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掲示板 件名 最新投稿

講演会「三国志と横山光輝」(2008年12月13日)


  • 2008年11月27日(木) 02:52 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    1,825
場所

 講演会「三国志と横山光輝」、と検索されたんで再検索。

何かと思えば東京都豊島区立千早図書館で「鉄人28号像」が設置され、横山光輝コーナーが開設されたようだね。

その関係で2008年12月13日土曜日10時-12時に講演会「三国志と横山光輝」(講師:慶応大名誉教授 立間祥介氏)があり、
2008年12月21日日曜日10時-12時に第1回「横山光輝アニメ映画上映会」があるそうな。(後者は時間的にNTV版?)

以下、関連リンク

・MSN産経ニュース
http://sankei.jp.msn.com/

・鉄人28号がやってきた! 豊島区立千早図書館
http://sankei.jp.msn.com/region/kanto/tokyo/081126/tky0811261659011-n1.htm

・よくある質問 - MSN産経ニュース
http://sankei.jp.msn.com/faq/faq.htm#Anchor-06


・豊島区立図書館
http://www.library.toshima.tokyo.jp/

・横山光輝オフィシャルサイト
http://www.yokoyama-mitsuteru.com/

※関連記事 横山光輝『三国志』カレンダー2009

※追記 mixiコミュ「総合三国志同盟」の勉強会

※追記 知識ゼロからの三国志入門(2009年10月21日)  

TDSで騎士俑


  • 2008年11月24日(月) 23:54 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    1,684
場所

・東京ディズニーリゾート
http://www.tokyodisneyresort.co.jp/

この連休で東京ディズニーシーに行ったんだけど、その中のアトラクション「タワー・オブ・テラー」に行ったおり、エレベータに乗る前の通路でミスター・ハイタワーのコレクションを見ていたんだけど、その中で、よくわからない実物大ぐらいの中国の人物俑を見かけて「いつの時代だ?」とか思っていて、ふと別の方向の壁を見ると、[巾責]を戴き武器を持たない後漢の騎士俑が飾っていた。おそらくレプリカだろうけど、この何気ないセンスは素晴らしいと思った。
後漢の騎士俑については下記リンク先の記事参照。

※参照記事
 大三国志展(出土品でたどる三国志)
 よみがえる中国歴代王朝展
 中国 美の十字路展
 

2009年の春節祭


  • 2008年11月12日(水) 20:54 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    2,820
場所

来年の春節(旧暦正月)は2009年1月26日月曜日であり、国内の中華街でもいろんな行事があるんだけど、神戸南京町でも「2009神戸南京町春節祭」が2009年1月26日月曜日から2月1日日曜日まである。

・神戸南京町
http://www.nankinmachi.or.jp/

その一環で今回も「中国史人游行」という企画が2009年1月26日月曜日にある。これは京劇の衣装とメイクで仮装し、中国の歴史上の人々になりきって神戸南京町とその周辺をパレードするという企画で、仮装する人たちは今回も公募によって広く一般の人たちから選ぶそうな。三国志関連の人物も、過去、劉備、関羽、張飛、諸葛亮(字、孔明)、呂布と出ていた。応募締切は2008年12月20日土曜日必着。詳しくは上記の神戸南京町の公式サイト。

※関連記事
中国史人游行(2008年2月7日木曜日)
2007年2月18日 中国史人游行(2007神戸南京町春節祭)
2006年1月29日 中国史人游行(神戸南京町・春節祭2006)

※追記 2010年の春節祭
 

>カレンダ  

一方、横浜中華街内の横浜関帝廟では旧暦正月の前日当日以外にも2008年大晦日と2009年正月に「カウントダウン及び獅子舞」が行われるそうな。正確には新暦は迎春カウントダウン、旧暦は春節カウントダウンとのこと。さらには2009年2月8日には「祝舞遊行」というパレードがあるんだけど、下記サイト「横浜チャイナタウン」のイベントスケジュールでは「皇帝衣装、獅子舞等」となっているが、今回は「関平将軍」は出てくるのかな?

・横浜チャイナタウン
http://www.chinatown.or.jp/

・横浜中華街 関帝廟《入口》
http://www.yokohama-kanteibyo.com/


さらには「長崎新地中華街」では2009年1月26日月曜日から2月9日月曜日までお馴染みの「長崎ランタンフェスティバル」が開催される。ちなみに2008年では曹操のランタンが出た模様(※追記。今年も曹操のランタンだそうな)。

・長崎新地中華街
http://www.nagasaki-chinatown.com/

・長崎ランタンフェスティバル
http://www.nagasaki-lantern.com/
 

株式会社三国志(中国茶専門店)


  • 2008年11月 9日(日) 14:40 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    2,546
場所 「株式会社三国志」と検索されるんで、何かと思って再検索するとどうやら、大分県大分市にそういう名の中国茶専門店があるそうな。
根拠無く勝手に想像するに「中国茶」ということで「三国志」を連想しそうつけちゃったんだろな。ちなみに三国時代、茶の普及はまだまだのようだね。一応、茶のエピソードとしては『三国志』呉書韋曜伝にあることはある。

ちなみに「株式会社三国志」と検索すると三国志ニュースでは下記の記事が引っかかる。

※関連記事 メモ:三国志と株と商標と

※追記 岡崎市「中国料理・三国志」

第32回 秋の古本まつり(京都古書研究会)


  • 2008年10月30日(木) 14:26 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    2,677
場所

 毎年、この10月末から11月頭の時期に京都古書研究会主催で知恩寺境内(京都大学吉田キャンパスの北部構内と本部構内の間辺り)で開催しているのが「秋の古本まつり」。今年で第32回で、連休に合わせ2008年10月30日木曜日から11月3日月曜日祭日までやっている。

