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漢魏時代の甲鎧 ―特に明光鎧と黒光鎧とについて(1974年1月30日発行)


研究
※前の記事 小学修身用書 第四(成美堂1887年10月)

 2018年8月25日土曜日14時19分、国会図書館新館にいて、閲覧申請した書籍がカウンターに届きそれを拝見してた。いよいよ次の研究テーマのさわりに取り掛かろうとしていた。

・東京本館|国立国会図書館―National Diet Library
http://www.ndl.go.jp/jp/service/tokyo/

※新規関連記事 「ガマンできないマンガ」教えます! #13(モーニング2017年10月12日号)

 ともかく「明光鎧」がキーワードで、何かしらひっかかるだろう、と思って検索するも、それっぽいのか2つしか引っかからない。14時19分に閲覧申請でカウンターに来たのが駒井和愛『中国考古学論叢』(考古民俗叢書13、慶友社1974年1月30日発行)。そのpp.56-60「漢魏時代の甲鎧 ―特に明光鎧と黒光鎧とについて」が今回のお目当て。明光鎧について取捨選択することもないので、少し確認して14時50分にはコピーを済ませた。
 あんまり期待していないが、15時19分、閲覧申請してカウンターに伯仲/編著・中川友/訳『図説中国の伝統武器』(原題《中国传统兵器图监》2010年、マール社, 2011.6.20発行)をとりに行く。 意外とまともと思ったら、始皇帝兵馬俑の身分による違いの描き分けができてない、図説なのに。とりあえずp.139の「唐代の明光鎧」をメモした(下記に引用した分)。後日、確認するに、『図説 中国文明史 6 随唐 開かれた文明』(創元社2006年8月10日)のp.94でも同じような文があったので明光鎧の、少なくとも現代の認識としてはそれであっていると。まぁ論文で引用するとなると、『図説 中国文明史』の方を使うかな。他の部位の名称で護肩とか護心鏡とか腹帯とかある。

━引用開始━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 魏・晋から唐代にかけてもてはやされた鎧甲である。前と背に円形の金属製防護板がある。戦場で太陽に照らされると磨きのかかった金属板が光り輝くため「明光」と呼ばれた。時代を超えて使われたので様式は多彩であるが、肩や膝の防具があるなしにかかわらず、円い金属板を備えている点が共通の特徴である。
━引用終了━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 私が明光鎧に言及する場合、特に胸の「円形の金属製防護板」の特徴を見ていて、典型的な例として「蒼天航路」の鎧を想定している。

※関連記事 メモ:「達人伝」×「蒼天航路」 王欣太先生 原画展(2017年4月2日訪問)

 それで後で前述の「漢魏時代の甲鎧 ―特に明光鎧と黒光鎧とについて」を見るにp.57で曹植の「先帝賜臣鎧表」という文を『北堂書鈔』巻二十一から「先帝賜臣鎧、黒光、明光各一領、両当鎧、…」と引いていて、つまり「明光鎧」は三国魏の頃にはあった鎧としている。その記述によってか「蒼天航路」では三国魏の明光鎧と唐代の明光鎧の構造を短絡して捉え明光鎧ばかり描くのか?と思っていた。
 論旨が「明光」の意味に触れ、金属色から来ているといろんな文献から結論づけていたが、その流れでは「円形」とか形に関することは出てこない。別の流れからそれは札甲であると推定されていて、やはりこの論文と『図説 中国文明史』&『図説中国の伝統武器』とでは、時代を通じての連続性はあるかもしれないが「明光鎧」の定義が異なるようだね。

※次の記事 チャイナフェスティバル 2018(代々木公園2018年9月8日9日)

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