へ。やっぱりネットにつながっているとあれこれ発信してしまうね、「豊橋なう ヘク(゚_゚)ヘク」とか。マンガ喫茶備え付けのティッシュがありがたい。25時就寝。
 すっかり定着した目覚ましアプリケーション(イヤホン着用)で5時40分タイマーだったが、4時に目が覚める、3時間睡眠。2016年11月5日土曜日。
 しかし、黒のヒートテックに2015/16シーズンの70カルロス・バッカのユニフォームにミランマフラー。なので上半身は赤い感じ。人形劇三国志の曹操に合わせてきたわけではないがネタとして使える。
 コンビニでローストチキンのパスタサラダ298円を買う。朝食に。ビルの電工表示によると気温11℃。6時豊橋駅発の飯田線(天竜峡行)に乗り込む。固定式クロスシートなんで、ロングシート部分に座りパーソナルスペースを確保。三河一宮駅につくころにはパスタサラダを食べ終える。薬を飲む。「というか昼食はそばの予定なんで、よりによってパスタをなぜ食べる、清岡?」という自己ツッコミ。三国志ニュースの記事「メモ:三国志II 天翔ける英雄たち(日本テレビ、アニメ1986年8月22日)」を書きたいけど眠い。
 池場駅に向かう7時18分に検札がいらっしゃった。「どこまでお乗りですか?」と一筆書き切符をしばし理解されず、一瞬、変な間ができた(笑)

※一筆書き乗車券の参照リンク
・メモ:亜種一周片道乗車券
http://cte.main.jp/sunshi/2013/0426.html

 7時42分に「メモ:三国志II 天翔ける英雄たち(日本テレビ、アニメ1986年8月22日)」を書き終える。7時58分城西駅。眠い。ぼーとする。8:11大嵐駅。三国志ニュースの記事「音で演じる 三国志組曲第二番(2016年11月6日)」を書き終える。三国志ニュースの記事「メモ:人形衣裳をつくる―三国志・平家物語―(2016年10月8日)」書きへ。
8時21分から39分まで居眠り。
 9時8分天竜峡駅到着。3番→2番の対面乗換え。しかし次の列車がきていない。8分の乗換え時間。折り返しの列車が来たら、突然の転換式クロスシート。9時16分発飯田線(飯田行)。9時42分、飯田駅に到着。さていよいよだ。

・飯田市川本喜八郎人形美術館
http://www.city.iida.lg.jp/kawamoto/

※関連記事
 後漢末-三顧の礼ー(飯田市川本喜八郎人形美術館2016年6月4日-)
 メモ:飯田市川本喜八郎人形美術館(2016年4月2日訪問)

 それでいきなり説明をはぶいていたが、今回の目的は飯田オフ会への参加、つまりは飯田市川本喜八郎人形美術館に現地集合して、みんなで展示を見るというオフ会。現地近くに住んでいる人はいらっしゃらずみんな遠方からの参加で、事前の情報によると、前日入りされている方を除けば、私が一番早く到着するようだった。展示が三顧礼関連ということで、「三顧茅廬」『三国演義連環画』22(上海人民美術出版社1958年)を持ってきている
 それで上記関連記事の2番目にあるように、一度来たことがあるんで、簡単に美術館へいけるかと思っていたら、少し遠くまで行き過ぎて戻る形で到達した。
 やはり9時半開館だし、美術館の建物の前には閑散としていて、二人組みが向こうからやってくるぐらいで、それも美術館に用事があるのかわからないぐらいだった。
 結果的に遠回りになった上に、開館時刻にはすでに過ぎていたんだけど、折角だから外の看板をじっくり撮影していた…いや安物のデジタルカメラなんでどう撮影してもチープに写るのだけどね。
 そうすると後ろから「もしかして清岡さんですか?」と声がして振り返ると、先ほどの二人組の片方からの。反射的に「はい!」と返事した後、近寄って話してくださったのだけど、どうやら飯田オフ会参加者同士だった。声をかけてくださったのが、佐々木さんで、もう一人のお方が「人形劇 三国志」でも(有名どころで曹操を)操演されていた船塚さん…いや、「オフ会」で会う以上、ハンドルネーム表記の方が良いかもしれないが、清岡とはネットでほとんどからみがないので、こちらの方が馴染みが良いので。