・京都古書研究会
http://www1.kcn.ne.jp/~kosho/koshoken/

 五月の頭の大型連休中の「春の古書大即売会 ~古本供養と青空古本まつり~」は京都市勧業館の屋内で開催されるんだけど、今回はお寺の境内での古本市、つまり青空古本市だ。

※関連記事 第26回春の古書大即売会(京都古書研究会)

※追記 第27回春の古書大即売会(京都古書研究会)

※追記 第22回下鴨納涼古本まつり(京都古書研究会)

※追記 第33回 秋の古本まつり(京都古書研究会)

※追記 第23回下鴨納涼古本まつり(京都古書研究会)

 春と違い会計は一律ではなく各店舗にあり、また16店舗と少ない目だが、その分、一店舗当たりの品揃えはよく、「100円均一」「三冊500円」とか店舗によっては趣向を凝らしているし、「古本供養」「児童書コーナー」「全集コーナー」「チャリティオークション」「特選オークション」「本の病院」と催事も充実している。
 

諸葛亭


  • 2008年9月14日(日) 00:25 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    1,950
場所 諸葛亭の外観三国火鍋

 まずは速報的な記事。

・三国志ファンのためのサポート掲示板
http://cte.main.jp/
・2008年9月13日夜のプチオフ会 (※「三国志ファンのためのサポート掲示板」投稿)
http://cte.main.jp/c-board.cgi?cmd=ntr;tree=3178

 上記のリンク先のように2008年9月13日にプチオフ会を開いた。会場となったのは初めて行く諸葛亭という中華料理店。東銀座駅が最寄りだ。下記のサイト参照。

・中国四川風料理 諸葛亭(グルメぴあ)
http://g.pia.co.jp/shop/84320

・諸葛亭(食べログ.com)
http://r.tabelog.com/tokyo/rstdtl/13045948/

※関連記事 プチオフ会「諸葛亭へ一顧しよう!」1(2008年9月13日)

 それでここでの目玉料理はなんてったって「三国火鍋」。
 店に入る前、USHISUKEさんが「さんごくひなべ」と言っていたんで、すかさず清岡が「訓読みなんですか?」ってツッコミを入れていたら、実は中国人の店員もそう呼んでいた(笑)
 それで出てきたのが右上の写真。上が薬膳スープで左下が激辛スープで右下が白湯スープ。それぞれ、黄色っぽい、赤色、黄色っぽいという色合いから土徳、火徳、土徳と見立て、位置関係から、これらは魏、蜀漢、呉だ、と清岡は言い切っていた。まとめると

上  薬膳スープ 土徳 魏
左下 激辛スープ 火徳 蜀漢
右下 白湯スープ 土徳 呉

※参考 国の色(「三国志ファンのためのサポート掲示板」内ツリー)

 そしたらこの敷居は長江? いま、沸騰しているところは漢中? さすが諸葛亭とだけあってスープを混ぜても蜀漢が勝つ、なんてギャグが飛び交う。

 店を出てから気付いたんだけど、実は店の外にこのスープの紹介の垂れ幕があって、それによると、
 薬膳スープは魏國・曹操鍋、激辛スープは蜀國・劉備鍋、白湯スープは呉國・孫権鍋。

 実は清岡の妄言は正解だったというオチ。


 というか店の人がそこまで考えていることに驚いたよ(笑)

「石城の里 三国志城」設立10周年


  • 2008年9月13日(土) 00:07 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    1,838
場所  山口県光市で「石城の里 三国志城」という資料館が1998年9月13日に設立された。名前の通り、『三国志』や『三国演義』に関する資料を展示する施設であり、そればかりではなく「三国志クイズラリー」、「年忘れ餅つき大会」や「三顧会」など各種イベントも開催されている。
 というわけで今日で「石城の里 三国志城」は設立10周年を迎える。

・石城の里 三国志城
http://www3.ocn.ne.jp/~sangoku/

 途中、熊毛郡の旧大和町と旧光市が2004年10月4日に合併し、新しい光市になったため三国志城の住所も変わったぐらいで、この10年色あせることなく健在のようだ。
 余談だけど、三国志城近くの看板の類の中には「三国志館」となっているものもあって、「もしかして名前途中で変わったのかな? それとも単なる誤り?」とあれこれ想像してしまう。

 私自身は三国志城へ2004年8月15日に初めて訪れたので、その歴史の半分も知らないわけなんだけど、それでも過去、三国志ニュースで様々な記事として取り上げた。

○過去の三国志城参考記事
 中国新聞で三国志コラム
 三国志系サイトのオフ会を考えてみた
 三国志城食堂メニュー
 三国志資料室(山口県の三国志城)(※現三国志ファン文庫)
 三国志城の台風災害
 三国志城食堂メニュー再び
 『三國相承展(さんごくそうしょうてん)』 今秋開催
 2005年11月1日「三國相承展」三国志城展示開始
 2005年12月 『三国志城に「三顧会」なる会が出来て』(山口県博物館協会 会報第30号)
 メモ:コスプレと新聞記事
 メモ:三顧会の企画を分類
 「JR発足20周年・青春18きっぷ」特別価格8千円(2007.3.1-4.10)
 「石城の里 三国志城」最寄りのバス停
 光市営バス塩田線で三国志城へ
 中国新聞に三顧会の記事2007
 山口県三国志城に行くまで(2007年8月13日→14日)
 『21世紀エジソン』で三国志ネタ(2007年11月13日放送)
 光市営バス束荷線で三国志城へ
 朝日新聞に三国志城の記事(2008年6月2日)
 毎日新聞地方版に三国志城の記事(2008年7月5日)
 ワークショップ via 「大三国志展ブログ」

