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リンク:「漢代の扁書・壁書」


  • 2010年1月11日(月) 17:57 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    2,302
研究 ※前記事 リンク:「漢代における郡県の構造について」

 このシリーズで同著者の論文へのリンクが続いたので、別の著者の論文へのリンクを張る。元々は『史林』がオンラインで公開されていないか、確認のため、CiNiiで検索をかけていたときに見かけた論文。

・The Society of Historical Research
http://wwwsoc.nii.ac.jp/shr/

 それが下記の論文。「関西学院大学リポジトリ」にも収録されている。

佐藤 達郎「漢代の扁書・壁書──特に地方的教令との関係で──」(『関西学院史学』35号 (200803) pp.83-98 関西学院大学)
http://ci.nii.ac.jp/naid/110007153041

CiNii

 参考までにページ数付きで目次から示す。

83 はじめに
84 1 扁書の諸例とその性格
85  (a1) 詔書─赦令
86  (a2) 詔書─恩沢赦令
87  (b) 烽火品約
87  (c) 購賞規定
88  (d) 「専部士吏典趣輒」
89 2 地方的教令と扁書・壁書
95 おわりに
95 注

 論文タイトルにある「扁書」とは「はじめに」によると官衙や市里などの衆目に触れる場所に、詔勅や地方官の教令などの掲示だそうな。その扁書は実物と思わしき簡も出ているそうで、この論文ではそれがどういう性格や意義を有しているのか論じられている。
 「1」。扁書という言葉は漢簡にしか見られないそうな。『説文解字』によると「扁」は著、簡策の意であり、文献史料では『太平御覧』所載『風俗通』に詔書が壁に掲げられる事例が見られるという。

・『太平御覧』卷五百九十三 文部九 詔
『風俗通』曰:光武中興以來、五曹詔書題郷亭壁、歳輔正多有闕謬。永建中、兗州刺史過翔箋撰卷別、改著板上、一勞而九逸。

 1990年発掘2000年簡報2001年報告書の敦煌懸泉置遺跡出土「四時月令詔條」(本来二尺両行の「大扁」)は胡平生氏により扁書の実例とし注目され、1999-2002年発掘2005年写真と釈文公表の「エチナ(額済納)漢簡」には数点の扁書関連の記載と扁書の実例と思わしき冊書「専部士吏典趣輒」が含まれているという。論文では漢簡に記録の見える扁書の事例が(a1)(a2)(b)…と項目立てて、整理されている。
 「2」では、扁書・壁書などの形態をとって、吏民にしばしば出された地方官の自主的裁量にかかる教令「教」「條教」について論じられている。下記のようにそれらの事例が挙げられている。

・『漢書』巻八十九循吏伝(黄霸)
使郵亭郷官皆畜雞豚、以贍鰥寡貧窮者、然後為條教、置父老師帥伍長、班行之於民間、勸以為善防姦之意、及務耕桑、節用殖財、種樹畜養、去食穀馬。

・『漢書』鄭弘伝
皆著治跡、條教法度、為後所述。

・『後漢書』伝六十六循吏列伝(童恢)
耕織種收、皆有條章。

・『後漢書』伝六十六循吏列伝(衛颯)
颯下車、修庠序之教、設婚姻之禮。

・『後漢書』伝六十六循吏列伝(許荊)
荊為設喪紀婚姻制度、使知禮禁。

・『後漢書』伝三十一宋均伝(※先代の教令を改めた例)
遷九江太守。郡多虎暴、數為民患、常募設檻阱而猶多傷害。均到、下記屬縣曰:「夫虎豹在山、黿鼉在水、各有所託。且江淮之有猛獸、猶北土之有雞豚也。今為民害、咎在殘吏、而勞勤張捕、非憂恤之本也。其務退姦貪、思進忠善、可一去檻阱、除削課制。」

・『後漢書』伝二十一廉范伝(※旧制を改めた例)
遷蜀郡太守、其俗尚文辯、好相持短長、范毎厲以淳厚、不受偷薄之說。成都民物豐盛、邑宇逼側、舊制禁民夜作、以防火災、而更相隱蔽、燒者日屬。

 続いて石に刻んだり郷亭の壁に記された、前漢、後漢の例が挙げられる。論文では、先の扁書が地方的教令の壁書・石刻化の一つのバリエーションであるとしている。

・『漢書』巻八十九循吏伝(召信)
信臣為民作均水約束、刻石立於田畔、以防分爭。

・『後漢書』伝六十六循吏列伝(王景)
遂銘石刻誓、令民知常禁。又訓令蠶織、為作法制、皆著于郷亭、廬江傳其文辭。

 何よりもこの論文で印象に残ったのは次の画賛(像賛)についてだ。

・『続漢書』志十九郡國志一河南尹條注引『応劭漢官』
尹、正也。郡府聽事壁諸尹畫贊、肇自建武、訖于陽嘉、注其清濁進退、所謂不隱過、不虛譽、甚得述事之實。後人是瞻、足以勸懼、雖春秋采毫毛之善、罰纖釐之惡、不避王公、無以過此、尤著明也。

・『後漢書』伝三十八応劭伝
初、父奉為司隸時、並下諸官府郡國、各上前人像贊、劭乃連綴其名、録為状人紀。

 ドラマに出てくる校長室内部の歴代校長写真よろしく、郡府の聴事(※これについては『漢代都市機構の研究』P.224参照。閤門内の堂)の壁に歴代の太守の画賛が掲げられていたという。まぁ、今まで漢代の画像石を見た経験上、顔のアップとかじゃなくて、せいぜい全身像だろうけど。

※関連記事 佐原康夫/著『漢代都市機構の研究』(汲古叢書31 2002年)

※次記事 リンク:「尹湾漢墓簡牘の基礎的研究」

※追記 リンク:中国の連環画の変遷とその描写技法

※追記 メモ:「魏晋南北朝時代における地方長官の発令「教」について」

※追記。アクセスログを見ると、2012年11/09 (金) 09:38:31に「尹湾漢墓簡牘よりみた漢代の長吏 cinii」という検索語句があった。なぜCiNiiにアクセスしてそこの検索を使わないのか、ともかく検索者のネットリテラシーの足りなさを表している。

※追記。アクセスログを見ると、2015年07/08 (水) 13:44:46に「扁書 意味」という検索語句があって、関西での検索が続いていたんだけど07/29 (水) 14:47:51に「扁書 とは」というネットリテラシーのなさを象徴する「とは」検索が追手門学院大学からきた。つまり課題が出ているんだね。

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