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新出魏晋簡牘をめぐる諸問題ノート2


  • 2012年6月27日(水) 23:55 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    1,247
研究 ※目次 新出魏晋簡牘をめぐる諸問題ノート(2009年9月13日)

※前記事 新出魏晋簡牘をめぐる諸問題ノート1

○報告II 新出三国西晋出土簡牘の調査と課題

 14:14。伊藤敏雄先生が登壇される。A4用紙両面印刷6ページのレジュメが予め配られていた。
 今回は時間の関係上、全部話すのではなく最近、調査したことを中心に話されるとのこと。

●I.2009年9月の調査(2008年度三菱財団人文社会科学研究助成による)
※以下、冒頭に「●」とある場合はレジュメからの引用。

●1. 期日:9月3日~8日

 期日は9月3日~8日で実際の調査期間は3,4日。9月3日に長沙に集合し、4日に長沙簡牘博物館、湖南省文物考古研究所、そこで簡牘を見せて貰い、5日に長沙から郴州にバスで4時間ぐらいで行った。郴州市博物館は今年の8月にオープンした、できたばかりのところ。そこを見学し、郴州呉簡、郴州晋簡の発掘現場となる蘇仙橋公園を見学したがどこが出土場所かまったくわからなかった。6日の午前中、陵墓を少し見て、長沙に戻り、南京に行き、翌日の7日に南京市博物館を見学した。その際に秦淮河北岸発掘現場に案内してもらった。その辺の話を今回する。

●2. 参加者:伊藤敏雄、關尾史郎、安部聡一郎、阿部幸信、永田拓治

●3. 長沙簡牘博物館
 まず長沙簡牘博物館では、事前に何を見たいのか、それを言っておけば見せてくれることになって、日数はあまりないので1人5点ぐらいで、全部で25点になった(※レジュメに各人がどの竹簡を調査したか書かれている)。(上記の「参加者」の順で各人が何を主に見たか)朱筆塗痕簡等、戸品簡、典田吏等関係(竹簡・壹-5789と5746接合確認)、波塘簡、公乘関係。このうちの発表者の調査した朱筆塗痕簡等の報告を行う。
 竹簡・壹-940、竹簡・参-6303、竹簡・参-7003、竹簡・参-7165を実際に見て、朱筆の部分を確認し、その文字をレジュメで網掛けしている。(1,4つ目は斛の数字部分、2,3つ目は銭の数字部分で)朱筆があるのを確認した。2009年1月に言ったときは竹簡・参-7186を確認し、同様に「出銭五千七百七十萬吏番有…」の「五千七百七十萬」に朱筆があるのを確認した。今回、見たのは残っているものを見たという意味では、銭(ぜに)や斛(こく)の数字の部分に朱が記されていたと考えて良さそうだ。これは確認のためか強調のためかそのへんを考えてみたいと思う。
 そのあと博物館の展示を見た。パスポート番号を控え、無料の入場券を頂き見学した。まだ公表されていない簡牘も公開されていた。例えば、許迪の官余米横領案件で、既に公表された2月19日の木牘と共に、未公表の1?月28日の金曹宛ての木牘が展示されていた。その他、「私学長沙~」で始まる木牘(3行)(※レジュメではこの後に「(王・宋2009の周基文書)」と手書きで付け足されている。新幹線の中で気付いて足したとのこと)が展示されていた。実際に、よく見れば、(展示で)未発表のある分も使えるのではないかと思った。

●4. 湖南省文物考古研究所
 午後、王素先生、張春龍先生のお世話になり、湖南省文物考古研究所の木簡等を見ることができた。そこで驚いたことは厳重な管理がなされていて、木簡を管理・調査する場所が上の階でロックされている。ロックを解除しなければ上にあがれない。1月の時にはなかったが今回、靴の上からビニル(※レジュメでは「一次性鞋套」)を覆って入る。そこで見たのは正しい数値、未公表の分は控えることができなかったので、うろ覚えで、里耶秦簡約20~30点、虎溪山漢簡約10点、郴州晋簡C3-65~90の内十数点、郴州呉簡は公表されていて、V-53、56~60、111の6点7枚(53・111接合)を閲覧した。
 その後、郴州晋簡に関するいろんな情報を教えて貰った。郴州晋簡に関する報告の刊行については、里耶秦簡の報告と同じように、遅れる日程だとのこと。ただ簡単な報告書が春節前後に出る予定。
 郴州の情報を教えて欲しい、と言ったら、郴州呉簡・晋簡の発掘現場について、現在、(蘇仙橋)公園ができており、見学は可能だが何もないと言われる。そこへ期待して行ったら公園によりどこに何があるか完全に分からない状況だった。
 郴州市博物館は今年の8月にオープンしたばかりで、郴州呉簡5点、晋簡97点が展示されているとのことで、期待して行った。