 もちろん三顧会関連の記事も書いている。

○過去の三顧会参考記事
 2004年8月15日 第1回三顧会 ※個人サイトの日記
 2005年5月4日 第2回三顧会
 2005年8月14日 第3回三顧会
 2006年5月4日 第4回三顧会
 2006年8月14日 第5回三顧会
 2007年5月4日 第6回三顧会
 2007年8月14日 第7回三顧会
 2008年3月23日 第8回三顧会
 2008年8月16日 第9回三顧会

※追記 第三回三国志祭(2009年8月22日23日)

※追記 三国志館プレオープン(2009年8月23日)

※追記 十大三国志ニュース2011 前編

第9回三顧会(2008年8月16日午後2)


  • 2008年9月 8日(月) 00:07 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    1,889
場所 ・石城の里 三国志城
http://www3.ocn.ne.jp/~sangoku/


※前記事 第9回三顧会(2008年8月16日午後1)


●11時40分 映像試写 三国志祭り&映画レッドクリフ
 ※会場に貼っていたタイムテーブルより。

 14:30。
 スタッフの英傑群像岡本さんのアナウンスによると、休憩も兼ねて、スクリーンに「第2回 三国志祭」の映像を流すとのこと。BGMと共に清岡にとっては懐かしの映像が流れる。少し英傑群像岡本さんから解説が入る。

※関連記事 第2回三国志祭(三国志コレクション)

 清岡が映っていないかと探していたけど、映っていないようだ。

<9/9追記>
下記の「三国志祭オフィシャルサイト」でその映像が公開された模様。ファイルはwmv形式。

・三国志祭オフィシャルサイト
http://sangoku-maturi.com/
<追記終了>

 上映終了。

英傑群像岡本さん「私も入っていたんですけど、どこか映っているかな?と見ていると映っていなかったので、意図的に隠されたのかな、と思います」(場内笑)

 すかさずKOBE鉄人PROJECTの方から否定するツッコミが入る(笑)

 それから映画『レッドクリフ』関連の上映。
 まずよく見かける2分程度の予告編映像。
 続けて2分程度の映像が上映。ちゃんとは見比べてないけど台湾公式サイトで公開されているやつに字幕がついたような感じかな。


●14時30分 お遊びイベント『三国志ダーツ大会』
 ※会場に貼っていたタイムテーブルより。

 14:42。
 先ほど映像が流されている間にスタッフの方が準備されていたようで、演壇の右の壁にマトが設置されている。
 ダーツのマトは中国の地図。同じものが横に並べて二枚用意されている。魏蜀呉と分かれている。それぞれの都を中心に同心円上に得点分布がある。もちろん都に近いほど高得点。他にも主要都市には高得点が配されている。塞外は0点。
 英傑群像岡本さんによると魏、蜀、呉、後漢の4チームに分かれたチーム戦とのこと。ルールは自国以外の国にダーツを当てれば得点になるが、自国に誤って当てると逆にマイナス得点になるそうな。後漢はどこ当てても得点になるが、半分しか入らないというルール。想像力を刺激されるなかなか面白いルールだ。

 清岡はもちろん後漢のチームに入る。同じチームに「三国志の宴2」「三国志の宴3」に参加されていた(らしい)明加さんがいらっしゃったので、「お久しぶりです、義兄弟」と声を掛ける。一年越しの念願が叶って良かった(笑)。これも前から気になっていたことだけど、三顧会閉会後に、曹全碑(碑陽・碑陰共に)に「李儒」の姓名が見えることをお伝えできて良かった。

※追記 三国志フェス2010(2010年8月21日土曜日)

※追記 メモ:コミックマーケット82 3日目(2012年8月12日)

 それで話戻して、順繰りに順番が回っていく。清岡はダーツを投げるのは初めて。そのため重みで落ちる様になれず、結局、一回も当てることができなかった(汗)
 最後は一発勝負の得点五倍になる大将戦ならぬ皇帝戦(?)で他のチームがマイナスに当てたこともあって、後漢チームが優勝。商品として三国志城瓦煎餅を全員に配られる。これが美味しいんだよな。

※追記 第17回三顧会 午後(2012年8月14日)

※追記 メモ:曹豹さんを囲む会(仮)(2013年5月4日)


●15時30分 館長  閉会の挨拶
 ※会場に貼っていたタイムテーブルより。

 15:05
 傅僉さんの司会により終了の旨が告げられ、谷館長の閉会の挨拶がなされる。

 というわけで一応、解散。
 参加者のみなさん、それぞれおしゃべりをしていたり、ダーツをやったりとまだまだ盛り上がっている様子だった。
 清岡もいろんな方と話していた。ただ疲れがピークに来ていたので、頭の回転と口がおぼつかなかったが(笑)。
 清岡からは『クイズマジックアカデミー5』三国志検定の話や三国志検定の話をしていた。


 それから「BS熱中夜話」の制作会社の方が三顧会参加者に番組のアンケートを配ったり、三顧会参加者に対し個別に三顧会についてインタビューされていたりしていた。

 そして人がどんどん帰っていく時間帯。
 清岡は前々回、前回と同じくそのまま三国志城に泊まるので、見送る立場となる。今回は泊まり組は四名とのこと。

 かなり疲れが溜まっていたけど、三丘温泉(みつおおんせん)に連れていって貰ってさっぱりして回復。

●17時頃 三国志城クローズ
 ※会場に貼っていたタイムテーブルより。

 それで泊まり組が居るもんだから、毎度、いつクローズになったかわかんない(笑)

