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立命館大学の入試で三国志関連2014


教育機関 ※前記事 大学入試センター試験で三国志関連2014

上記記事にあるように毎年、この時期になると大学入試に三国関連がないか、下記サイトをチェックするのだけど、どうもタイミングを逸して2014年からは私的利用の範囲内で手元にPDFファイルをおいておくだけになっていた。

・大学入試速報2014 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
http://nyushi.yomiuri.co.jp/14/

※さすがに2年前の速報ページになるとリンク切れなので、アーカイブ内へのリンクをいれておく。
・大学入試速報2014 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
https://web.archive.org/web/20140408083202/http://nyushi.yomiuri.co.jp/14/

そうすると下記関連記事のように、その前年に引き続き今年もこの大学の入試に三国関連がある。

※関連記事 立命館大学の入試で三国志関連2013

・立命館大学 - +R 未来を生みだす人になる。 -
http://www.ritsumei.jp/

まず「文系(法・産業社会・国際関係・政策科・文・映像・経済・経営・スポーツ健康科)(2月1日実施)」の日本史だ。

日本史 I の冒頭の〔1〕の文で、「『魏書』東夷伝倭人条」と出てきて、それに先立つところで「中国の正史『[ B ]』のうち」と出てくる。もちろんこれは穴埋め問題で(d)にあり、「もっとも適当な書名を答えよ」というもの。もちろん三国志だ。さらにその後の文で倭国で「争乱」があるとし「国々が一女子を王としてともに立てたところ収まったと記されている」という文に続き、「一女子」から「立てた」まで下線があり(3)の標識がある。これを受けて(e)に選択問題があり、4択で正しい文を選ぶもの。(う)の「魏の皇帝は女王に「親魏倭王」の称号と金印紫綬を与えた。」が正解なんだろうけど、歴史創作ファンとしては(え)の「邪馬台国は「一大率」を末盧国に配置し諸国を検察した」という文にifを感じてしまう。続いて「その後247年に女王は帯方郡に使者を派遣し,[ C ]国と交戦状態にあると報告した」とあり、問題(f)で「適当な語句」を答えるように書かれてある。正解は「狗奴」だろうけど、こんなんまで覚えないといけないの?大変だな。ちなみにその男王は「卑彌弓呼」。さらに「同族の女子が王に立てられた」に下線が引かれ、(4)として問題(i)で「新たに立てられた女王が中国の晋王朝に遣使したのは何年か」というのがあって、『晋書』巻九十七倭人伝に

宣帝之平公孫氏也、其女王遣使至帶方朝見、其後貢聘不絶。及文帝作相、又數至。泰始初、遣使重譯入貢。

とあるんで、西暦265年か?…ってこんなんまで覚えないといけないのか、大変だ。

※関連記事 大学入試センター試験で三国志関連2014

次に「文系(法・産業社会・国際関係・政策科・文・映像・経済・経営・スポーツ健康科)・理系(理工・情報理工・生命科)・薬学(薬)(2月2日実施)」の世界史だ。

世界史 I の長文が洛陽を軸としたもので、当然のように『三国志』に載る後漢、三国魏、西晋が出てくる。文では4番目の段落の冒頭から「その後,190年に後漢王朝は突如,長安へ都を遷すが,それを強行したのは董卓であった。この頃,朝廷内では后妃の一族である[ C ]・後宮に仕える宦官・儒教的教養を持った清流派官僚による三つどもえの権力闘争が展開されており,」とあり、 I 自体が穴埋め問題なので、ここには「何進」が入るのだけど、これもそんなのまで覚えないといけないのか?と思ってしまう(いや三国ファンとしては当然、と思う方もいらっしゃるだろうが)。それにしても「清流派官僚」って学術用語なの? 後の文から見ると、「清流派官僚」は何進側にいる袁紹がそうなんだけど、物事を単純化してはいけない実例だろうか。次の段落では「それから30年後,献帝から禅譲を受けた魏の[ D ]帝は再び洛陽を都と定め再建した。」とありこれは「文」だけど、先ほどの「何進」との難易度との差を感じてしまう。もしかして受験生にとってこれらは同等の知識なのだろうか。

・何進暗殺から董卓秉政へ(孫氏からみた三国志45)
http://cte.main.jp/sunshi/2008/0307.html

※関連記事 関西学院大学の入試で『三国志』巻三十魏書東夷伝

あと最近、下記関連記事を書いたから急に立命館大学の入試関連の記事を書いたわけではない…立命館大学関連が続いてしまったけど。

※関連記事 巴と蜀と ~四川省の三国志関連遺跡、重慶地区を中心に~(2016年2月20日)

※次の記事 関西大学の入試で邪馬台国関連2014

※追記 立命館大学の世界史入試で三国志関連2016

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