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中国故事人物の姿 -三国志の諸葛孔明から詩聖李白まで-(2017年1月1日-2月11日)
上記関連記事で紹介したように、滋賀県彦根市金亀町の彦根城博物館にて2017年1月1日日曜日祝日(というか元旦)から2月11日土曜日までの期間(会期中無休)の8時30分から17時までの時間にテーマ展「中国故事人物の姿 -三国志の諸葛孔明から詩聖李白まで-」が開催される。その会期中の1月7日土曜日の11時から11時30分までと14時から14時30分までの計2回、展示室1でギャラリートークが開催されるという。
それでどうせ足を運ぶならギャラリートークがあるときの方がいいやと思い1月7日の14時ごろにつくよう計画する。ギャラリートークは京都国際マンガミュージアムでの展覧会「知られざる中国〈連環画 (れんかんが) 〉 ~これも「マンガ」?~ 」の2015年5月30日のギャラリートーク以来かな。
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メモ:知られざる中国〈連環画 (れんかんが) 〉 ~これも「マンガ」?~ (2015年5月24日30日)
ともかく2017年1月7日土曜日は5時前に目が覚め、いつものように朝食を食べ、ビデオ消化をし、三国志ニュースの記事「
全譯 後漢書 別冊 後漢書研究便覧(2016年12月5日)」「
日経三国志(2016年12月)」を書いていた。
12時前には家を出て、12時30分京都駅発の琵琶湖線新快速(長浜行)に乗れる。転換式クロスシートの左窓際に座れる。三国志ニュースの記事を書きたいけど、眠い。そのまま眠りにつく。12時47分に目覚める。13時17分彦根駅到着。
彦根駅はいつも通過してばかりで下車するのは、下記関連記事で追記した、2012年10月20日土曜日に「ゆるキャラまつりin彦根」に来たとき以来だろうか。
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「ゆるキャラまつりin彦根」に孔明わん&関うーたん(2012年10月20日21日)
その時も、下記リンク先の10年前の2007年3月24日の「国宝・彦根城築城400年祭」でも彦根駅2階の改札外の窓に右の写真のように、窓のガラスにひこにゃんのステッカーみたいなのが貼ってあったんだけど、今はその左横にフレームのステッカーが貼ってあって、そこから外をのぞくと、ちょうど彦根城の天守閣の遠景がフレーム内に見えるようになっていて、額縁で飾られるようになるという演出だ。
・国宝・彦根城築城400年祭 (※個人サイトの雑記)
http://cte.main.jp/sunshi/2007/0304.html#24
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それも含め、懐かしみつつ、階段を降り、そういや、ひこにゃんのぬいぐるみの横に赤備えのご当地キティが売っていたな、と懐かしみつつ、アルプラザの横をとおり、大通りを西に向かう。良い天気。
やがて堀に到達し、そこから橋を渡ると神社に到達する。てっきりまっすぐいけるのかとおもったら、そうでもなく、左に迂回すると、自動車も通る道に合流し、西に向かう。ひとつの堀を越え、城壁を通過すると、また掘りに突き当たり、その堀沿いに左に行くと、人が通れる橋があり、どうやらそこをわたったところに彦根城博物館があるようだ。すぐに受付に到達し、そこは天守閣への受付と兼ねているようで、彦根城博物館だけの分の500円を払う。
博物館はその受付の建物の斜め向にあって、同じく和風の建物だ。玄関でスリッパに履き替えるのだけど、靴は持っていかないといけないようで、ビニル袋が用意されていた。床に上りしばらく歩くと受付があり、そこでチケットを見せ、右手に歩く。そうすると、右手に今回のテーマ展の一室、第一展示室があり、正面が常設展への道だそうな。後で一通り回ったときに気付いたけど、10年前、ひこにゃんを見にこの建物に入ったことを思い出した。当時のひこにゃんはまだ出たてでパフォーマンスのバリエーションがほとんど無かったのが印象的だった…いや、正確には後日見たら、自分の鈴を持って揺らしたり、技が格段にふえていた、ということなんだけど。
第一展示室に入ると右の写真のように、正面にいきなり劉備、関羽、張飛がお出迎えかのように見える。いや平気で写真を撮っているのは左の写真のようにフラッシュを焚かなければ撮影OKの場だったので。その看板だけでは撮影OKかどうか気になった方がいらっしゃって、ギャラリートーク後に館員さんにその旨を質問し確認をとられていた。フラッシュを焚かなければ撮影OKだなんて、下記関連記事の「四川棒遣い人形展」を思い出していた。