 夕食を頂いた後、泊まり組の三名と地元の三名が、ニンテンドーDSやPSPなどで『三国志大戦・天』や『モンスターハンター』をプレイし27時まで盛り上げっていた。清岡は疲れて熟睡していた。



※次記事 プチオフ会「諸葛亭へ一顧しよう!」1(2008年9月13日)

第9回三顧会(2008年8月16日午後1)


  • 2008年9月 7日(日) 15:49 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    2,280
場所

前夜に撮った演壇周り・石城の里 三国志城
http://www3.ocn.ne.jp/~sangoku/


※前記事 第9回三顧会(2008年8月16日午前)


●12時~ お食事時間
※会場に貼っていたタイムテーブルより。

 2008年8月16日12:08。昼食時間となったわけだけど、清岡は一日二食なので、この時間は食堂に行かず、人の居ない特別企画展示場でやっぱり『漢代都市機構の研究』を読んでくつろいでいた。

12:20。
 前記事の写真のように特別企画展示場の南側にはすでにスクリーンと講壇が設置されている。
 そこへ満田剛先生らしき方が来られノートPCを開けセッティングされていた。CCTV.comで見かけた映像と髪型が違ったんでちょいと自信がなかった。

 ちょうどスタッフの傅僉さんが満田先生にお名前の読み方を確認していた。実は「剛」は「たかし」と読むそうな。そこで清岡は帝京大学、京都外国語大学、駒沢大学の東洋史の先生方の名前を挙げつつ、読み間違えやすいお名前は結構、ありますね、なんて話をしつつ輪に入る。そして名刺を頂く。実は長沙呉簡のシンポジウムで受付をしてらしたとのこと。その流れで清岡は9月14日の「魏晋南北朝史と石刻史料研究の新展開」と「第3回 三国志学会大会」の話をしていた。とりあえず関西ご出身と言うことに安心し清岡は掛布ネタを振っていた(これは関西でも話さないか)。清岡曰く「言葉を選ばないと箱根の山は越えられない」

※追記 リンク:日本学者の名前の読み方

 その後、大三国志展について興味深いお話を伺う。

12:40 話しているといつの間にか特別企画展示場に結構、人が集まってきた。「BS熱中夜話」の制作会社の方は、撮っているか判らないが、演壇から最も遠いところで三脚を立てカメラをセットしている。


●13時~ 三国志講演会 第1部「ビギナー向け」30分
13時45分 三国志講演会 第2部「ベテラン向け」30分
講師:書籍「三国志─正史と小説の狭間」
研究者「満田剛」先生
※会場に貼っていたタイムテーブルより。

・三国志―正史と小説の狭間~満田剛のブログ
http://mitsuda.blogtribe.org/

・三顧会(追記〔お詫びと訂正〕あり)  (※上記ブログ記事)
http://mitsuda.blogtribe.org/entry-7c433be87138f78362dcd35b75d9f5e0.html

・第9回三顧会講演内容(箇条書き風に)  (※上記ブログ記事)
http://mitsuda.blogtribe.org/entry-ddbb4591ce472e03e45ee3b96ed3f910.html


12:45。スタッフの傅僉さんから満田先生の紹介から始まり満田先生の講演第1部「ビギナー向け」スタート。

 まず満田先生は観衆に向けて吉川三国志横山三国志等、『三国志』を題材とした小説や漫画ぐらいは読んだことあるか、など質問を投げかける。そうするとやはり三顧会に参加するぐらいの人だから結構、多くの人から手が挙げられていた。
 その流れで少し『蒼天航路』の話。ちゃんと歴史を読んで描かれているようですごいなぁとコメント。ただ高校生以下に勧めにくいある理由により漫画だという。満田先生自身、高校でも授業を受け持っており、女子高生から「私、(『蒼天航路』を)読みました」なんて言われたというエピソードが出ていた。

 スクリーンにワードファイルのようなものが映し出され、講演の本題へと滑り込む。
 まず歴史書の陳寿『三国志』(正史類)の説明。先行する歴史書である王沈『魏書』・韋昭『呉書』を参考にして紀元280年から284年の間に書かれた。『三国志』の特徴として簡潔で(悪く言えば舌足らず)、後に裴松之が注を付ける。
 番組の『大相撲ダイジェスト』の例えを出しつつ(場内笑)、『三国志』はダイジェスト的であると説明。その理由として陳寿が書いた時期は王沈『魏書』・韋昭『呉書』が残っていたことや対象となる人物が生きていたことなどが挙げられていた。

 そのため『三国志』を読んでもよくわからない箇所が出てくる。
 その例えとして出てきたのが、赤壁の戦い。満田先生曰く「赤壁の戦い、解る人居たら教えて下さい」。赤壁の戦いを例に出し、『三国志』魏書、蜀書、呉書で記述が少しずつ違っていると解説される。

 現在の三国志関連小説の大半の元になっている『三国演義』の説明。14世紀ごろの成立。三国志をモチーフとして儒教的な価値観で「義」をより通俗的に作られている。もしかすると我々は『三国演義』を読んで儒教的な価値観を刷り込まれている? だから関羽が活躍する?
 『三国演義』成立までも面白い研究がいろいろある。関羽が剣の神様になっていたり。あと『新刊全相平話三国志』(三国志平話)の紹介。

 『三国志』の何が難しいかというと「同時代史」であること。関係者がみんな生きていること。ここで現在のロシアに当てはめてたとえ話を出し解りやすく解説されていた。

 ここで後半の第2部「ベテラン向け」の話を少しだけ出る。魏の君主は皇帝扱いされているが、蜀も呉も皇帝扱いされていない。ところが、蜀と呉の君主に待遇の差がある。蜀の方が上に書いてある。ここまで引っ張っておいてこの続きは後半か?、というネタで場内を沸かしていた。

