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早稲田大学の入試で曹丕関連2017


教育機関 ※前記事 同志社大学の入試で三国関連2017

上記記事に引き続き、大学入試に三国関連がないか、下記サイトをチェックする。

・大学入試2017 : 大学入試 : 読売新聞(YOMIURI ONLINE)
http://www.yomiuri.co.jp/nyushi/17/

そうすると下記関連記事のように、昨年に引き続き今年も早稲田大学入試に三国関連がある。

※関連記事 早稲田大学の入試で三国志関連2016

・早稲田大学
http://www.waseda.jp/

まず「スポーツ科学(2月14日実施)」の国語 (三)には『太平記』からの文が載せられ、それに対し6問設けられる。『太平記』だから三国と無関係のように思えるのだけど、その箇所は下記関連記事で触れた(日本にローカライズされた)菊水の話で「魏の文帝」が登場し、おそらく試験問題で追記された「注」がついていてちゃんと「魏の文帝…曹丕(一八七~二二六)。」と説明される。

※関連記事 7月16日 京都祇園祭宵山に菊水鉾

そこでは魏の文帝の時に慈童は召し出されて「彭祖と名を改まる」となっているね。逆に『太平記』に載ったんで、菊水の話が日本では一般性を帯びてしまったんだと納得してしまった。祇園祭のパンフレットにしれっと当然のように載っているのだな、と。


次に「法(2月15日実施)」の世界史のIのAの文では黄巾の乱からはじまり三国鼎立に至ることが書かれ、それについて設問が2つある。設問1は「三国時代(前後を含む)の歴史」についての不適切な記述を選ぶ四択問題で、その文は「① 曹操は兵力の確保・軍糧の補給のため,屯田制を興し,占田・課田法を実施した。」であり、誤りのチョイ足し(占田・課田法)で仕上げている。Aの文に「その後,曹操は新王朝建設の準備を着々とすすめ,子の曹丕は後漢の献帝の禅譲をうけ,洛陽を都として帝位についた。」とあるし、設問1の文に「② 曹丕が漢を奪う直前に始めた九品中正は,貴族性の成立に重要な役割をはたした。」とあるし前日の国語とあわせて曹丕推しを感じることとなっている。あと選ぶ正解が法学部っぽいかな。

※関連記事 関西大学の入試で『三国志』

設問2が劉備が帝位についた場所を漢中、成都、雲南、荊州から選ぶ四択問題で、成都が正解なんだろうけど、他の場所のif性もいいかな、と。


次に「教育(2月19日実施)」の世界史[3]の長文の最初の文がやはり黄巾の乱からはじまり三国鼎立に至ることが書かれ、三国鼎立についての設問「(1)」が誤りを選ぶ四択問題でやはり「a 曹丕が後漢・献帝の禅譲を受けて魏が成立した。」と曹丕がでてきている。今回の正解、というかifを感じさせるのは「b 建業に都を置いた呉は魏の攻撃を受けて滅亡した。」で、赤壁の戦いに曹操が勝利したんだね、と(いやもう建国しているんで違うのだろうけどifの定番に思考が寄せられてしまう)。こりゃ教育的だ。


次に「政治経済(2月20日実施)」の世界史Iの長文が「正史」についてで下記に引用するように「正史」が後に政治の影響下で成立した様が書かれるという政治経済部っぽいところで『三国志』が出てくる。「曹丕」という固有名詞が出てこなくなった。

━引用開始━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
『史記』の形式にならって次々と書かれた各王朝の歴史は,後に「正史」と総称されるようになる。ただし,[ b ]の『漢書』,陳寿の『三国志』などは,いずれも私人の著作であり,それらが書かれた時代には,他にも類似の史書が多く存在していた。皇帝の命によって過去の王朝の歴史を公式に編纂するようになるのは,南北朝時代からであるが,同一王朝の歴史が作りなおされることもあった。
━引用終了━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


次に「商(2月21日実施)」の世界史Iの長文が中国の人口推移についてでちゃんと「これらの数字は,戸口の実数ではなく,王朝が把握し得た数であるが,これも地方官の課題報告などがあり確実とはいえない。」と断りが含まれている。その長文についての設問が12問ありその最初のが文中の「漢は一時中断する」ことが何を指すかを選ぶ四択問題でその中に誤りだけど「4. 党錮の禁により,儒教理念に基づく政治が機能しなくなったこと。」と三国にかかわるのがある。


※次記事 京都大学の入試世界史B(2017年2月25日)

※新規関連記事 九州大学の入試で三国志関連2017

※新規関連記事 関西学院大学の入試で馬、そしてポロと曹植関連2018

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