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メモ:「後漢時代の三公と皇帝権力」


  • 2009年5月12日(火) 12:08 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    3,292
研究 ※前記事 メモ:「秦漢時代の爵と刑罰」

 手元に同著者の下記三報のコピーがある。それらを旅の移動時間に読んでいた。それらについてCiNii内のページへのリンクも続けて記す。


渡邉 将智「両漢代における公府・将軍府--政策形成の制度的変遷を中心に」(『史滴』Vol.26 (200612) pp.30-47 早稲田大学文学部東洋史学専修室 ISSN:02854643)
http://ci.nii.ac.jp/naid/40015336964

渡邉 将智「後漢時代の三公と皇帝権力 : 宦官の勢力基盤と徴召の運用を手がかりとして」(『史觀』Vol.156 (20070324) pp.18-38 早稲田大学史学会 ISSN:03869350)
http://ci.nii.ac.jp/naid/110006242887

渡邉 将智「政策形成と文書伝達 : 後漢尚書台の機能をめぐって」(『史觀』Vol.159 (20080925) pp.18-38 早稲田大学史学会 ISSN:03869350)
http://ci.nii.ac.jp/naid/110006242887

※関連リンク
・早稲田大学東洋史懇話会
http://www.waseda.jp/bun-tousi/konwa/konwa.html
・早稲田大学史学会
http://www.waseda.jp/assoc-shigaku/main.html


 話がいきなり明後日の方向へ飛ぶんだけど、最近、『エレキコミック やついいちろうの三国志TV』というネット配信番組の第16回「董卓仲穎」編(※下記記事参照)にあった、宦官が権力を持ちうるテキトーな理由説明を見ていた。よくよく考えてみればその理由をちゃんと説明できない私がいる。

※参照記事 エレキコミック やついいちろうの三国志TV

 それに以前から中常侍を初めとする宦官の権力構造に興味があり、これからも興味を持つだろうし、そのため、今回はそれに該当する上記三報のうち、「後漢時代の三公と皇帝権力 : 宦官の勢力基盤と徴召の運用を手がかりとして」についてメモを残す(※相変わらず、ただの丸写しになってしまう危うさがある)。できれば、小嶋茂稔/著『漢代国家統治の構造と展開─後漢国家論研究序説─』を併せて読んで頭の中で整理したいところだけどそれは別の機会で。

※参照記事 株式会社汲古書院のサイトオープン(2009年1月30日)

 ちなみにこの論文は前述したCiNiiで本文をダウンロードできるようだね。

 まずはページ数付きで目次から示す。

18 はじめに
19 一、『昌言』法誡篇の再検討
22 二、「省尚書事」
22 (一)「省尚書事」に関する先行研究
23 (二)「漢家舊典」
25 (三)前漢の侍中・中常侍と「省尚書事」
26 三、「顧問應対」と宦官の政治活動
26 (一)「顧問應対」
28 (二)中常侍の人事介入
30 四、徴召の実施目的と皇帝・三公
32 おわりに
33 註


 「はじめに」でまず先学では三公九卿を抑え尚書台が国政運営で中心的に機能していたとされることが記述される。これに対し、前稿の「両漢代における公府・将軍府--政策形成の制度的変遷を中心に」で、政策形成への関与を専権的に認められた官署は公府・将軍府であることが示された。これを承けて、この論文では三公の政治的影響力およびそれと皇帝権力との関係が分析されるという。

 「一」では、先学において尚書台が三公の実験を奪ったとし、その論拠として、「臺閣」を「尚書台」と解した上で『昌言』法誡篇を上げていたという。

・『後漢書』仲長統伝所載『昌言』法誡篇
 周禮六典、冢宰貳王而理天下。春秋之時、諸侯明德者、皆一卿為政。爰及戰國、亦皆然也。秦兼天下、則置丞相、而貳之以御史大夫。自高帝逮于孝成、因而不改、多終其身。漢之隆盛、是惟在焉。夫任一人則政專、任數人則相倚。政專則和諧、相倚則違戾。和諧則太平之所興也、違戾則荒亂之所起也。光武皇帝慍數世之失權、忿彊臣之竊命、矯枉過直、政不任下、雖置三公、事歸臺閣。自此以來、三公之職、備員而已、然政有不理、猶加譴責。