 話が変わって「三国時代」の定義の話。いろんな見解を紹介しつつ、厳密に言えば魏が起こった220年からになるが、大まかに言えば黄巾の乱の184年から呉の滅亡の280年で良いのでは、と説明。
 その流れで黄巾の乱の説明。一応、宗教団体としておく。
 続けて董卓の説明。董卓はよくわからない人。観客に向け董卓ファンは居るか確認した上でここから董卓の悪口になると断る。と董卓ファンが居て場内笑。(馬上で)両方から弓引ける人(※「左右馳射」『三国志』魏書董卓伝)。遊牧民の習俗に慣れ親しんだ人(※「少好侠、嘗游羌中、盡與諸豪帥相結。」『三国志』魏書董卓伝)。
 一番、満田先生が笑ったのがお金の話。それまでの五銖銭を小さい銭にして銭を増やしたエピソード(※「悉椎破銅人・鐘〓、及壞五銖錢。更鑄為小錢、大五分、無文章、肉好無輪郭、不磨鑢。」『三国志』魏書董卓伝)。そのためハイパーインフレーションになった。もしかすると後々まで影響を残したという(破壊的な)意味では董卓が上位に来るのでは。
 董卓は破壊的だが小心者。この後、『三国志』蜀書許靖伝などに載る、董卓はその部下が推薦した人物を刺史や太守に任命し、それらがことごとく反乱を起こしたエピソードを紹介。
 群雄割拠の時代。袁紹や劉表の名前を出し、劉表の説明。歴史書に見られる劉表の評価はほとんど悪口になってしまっている。前向きな評価がほとんどない。

 スクリーンには魏蜀呉で代表的な人物が出ている。

満田先生「ご不満はいろいろあるかと思いましょうが…」

と頭を下げはじめ観客の爆笑をとる。そういった会場の様子を見て清岡は思わず「鉄板ネタ」とつぶやいてしまう。
それからそれら人物の説明+各勢力の動き。

 三国時代の説明。全体的に寒くなって行きつつある気候の話になり、曹丕が呉を攻めようとしたとき、淮水と江水との運河に船を遠そうとしたが凍ったというエピソードの紹介(※「八月、帝遂以舟師自[言焦]循渦入淮、從陸道幸徐。九月、築東巡臺。冬十月、行幸廣陵故城、臨江觀兵、戎卒十餘萬、旌旗數百里。是歳大寒、水道冰、舟不得入江、乃引還。」『三国志』魏書文帝紀)。寒くなるので農業が乏しくなる。
 吉川三国志に見られる一騎打ちの話で実際にはあったのか、という話題になり、それとは対照をなす、夏侯淵が亡くなった時に曹操が出した「軍策令」のエピソードを出す。夏侯淵が逆木(さかもぎ、城の周りにある敵の進行を防ぐ役割のもの。「鹿角」)を調べていたときに襲われて亡くなった。

満田先生「司令官が逆木を調べて襲われて亡くなるなんて、どういうことやねん!」(場内爆笑)

 夏侯淵は「白地将軍」と呼ばれていた。これは「何となく」という意味。満田先生が中国からの留学生(女性)に「白地」の意味を聞いたら「バカという意味です」と返ってきたとか。満田先生曰く「夏侯淵のイメージ崩して申し訳ございませんでした」(場内笑)

・『太平御覧』卷三百三十七 兵部六十八 鹿角
『魏武軍策令』曰:夏侯淵今月賊燒卻鹿角。鹿角去本營十五里、淵將四百兵行鹿角、因使士補之。賊山上望見、從谷中卒出、淵使兵與鬥、賊遂繞出其後、兵退而淵未至、甚可傷。淵本非能用兵也、軍中呼為「白地將軍」、為督帥尚不當親戰、況補鹿角乎!

 要するに司令官は武器持つこと(親戦)も控えなくてはならない。
 一般人にとってこれほど悲惨な時代はない。そういう状況で宗教、道教とか仏教とかが広がっていく。

13:16。ここで第一部終了。10分程度、休憩時間。

 清岡は演壇の近くに居て、満田先生に向かって「いろいろ鉄板ネタ、持ってますね」とか「『BS熱中夜話』、出て下さいよ」なんて話し掛けていた(※後者に関しては返答として満田先生が別の先生の名前を出していらしたけど、この記事を書いている時点ではその名前の出ていた先生に決まるんじゃないかという気がする)

 演壇のテーブルの向かって右端には、満田先生の著作『三国志-正史と小説の狭間-』と『三国志万華鏡 英雄たちの実像』が平積みになっていて販売されている(※上の写真は前の夜に撮影したものなので、まだ梱包された状態)。前者に関しては白帝社のサイトで前もって下記のように今回の講演について告知があった。

・白帝社
http://www.hakuteisha.co.jp/

--引用開始---------------------------------------------------------
○『三国志-正史と小説の狭間-』の著者、満田剛先生が“三国志城博物館”で行われるイベント、「三顧会2008」(8/16)で講演されます。どうぞご参加ください。
--引用終了---------------------------------------------------------

 販売コーナーがあるので、休憩時間に三顧会参加者が書籍を購入しそれにサインを求めたりしていた。

 ここで『蒼天航路』話。
 原作者のお葬式に行った知り合いの話に始まり、『BSマンガ夜話』の話を経由し、満田先生がブログに書いた話をしていた。『蒼天航路』のあるエピソードを見て満田先生が絶句したという。清岡はブログ記事(下記)ではイマイチ理解ができなかったんだけど、ここであれこれ質問しようやくそのエピソードの多重構造の深い含蓄がわかる。なるほどね。

