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2005年7月31日「三国志シンポジウム」雑感1


  • 2005年8月12日(金) 23:08 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    7,847
教育機関  こういうのは読み手にとっても書き手にとっても熱の冷めないうち、当日か翌日に書いてアップするのがいいんだけど、ついつい遅れてしまった。まぁ、その分、他の人への記事へリンクできるからいいんかな。

 さて、大東文化大学では毎年、この時期にオープンキャンパスをやっていて、2004年も中国文学科(現、中国学科)で渡邉義浩先生が「三国志の世界」というタイトルで体験授業講義をやっておられたんだけど、今年度は中国学科へと改称するので、それを記念して「三国志シンポジウム」を行うってことだった。



 この話は四月ぐらいに確定したようだけど、それ以前に噂(というかフライング情報・汗)はチラホラあった。
http://cte.main.jp/c-board.cgi?cmd=ntr&tree=1641
http://cte.main.jp/c-board.cgi?cmd=ntr&tree=1610
http://cte.main.jp/newsch/article.php/59

 まぁ、そういうことが長い間、興味を惹きつけられた要因の一つでもあるんだけど、発表のタイトルなど内容のこともきいて当日を迎える。

 前の日に、ネット上の知り合いにあって会食し(いわゆるオフ会)、ビジネスホテルに泊まり、当日を迎える。

 会場は大東文化大学のオープンキャンパスと同じく、東松山キャンパス。そこの622教室になるそうな。東武東上線に乗って、最寄り駅の高坂駅へ。10時から始まるというのに9時50分高坂駅着。間に合うのか、と焦りながら、電車から降り、無料のスクールバスに乗る。やっぱり電車に合わせてスクールバスがきていて、それに乗り込み、やがて出発(※と後で聞いたら、前の電車で来た人はバスを随分、まったとのこと)。そして、丘の上の大東文化大学へ。
 バスから降りると、オープンキャンパスの看板の前にそこには大きく「三国志シンポジウム」とあった(右上の写真)。その後に学校のパンフレットとか飲み物とかもらえる受付みたいなのがあったけど、もう10時を回っていたので、そこをスルーしていざ会場へ。ソーラーハウスみたいな渡り廊下を通り、階段を下り、レジュメ(白黒の冊子)をもらいいざ会場の教室へ。足を踏み入れると、案の定、午前の司会の中林史朗先生の挨拶がもう始まっていた。

 会場は意外と大きく、大学の大きめの講義室(階段状の教室)といったところだ。発表者は一段高いところでずらりと並んでいて、その中央にいかにも発表するぞ、といった机が用意されている。その前の聴衆の席は向かって左から学習院大学三国志研究会。通路を挟んで、東京大学三国志研究会、早稲田大学三国志研究会、そしてまた通路を挟んで、右は大東文化大学三国志研究会。このプログラムには書いてなかった謎の大東文化大学三国志研究会はシンポジウムが終わった後に何となくその正体がわかるのだが。
 とりあえず、会場の右前へ陣取る。

※これから三国志シンポジウムをあれこれ書くのだけど、下記のリンク先とあわせて読むとわかりやすい。
・宣和堂電網頁の宣和堂遺事(2005年7月31日付け)
http://www2s.biglobe.ne.jp/~xuan-he/
・木の葉のページの寝言(NO.123)
http://www.h2.dion.ne.jp/~konoha/
・民草厨房(女性向けサイトなので注意)のBoyaki(2005年7月31日付け)
http://tamigusa.itigo.jp/
・AKN's三國志図書館の三國志図書館Blog(2005年8月1日付け)
http://akn.to/
・蜀人気質の沈思黙考(2005年8月1日付け)
http://www5a.biglobe.ne.jp/~shuren/
・三国志漂流(2005年8月2日付け)
http://www.doblog.com/weblog/myblog/3040
・東京大学三国志研究会のサイト(2005年7月31日付け)
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Library/2832/
・三国志ファンのためのサポート掲示板の感想ツリー
http://cte.main.jp/c-board.cgi?cmd=ntr&tree=1871

・三国志シンポジウム
日時 2005年7月31日(日)午前10時~午後3時
会場 大東文化大学東松山校舎622教室
対象 高校生・大学生・一般市民・研究者

総合司会 中林史朗(大東文化大学教授)



