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清岡的見解:ねこまんまさんについて http://tinyurl.com/nekonomanma3
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メモ:大半の三国創作と二次創作の相似点


  • 2010年1月 3日(日) 11:09 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    1,974
研究 ※前記事 メモ:歴史漫画における少年漫画と少女漫画との違い

 上記記事の続き。
 前置きはやはり長くて、主にマンガ/コミックスの国際学術会議について。

・京都国際マンガミュージアム
http://www.kyotomm.jp/

・国際学術会議「世界のコミックスとコミックスの世界」| 京都国際マンガミュージアム
http://www.kyotomm.jp/event/study/isc01.php

 前記事のように、2009年12月18日から20日まで京都国際マンガミュージアムにて国際学術会議「世界のコミックスとコミックスの世界」が開催された。
 この国際学術会議の主催は「京都国際マンガミュージアム/京都精華大学国際マンガ研究センター」ということなんだけど、共催は「国際交流基金、女性MANGA研究プロジェクト、ドイツ文化センター」ということで、独日の「国際交流」という名目で予算を引っ張ってくる方式は実現の可否はともかく何かと使えそうだ。「三国志」だと中日交流なわけだけど、清岡の狭い見識ではこういう予算の方式はあまり聞いたことがない。「中国文化」全般だと日本の大学にいくつかある孔子学院が真っ先に思い付くのだが。

・京都国際マンガミュージアムへ。最終日  (※清岡個人の日記)
http://cte.main.jp/sunshi/2009/1209.html#20

 上記日記にも書いたように、2009年12月20日にはこの国際学術会議以外にも「漢字文献情報処理研究会第十二回大会」という学術催事があって、両者を比較してみると、スタイルの特徴が明確になって興味深いものだった。

・漢字文献情報処理研究会 ホームページ
http://www.jaet.gr.jp/

 国際学術会議の方は大きいホールに観客席としてイスを並べたもので、机がないものだから、ほとんどの聴講者がメモ帳片手に書き物をしていた。発表資料は要旨の一種の冊子、国際なので英語版もあり、またプロジェクターでマンガやPCでのスライド、後者についてそれら全てにはなるべく日本語英語両方の文字が添えられ映し出されていた。特筆すべきは同時翻訳機が配られていたこと。発表原稿を予め訳したものを同時に日本語あるいは英語で読み上げられ、それが無線を通じ、観客のレシーバーに届き、イヤホンで聴けるというもの。そのため質疑応答では逐次翻訳となり、その分、時間のロス、あるいは考えるための時間的余裕があった。
 研究会大会の方は大学の一つの教室を会場に使っているため、机とイスは備え付けで、さらには大会の対象上、ノートPCを持ち込んで机の上に置いている方が多かった。発表資料は、ほとんどがスライドのコピーだが発表毎にレジュメが作成されており、またプロジェクターでPCのスライド資料が映し出されていた。余談ながら、清岡から見れる時間帯では女性が一名だけで、これも見方によっては特色なんだろう。(※追記。あと情報系の企業の方も会員として来られていたのも特色。そこからついつい予算関連を考えてしまう)
 あと、両方とも学会発表でよく見かける、時間を報せるベルはなかったかな。

 さらに余談だけど、国際学術会議初日の質疑応答でその著者が言及されていたが、筑摩書房から小田切 博/著『キャラクターとは何か』(ちくま新書)が2010年1月5日に刊行されるそうな。自分の研究で引用できるところや参考できるところがあればしたいところ。最近、個人的に、キャラクター、というよりキャラを、感情移入対象あるいは共感点集合として捉え論じられるんじゃないか、と興味があるため。

・筑摩書房
http://www.chikumashobo.co.jp/

 上記出版社サイトの「これから出る本」から下記へ引用する。
━引用開始━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
キャラクターとは何か
小田切 博 著

ちくま新書 新書判 208頁 刊行 01/05 ISBN 9784480065315 JANコード 9784480065315

定価735 円(税込)
━引用終了━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 それでこれらの発表を聴講し、ヒントとして思っていたことだけど、表題通り大半の三国創作と二次創作とを比較した場合、構造的に共通点を見出せるのではないか、と思い付いた。