・三国志―正史と小説の狭間~満田剛のブログ
http://mitsuda.blogtribe.org/

・『蒼天航路』での漢魏交替期の文学と政治  (※上記ブログ記事)
http://mitsuda.blogtribe.org/entry-6a5c720dfea1b1689bc14d028358db22.html


 というようなことを演壇の近くのローカルで話しているつもりだったが、気付けば第2部を待つ観客が集まってきていて、実はその余談を会場全体が聴いていたというオチ。
 ここで慌てて清岡はオフレコの進言をしたんだけど、特に事実を述べているだけなんで、その必要はないとのこと(笑)

13:30。それにかぶせる形で司会の傅僉さんが「オフレコ話で盛り上がってしまいましたけど、皆様、聴かなかったことにしてください」と告げ場内の笑いをとる。さらにそれをオフレコじゃないと律儀に否定される満田先生。

 第2部スタート。
 国のランク付けの話。筑摩書房の『三国志』訳本の文庫版のあとがきで井波律子先生が書かれていたが(どなたかが修士論文で書いたという)、『三国志』においてそれぞれの君主の呼び方が違う。魏が公とか王とか帝とかで、呉は名を呼び捨て。それに対し、蜀は先主・後主。これはよく考えたら変な話。后(きさき)については魏は皇后とか、呉は夫人で統一。蜀はなぜか皇后。皇帝が亡くなったときの表現も違う。魏は崩(ほう)、呉は薨(こう)、蜀は[歹且](そ)。(※清岡注。「天子死曰崩.諸侯曰薨.大夫曰卒.士曰不祿.庶人曰死.」『禮記』曲禮)
 魏は直接禅譲されているし、蜀漢は後漢の皇帝と血が繋がるし、その点、研究論文にもなっているが、呉はその時代から引け目に感じていたそうな。

※参照記事 2006年3月11日「第二回 TOKYO 漢籍 SEMINAR」午前レポ
※講演「魏・蜀・呉の正統論」

 そこらへんランク付けにも反映されているのでは?という話。

 皇帝が臣下に対してクーデターを起こすエピソード。皇帝は司馬昭に殺される。陳寿は「崩」を使わず「卒」という字を使う(※「五月己丑、高貴郷公卒、年二十。」『三国志』魏書三少帝紀)。本紀で「卒」という時点でおかしい、本紀で急に「卒」が出たら何かあったなと気付く、という話。
陳寿はもしかして仏教嫌い?の話。仏教の記述がかなりカットされている痕跡がある。例えば仏教の経典で王沈『魏書』・韋昭『呉書』が引かれていて、そこに『三国志』にはない僧侶の名前が列挙されている。そこで、三国志の時代には仏教が広がっていたのでは?と話す。

 スクリーンに地図を表示させる。
 諸葛亮(字、孔明)の南征北伐の話。シルクロードを狙っていたのでは?という話。敦煌に至るまでの涼州の辺りは今と違って結構、緑豊かだったらしい。農業生産は豊か。

 ここから大三国志展の写真をスクリーンに映しつつ、大三国志展の紹介。

※関連記事 大三国志展(物語でたどる三国志)

 スクリーンには曹全碑(碑陽)の拓本の写真が映し出されていた。
 そして満田先生はおもむろにYシャツを脱ぎだして何かと思えば、「大三国志展」のTシャツが出てくる。このネタには会場、大ウケ。

 その後、次々と展覧会の写真がスクリーンに映し出され、あれこれ解説をされていく(※マウスで画面右上にカーソルを合わせクリックし写真が変わっていったが、キーボードのカーソルキーを押すだけで写真が変わらないのかな、と細かいところに清岡は気が向いていた)。
 例えば、呉暁峰≪関公読書秋坐像≫の写真が出たところで、満田先生曰く「この絵に間違いがあるとか、これは突っ込んじゃいけないんでしょうね」など面白く解説される。関羽が手に取る書籍が冊本になっているところがツッコミ所というネタ。清岡はそれより関羽が踞しているところが気になり後でその旨を口にしていた。そこから春秋左氏伝の話や「吾虎女安肯犬子乎!」(※三国演義「第七十三回:玄徳進位漢中王、雲長攻拔襄陽郡」)の話になっていた。
 というような感じで「あまり突っ込まないでおきましょう」という言葉と共に興味深い解説があれこれ入る(※ここらへんは敢えて省略しておこう)

 「出土品関係はこんなにまとまって来ることはないんでしょうね」と「大三国志展」の魅力についておっしゃって、展覧会の紹介はしめられる。

※関連記事 「大三国志展」の日程 via 「大三国志展ブログ」

 漢王朝に「NO」を最初に突き付けた袁術の話や青州兵の話になり、満田先生が「曹操ってどんな人物だと思います?」と観客に問うと、返ってきたのが「人妻に手を出すようなろくでもないやつ」という言葉で場内爆笑(※「太祖納濟妻、繍恨之。」『三国志』魏書張繍伝など)。ここで満田先生、曹操の立場に立ってフォローされていた。
 曹操は研究者から「迷信を信じない人」と言われることもあるが、その反面、張魯を攻めたときの迷信深いエピソードもあり、それを紹介されていた(※「太祖曰:『此妖妄之國耳、何能為有無?吾軍少食、不如速還。』」『三国志』魏書劉曄伝)。曹操はいろんな側面のある人。孫子魏武注の話とか、曹沖が亡くなったときの話(※「文帝寬喩太祖、太祖曰:『此我之不幸、而汝曹之幸也。』」『三国志』魏書武文世王公伝)とか。後者で「『オレにとっては不幸だが、おまえにとっては幸いじゃ』」という父親、それを言われた息子、どう思います?」と満田先生は口真似(?)込みで解説され場内の笑いを誘っていた。

