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三顧会ダイジェスト移植版
050504
<<三国志城メモ


このページは?
   別サイトの「>>三国志ニュース」で清岡が連続投稿していた「>>三顧会ダイジェスト」を当サイトへ移した、いわば移植版である。新たな文、写真や地図を付け加えている。


2005年5月4日水曜日

イベント名:三顧会(第二回)
開催場所:山口県   石城の里   三国志城
開催日:2004年5月4日(水)

   山口県光市に「>>三国志城」という資料館があって、そこで何かしらのイベントが結構な頻度で行われている。その対象は子供向けだったり、三国志ファン向けだったりいろいろだ。
   そんな中で2004年8月15日に新しくできたイベントが「三顧会」というもの。そのイベントができるきっかけがおそらく2004年1月3日に行われた「三国志城突発オフ会」を拡張しようというものだったんだろう(>>「三国志城」公式サイトの掲示板の2004年1月頃の書き込みを参照にすると)。そのため対象が当初、「三国志城」公式サイトの閲覧者中心だったのが、三国志ファン全般に変わったのだろう。その後、イベントに関して掲示板で様々なアイディアが出される。ちなみに開催が決定したのは2004年2月18日ごろ。
   そうやって2004年8月15日に開催されたのが「三顧会」。このイベントの様子は当サイトの>>日記コンテンツ(2004年8月15日)に詳しい(但し、余計なことがたくさん書いているけど・汗)。

   さらに第二回を行おうという話は出ていて、2005年の三国志城からの年賀状には5月4日に開催する旨が記されていた。だけど、三国志城の館長さんがダウンされた関係で、公式な開催告知が3月末になってしまう。開催告知がこんなに遅くて人集まるかな、と心配しつつ、「三国志城」公式サイトの掲示板や協賛の>>三国志グッズ総合オンラインショップ「英傑群像」の掲示板をチェックしつつ、当日を迎えることになる。
   ちなみに前回、2004年8月15日の「三顧会」のときはそれにあわせ>>サポ板>>旅行を企画したが、今回は特になにも企画していない。

・三顧会ダイジェスト0「三国志城にたどり着くまで」

   2005年5月3日三国志城の最寄り駅の岩田駅周辺には特に泊まるところがなさそうだったので、別の駅周辺のホテルで清岡は一泊する。
   2005年5月4日8時半。ホテルの最寄り駅で清岡呂珪さん(サイト「>>玉泉苑」)とキットさんと待ち合わせる。呂珪さんとは三国志only会報系サークル「KINGDOMS×REVOLUTION」で顔見知りだったけど、「>>英傑群像」の掲示板で知り合ったキットさんとはオフラインで会ったことがない。まぁ、清岡はこういうシチュエーションに慣れているので特に何も用意せずキットさんに会ったんだけど、後できいてみると、キットさんはとても迷ったとのこと(汗)。今度から気をつけよう。
電車からの光景   それで三国志城の最寄り駅の岩田駅まで電車の中では三人でしゃべりっぱなしだった。キットさんに携帯ゲームの三国志、みせてもらったり。三国志関連に限らず、どこから来たとか、いろんな話題。瀬戸内海沿いの風景は綺麗だし、話は面白いしとにかく心地よい。

岩田駅ホーム   そうして降りた駅が岩田駅。やはりかなりのどかなところ。無人駅ときいていたが、ちゃんと駅員さんが居た。後で人伝えにきいた話では、普段は無人駅で今日は三顧会あわせにわざわざ駅員さんが立っているとのこと。本当かなぁ。
   それはそうと普段はここからタクシーで三国志城に向かうことになるんだけど、今回は特別に英傑群像の岡本さんが車で迎えにきてもらうことになった。駅から外に出ると、岡本さんがすでに来て待っていてくれていた。そこで目に付くのが岡本さんの首から垂れ下がっている真っ黄色のたすき。えらく派手なファッションだな、なんて思っていたら、実は今回、三国志城スタッフにはそれとわかるように黄色のたすきを身につけて貰っているとのこと。なるほど、わかりやすい。

   それで四人、車に乗り込みいざ三国志城へ。
遠くから見た三国志城   私は前回の三顧会で一度、三国志城へ行ったことがあるが、呂珪さんとキットさんは初めてのこと。三国志城の道しるべ看板がぱらぱらといくつか見えてきて、いよいよ三国志城が見えてきて、9時32分到着(下記の地図の右手から入ってくる)。
三国志城全体の見取り図
   受付で入場料の支払いや三顧会の入会手続き(参加無料のイベント「三顧会」ではなく、同名の三国志城友の会みたいな方の「三顧会」、詳しくは>>三国志城のサイトで)をすませ、10時から始まるイベント「三顧会」を食堂のところで待つことにする。