 それに対し祝総斌氏と黄宛峰氏は真偽等に疑問を呈したという。、仲長統が同時代の曹操による三公制廃止を正当化するために『昌言』法誡篇を著し三公を過小評価した等、祝総斌氏は述べているという。次に論文は「臺閣」=「尚書台」とすることに疑問を向けている。その理解であると「光武皇帝…政不任下(群臣)」と「事歸臺閣(群臣のいる尚書台)」とが矛盾するという。『三輔黄図』巻四では宮殿の一種として記載され、『北堂書鈔』巻五十九所引『東觀漢記』に「黄香為尚書令、上愛其才、毎朝臺閣、遂見尊重。」とあることが指摘される。この「朝」について『礼記』曲礼篇下の「天子當依而立.諸侯北面而見天子.曰覲.天子當宁而公.諸公東面.諸侯西面.曰朝.」、『後漢紀』巻十明帝紀下の「公卿毎朝、陛下問得失、皆言『…』」が引かれ検討され、「朝」は皇帝に朝見する意味としている。それらにより「臺閣」は皇帝との朝見の場であるという。続けて、具体的な場は、先学を引き北宮徳陽殿(元旦大朝会)、北宮建始殿(皇帝への通常の朝見)、『後漢書』范升伝の「四年正月、朝公卿・大夫・博士、見於雲臺。」を引き雲台としている。さらには『続漢書』五行志の「中平二年二月己酉、南宮雲臺災。庚戌、樂成門災、延及北闕、〔度〕道西燒嘉德・和歡殿。案雲臺之災自上起、榱題數百、同時並然、若就縣華鐙、其日燒盡、延及白虎・威興門・尚書・符節・蘭臺。」を引き、雲台は南宮の建物で尚書台と別の建物であることが示される。以上から論文では『昌言』法誡篇の「臺閣」は朝廷や光武帝を指すとしている。

 「二」の「(一)」では、まず三公の政治的影響力を明らかにする前に宦官の国政への関与を検証していくという。先学の多くは次の記述を論拠としている。

・『後漢書』朱暉列伝附朱穆列伝
 穆居家數年、在朝諸公多有相推薦者、於是徴拜尚書。穆既深疾宦官、及在臺閣、旦夕共事、志欲除之。乃上疏曰:「案漢故事、中常侍參選士人。建武以後、乃悉用宦者。自延平以來、浸益貴盛、假貂璫之飾、處常伯之任、天朝政事、一更其手、灌傾海内、寵貴無極、子弟親戚、並荷榮任、故放濫驕溢、莫能禁禦。凶狡無行之徒、媚以求官、恃埶怙寵之輩、漁食百姓、窮破天下、空竭小人。愚臣以為可悉罷省、遵復往初、率由舊章、更選海内清淳之士、明達國體者、以補其處。即陛下可為堯舜之君、眾僚皆為稷契之臣、兆庶黎萌蒙被聖化矣。」帝不納。後穆因進見、口復陳曰:「臣聞漢家舊典、置侍中・中常侍各一人、省尚書事、黄門侍郎一人、傳發書奏、皆用姓族。自和熹太后以女主稱制、不接公卿、乃以閹人為常侍、小黄門通命兩宮。自此以來、權傾人主、窮困天下。宜皆罷遣、博選耆儒宿德、與參政事。」帝怒、不應。

 ここの「省尚書事」を担う中常侍が上奏文の披閲・選択や決裁などに関与し尚書台を掌握したというもの。「省尚書事」の実態は諸説あり、薩孟武氏、羅永生氏は上奏文を披閲する権限とし、余行邁氏は上奏文を披閲した上で皇帝に取り次ぐか否かの権限(披閲・選択権)としていて、冨田健之氏は『漢書』巻七十四丙吉伝の「及霍氏誅、上躬親政、省尚書事。」(※行為者は皇帝)から上奏文を決裁する機能であるし、米田健志氏は前述の「漢家舊典」を後漢前半期とし「平尚書事」と同じと推測したという。行為者の違いから論文では疑問が呈されている。

 「二」の「(二)」では前項を承け「漢家舊典」の時期を特定する試みがなされている。冨田氏は『後漢書』朱穆列伝の「姓族」を外戚とし時期を明帝期以降としているという。『後漢紀』巻十四和帝紀の「姓族無以逾梁氏、加以親外家」から、梁氏は「姓族」であるが、「外家」でもあり、両者は区別されており、「姓族」を外戚とするのは検討の余地があるという。「舊典」は『後漢書』和帝紀に「先帝即位、務休力役、然猶深思遠慮、安不忘危、探觀舊典、復收鹽鐵、欲以防備不虞、寧安邊境。」、『後漢書』郎顗襄楷列伝所載襄楷上奏文に「永平舊典、諸當重論皆須冬獄、先請後刑、所以重人命也。」とあるように、それを取り上げた本人より以前の状況を述べたものであり、『後漢書』朱穆列伝においては桓帝期以前だという。ここで「漢家舊典」に類する「漢家舊制」が載る『後漢書』伏侯宋蔡馮趙牟韋列伝にある「惟霸積善清絜。視事九年。漢家舊制、丞相拜日、封為列侯。」が着目され、文中の「丞相」からここでの「漢家舊制」は前漢と特定され、総じて、『後漢書』朱穆列伝の「漢家舊典」は前漢の状況であるとされている。