○基調報告  金 文京(京都大学人文科学研究所所長)「日中韓三国の三国志」

 司会の中林史朗先生から金文京先生の紹介が始まる。レジュメより副題は「三つの三国志物語」。タイトルから現在の日中韓の三国志系ジャンルをそのまま紹介するのかな、と思ったら、そうではなく源流から紹介している。つまり三国演義の成立までを説明し、そこから日中韓にわかれていくって話の流れだ。
 三国演義の源流、つまり三国志の物語化を「説三分」とかじゃなくて、もっと古い鼓吹曲(当時の軍歌の類。講演では「鼓吹歌」。宋書に載っている)に持ってきているあたりが面白い。実際、物語調になってるしね。蜀の鼓吹曲は現在に伝わってないが、伝わっていれば三国演義の源流になるという。
http://cte.main.jp/newsch/article.php/149
 次は「三国志平話」に飛ぶ(三国演義関連の政治的な話らしい)。元代。三国演義との違いをまず説明。その大きな違いの二つ、冒頭の転生話と末尾の劉淵の話を紹介。それから成立した元代の時代背景が三国志平話にどう影響を与えているか(正当論、民族論、五行説、宋=漢)に話が移る。「事林広記」だと「元は宋を継承し」みたいな事実と反したことが書かれていることを指摘し、それは当時の願望を反映しているとのこと(政治的、民族的に微妙な問題)。
 それから韓国の話へ。李氏朝鮮時代に三国演義の記録あり(「小説を読むな」とか記述らしい。朱子学の精神に関連)。さらに時代が下って壬申倭乱(豊臣秀吉の朝鮮侵略の時)。明の軍人が関羽廟をつくるから、朝鮮にその資金を要請したとのこと。それで小説への反感が高まったとかで。ソウルの関帝廟の話。韓国人で参拝する人はいないとのこと。でも臥龍廟(諸葛亮)は参拝する人がいるとのこと。今では韓国では日本と同じく小説やらマンガやらゲームやらが流行っているが、今でも知識層の一部では否定的な意見が多いとのこと。日本ではそういった政治的なものが切り離されて三国志ブームが起こっている。

○報告  石井 仁(駒沢大学助教授)「三国時代の軍事制度」

 司会の中林史朗先生から石井仁先生の紹介がされ報告が始まる。三国演義との三国志のギャップを持ってきて、三国演義では一刀のもとにきりすてた、とかいって会場を沸かしてつかんでいる。古代ローマを引き合いに出して(塩野七生先生の「ローマ人の物語」の名がでていた)、実は三国志の軍事はよくわからないとおっしゃっている。但し戦争全体の戦略とか外交はわかるが、バトル(作戦レベル?)はわからないという意味。
 で話は渭水の戦い(曹操軍対韓遂&馬超軍)の話にうつる。長矛の役割(張飛の愛用している蛇矛で形状、つまり長柄を解説)。長矛の例として孫策軍対黄祖軍のときの劉表が黄祖に長矛五千の援軍をおくったという話にとび、さらに歩兵と騎兵の比率の話で、北の公孫[王賛]軍が3:1で袁紹軍が10:1、南の孫策軍が20:1という話(→だからまとまった長矛は歩兵だろう)。長矛はどう使われていたかの話。168年の逢義山の戦いからマケドニア密集軍を引き合いに出していた。
 「虎彪騎」は「鉄騎」で「重装騎兵」(馬もよろいをつけている)だと推測されるそうな。太平御覧に引く「魏武軍策令」に出ている馬鎧を証拠の一つとしている。それを使った軍事のこととして、三国志魏書の武帝紀の渭水の戦いの記述から軍の動きの予想図をレジュメに示している(ほかにも逢義山の戦いも)。つまり当時の中国にも古代ローマのように有機的な統合戦術があった、と。
 曹操の話。孫子研究の第一人者、とのこと(曹操の注釈が残っている)。「通典」に曹操の「軍令」があるとのこと。あと軍律は厳しかったとか、いろいろ。
 武将はおしゃれって話。例の諸葛亮の話とか(レジュメには横山三国志の二コマが載せられていた)
http://cte.main.jp/c-board.cgi?cmd=ntr&tree=1452
 関羽と張飛の話特集。いろいろと。武人の地位はどうだったかって話とか。

※新規関連記事 メモ:「三国志演義」翻案マンガにおける「明光甲」後考(日本マンガ学会第22回大会2023年7月1日)

○ 休憩時間

 ネットの知り合い二人とは会ったんだけど、残りの知り合いに会えないかときょろきょろしていた。壇上の発表者の一人の和田さんがなにやら携帯で操作をしていた。事前に和田さんとメールのやりとりをしていたんだけど、もしやと思い、ノートPCを見るとメールが来ていた。それで席を立たずにお互い手を振り合う(笑)


・2005年7月31日「三国志シンポジウム」雑感2へ続く
http://cte.main.jp/newsch/article.php/153

※追記 三国志演義の世界 増補版(2010年5月下旬)

2005年9月3日 三国志納涼オフ会in東京


  • 2005年8月11日(木) 17:22 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    2,610
ネット  三国志ブログ界の草分け的存在「三国志漂流」の管理人のUSHISUKEさんが主催するオフ会が9月3日にあるそうだ。題して「三国志納涼オフ会in東京」。