 蜀については漢王朝復興が命題のイデオロギー国家。その命題に縛られた国。劉備の解説。『蒼天航路』の劉備は意外にイメージが近いのでは?と。諸葛亮(字、孔明)はいろんな方が書かれている。満田先生からは一つだけ「彼の頭の中では地理的な視野は相当広い」とのこと。敦煌の博物館には蜀の銭があるという。
 余談で、蜀はほとんど異族?って話とか、王平は異族?って話とか、長沙走馬楼呉簡に見られる異族の話とか。

 三国志関連のサブカルチャーの話、満田先生曰く「戦いは美しくなければ!」(場内笑)。もっとすごいのはガンダム。BB戦士三国伝は中国の方が売れているという。

14:30終了。満場拍手。


※次記事 第9回三顧会(2008年8月16日午後2)

※追記 文化カレッジ講座「三国志をたどる~正史と小説の狭間~」
 

第9回三顧会(2008年8月16日午前)


  • 2008年9月 1日(月) 00:02 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    2,578
場所 ・石城の里 三国志城
http://www3.ocn.ne.jp/~sangoku/

※前記事 第9回三顧会前夜祭(2008年8月15日)

 2008年8月16日に山口県光市の「石城の里 三国志城」という博物館で「第9回三顧会」というイベントが行われた。
(※今までの三顧会については前記事参照のこと。)

 清岡は前日の夜からその施設に泊まっており、6時前には目が覚め、持ち込んだ缶コーヒーを飲みつつ、『漢代都市機構の研究』を読んでくつろいでいた。
 8時半からは泊まり組11名皆で朝食を頂く。相変わらず美味しくて種類が多くて良い感じ。
(そういや前夜祭だけ参加した二人がいらっしゃったけど、都合つかなかったんだろうね)
 伊比さんと共に第一展示場に展示されてある諸葛亮の系図を確認しに行く。前に話していた諸葛亮の娘は伊比さんの記憶通り確かにその系図では「諸葛果」だった。しかしながら、肝心の出典が見あたらなかった。

※リンク追記
・三国与太噺
http://d.hatena.ne.jp/AkaNisin/
・諸葛質?諸葛懐?  (※上記ブログ記事)
http://d.hatena.ne.jp/AkaNisin/20120126/1327571107

 9時、三国志城オープン、10時、三顧会開始なものだから徐々に人が集まってくる。
 天気は曇りがちで9時過ぎぐらいからぽつりぽつりと雨が降ってくる。
 今回もスタッフの方は赤いスタッフTシャツを着用している。


●9時~ 三国志城オープン
 ※会場に貼っていたタイムテーブルより。

 今回の三顧会は参加者へ事前に「三顧会開催に当たっての注意事項」と銘打たれたチラシと「三顧会アンケート」が配られていた。
 前者は「1.【三顧会の情報掲載に関して】」「2.【イベント参加に関して】」「3.【タイムテーブルについてとその他注意】」「4.【参加者様同士の交流について】」「5.【アンケート】」の項目に分かれている。
 多少、より閉鎖的なイメージを与えることに貢献してしまうかもしれないけど、普通に記事を書いていたら、思いっきり「1.【三顧会の情報掲載に関して】」の「個人の動き等がわかる詳細な情報掲載」に抵触してしまいそうなので、参加者個人に対しては今回は誰々に会ったぐらいしか書かない予定。他は団体名で書くとかだろうね。
 あと「3.【タイムテーブルについてとその他注意】」にも書いていたし、会場に貼ってあるタイムテーブルにも書いてあったんだけど、今回はどんどん予定を前倒ししていくとのこと。結果的には中だるみせず詰まっていてスムーズでかなり良かったと思う。同じ項目にはイベント中の読書は遠慮してくれるように書かれてあった。某氏は「これボクのことだ」と気に病んでいたんで、「いや結構、見かけたんで全体的にでしょう」とフォローを入れた上で「泊まりがけで参加すればゆっくり読めますよ(笑)」なんて言っていた。本棚にその旨が書かれた貼り紙もあって万全の体制。

 好例の挨拶→自己紹介がバルコニーで行われるということで、そこのイスに座って待っていると、若杉さんが来られ、旧交を温めていた。お互い変わらないのだろうけど、どうも話していると三顧会には二年ぶりらしい。道理で久しぶりな感じがしていた訳だ。


●10時~ 館長  開会の挨拶
 ※会場に貼っていたタイムテーブルより。

 まだ岩田駅から向かっている途中の参加者がいらっしゃるってことで10時20分ごろスタート。

 すでに地元ケーブルテレビのKビジョンの方一名がカメラをバルコニー奥でセッティングしている。

 スタッフの傅僉さんから谷館長にマイクを回され開会の挨拶。満場拍手。
 それから祝電が読み上げられる。

 好例の三顧会参加三日目の人に館長直筆の色紙が授与される。


●10時15分 三顧会あいさつと自己紹介
 ※会場に貼っていたタイムテーブルより。

 というわけで定番の自己紹介の時間。順番にマイクを回され「三国志のどの人物が好きか」「どこの県から来たか」を答えていく。
 三番目の清岡の番になるとスタッフの英傑群像岡本さんから「三顧会参加は何回目か」という質問が追加されたので、今までの三顧会全参加ということを自らばらす羽目に(笑)

 今回は、前回参加されていた潮出版の方飯田市川本喜八郎人形美術館のスタッフの方(公式サイトのInformationも担当とのこと)、NPO法人KOBE鉄人PROJECTの方二名、取材に来ていた「BS熱中夜話」の制作会社の方など、いろんな著名な団体の方が集まっていてビックリした。

