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東京媽祖廟 関帝像


  • 2014年7月16日(水) 23:33 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    2,793
場所 ※前の記事 レポート:関プチ5 全国ツアー:6/22特別講座「新発見!三国志と日本」勝手に予習(2014年6月22日)

 上記の前の記事にあるように、USHISUKEさん、にゃもさん、清岡は2014年6月22日日曜日14時30分過ぎ、東京都新宿区の鳳雛찜닭 大久保店で、昼食を摂った後、大久保通りを東に向かっていた。
 新大久保駅を中心とした、韓国人街のような賑やかなところを通り過ぎた後、段々人が疎らになり大久保駅に到達する。そのまま清岡の先導で高架下西側の道を南下する。

※関連記事 東京媽祖廟

 上記関連記事にあるように清岡は前回、夜に行ったものだから少々、場所の記憶に自信がなかったものの、歩くとあからさまに中華風の建物の姿が目に飛び込んでくる。それが目的地の東京媽祖廟だ。

・東京媽祖廟
http://www.maso.jp/


大きな地図で見る

 だいたい南北の道の東側にその建物があり、つまり西に出入口があって、その扉に関羽っぽい描像があったのだけど(あとでこんなところに関羽は飾らないので門神では?となっていた)、その奥で数人がいらっしゃったので写真を撮ることを止めていた。
 その一階では何やらお経を読んでいるのか、占いをしているのか、数人のやり取りがあって取り込み中だったので、入って良いのかしばし躊躇していたら、そことは別の所から媽祖廟の案内人みたいな方が出てきて、ご丁寧に媽祖廟の説明して下さり、一人一人にカラーのA4のパンフレットを渡して下さる。
 それで早速、奥の北側の階段で2階に上がる。西側に窓があり、東側に媽祖像とその左右に千里眼像、順風耳像がある。あとでパンフレットを見るに、その媽祖は台湾・北港朝天宮の分霊だそうな。この階が「朝天宮」とのこと。
 西のワイドな窓から通りを挟んだ建物が見え、南北のワイドな窓には小さい媽祖像や武財神像が無数に並べられていて、何だろうと思って、よく見ると、それらの一部には人の名前が入っていた。つまり、東京媽祖廟に寄付をするとそこに名前が載る仕組みなんだろうね。その小さい像に関帝像がないか探したが他の階でも見つからなかった。
 同じ階段で三階へ。階段の窓際などに写真がかざってあって、それはどこかの媽祖廟の上空の雲が明確に人の顔になっている瑞兆写真だった。清岡は敢えて「のりツッコミ」の「ツッコミ」無しの「のり」部分のみでにゃもさんに話していた。
 二階と同じ配置で、東側には中央に媽祖像、左に武財神像があり、そして右には目的の関帝像、パンフレットでは「關聖帝君様」(※様の「水」の部分は「永」の字に全て書き換えられている)像があった。この階は「本殿」とのことで、後でパンフレットを見るに、こちらの媽祖像は中国・泉州天后宮の分霊だそうな。にゃもさん曰く「(緑色の服とか)きっちり関帝像の特徴を捉えている」とのことで、それと真逆の昼間に話していた「これじゃない関羽」の話で再び盛り上がっていた(※片方は仮でも研究者同士の話で、影響がありそうなので敢えてここのレポートには書かなかったが)。