※関連記事 人形に命を吹き込む~人形操演者・船塚洋子さんトークショー(飯田市川本喜八郎人形美術館)

 それと数時間後にようやく気づいたのだけど、元川本プロダクションの佐々木さんとは、「三国志サミット」にて、清岡がブース担当なもんだから、川本プロのブース搬入のお手伝いをした時をはじめ、公式ブースの隣だし何回か話していた、と。

※関連記事 メモ:三国志サミットが始まるまで(2015年11月21日)

 折角だから、先に川本先生の人形の観賞を、楽しんでくださいってことで、美術館に入ることを勧められて、お言葉に甘え、階段を上がり美術館へ。

 『三国演義連環画』22だけを持って荷物を無料ロッカーに置く。この美術館を訪れるのは今回で2回目だけど、今回の展示は初めて見る。特に予備知識を入れておらず、その初めての感動を他の初めての人と共有したい、つまり「一緒に初見」したいもんだから、人形の展示を見るのはオフ会にとっておこうと思い、2階のエントランスから3階に上がり、展示の部屋に入らず、そのままその部屋の出口にある下りの階段前のDVD視聴コーナーへ行く。

※関連記事 メモ:飯田市川本喜八郎人形美術館(2016年4月2日訪問)

 上記関連記事で触れたように、1日に「人形劇 三国志」の1枚のDVDが選ばれ、それが一日中リピート上映される。
 今回はパッケージが奇遇にも曹操。どうやら全集の6巻目で、それにが三顧礼が収録されているはずなんだけど、もうとっくに終わっているらしく、母親死後の単福(つまり徐庶なんだけど作中、一貫してこう呼ばれる)中心の話。
 単福の元を訪ねる曹操。それを作中にて見ている紳々、竜々。単福が曹操に斬りかかる。お傍の許攸に単福が刺されそのまま死亡、という原作を知っている人にとっては驚愕展開。つまり「三国演義連環画」でもそれを元にしマンガとして作画展開した横山「三国志」でも出てくる、徐庶のいたずらで慌てる龐統の場面は「人形劇 三国志」で省略されているってことか。
 あと、よく見たら、玄徳ってちゃんと大耳なんだね。民衆を募る玄徳たち。曹操軍が攻めてくるのはわかるけど、孫権軍が攻めてくることになっている。まぁ、それだけ情報が錯綜していて混乱してるってことか。それで終わって初めてわかったけど、それは「第24回 天下三分の計」だった。つまりそのDVDの最後の回だった(今、調べると第23回が「三顧の礼」だった。下記関連記事に)。
 じゃ第21回にリピートされると思いきや、特典映像の「第2回ことわざ三国志」「三顧の礼」が始まる。今、下記の関連記事を参照にNHKアーカイブの「保存」番組を検索するに、「人形劇 三国志」の放送中の1983年12月27日に放送があったとのこと。この番組は3日連続放送で「連環の計」「三顧の礼」「千載一遇」の全3回とのこと。

※関連記事 メモ:三国志とNHK

 出演者は迫田朋子アナウンサーに立間祥介先生(原作の「三国志演義」の訳者)だ。お二人による案内で、ことわざについての解説の後、それに関係する「人形劇 三国志」での場面が流される。もちろん「三顧の礼」の箇所で一応、『三国演義連環画』を開いて待機していた。
 まさに玄徳が昼寝する諸葛亮の目覚めを待つシーンで、中国人がイメージする三顧礼もこんな感じになるね、と思っていたけど、横たわる諸葛亮の寝台に何か見覚えがあって、すぐに視線を下げるとその答えがあった。つまり「三顧茅廬」『三国演義連環画』22(上海人民美術出版社1958年)の53ページなどに描かれる別作品同場面での寝台とまったく同じデザインってことだ。その寝台は日本でも中国でもよく見かけるものではなく、節のある竹のような素材を斜めに配す衝立が特徴的でわかりやすい。

