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メモ:第2回“三国志”の作り方講座(東京都新宿区戸山2019年7月27日)


教育機関 ※前の記事 メモ:貂蝉と拳で愛を語り合う、そんな三国志ランチ会@横浜中華街(2019年7月27日)

 2019年7月27日土曜日15時過ぎ、東京メトロ早稲田駅から東京都新宿区戸山1-24-1 早稲田大学戸山キャンパス の38号館 AV教室に向かっていた。16時から18時30分まで開催の開催の三国志学会主催「第2回“三国志”の作り方講座」に参加するためだ。

・三国志学会
http://sangokushi.gakkaisv.org/

・“三国志”の作り方講座
http://sangokushi.gakkaisv.org/tsukurikata.html

※関連記事 第2回“三国志”の作り方講座(東京都新宿区戸山2019年7月27日)

※前回記事 人事の三国志(2019年6月10日)

・三国志学会 公式 (3594gakkai) on Twitter
http://twitter.com/3594gakkai

・早稲田大学
https://www.waseda.jp/


━引用開始━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 プログラム
○イントロダクション (16:00~16:15)

○講演 (16:15~17:45)
・石井仁(駒澤大学教授)
「曹操の戦いと魏の軍事制度」(仮)

○休憩 (17:45~17:55)

○対談 (17:55~18:10)
・石井仁(駒澤大学教授)
・青木朋(漫画家)
・USHISUKE(三国志学会 役員)

○会場からの質問コーナー (17:55~18:10)

○まとめ (18:25~18:30)

━引用終了━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 いや席に付く前に今回の講座の史料をもらっているのだけど、まずメインの駒沢大学教授 石井仁先生による講演「曹操の戦いとかれの兵法」のレジュメがA3用紙2枚両面印刷A4大6ページ、石井仁『曹操 魏の武帝』(新人物往来社2000年)からの地図A3用紙1枚、「重装歩兵の密集陣形(ファランクス)」「関連地図」「重装騎兵(甲騎具装)」「逢義山の戦い」陣形図「渭水の戦い」陣形図の載った図版資料A3用紙1枚、石井仁「三国時代の都督制」(『創文』498号 2007年6月)のコピーA3用紙1枚A5大4ページとあった。

※関連記事
 魏の武帝 曹操(2010年8月6日)
 三国時代の都督制(『創文』2007年6月号)

 それらについては開演して出演者のUSHISUKEさんが講座の冒頭のイントロダクション で説明されていた。

※関連記事 ユリイカ2019年6月号 特集=「三国志」の世界(2019年5月27日発売)

 それで石井先生が登壇して講演「曹操の戦いとかれの兵法」の始まり。つかみは三国志学会での先生ご自身の役職と、諸葛亮降格での役職を重ね合わせたもの。今回の講演は上記関連記事で触れた、 『ユリイカ』2019年6月号「特集=「三国志」の世界」収録の石井仁「曹操の戦いとかれの兵法」をベースにご発表とのことだった。その時、『ユリイカ』2019年6月号を持ち合わせていなかったので、ピンとこなかったけど、今、この記事を書いているときにタイトルが同じだったことを知る程度で、今、まず以下に目次で比べてみよう。

・『ユリイカ』2019年6月号(縦書き)pp.51-58
51 1 曹操の生涯とかれの学問
53 2 曹操の軍令
56 3 渭水の戦い

・「第2回“三国志”の作り方講座」レジュメ(横書き)pp.1-6
1 1 曹操の生涯とかれの学問
2 2 曹操の軍令
5 3 渭水の戦い

 さて、この両者の中身だけど、冒頭を見比べてみると、『ユリイカ』分にあったルビがなくて、今回の講演では口頭で解説することが印象的だった。具体的には『通典』。一般的には「つてん」と読むし手元の日本語検索でもそう変換できるんだけど、『ユリイカ』分でもそうだし先生曰く「づてん」とのこと。あとは『ユリイカ』分に一部あったカッコ書き原文がレジュメでなくなっていたり、逆に『ユリイカ』分になかったカッコ書き説明が一部足されていたり、改行のあるなしだったり、つまりほぼ同じ文章だった。
 当日は手元に『ユリイカ』2019年6月号ないものだから、個人的には比較対象としてはむしろ講演つながりの似たようなテーマの2005年7月31日開催「三国志シンポジウム」の石井仁「三国時代の軍事制度」だった。共通するキーワードは『通典』、長矛、渭水の戦いといったところだろうか。段違いに段違いでおもしろくなっている!いや、オブラートにつつんで、「より洗練されてる!」