 「二」の「(三)」では前項を承け『後漢書』朱穆列伝の解釈がなされ、前漢の侍中・中常侍は「省尚書事」しており、その実態の解明のため、両官の権限の分析がなされている。『漢書』巻八十六何武王嘉師丹傳の「會息夫躬・孫寵等因中常侍宋弘上書告(…)上於是定躬・寵告東平本章、掇去宋弘、更言因(侍中)董賢以聞」から侍中・中常侍に披閲・選択した形跡が見えないものの、皇帝へ伝達する権限が見えることが示されている。これらのことにより先学の言う宦官の勢力基盤が尚書台に拠るということに疑問が呈されている。

 「三」の「(一)」ではまず『続漢書』百官志の「中常侍、千石。本注曰:宦者、無員。後增秩比二千石。掌侍左右、從入内宮、贊導内衆事、顧問應對給事。」にある「顧問應對」について検討されている。『後漢書』楊賜伝の「帝欲止、以問侍中任芝・中常侍樂松。松等曰」、『後漢書』蔡邕列伝の「其年七月、詔召邕與光祿大夫楊賜・諫議大夫馬日磾・議郎張華・太史令單颺詣金商門、引入崇徳殿、使中常侍曹節・王甫就問災異及消改變故所宜施行。邕悉心以對、事在五行・天文志。」から侍中、中常侍、光祿大夫、議郎は皇帝の諮問に応じていたことが示される。また『後漢書』竇憲伝の「(侍中竇)憲以前太尉鄧彪有義讓、先帝所敬、而仁厚委隨、故尊崇之、以為太傅、令百官總己以聽。其所施為、輒外令彪奏、内白太后」、『後漢書』酷吏列伝の「(曹)節直入省、白帝曰…」にあるように侍中、中常侍が「白」していることが挙げられている。後者の例は省に入った上、つまり直接口頭で述べると指摘される。これらのことから「顧問應對」は皇帝の諮問に応じる権限、皇帝や皇后に直接口頭で進言する権限の総称とされている。

 「三」の「(二)」では「顧問應對」の役割について検討されている。『後漢書』陳蕃伝の「中常侍蘇康・管霸等復被任用、遂排陷忠良、共相阿媚。大司農劉祐・廷尉馮緄・河南尹李膺、皆以忤旨、為之抵罪。」、『後漢紀』桓帝紀の「是時中常侍侯覽・貝瑗驕縱最甚、選舉不實、政以賄成。秉奏覽等佞諂便僻、竊國權柄、召樹姦黨、賊害忠良、請免官理罪。」にあるように宦官(中常侍)による人事介入の例が示される。これらの例は皇帝の諮問に応じた形跡が見えず、『後漢書』虞詡伝に

宦者孫程・張賢等知詡以忠獲罪、乃相率奏乞見。程曰:「陛下始與臣等造事之時、常疾姦臣、知其傾國。今者即位而復自為、何以非先帝乎?司隸校尉虞詡為陛下盡忠、而更被拘繋;常侍張防臧罪明正、反搆忠良。今客星守羽林、其占宮中有姦臣。宜急收防送獄、以塞天變。下詔出詡、還假印綬。」

と言うように直接進言の例が示される。次に徴召制度に論点が移り、『後漢書』魯恭伝の「會詔百官舉賢良方正、恭薦中牟名士王方、帝即徴方詣公車、禮之與公卿所舉同、方致位侍中。」、『後漢書』曹豹伝の「靈帝即位、中常侍曹節以陳蕃・竇氏既誅、海内多怨、欲借寵時賢以為名、白帝就家拜(曹)著東海相。詔書逼切、不得已、解巾之郡。」、『後漢書』蔡邕列伝の「桓帝時、中常侍徐璜・左悺等五侯擅恣、聞邕善鼓琴、遂白天子、敕陳留太守督促發遣。邕不得已、行到偃師、稱疾而歸。」を例に臣下による「薦」あるいは中常侍による「白」から皇帝による「徴」の流れが説明される。

 「四」では徴召制度に着目し、皇帝と三公の関係について論じられている。論文の表1に、『後漢紀』、『後漢書』、『隷釈』所収碑文からの徴召の事例が纏められている。その表において尚書台の属僚を極官とする事例は全体の6%に過ぎないという。また被徴召者は初任官に関わらず高確率で三公に昇進したという。これらから徴召は三公およびその任官候補者を皇帝自ら招聘し任用する制度であると結論付けている。


※次記事 メモ:「晋南朝における冠服制度の変遷と官爵体系」

※追記 メモ:「前漢後期における中朝と尚書」

※追記 後漢の皇帝支配体制と政治制度の構造(2012年10月)

※追記 鄧艾伐蜀の背景をめぐって―西晋王朝成立史の一側面―(2014年12月)

※追記 漢魏晋南北朝時代の都城と陵墓の研究(2016年8月20日)

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