 いや、こう書いてもこの時の清岡の興奮は伝わらないだろうけど、前提としてここ数年、近現代の日本における三国志受容を追ってきた身としては(e.g. 清岡[2010], 清岡[2015])、日本の制作者側を通じた受容の重要性に着目していたんで、横山光輝「三国志」(1971年12月-1987年2月)だけでなく、1980年代日本の二大三国作品のもう片方の「人形劇 三国志」も割合の大小は違うだろうけど、『三国演義連環画』(上海人民美術出版社1956年-1964年)を参考にしていたのは重要な発見だった。でも後でこのことを佐々木さんと船塚さんに申し上げても逆に細かい所と感心されるぐらいで、少なくともその時は特にご存知じゃなかったご様子で。
(※1月15日追記。下記関連記事で触れた三国志研究会(全国版)第8回例会の後の喫茶店でR・Fさんがおっしゃっていて気づいたのだけど、これって横山光輝「三国志」経由の伝播の可能性もあるんだね)

※関連記事 三国志 義兄弟の宴(東京都港区 2015年9月13日-)

 それが象徴的であって、細かい部分は確認できずにいたがともかく手かがりはつかんだ気でいた。後日、「人形劇 三国志」のスタッフの担当を見るに「人形美術」「人形小道具」「美術」が関係ありそうだけど、どこが寝台のデザインを担当しているかだね、それが突破口になりそうだし、他にも用例があれば違ってくるのだけど。
 番組中、他にも「刎頚の交わり」「白眉」の解説があり、似顔絵コーナーがあった。
 それと関羽の首塚だとか、関羽は神様になっているとか、それに関連して台北の掌中戯、千里独行、華容道があった。それにしても人形の曹操の服が多い。
 DVDの一週目が終わったので、トイレ休憩。ちなみにDVDを見ている間、館員さんが別室で上映している人形アニメーション作品を勧めに来てくださるも冷たくあしらってしまった。
 展示室の外にある展示では人形の頭の作り方で、その写真のモデルは紳紳だった。
 帰ってきたら「第21回 玄徳の結婚」が始まっており(孫夫人じゃなくてオリキャラ淑玲との結婚。甘夫人になるのかな?)、第24回と違って玄徳に髭が生えていない。もしかしてひげの生える作中でのタイミングは横山「三国志」と同じなのかな、と。あと二刀流。

 11時10分にまた館員さんがいらっしゃってギャラリー内の展示を見ては?とお誘いいただいた。この後、もう一回同様にお勧めを頂く。

 玉桃(ゆうたお)という劉琦のいとこ登場。つまり周りが玄徳の婚約相手にしようとしている人。侍女の会話を淑玲にポイントを合わす。
 場面かわって、郭嘉が登場。進賢冠っぽいのを戴いている。官渡の戦い後の咳払いムーブだ。「神速」きた。と思ったら亡くなってしまった。
 それ以外は淑玲回ともいうべき内容。玄徳の足手まといになると家出する。そうか「白竜」って馬だった。玉桃もどこかへ行く。玄徳が郊外にいた淑玲を発見し、説得。後からやってきた玉桃はものわかりよすぎ。そして玄徳と淑玲が結婚。

 「第22回 軍師登場」。子竜は「しりょう」って読むんか。あと伏竜は「ふくりょう」。玄徳に口ひげが生えた。今、サブタイトルを見ると「第20回 わざわいを呼ぶ馬」とあって多分、その馬は的盧のことなんで、横山「三国志」(官渡連載断絶の後)でひげが生えるより少し時代が後にズレる。
 歌って単福登場。的盧じゃなくて白竜にのる。
 曹操の元に曹仁が呼ばれる。曹仁の軍の一兵卒が紳竜ってことか。それで劉備軍との戦いが描かれ、八門金鎖の陣
 曹操の衣装、やはり多いな。そして曹操の耳に単福のうわさが届く。それで単福の母を紳竜がエスコートする流れ。

