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三国創作のための『儀礼』メモ


  • 2007年10月26日(金) 21:24 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    4,042
歴史 『儀礼I 別冊図』の中身 以前、三国創作における冠などかぶりものに関して「最低限、進賢冠と武冠が描かれていればリアリティが増すのかなぁ」と強引な説を書いてみた(下記リンク先)。

・メモ:「中国服飾史上における河西回廊の魏晋壁画墓・画像磚墓」
http://cte.main.jp/newsch/article.php/641

 それで今度は建物について強引なことを書く。最低限、「堂」が描かれていたらリアリティが出るのかなあ、と思っている。
 「堂」とは建物の部分の名称で、地面より高い位置にある台で、その三方が「室」など他の建物の部位に繋がっているのに対し、その南面には壁がなく開けている(逆に「北堂」は北側が開けている)。南側から堂の上にアクセスするには南面の東と西にある階段を使う。つまり階段を使って地面から堂の上へ昇る。また「殿」は『説文』に「堂の高大なる者なり」とあり基本的に堂と同じ構造なんだろう。堂の子孫だろうなと思えるものが今でも神社仏閣(それに舞台も?)に見られる。
 こういった堂は後漢時代あたりの明器によく見られる題材となっている。

※参照(と言ってもほとんど関連性はないが)
・中国古代の暮らしと夢
http://cte.main.jp/newsch/article.php/317

 それで何で「堂」かというと、多くの日常的な活動の舞台となっているからだ。

 少々、遠回りになるが、以下、ここに至るまでの説明。
 当時の社会風俗を知ろうと思えば、墓から出土された明器や畫像石・畫像磚に描かれたものを参照・適合にしながら、文献を読み解いていけば良いんだろう。こっちは三国志ファンなもんだから、当時の文献で真っ先に思い付くのが『三国志』や『漢書』『後漢書』などの史書になっちゃうんだけど、それはあくまでも歴史のトピックスが書かれていて日常的なことが書かれることは希になる。強いて言えば『後漢書』の志の部分かな、禮儀志や輿服志があるし。そこで史書以外で社会風俗がよく書かれている当時の文献は何かと行き着いたのがいわゆる三礼。三礼とは経典の『周礼』『儀礼』『礼記』のことで、『三国志』中にも数例その単語が見られ、有名どころでは『後漢書』盧植伝で「作尚書章句・三禮解詁。」とあり盧植が三礼の解詁を作ったことが書かれている(『字通』CD-ROM版によると「解詁」→「訓詁」で「字義の古今を解く。」とのこと)。このうち、ごく簡単に書くと(※というか私の理解が乏しいので簡単にしか書けない)、『周礼』は制度について書かれてあり、『儀礼』は礼に関する行動が細かく書かれてあり、『礼記』は『周礼』と『儀礼』との両方の性格を併せ持っているとのこと(自転車で喩えるとロードレーサーとMTBとの両方の性格を持つクロスバイクといったところか。悪く言えばどっちつかずとも言うが)。
 三礼のうち、当時の社会風俗を具体的に浮き彫りにしているのは『儀礼』だろう。もっとも経典なので教科書的で礼として理想化されてそうだが、それを差し引いてもよく当時の様子をよく残していると思っている。そういう考えで『儀礼』の訳註を探し大手書店に行ったものの見つからない。書店の検索端末で「儀礼」と検索すると、普通名詞の「儀礼」を持つタイトルが並んだため、『儀礼』が見つかりにくい。ようやく『儀礼』が見つかったものの在庫無し。仕方ないので、『礼記』の訳註(明治書院の新釈漢文大系シリーズ、原文、書き下し、通釈、語釈)に目を通すと、冠婚葬祭の個々の人の行動は元より、宴会や食事の様子まで書かれていて、これでも目的の多くは達せられると思い、暇があれば目を通していた。そこには具体的に細かく書かれているんだけど、冒頭で書いた堂をはじめ、稽首、答拜、揖やら簟やら馴染みのない単語が出てくる。もちろんこれらは語釈に解説があるもののどうもイメージとしては想像しにくい。これを三国志ファンにもわかりやすく喩えると『三国志』蜀書[广龍]統伝の注に引く『襄陽記』に「孔明毎至其家、獨拜牀下、徳公初不令止」とあっても孔明がしていた「獨拜」がどんなものか「牀下」がどんなところなのかそれぞれの単語を知った上でさらに全体像を掴むことに似ている。