 ちなみに今回のコスプレは、真・三國無双の諸葛亮、三国志大戦の曹操、蒼天航路の荀攸&荀[或〃]。

 10:50終了。移動時間兼休憩。


●11時~ 再現体験イベント『三国志竹簡づくり』
 ※会場に貼っていたタイムテーブルより。

特別企画展示場 会場は特別企画展示場(右の写真)。
 冒頭で傅僉さんから竹簡についての解説が入り、英傑群像岡本さんから竹簡の綴じ方についてレクチャーが入る。
 特別企画展示場には三国志ファン文庫があってそこにある本を参考にしてサインペンで書くって流れとのこと。

 前日は一人竹簡一枚を書いて皆で繋げるってアナウンスがあったんで、一枚分しか考えてなかったけど、どうも一人当たり四枚配られ、自分で繋げるってことらしい。
 次の日に館長から聞いたんだけど、日本の竹は中国の竹より幅が広いということだけど、返って文字や絵を大きくかけるんでこういったイベントにはちょうど良くなっている。

 清岡は一枚に書く文を考えており、二枚目以降思い付かなかったけど、とりあえず出典を明記することにした(笑)

 斬司徒天下乃安
  後漢書傅燮傳

竹簡作り あと清岡は「おまえ、そんな本使わないだろ!」というツッコミを期待して机の上に『木簡・竹簡の語る中国古代』を置いていた。というわけで以上の光景が右の写真。
 編綴のし方は最後までわからなかったんだけど、館長に綴じてもらった。

 他の人は出師表を書いたり、『三国演義』の桃園結義のを入れたり、黄巾賊の訛言を書いたり、複数の簡に渡って絵を描いたりしていた。中には土井晩翠(詩人)の長編詩「星落秋風五丈原」を書いていた方もいらっしゃってビックリした。
 みんな何かしらの創意工夫があって楽しんでいた。

 清岡はあんな単純な字でも何か参考にせずには書けないのでノートPCを見ながら書いていたら、三顧会参加者から司馬懿の詩を教えて欲しいと頼まれて、しばらく調べていたけど、ノーヒントだったので見つけきれず。結局、採用はされなかったけど、『通典』卷第五十二 禮十二 沿革十二 吉禮十一に載っている「晉宣王遺令」なんて見せていた。

 それで改めてこの記事を書いている今、司馬懿の詩を探して見るも見つからず。司馬懿と言えばサイト「ちうちうちう」なんだけど閉鎖されたんで、サイト「青青」にアクセスするとバッチリ載っている。出典はなんだろうと思い、詩の一節を検索してみると『晉書』宣帝紀にバッチリ載っているね(灯台元暗し的と言うか…)。今さらで遅いけど、以下に引用しておこう。「」内のところね。

帝歎息、悵然有感、為歌曰:「天地開闢、日月重光。遭遇際會、畢力遐方。將掃群穢、還過故郷。肅清萬里、總齊八荒。告成歸老、待罪舞陽。」

 とは言っても三国志城では電波状況から私のノートPCからネットに繋がらないんで結局は見つからなかったんだろうね。

 そういや「BS熱中夜話」の制作会社の方がちょこちょこ撮影されていて、近くにいらっしゃった時、隙を見つけてお仕事の邪魔にならないように清岡からお伺いをたててみる。結局、清岡が一方的に話し掛けたみたいな感じになってしまったような(滝汗)
 まだ番組の方針とか三回あるうちでどういったテーマにするかとか、きっちり決まってなくて手探り段階だそうな。三顧会への取材もストック的なニュアンスが強いんだろうなと個人的に清岡は思っていた。
 三顧会はいろんな三国志ファン層が集まり日本の三国志ファンの縮図になっているんじゃないか、という清岡の見解を示し、結構、番組の参考になるんじゃないか、と清岡が言っていた。また、そういった様々なファン層が集まる場合、最大公約数的な共通認識・共通言語として横山光輝/著『三国志』の内容が使われるという話題も清岡から出す。「孔明の罠」と言ったり、「君と予だ」と言ったり。例えば放送の少ない『人形劇三国志』よりは勉強的なニュアンスで学級文庫に置いてあるような横山光輝/著『三国志』の方がよく読まれているんじゃないかとも言っていた。
 同じ机に潮出版の方がいらっしゃったので、その話の流れで、1980年代の三国志ファンの話を伺う。三国志ファンの間で『人形劇三国志』再放送運動みたいなことが起こって中にはNHKへ電話したってこともあったそうな。なるほど~。
 今、下記の記事を見てみると、1984年3月24日までに放送があって、再放送は1985年4月1日からだね。

※参照 メモ:三国志とNHK


※追記 リンク:ファンクラブ

※追記 少年ワールド、コミックトム

 NHK-BS2で2008年6月10日『マンガノゲンバ』で『覇-LORD-』、2008年9月17日『BSマンガ夜話』で『蒼天航路』、2008年10月16日23日30日『BS熱中夜話』で三国志ナイトと立て続けに三国志ものが放送されるのはやはり2008年11月1日映画『レッドクリフ』の公開を見据えてのことかなって話していた。
(※実際、『BS熱中夜話』のスターウォーズナイトでは冒頭で『クローンウォーズ』の映像が流されていたしね)

 ほとんどの人が出来た中、英傑群像岡本さんの司会でどんなことを書いたかインタビューしていった。
 清岡にもインタビューが回ってきて、自作の解説に『後漢書』傅燮伝の一部を話していたんだけど、やはり知られていない人物ということと説明下手の相乗効果で、全くウケが悪かった(汗)

 というわけで12:08終了。


※次記事 第9回三顧会(2008年8月16日午後1)