 ここで佐々木さんがわざわざ呼びに来てくださる。
 というのも、オフ会はお昼に美術館前に集合ってことだったんだけど、それより先に主催者に申し上げていた「美術館内に待機しておきますので、到着したら呼びに来てくださいね」という旨の方が清岡の記憶に強く残っていたもんだから、呼びに来るまで集合場所に向かわない事態になっていた。なもんで、「お昼なのにあいつまだ美術館から出てこないぞ」と軽く顰蹙を買っていたんだけどね(汗)。さらにメインの展示を一切見ずにDVDばかり見ていた旨を告げると、再び驚かれていた。二段オチの顛末。


<続く>


「人形劇 三国志」の放送リスト(※NHKアーカイブスより)

※関連記事 メモ:三国志とNHK

1982年10月02日 午後06:00 総合テレビ 人形劇 三国志 1 桃園の誓い
1982年10月09日 午後06:00  総合テレビ 人形劇 三国志 2 黄巾の嵐
1982年10月16日 午後06:00  総合テレビ 人形劇 三国志 3 張角の最期
1982年10月23日 午後06:00  総合テレビ 人形劇 三国志 4 英雄 動乱の都へ
1982年10月30日 午後06:00  総合テレビ 人形劇 三国志 5 都に嵐吹く
1982年11月06日 午後06:00  総合テレビ 人形劇 三国志 6 怪物 都を制す
1982年11月13日 午後06:00  総合テレビ 人形劇 三国志 7 燃える都
1982年11月20日 午後06:00  総合テレビ 人形劇 三国志 8 帝を救え!
1982年11月27日 午後06:00  総合テレビ 人形劇 三国志 9 連環の計
1982年12月04日 午後06:00  総合テレビ 人形劇 三国志 10 龍虎 相搏つ
1982年12月11日 午後06:00  総合テレビ 人形劇 三国志 11 豪傑張飛の涙
1982年12月18日 午後06:00  総合テレビ 人形劇 三国志 12 野望空し 猛将 呂布
1983年01月08日 午後06:00  総合テレビ 人形劇 三国志 13 許田の巻狩り
1983年01月15日 午後06:00  総合テレビ 人形劇 三国志 14 帝の陰謀
1983年01月22日 午後06:00  総合テレビ 人形劇 三国志 15 関羽の決心
1983年01月29日 午後06:00  総合テレビ 人形劇 三国志 16 関羽の義
1983年02月05日 午後06:00  総合テレビ 人形劇 三国志 17 決死の千里行
1983年02月12日 午後06:00  総合テレビ 人形劇 三国志 18 張飛の虎退治
1983年02月19日 午後06:00  総合テレビ 人形劇 三国志 19 官渡の戦い
1983年02月26日 午後06:00  総合テレビ 人形劇 三国志 20 わざわいを呼ぶ馬
1983年03月05日 午後06:00  総合テレビ 人形劇 三国志 21 玄徳の結婚
1983年03月12日 午後06:00  総合テレビ 人形劇 三国志 22 軍師登場
1983年03月19日 午後06:00  総合テレビ 人形劇 三国志 23 三顧の礼
1983年04月09日 午後06:00  総合テレビ 人形劇 三国志 24 天下三分の計
1983年04月16日 午後06:00  総合テレビ 人形劇 三国志 25 水魚の交わり
1983年04月23日 午後06:00  総合テレビ 人形劇 三国志 26 孔明 新野を焼く
1983年05月07日 午後06:00  総合テレビ 人形劇 三国志 27 不吉な赤い星
1983年05月14日 午後06:00  総合テレビ 人形劇 三国志 28 淑玲死す
1983年05月21日 午後06:00  総合テレビ 人形劇 三国志 29 決戦! 百万対一万
1983年05月28日 午後06:00  総合テレビ 人形劇 三国志 30 孔明の大論戦
1983年06月04日 午後06:00  総合テレビ 人形劇 三国志 31 謎の水上大要塞
1983年06月11日 午後06:00  総合テレビ 人形劇 三国志 32 苦肉の計