・三国志漂流
http://www.doblog.com/weblog/myblog/3040

 オフ会とはネットでの交流を「オンライン」としたときに対する「オフライン」の交流会。つまり、実際に会って、食事などを交えて、そのジャンル(この場合だと三国志だな)のおしゃべりをしたりすることだ。
 詳細は次のようになる。

・「三国志納涼オフ会in東京」
日時:2005年9月3日土曜日 17時開始(2時間ぐらいを予定)
場所:東京「赤坂 魯粛」(創作和食のお店)
予算:4000円ぐらい(仮)
ネタ元URL
http://cte.main.jp/c-board.cgi?cmd=ntr&tree=1897
※多分、ここであらかじめ早い目に参加表明をすればOK(ツリー元の記事に返信すれば良い)

 というわけで、直にあって三国志トークに花を咲かせたいぞ、という方々はお誘い合わせの上、ふるってご参加してください。
 多分、ネット上でもあまり面識がなくても三国志好きであれば参加できると思います。

2005年8月6日「八卦の空」(ミステリーボニータ9月号)


  • 2005年8月 8日(月) 23:05 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    4,004
マンガ 三国志ニュースをつくってから連載中の三国志漫画を追ってきたんだけど、
http://cte.main.jp/newsch/article.php/7
それらの中で、「覇王の剣」は連載を終え、
http://cte.main.jp/newsch/article.php/102
「千客万来」はようやっと面白くなるころに掲載誌の「ComicBoo!」が予告なく消滅し、
http://cte.main.jp/newsch/article.php/80
「コミック三国志」は予定通りその掲載誌の「週刊ビジュアル三国志」ともども終了した。

そうかと思うと、業界初の三国志オンリー漫画雑誌、「コミック三国志マガジン」が順調に隔月刊で発刊しつづけ、最新の4号まで出ている。
http://blog.livedoor.jp/arrow12ds/archives/50000541.html
http://cte.main.jp/newsch/article.php/42

そんな中でまだ見ぬ連載中の三国志漫画があるという未確認情報をキャッチした。
http://bluefan.exblog.jp/
掲載誌は月刊の「ミステリーボニータ」(秋田書店)。件の三国志漫画のタイトルは「八卦の空」。主役は「管 公明」(管輅のこと?)とのこと。
それらから考えるにどうやら広い意味での三国志漫画らしい。

秋田書店といえば、プリンセスGOLDに「<三国志烈伝>破龍」が連載されているし、
http://cte.main.jp/newsch/article.php/139
週刊少年チャンピオンには「さんごくし」が連載されている。
http://blog.goo.ne.jp/gesotoku/e/4e3342fbe7654f3e6d4e38c9f3237faa
(※「さんごくし」のレビュー)
闇で講談社に次ぐ三国志漫画好き?(笑)

で、ここ数ヶ月、立ち読みしてやろうと目論み(オイ)、本屋に行くたびにチェックしていたんだが、その「ミステリーボニータ」が見つからない。
あきらめかけていて、何気なく近くの本屋によったら、平積みされていた!
だけど、別冊を固定するためか、しっかりビニル紐で中身が見れなくなっている。
さてどうしようと二晩、待った結果、買うことに(謎)。2005年の9月号定価690円ナリ。


で、どんな読者層をターゲットにした雑誌なのか確かめる前に「八卦の空」を探す(とりあえず別冊は再録本のようだ)。
まず目に付いたのが表紙の「八卦の空」というタイトルではなく、その上の「みなさんの声援のおかげで復活!!」という文字。もしかして先月号はなかった?
きになったんで、秋田書店のサイトで確認する。
http://www.akitashoten.co.jp/
「八卦の空」の文字が見れるのは2005年の4月号、5月号、6月号の三つ……確かに。
それで読みすすめる、読みすすめる……
てっきり、「管 公明」の絵からほのぼのコメディー占い師マンガか、トンデモ系妖怪退治長編マンガと思っていたが、そうではない。

シリアス路線のしんみりくる短編マンガだ。

もちろん魑魅魍魎のたぐいはしっかりでるものの、それは単に戦いの材料に使われるだけ、とかよくあるパターンじゃなく、しっかりとした世界観の中、自然と出てくる感じだ。
三国志に関係する部分は土台程度にさりげなく。
いや、今までの三国志漫画は三国志の記述に振り回されている観があって、私は好きでなかったので、その反動の所為かこれぐらいの作品と三国志の距離感を心地よく感じてしまう。

それにしても「管 公明」は三国志魏書方技伝の管輅の記述

容貌粗醜、無威儀而嗜酒、飲食言戲、不擇非類、故人多愛之而不敬也。

の記述を作者なりに解釈した結果だろうか……って確かに「粗醜」だけど、可愛いぞ!(人多愛?・笑)