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ノート:四川棒遣い人形展(2015年10月17日)
それで入り口手前には、常設展も含め、それぞれに解説のプリントが置いてあって、今回のテーマ展にも用意されてある。そこに全21点の作品リストがある。実際の展示もざっとみるに、構成は1-5が「神・仙人」、6-9が「武人など」、10-21が「僧・高士」で、三国に関係するのは「武人など」に集中しており、「6. 武仙手鑑」(狩野常信筆、江戸時代)、「7. 劉備・関羽・張飛図」(江戸時代)、「9. 蔡文姫帰漢図」(張月樵筆、江戸時代)
があり、「僧・高士」の最後、つまりテーマ展の最後には「竹林七賢図筒花生」(江戸時代)があった。
14時からのギャラリートークを一通り聴いて、その後にいくつか質問したのだけど、作品ごとにまとめて記述する。
それでいきなり三国に無関係なところから。「2. 仙人尽図」(加藤湖川筆、江戸時代)で人物ごとに描かれていて、西王母の次に描かれる、東王公の口からビームが出て雲を突き抜けているのが気になった。ギャラリートークによると、これは絵のお手本(「粉本」というらしい)としての性格が強いらしく、それを聞いたら東王公はみんな口からビームを描くんだと心の中で思ってた。120人いるらしい。
「6. 武仙手鑑」は一帖の折り目の間の一幅にそれぞれ偉人をフルショットで描いており、太公望から時代順に代表的な人物が描かれ、展示される最後は、諸葛亮と司馬懿。諸葛亮。展示されてない部分を併せ36人居るそうで。諸葛亮は葛巾と羽扇を身につけるものの、鎧を着けた姿だった。
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ギャラリートークの質疑応答によると、「手鑑」は書籍の形態を示すもので、「武仙」は武人の偉人を意味するところで、こういった「武仙」ものを調査している研究者によると、大名クラスの人物のところでそれが発見されることが多く、つまり「武仙」ものはそこらへんの層に受容があったのかも、といった研究があるそうな。それにしても安物のカメラではここらへんをうまく撮れずにいた。
ちなみに狩野常信の生没年は1636年から1713年、つまりそこらへんにこのような受容があったようで。
「7. 劉備・関羽・張飛図」はやはり関羽が緑の服に赤ら顔なのに注目してしまう。あとポイントは劉備の左手が関羽の左肩にかかっていることかな。何かあれこれ想像してしまう。この右横に解説文が掲げられているのだけど、真っ先に「桃園決義」という誤字を見かけてしまう。ギャラリートークの質疑応答の時にその旨を申し上げると、今夜にも訂正するとのことだった。早い!
ギャラリートークによると、「9. 蔡文姫帰漢図」の作者、張月樵は彦根出身ながら、活動の場が京都、名古屋だったそうな。
ちなみにギャラリートークは固定のお客さんが6名ぐらいだったものの、展示を見るついでに少し寄ってくる人がいたのでのべ人数15人はいっていたと思う。あとギャラリートークで「僧・高士」のところを聴いていると、背後で「武人など」を見ている親子の会話が聞こえてくる。会話の内容はよく判らないんだけど、小さいお子様の声がよくとおりほほえましく「ジバニャン劉備」が何度も聞こえていた。判明した部分でツッコミを入れるとすると「フユニャン関羽じゃなくてフユニャン曹操かブリー隊長関羽」だろうか。それにしてもまさか江戸時代の三国受容と最新の三国受容を一度に体感できるとは思わなかった。
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データカードダス 妖怪ウォッチ ともだちウキウキペディア さくら国を統一せよ!(2016年4月2日-)
すっかりギャラリートークの時間をオーバーするぐらいまで質問してしまって、外に出ると、15時開始のジバニャンならぬひこにゃん登場のショーが始まっていた。
遠方から撮影してもかわいい。
彦根駅に戻ると、偶然にも事前に調べていたのと同じ列車に乗れることになった。15時34分発琵琶湖線(網干行)。尼崎駅近くで14時ごろ沿線火災があって、ダイヤに乱れがあった模様。三国志ニュースの記事「
12月24日は波調が親魏大月氏王に任命された日」を書いていたが、そのまま居眠り。石山駅あたりで目覚める。
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