※関連記事
少年ワールド、コミックトム
まんが劇画ゼミ 7巻(1980年2月25日)
漫狂 2号「特集・横山光輝」(1979年11月25日)
上記関連記事で書いたように、ここにきて、下記関連記事にある講演を聴講しに2012年10月27日土曜日に国立国会図書館 関西館へ足を運んときに、あきよんさんが見せて下さった横山光輝先生に関する資料が効いてきているので、個人的に役だった分を以下、まとめてみる。
※関連記事
時空をかける三国志(2012年10月18日-11月20日)
・『歴史読本』臨時増刊 '81-6号所収 横山光輝「特集随筆 『三国志』は私のライフワーク!?」
P.109
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その辺のところでは気苦労が多いのですが、最近は中国に関する書物も多く出版されてますし、知人に中国で出されていた『三国志』の劇画版のような本を見付けてもらったこともあり、前よりは楽になりました。
船のカタチでも『三国志』の時代の船と今の船では当然ちがってきてますが、知人にもらったその本を見ると、みんな箱を浮かべたような感じの前も後ろも四角い船で、いわゆるヘサキがある船ではない。吉川英治の『三国志』を読むと、船が体当たりしていく、というような表現をしているけど、まさに、そういうカタチの船が描いてある。そういったことも参考にできるので、今は大分助かっています。
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記事「
漫狂 2号「特集・横山光輝」(1979年11月25日)」で書いたように、ここにある「中国で出されていた『三国志』の劇画版のような本」は、別の文献、『漫狂』2号「特集・横山光輝」(1979年11月25日)にある、『バビル2世』の担当編集者だった綿引勝美さんが横山先生に届けた「上海で発行されている絵本」、引いては上海人民美術出版社の『三国演義連環画』に相当すると考えるのが自然のような気がする。あるいは別の本である可能性もあるが。
・まんが資料センター/編集『横山光輝の軌跡』(1993年11月1日発行)
このP.96では『少年ワールド』の扉絵等の史料と、記事「
まんが劇画ゼミ 7巻(1980年2月25日)」で触れた、手塚治虫・尾崎秀樹・副田義也/企画・監修『まんが劇画ゼミ』7巻 (横山光輝.小島剛夕.ジョージ秋山)(集英社 1980年2月25日発行)のP.62「資料は必ずある」が使われてあって、そこの絵も例の連環画っぽい絵が載せられている…というかキャプションもふくめ、ページ下半分がまるっとコピーされてある。またP.103に『コミックトム』1981年5月号に掲載されたインタビューがある。
※関連記事
少年ワールド、コミックトム
・『横山光輝 プレミアム・マガジン』vol.1(2008年9月19日発行)
※関連記事
横山光輝 プレミアム・マガジン(1)
pp.18-19は、上記関連記事の目次にある「岡谷信明氏インタビュー 「三国志」の頃」で、岡谷が入社したのは横山光輝『水滸伝』の連載の終わりの頃だという。また、横山先生が1985年に中国に行った時の写真が掲載されている。
pp.18-19
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横山『三国志』もはじめは小・中学生向けに描かれていて、最初のころのエピソードとしては典型的な少年漫画の描写が出てきますね。
張飛が初登場のシーンでは、いきなり敵の兵を片手で鷲掴みにして振り回したり。(笑)
その後は読者層が、高校生、大学生、社会人と広がっていったので、だんだんと大人っぽくなっていきました。
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こういった読者層についての言及は貴重な証言だね。pp.26-27「壮大な中国史への傾倒 横山光輝・創作ノート」は最後に明記してあるように、手塚治虫・尾崎秀樹・副田義也/企画・監修『まんが劇画ゼミ』7巻 (横山光輝.小島剛夕.ジョージ秋山)(集英社 1980年2月25日発行)の一部再掲載という形だ。そのためか、例の連環画っぽい絵二枚がキャプションもふくめ、ページ下半分がまるっとコピーされてある。但しその絵に対応する本文は掲載されていなかったので、結局、国立国会図書館で『まんが劇画ゼミ』7巻に当たる必要があった。
・横山光輝マガジン オックス 1・2・3合併復刻号(横山光輝クラブ事務局2004年2月25日発行)
「歴史巨編堂々完結……「三国志」編」のインタビューはタイトルや内容からいって、「横山三国志」終了直後の時のなのだろうね。
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『三国志』の鎧は明の時代のものですね。
「そうです。本当は三国時代も始皇帝の時代とたいして変わらないんですけど、最初はそれを知らないで書いていたんで途中から変えるわけにもいかず、そのまま押し通したんですよ。」
そういえば中国との国交が復帰していない時から書いていらしたので思慮には苦労されたと思いますが…
「(資料は)何もなかったんですよ。想像で書いていました。北斎とかが書いた関羽像などを参考に書いてました。あの絵が明の鎧だったんですよ。」
絵本通俗三国志ですね。
「そうです。今度はそういうことはありませんけど。こういうのは資料が無いと大変なんですよ。でもありすぐても間違っちゃいけないのでまた大変なんですよ。最近はかなり正確性を問われるので……」
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意外と間接的にでも『絵本通俗三国志』と明言している箇所は少ないので貴重だ。でも実際、見比べてみると、『三国演義連環画』ほどはあまり両者が似ている印象がない。強いて言うなら呂布の武器やら一般的な杯といったところだろうか。『絵本通俗三国志』のさし絵は多くない、というより文に対する割合は高くないしね。
「希望の新連載……「若き獅子たち志」編」ではそのタイトル通り横山光輝『項羽と劉邦』についてのインタビューだ。横山光輝『三国志』について横山先生は連環画を参考にしたと明言しているのをみたことないが、ここでは横山光輝『項羽と劉邦』について下記のように明言している。
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絵柄などの参考資料は……
「連環画がありましてね。画本三国志のようなものがあるんで、それを参考にしています。あとは『高祖劉邦』と『楚覇王』という本を中国で買ってきたので……資料は始皇帝の兵馬俑が発掘されてから豊富なんです。かえって三国志の方が難しいくらいですよ。」
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『画本三国志』については下記関連記事参照。要は『三国演義連環画』を訳したもの。陳舜臣/監訳『画本 三国志』全12巻(中央公論社1982年8月-1983年6月、挟まるチラシを見ると20日ごろ配本)
※関連記事
三国演義連環画と横山三国志
※追記
横山光輝『三国志』に見られる連環画の再構築 問題意識と目的 初稿
※追記
メモ:横山光輝展 豊島区立千早図書館(2014年10月19日)
※追記
三國志研究第十号(2015年9月5日)
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横山光輝『三国志』が大好き! (ケトルVOL.37 2017年6月14日)
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メモ:横山光輝マガジン オックス 1・2・3合併復刻号(2004年2月25日)
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