1983年06月18日 午後06:00  総合テレビ 人形劇 三国志 33 赤壁の戦い
1983年06月25日 午後06:00  総合テレビ 人形劇 三国志 34 曹操を逃がすな!
1983年07月02日 午後06:00  総合テレビ 人形劇 三国志 35 風雲 南郡城
1983年07月09日 午後06:00  総合テレビ 人形劇 三国志 36 玄徳虎穴に入る
1983年07月16日 午後06:00  総合テレビ 人形劇 三国志 37 王覇の業
1983年07月23日 午後06:00 総合テレビ 人形劇 三国志 38 玄徳の失敗
1983年07月30日 午後06:00  総合テレビ 人形劇 三国志 39 父子再会
1983年08月06日 午後06:00  総合テレビ 人形劇 三国志 40 氷の城
1983年08月13日 午後06:00  総合テレビ 人形劇 三国志 41 蜀への地図
1983年09月03日 午後06:00  総合テレビ 人形劇 三国志 42 戦乱の英雄たち
1983年09月10日 午後06:00  総合テレビ 人形劇 三国志 43 引き裂かれた愛
1983年09月17日 午後06:00  総合テレビ 人形劇 三国志 44 三つの日輪
1983年09月24日 午後06:00  総合テレビ 人形劇 三国志 45 凶星西の空に輝く
1983年10月01日 午後06:00  総合テレビ 人形劇 三国志 46 落鳳玻に死す
1983年10月08日 午後06:00  総合テレビ 人形劇 三国志 47 ホウ統の仇を討て!
1983年10月15日 午後06:00  総合テレビ 人形劇 三国志 48 葭萌関の決闘
1983年10月22日 午後06:00  総合テレビ 人形劇 三国志 49 関羽危うし!
1983年10月29日 午後06:00  総合テレビ 人形劇 三国志 50 曹操の野心
1983年11月05日 午後06:00  総合テレビ 人形劇 三国志 51 怪物登場
1983年11月19日 午後06:00  総合テレビ 人形劇 三国志 52 許昌炎上
1983年11月26日 午後06:00  総合テレビ 人形劇 三国志 53 名将の死
1983年12月03日 午後06:00  総合テレビ 人形劇 三国志 54 玄徳 王位に即く
1983年12月10日 午後06:00  総合テレビ 人形劇 三国志 55 五虎大将関羽 出陣す
1983年12月24日 午後06:00  総合テレビ 人形劇 三国志 57 暗雲 荊州城
1984年01月14日 午後06:00  総合テレビ 人形劇 三国志 58 関羽死す
1984年01月21日 午後06:00  総合テレビ 人形劇 三国志 59 関羽の亡霊
1984年01月28日 午後06:00  総合テレビ 人形劇 三国志 60 曹操の死
1984年02月04日 午後06:00  総合テレビ 人形劇 三国志 61 漢王朝滅亡
1984年02月11日 午後06:00  総合テレビ 人形劇 三国志 62 痛恨! 張飛憤死す
1984年02月18日 午後06:00  総合テレビ 人形劇 三国志 63 関羽 張飛よ 安らかに
1984年02月25日 午後06:00  総合テレビ 人形劇 三国志 64 玄徳の死
1984年03月03日 午後06:00  総合テレビ 人形劇 三国志 65 孔明の愛の鞭
1984年03月10日 午後06:00  総合テレビ 人形劇 三国志 66 出師の表
1984年03月17日 午後06:00  総合テレビ 人形劇 三国志 67 泣いて馬謖を斬る
1984年03月24日 午後06:00  総合テレビ 人形劇 三国志 68 孔明五丈原に死す

※新規関連記事 【対談】尽きぬ『三国志』の魅力(潮1998年1月号)

※次の記事 メモ:飯田オフ会(2016年11月5日)

※新規関連記事 人形劇三国志(集英社文庫コバルト1983年6月15日-1984年1月15日発行)

※新規関連記事 人形劇三国志 鑑賞オフ友の会(2017年6月25日)

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