※関連記事 三国志学会 第四回大会ノート1

 一例として上記関連記事のように、これまで、三国由来事項を含む創作として定義される近代現代の三国創作にとって『三国演義』はハブ的で重要な情報中継点の役割を担うと論じてきた。『三国演義』は史書やそれまでの雑劇・伝承からの取材により14世紀に成立し、その後、商業的理由などにより改変を重ねるわけで、それ自体、まだ解明されていない部分があり、研究の余地があるが、敢えて一つの創作と見なし、議論を進める。
 トランスメディアではない、いわゆる二次創作の特徴は、一次となる創作がデータベースとして主に使用されることであろう。初期の段階では二次創作の送信者と受信者の間に、一次創作という共有のデータベースがあってこそ成り立つ情報の授受であろうが、現状では一次創作を知らない受信者にも二次創作が浸透している様をしばしば耳にし、それこそ「データベース消費」隆盛の徴候である。このままいけば、遠い将来に、一次創作を顧慮せず二次創作を消費する層が主流になると言うのは想像に難くない。
 一般的に、一次に限定した場合の創作は、事実や関連する人物に対しての直接取材や媒体を通じての間接取材により得られた情報を基盤に成立する。そう考えると、歴史小説や歴史漫画は、史書等の史料を通じた間接取材により得られた史実・事実、あるいは事実とされる架空事象を基盤にして成り立つものと定義付けできる。またSFは科学的事実や架空の科学的法則を基盤として成立するとできる。
 こういった事実-創作-二次創作の流れは史実-三国演義-多くの三国創作の流れと類似点が見出せるのではないか、と考えた。ここで「三国創作」ではなく「多くの三国創作」としたのは、必ずしも現行の三国創作が『三国演義』を主なデータベースとして用い取材しているわけではないからだ。未だ数こそ少ないものの、例えば宮城谷昌光/著『三国志』(小説)は『後漢書』や『三国志』等の史書から取材している。そういったもの以外の三国創作は二次創作が特定の創作から取材するように、主に『三国演義』から取材される。ただ現行の二次創作との大きな違いは、送信者と受信者の間に必ずしも『三国演義』に関する共有の知識が必要とされないことだ。それは単純に考えれば、二次創作に比べ三国創作の歴史が長いため、また創作-二次創作の消費者に比べれば三国創作の消費者が『三国演義』を参照にしづらく、三国創作の独立性を高める必要があるという理由が思い浮かべられる。しかし、そういった高い独立性以外にも、現行の三国創作大半がそれぞれ持つ三国要素がより希薄になりつつあるため、『三国演義』への顧慮が必要とされないというのもあるだろう。前者二つの一例として1939年8月から連載開始の吉川英治/著『三国志』(小説)、後者の一例として2007年4月放送開始の『鋼鉄三国志』(アニメ)が挙げられる。

 ここで創作による影響に目を向けてみる。事実-創作-二次創作の流れにおいて、二次創作から創作への顧慮は日常的に行われるのに対し、創作から事実への顧慮はより頻度が落ちるものの、しばし劇的に行われる。例えば『ヒカルの碁』(漫画)が読まれ囲碁ブームが起こった事例、『キャプテン翼』(漫画)を切欠にサッカー選手になった事例などが挙げられる。
(※補足。記事の冒頭の流れを承けるなら、香港の李惠珍/著『十三點漫畫』で取り上げられるファッションが当時の香港の少女たちから参考されていたという事例がある)
 三国創作についてもそういった『三国演義』や事実への顧慮が期待できるだろうが、その度合いはより少なくなっている傾向にあると思われる。それは先に関連記事を挙げた「三国志学会第四回大会」の1番目の報告(清岡の報告)における二番目の質疑応答が如実に表しているだろう。三国創作において『三国演義』や事実への顧慮が必ずしも第一の目的ではないだろうが、受信側への影響としては代表的なものとして挙げられる。また、三国要素を含めた創作の意義としては説明しやすいものとなっている。
 先に示唆した報告やその二番目の質疑応答にもあるように、現状の三国創作の傾向として、三国由来事項(三国要素)以外の要素に感情移入点(共感点)を設定している場合が多い。それにより、受信者においてその三国創作への親和性が増すと期待できるが、『三国演義』や事実への顧慮が遮蔽される結果となりやすい。

※次記事 メモ:キャラクター消費

※追記 私的メモ2:三国漫画分析

※新規関連記事 デジタル時代の中国学リファレンス(1)(漢字文献情報処理研究17号2018年1月25日発行)

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