<参照>「牀」 三国志の筑摩訳本を読む
http://cte.main.jp/newsch/article.php/221

 まぁ『三国志』自体もそうだけど、「どうせだったら『ヴィジュアル礼記』なんかあったら便利だなあ」と思っていた。

 そんなおり、図書館で見かけたのが池田末利/訳註『儀礼』(東海大学古典叢書)。『礼記』より『儀礼』の訳註を探していたことをすっかり忘れていたんだけど、試しに全四巻のうち一巻、つまり『儀礼I』を借りることにする。箱入りのハードカバーで同じ箱には『儀礼I 別冊図』として訳註とは別の冊子があり、そこには折り込みで45枚の図がある。どんな図かというと建物の平面図(ほとんど堂が描かれてある)があり、それぞれには『儀礼』の本文に対応した人物の配置や人物の行動が描き込まれている。それが右上の写真(少々分かりにくいが、図があってそこに文字があれこれ書き込まれているという雰囲気だけでも)。立体ではないにせよ、まさしくヴィジュアルなのだ。
 それで『儀礼I』の冒頭にある「自序」を読むと、こういった「空間的に再構成」することは『儀礼』を理解するために必要と考えられているようで、その例として「台湾の孔徳成氏等の儀礼グループでは十六ミリの映画を使用していると聞く」(※本来は旧字体で書かれているが表示の都合上、書き替える、以下、同じ)やら「さらに、焦循は十七篇のうち喪服・士喪・既夕・士虞礼を除く十三編については「習礼格(※「すごろく」とルビ)」を作って習うことを述べている。則ち、朝廟や庠に門・階・堂などを記入した紙の奕秤(※二字合わせて「ばん」とルビ)を作って、それぞれ人物・器物、それに揖・拝などの行動を示す棋(※「こま」とルビ)を木か石で種別に作り(後略)」やらが出ている。部外者だから無責任にここらへんはお人形ごっこを連想し、笑ってしまうんだけど。器物図は聶崇義/撰『新定三禮圖』に拠っているとのことなので、『中国社会風俗史』同様、畫像磚石・俑などの出土史料に基づいている訳ではないので注意が必要かな。
 さて『儀礼』に目を通し新たな発見が楽しみだ(その前に『礼記』に目を通し終えたいところだけど・汗)

 こういうふうに堂は当時の日常生活で重要な場所なんだけど、三国創作において堂を描いたのは良いが、堂上で「踞する」描写をしてしまってはリアリティが台無しになってしまうのでそこらへんは注意が必要となる。

・メモ:踞牀
http://cte.main.jp/newsch/article.php/485

<2008年7月14日追記>

・池田末利/訳註『儀礼』(東海大学古典叢書)

巻の内訳

儀禮I
 士冠禮 士昏禮 士相見禮 郷飲酒禮 郷射禮

儀禮II
 燕禮 大射儀 聘禮 公食大夫禮 覲禮

儀禮III
 喪服

儀禮IV
 士喪禮 既夕禮 士虞禮

<追記終了>


※関連記事 佐原康夫/著『漢代都市機構の研究』(汲古叢書31 2002年)

※追記 メモ:東漢人多為舉主行喪制服

※追記 第29回 春の古書大即売会(京都古書研究会2011年5月1日-5日)

※追記 ノート6:三国志学会 第五回大会

※新規関連記事 賢聖障子に諸葛亮、鄭玄、羊祜(京都御所紫宸殿2018年11月1日-5日)

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