   三顧会までまだ間があったので、まずやろうと思っていた用事を済ますことにする。
   まず>>前回(2004年8月15日)の三顧会の中でみんなで食堂のメニュー名を考えようという企画がどうなったかを確かめべく食堂のメニューを見てみる。
三国志城食堂メニュー

   ちなみに何のことだかわからない人に説明すると、三国志城の食堂には様々なメニューがあるんだけど、その中には曹操ラーメン、孔明ラーメン、劉備そば赤壁ラーメン等、三国志にちなんだ名前のメニューもあったのだ。ところが、三国志関連の名前ではないメニューがあって、それを前回の「三顧会」参加者が考えていた。(つまり、実際の料理があってそれに三国志にちなんだ名をあてはめたってこと)で、今回、それが反映されているかどうかたしかめてみた。それが上の写真(証拠写真・笑)。そう、反映されていた。

   ちょいと写真の右からメニューを列挙して、その理由を思い出せる分は書いてみると

・許チョラーメン(とんこつ)
   イメージ?
・曹操ラーメン(前からあるメニュー)
・孔明ラーメン(前からあるメニュー)
・周瑜うどん(前からあるメニュー?)
・典韋肉うどん
   イメージ?
・黄蓋かやくうどん
   やっぱり赤壁→火計→火薬
・張飛鍋焼うどん   
   イメージ?
・五斗米道   焼めし
   「米」から
・関羽カレー(名物赤米)
   赤ら顔より。そういえば赤兎馬はどうなった?

・赤壁ラーメン(前からあるメニュー)
   辛い。

・劉備そば(前からあるメニュー)
   髀肉→肉が入っている
・張遼冷めん
   遼来々→恐ろしい→肝が冷える
・呂布ソーメン
   同じく肝が冷える?
・関羽むすび
   赤米使用。関羽カレーと同じ。
・関羽いなり
   赤米使用。関羽カレーと同じ。
・白眉泡立ちコーヒー
   白眉→白い泡
・月英冷コーヒー
   色黒→珈琲の色?

   なるほどなるほど、とりあえず反映されていて一安心。

   もう一つの用事は、三国志城では三国志に関係する書籍(漫画も含む)の寄贈をつのっているそうなので、その本を渡すこと。なんで寄贈をつのっているかというと、三国志関連の書籍を集め、三国志資料室をつくってしまおうという企画だ。
   清岡は、かぜ江シリーズ朝香祥先生著の三国志小説)を寄贈するつもりで持ってきており、その旨を三国志城スタッフのていやさんにいうと、三国志資料室まで案内してくれる。余談だけど、ていやさんはスタッフの目印である黄色いたすきを頭に巻いていて、まるで黄巾賊みたいだった(笑)。
三国志資料室
   案内された先は特別企画展示室の入り口すぐ左の壁(場所は上の地図参照。様子は写真参照)。おぉ、かなり三国志関連があつまっている。基本の横山光輝三国志もあるようだし。そしておもむろにかぜ江シリーズを本棚に並べる。
   ちなみにどんな本を置いたか、下に列挙すると
「旋風は江を駆ける」上巻、「旋風は江を駆ける」下巻、「江のざわめく刻」、「二龍争戦〜星宿、江を巡る〜」、「鳳凰飛翔〜華焔、江を薙ぐ〜」、「旋風の生まれる処」上巻、「旋風の生まれる処」下巻、「青嵐の夢」、「華の名前」、「花残月」、「約束の時へ」(以上、集英社コバルト文庫刊。ちなみに「旋風」と書いて「かぜ」と読む)、「運命の輪が廻るとき」(以上、角川書店ビーンズ文庫刊。ちなみに「運命」と書いて「さだめ」と読む)、「マルサイ last ver.」、「散華」、「千里を駆ける」(以上、朝香祥先生が制作に携わった同人誌)
   左上の本棚の写真中の左の本棚の上の方の右よりのところに「かぜ江シリーズ」を並べた。
 