で、予告をみるとこの「八卦の空」、次号も掲載されるとのこと。

・2005年9月6日「八卦の空」(ミステリーボニータ10月号)
http://cte.main.jp/newsch/article.php/175

・秋田書店のサイト
http://www.akitashoten.co.jp/
※ページの下の方にミステリーボニータのページへのリンクあり

・青木朋先生のサイト「青木朋HP++青青」
http://aoki.moo.jp/
※サイトでしか見れない三国志漫画アリ。

・青木朋さん(私設)ファンクラブ
http://bluefan.exblog.jp/

・9話 県庁の怪(ブログ『青青日記』)
http://blog.aoki.moo.jp/?eid=96578

宋書楽志にある「鼓吹曲」の見方


  • 2005年8月 7日(日) 21:29 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    4,760
歴史 三国志シンポジウムの雑感をかくまえに宋書楽志に載っている「鼓吹曲」のメモ。
基調報告の「日中韓三国の三国志」と、それに対する討論会での質問でも出てきたので。

※関連記事 2005年7月31日「三国志シンポジウム」雑感1

<追記>Re:蜀の史官の存在について  (※「三国志ファンのためのサポート掲示板」書き込み)
http://cte.main.jp/c-board.cgi?cmd=one&no=3171

もし蜀の鼓吹曲が残っていたら三国演義の原型のようなものであろう、とする基調講演に対し、蜀の鼓吹曲が残ってないのは、政権を後漢から引き継いだという建前なので元々、蜀の鼓吹曲はなかったのでは? というような討論会での質問。

魏と呉の鼓吹曲は
http://china.ic.daito.ac.jp/cgi-bin/handy/ftmsw3
↑中央研究院漢籍全文資料庫の大東文化大学サーバー版(まぁ本家でも良いんだけど、三国志シンポジウム関連でせっかくなんでこちら)で見ることができる。
ここの「二十五史」のところをチェックして「開啓」のボタンを押して移ったページで「新校本宋書」→「志」→「卷二十二 志第十二」→「樂四」
→「644」と順にクリックしたページから見ることができる(呉は「656」。韋昭がつくっているあたりがファンにとってポイントが高い)

※追記
上記サイトがデッドリンクなので、替わりに下記を挙げておく(というかこっちが本家)。
http://www.sinica.edu.tw/~tdbproj/handy1/

※追記 韋昭研究(2011年7月)



(以下、余談)
というようなことをサイト「江河水」
http://kougasui.fc2web.com/
(現URL)の掲示板で2001年7月8日17時52分に書き込んだんだけど(多分、もうログはサイト上に残っていない)、さらによそのサイト「呉書見聞」
http://f27.aaa.livedoor.jp/~sonpoko/
(現URL)の掲示板で反響があって、2001年8月2日21時29分の佳耶乃さんの書き込みによると(多分、もうログはサイト上に残っていない)、篠田耕一/著「三国志軍事ガイド」(新紀元社刊)に呉の鼓吹曲「伐烏林」の原文と対訳が載っているとのこと(清岡は未確認)。

余談ついでながら、よその掲示板まで反響があって浮かれている清岡の書き込みを以下、あげておく

-----------------------------

Res:清岡美津夫(849) 題名:ありがとうございます♪ 投稿日 : 2001年8月3日<金>07時04分
いえいえ、引用されててなんだか嬉しかったです
それと、対訳が載っている本を教えてくださってありがとうございます。
えっと、私はその本、持ってないので、どこかで見かけたら、
見させてもらいますね。
って軍歌っていうことはいつ頃、唄われてたのですかね。
三国時代なのですか? だとしたら三国時代に軍楽隊ってあったってことに!?

呉鼓吹曲、あの詞の呉贔屓っぷりが好きです(笑)
でも他の国のファンの人には見せれないですね、、、
その中の「關背德曲」なんて題名からいきなりそうですし(苦笑)

8月5日は司馬懿の命日


  • 2005年8月 5日(金) 12:47 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    5,682
歴史 晋書の帝紀(宣帝のところ)を見ると

(嘉平三年、紀元251年)秋八月戊寅、崩於京師、時年七十三。

となっていて

http://cte.main.jp/c-board.cgi?cmd=ntr&tree=1824
↑ここを参考にしつつ、日を特定すると、どうやら紀元251年8月5日に司馬懿(字、仲達)は崩御したそうな。

ついでにいうと、司馬懿の息子の司馬昭(字、子上)は晋書の帝紀(文帝のところ)をみると

(咸熙二年、紀元265年)秋八月辛卯、帝崩于露寢、時年五十五。

となっておりどうやら紀元265年8月9日に崩御したそうな。

しらなんだ。