・關聖帝君の綠袍 - 三国与太噺
http://d.hatena.ne.jp/AkaNisin/20140624/1403617804

・各駅亭舎・本陣(HOME)
http://kakutei.cside.com/

・日本全国 関帝廟・関羽像ガイド
http://kakutei.cside.com/san/tan/kantei.htm

 上記サイトの上記ガイドページにあるように、すでに哲舟さんが東京媽祖廟を訪れていて、その情報をネットに挙げているのだけど、哲舟さんが見つけてない、あるいはネットに上げてないことを探し出して、悔しがらせてやろうという変な意欲にかられていた。
 それで見かけたのが右の写真にあるような彫刻だ。媽祖像、武財神像、関帝像が置かれる棚の横や上に施されていて、左右が対称になるデザインとなる。もちろん三国と無関係のものもあったが、あからさまに関羽っぽいのが2例ほど(左右対称なので、計4例)彫られていて、そのうち1例がその関羽っぽい騎馬の横に二本の剣を持つ騎士がいて、つまり『三国志演義』第一回の「双股剣」を持つ劉備だろう。さらに端っこには城壁ないし関が描かれているので、おそらく虎牢関の戦いを描いたものだろうと推測していた。
 しばし三国トークで盛り上がったあと、同じ階段で4階に上がる。そこは観音菩薩像等がある観音殿で、配置は2階3階と同じだった。天井には雲のある空が描かれており、「夜になったら、蛍光塗料で星が光るんだ」とか想像力逞しくあれこれ話していた。

 こうして一通り巡った後、中庭の九龍の口から水が出て一つの玉を互いに押し合って留まっているオブジェの近くにある四阿でくつろぐ。気付けば16時ぐらいになっていて、1時間以上は居たんだと驚く。
 清岡は18時から東横線の学芸大学駅近くでのライブに行く用事があって、他の参加者にこの後の予定を聞くに、USHISUKEさんは下記関連記事にある「第二次ヴィレ蛮征伐~サイン会ツアー~」の立川ルミネ店分に足を運ぶとのことだった。

※関連記事 第二次ヴィレ蛮征伐~サイン会ツアー~(2014年)

 17時開始なので、もう行かないといけないそうで、とりあえず三人で大久保駅に行く。立川駅まで中央本線一本なんで、ホームでお別れとなる。
 後日、話を聞くに、立川ではきっちり三国志フェス関連のことをこなしてこられたようで、頼もしい限りだ。

 清岡とにゃもさんは逆方向の新宿駅に行き、山手線に乗り換えて、渋谷駅に行く。下記関連記事でも行った、スターバックス コーヒー 渋谷文化村通り店でくつろごうと思っていたら、どうもこの時間帯は混んでいるようで、全然、空席がなかった。

※関連記事 プレ1 関プチ5 全国ツアー(2014年4月26日)

 仕方ないので、しばし他の店を探し歩き、適当な喫茶店に入る。店員が傍に常に立っていて、サービスのつもりなんだけど、なんだかプレッシャーに感じていた。
 お互いの研究の話(にゃもさんは本業とは別の吉川英治『三国志』について)をしていた。にゃもさんが興味を持って下さって、リアクションが良いもんだから、清岡は日本マンガ学会第14回大会向けに持っていた資料を見せながら気持ちよく語っていた。下記関連記事にある昨年末に言いそびれていた、「官渡の戦いが描かれなかった理由」もばっちり話すことができた。

※関連記事 三国志ファン、コア層こわそう、再燃

 さて二人の希望通り、三国志学会大会で研究報告できるかどうか(※と、下記関連記事にあるように2014年7月17日に確定)

※関連記事 三国志学会 第九回大会(2014年9月6日13日土曜日)

 清岡の次の予定の時間が迫っていたが、楽しくてついつい話し込んでしまう。そのため渋谷の街をダッシュしていた。

※続き。三国と無関係ながら続きの雑記
・レポ:さねよしいさ子水無月コンサート
http://cte.main.jp/sunshi/2014/0622.html

※三国関係の次の記事 メモ:「三国志演義」を翻案した少年マンガの1980年代までの変遷(2014年6月28日)

※追記 三国志(京都府宇治市)

※追記 レポ:7/26北九州 兀突骨で酒池肉林?! ラウンド1(2014年7月26日)

※追記 三国四方山噺 日本関帝廟志(2015年1月6日)

※追記 神戸南京町広場四阿 彫刻

※新規関連記事 中央本線新宿以西4駅と山手線北側の思い出巡り(2017年2月11日)

※新規関連記事 メモ:三国志大文化祭2022(2022年9月4日)

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