●5. 郴州市博物館
 翌日、行き、博物館の所在は五嶺広場側の郴州市文化中心の4階。ここでもパスポート番号を控え、無料の入場券をもらった。できたばかりで写真はダメだと言われた。現在、展示されているものは全て木簡の近くに釈文が付けられていた。時間がなかったので、どんなものがあるかを確認した。呉簡に関しては公表されているので、それをコピーしてつき合わせた。V-9、5,26・27(『出土文献研究』第七輯ではV-19・20)、40、2の5点(6枚)。郴州晋簡については実際数えると93点だった。その内、C-は11点だった(※レジュメにその内訳が書かれる)。機構設置5点、政務公文4点、地理4点、里程5点、郵駅5点、人口(領~ )4点、人口(口~ )8点、分類なし(祀先農等)3点、分類なし(犠牲の豚・羊関係)5点、分類なし11点、物産7点、物産5点、土地9点、人物掌故3点、分類なし2点、祀社稷4点、採礦4点、賦税5点

●6. 南京市博物館
 王志高氏が応対し、李済滄氏、張学鋒氏が案内、小尾孟夫氏が同行した。意見交換で王志高氏から新出呉簡に関する情報をいただいた。その主だった物を整理したのがレジュメの「(1)2004年出土、秦淮河南岸、木簡約30枚(『中国書法叢刊』2005-3では40余枚)」「発掘と回収が半々、秦淮河ほとりのゴミため(厠所の可能性も)」(「回収」は持って行かれたものを回収)、「(2)2008年に南の建設現場発掘(呉簡出土せず)」、「2009年新出、秦淮河北岸、木簡5点(断簡) → 周辺を発掘中」。場所はレジュメP.6で説明。展示中の簡牘について。写真撮影は自由。仙鶴街皇冊家園出土の簡牘6点と木尺、象牙尺(2007年見学時と同様)。レジュメにそれぞれの釈文がある(「・・・米廿五斛⊥赤烏十三年十月十日司馬袁樵[受]」、「零陵楊傅再拝[已]問起居」等)。王志高氏に展示品以外の簡牘9点を見せていただき、うち2点は接合なので8点。『中国書法叢刊』2005-3の図2にあるもの。名刺簡が多い。手頃だから残ったと思われる。
 新出呉簡発掘現場(秦淮河北岸)も案内してもらう。工事中に5点見つかり、いずれも断簡で、我々が驚いたのは、出たばかりなので保存のために水につける必要があるが、ペットボトル内の水に入れて保存されていて、ペットボトルから出しても真っ黒で文字が読めなかった。その5点の発見で他にも出ると期待し、大きなトレンチ2箇所で発掘中(明代の秦淮河河岸、明代の井戸など)。今後、呉簡を見つかるだろう期待の下、発掘している。

●II. 課題
●1. 湖南省文物考古研究所・南京市博物館との友好関係構築
 そのため、郴州市博物館展示中の晋簡は新聞等で公表済以外は、簡報の発表や報告書刊行まで公表を控える。南京市博物館との情報交換。

●2. 実見による形態面での考察の推進
 伊藤先生の話。さらに進める必要がある。

●3. 長沙郡・臨湘侯国の行政組織復原
 三菱のプロジェクトのテーマの関係でその組織をある程度まとめる必要がある。

●4. 正式に公表されていない既公表の簡牘の利用
 許迪の官余米横領案件(「発掘簡報」「発掘報告」例16(J22-2540)、平和堂5階展示官文書木牘(1)(胡平生・李天虹『長江流域出土簡牘与研究』湖北教育出版社2004年10月)、長沙博物館展示木牘(誤りがないか確認の必要あり)、劉濤『中国書法史 魏晋南北朝巻』(江蘇教育出版社、2002年12月、2009年4月改訂)掲載(草書お判文あり。レジュメP.6にコピーあり))、中国で公表されておらず日本で公表されてしまった、生口私売事案(西林昭一(責任編集)『簡牘名蹟選 2:湖南篇(二) 前漢・後漢・三国呉 虎溪山漢簡・東牌楼後漢簡・走馬楼呉簡他』二玄社2009年3月、該当のはレジュメP.6にコピーあり)

※関連記事 簡牘名蹟選 2:湖南篇(二)

●5. 竹簡貳・参を用いた郷・丘に関する検討

●6. データベース作成の推進
 これまれデータベースを作成してきたが、遅れている吏民田家莂の布・銭のデータベース化。また竹簡壹・貳・参の数値データの作成など。


 質疑応答の時間。14時30分ぐらい。

Q. 南京の簡牘はバラバラが寄せ集めなのか、あるいは同じ人が書いた等、系統だったものがあるのか。

A. 見たかんじでは判らなかった。

 前半はここまでで15分の休憩に移る。

※次記事 新出魏晋簡牘をめぐる諸問題ノート3

※追記 地下からの贈り物(2014年6月)

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