※関連記事 2005年7月31日「三国志シンポジウム」雑感1

 その時と比べ格段に聞きやすいと思うのは研究の蓄積なのか、聞き手の知識の幅が広がったからなのか、それとも?といったところだろうか。あと印象に残ったのが、「官渡の戦い」について「ラッキーだった」とのコメントと、「赤壁の戦い」について「もうちょっと慎重にやってたら勝てた」というコメント。

 休憩時間は有意義なもので、少女マンガ家4名の前で、熊本の土産話という名のネタ話を披露できたことかな。

※関連記事 メモ:「三国志演義」翻案マンガにおける「明光甲」考(2019年6月22日)

 それとはまったくの別件で、人と人とをあわせる流れで、「格虎」のツッコミなどを聴けた、『論語』述而の記述で裏を取ってね。『字通』によると「虎を手うちにし河をかちわたる」と。

・『論語』述而
子謂顏淵曰:「用之則行、舍之則藏、唯我與爾有是夫!」子路曰:「子行三軍、則誰與?」子曰:「暴虎馮河、死而無悔者,吾不與也。必也臨事而懼、好謀而成者也。」

 休憩が終わり「対談」の時間へ。まずUSHISUKEさんから都督についての解説を先生に促す。『三国志』巻四十呉書孫堅伝に見える「都督華雄等」の文字から説明し、史書にはないが、曹洪が都督だった可能性があるとし、夏侯淵が戦死した後に、曹洪が派遣されていて、その時都督だった可能性があると。
 次が青木さんからの質問で、指令のタイミング。レジュメp.4上部、『ユリイカ』p.55上段のところ。曹操から託された小箱に入ってた指令書について。
 その後、オーディエンスからの質問を受け付けて、まず学研のムックにある兵士五人一組の編成は実際どうなのか、という質問。多分、『戦略戦術兵器事典(1)【中国古代編】』「グラフィック戦史シリーズ」(学習研究社1994年1月)に載っているやつだなと思った。

※関連記事 三国志関連で自分史作りのスゝメ

 もう一つが節についての質問。その質問に対して前者について「恣意的なのでは?」と。後者についてはそのまま節と鉞の説明。外見については『漢代の文物』参照かな。使持節・持節・假節については『通典』巻三十二 職官十四が出典で。

・Re:仮節について (三国志ファンのためのサポート掲示板)
http://cte.main.jp/c-board.cgi?cmd=one&no=2869

 質問者がかわって、次の質問が張遼の話。前線じゃないところに大軍を置く理由は?とのことでそれに対する回答が「軍隊は孤立させるのがまずいので、背後に軍を置いて兵站を確保していた」という旨。
 さらに質問者がかわって、伍長について自説を述べて、「それでいいですね」と先生。同じ質問者で護軍について。「くわしいですね」と先生。中央軍と地方軍があって、護軍は中央軍のこと。確かに手元の電子文献の『三国志』を検索したら「還護軍」と出てくる。それから「対談」で出てきた曹洪について。その回答で出てきた「参軍事」という言葉、それと同じく都督は常設じゃないと。権限を抽出しているだけとのこと。同じ質問者で先生の論文の論文にある節について。「それは間違い」と回答、全部、使持節と。
 いや何度も質問していてしかも内容が講座から逸脱しつつあったので、一部不評を買っていたようで。それに限らず質問という名の質問者による自説披露はどの学会大会にもあるのだろう。問題は「いつものこと」と許容できる文脈かどうかなんだけど、例えば下記関連記事にあるような三国志学会大会ならともかく(その例は清岡が許容できなかった例だけど)、一見さんが大半であろうこの講座では不適格といわざるを得ないわけで…

※関連記事 第2回三国志学会大会ノート2

 話を当日に戻し、折角なんで残り3人の質問者を全員当てようってことでまず一人目の質問者。兵卒に装備品はどう支給されてたか。
 その次の質問者は節の権限に中二千石が含まれるか?という質問。先生曰く「難しい質問ですね。多分、含まれるんですね……いや、わからないです」 そこから解説されていた。
 それで最後の質問者。節度使と節はつながりがあるのか?「同じ」と先生。その次の質問が長い名前の役職について。「それでいいと思います」と先生。  それで講座が終わると思いきやUSHISUKEさんが前回の講座との兼ね合いで渡邉義浩『人事の三国志』について。「読んでないです」と先生。というより上野の別講演から渡邉義浩先生がかけつけていらっしゃっていた。講座はそれで終了。告知があれこれあった。

※関連記事
 人事の三国志(2019年6月10日)
 特別展 三国志 記念講演会(東京国立博物館2019年7月13日27日)

 この後、スタッフのおさっちさんの音頭で懇親会が高田馬場駅近くの某居酒屋で開催されたのだけど、清岡は次の予定があるのに中途半端に参加し、21時20分新宿駅発の湘南新宿ラインで神奈川県の某マンガ喫茶に到着していた。

※次の記事 三国志の考古学(2019年6月)

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