・三顧会ダイジェスト1「三国志を陶器にしよう」

   食堂に戻ってしばらくすると、いよいよ三顧会開始。バルコニーに案内される。上の地図の「(1)」のところ。予め知らされていたスケジュールによると、まず10時から11時までの「三国志を陶器にしよう」という企画。
「1時間で陶器なんてつくれるのか?!」
なんて思っていたけど(あと自己紹介もなしにいきなり粘土をこねることになるのは面食らったが・笑)、そこはよく企画が練られていて、まず陶器づくりの先生を招いていたこと、それに陶器の元となる粘土をある程度こねてただ平らにのばすだけで、その上に三国志にまつわる絵を描いていたこと。これらのことで意外にスムーズに企画が進んでいた。
   三国志関連の絵なんてとてもじゃないけど、描けない、という人でも安心で、ちゃんと資料として三国志関連の絵のコピーが用意されていた(中国の子供向けの本)。
粘土に描いて   場所は当初、中庭を予定していたようだけど、日差しが強くお肌の大敵ということで、急遽、作業台をとなりの日よけのあるバルコニーにうつし会場としていた(上の地図参照)。
   10時から11時までの参加者は
清岡じゅんきさん、呂珪さん、キットさん、亮明さん、場を盛り上げてくれた三人組(名前失念)、ガケムラさん(漢字で名前を書いたメモが見つからず・汗)、mayumaさん、英傑群像の岡本さん。
(11時以降も陶器づくりを受け付けていたので、私の知っている限り、如月雪さんや傅僉さんが参加していた)
   それから陶器づくりの先生、お手伝いに三国志城スタッフのさん   三顧会会員No.12さん。

   ちなみに清岡から見て、この時点で顔見知りな人は呂珪さん、キットさん、岡本さん、如月雪さん、傅僉さん(>>サイト
孫堅のつもり・汗   粘土に三国志の絵を楊枝や串で刻んだ後、素焼きにする人はそのままで、あと希望者には赤や青の色を塗ることができた。土いじりは意外とかなり楽しい一時だった。それにみんな絵がうまくてビックリだった。ちなみに清岡は絵の資料に頼らず、孫堅を描いていた。右の写真参照。

・三顧会ダイジェスト2「お食事時間」

   粘土で童心にかえった後はおなかもすいたということでお食事の時間。スケジュールでは11時から12時の間で開始時間は予定通り。
   まぁ、会場(?)の食堂(地図上の(2)のところ)にはいくつかテーブルがあったので、適当に人がばらけた(テーブルの配置はここ参照)。ちなみに私、清岡が食事したテーブルは下のような感じ。さっきの「三国志を陶器にしよう」企画で初対面のじゅんきさんと亮明さんとを招き、さらに実はネット上での知り合いだということが清岡が名札をみて判明した、mayumaさん(サイト「>>PSYCHO+CUBE」)を招き、総勢7人で一つのテーブルを囲む。


ウ      亮明さん   キットさん   呂珪さん
ン         <<<<<テーブル>>>>>   mayumaさん
タ      如月雪さん   じゅんきさん、清岡


   話したいことはいろいろあるけど、とりあえず注文しないと食事にありつけないので、おのおの店員さんに言付ける。メニューはもちろん、さっきの三国志関連のメニュー。関羽カレーが三つと一番人気だったかな。私も前回、赤米を食べ損ねたので、関羽カレーを注文する。
 
   前回の三顧会では清岡は自分の同人誌を売りに来ていたんだけど、今回、そういう企画がなかったので持ち合わせていなかった。…と言いたいところだが、一応、会報系三国志onlyサークルの会報「KINGDOMS×REVOLUTION」>>1号>>2号をごく少数、持ってきていたのだ。
   待ち時間、会報「KINGDOMS×REVOLUTION」の1号2号を持ってきていた清岡は調子にのって、「この本に如月さんのインタビュー載ってますよ」って如月さんに2号の見本を見せていたら、話が私、清岡が書いている小説の話になってなんだか照れる話になっていた(汗)
劉備そば関羽カレー   まぁそれはともかく、いろいろ話が盛り上がっている間、順次、頼んでいた料理が届いて楽しい一時だった。ちなみにとなりでmayumaさんが劉備そばの写真を撮っているのをみて、そういえば料理の写真を撮りたかったんだと思ったら後の祭り。右上の写真のように関羽カレー(赤米)が清岡に食べられた後だった(笑)

 
・三顧会ダイジェスト3「英傑群像企画イベント」

   >>英傑群像企画イベントということで、拡声器を持った岡本さん先導のもと、会場を特別企画展示室にうつす。

   ちょうど三国志資料室と同じ部屋。三国志資料室は入り口付近で部屋の北側にある(上の地図の(3)のところ)。12時から13時までのイベント。予定通りだ。
創作神経衰弱   特別企画展示室に大きなテーブルが用意されていて、その上に写真のような白いカードが規則正しく等間隔に何枚も並べられていた。それらのカードの左側にそってアルファベットがAからFまでふってあって、それらのカードの上側には数字が1から11がふってある。
   初め、食事の後ともあって集まりが悪くて大丈夫か、なんて思っていたけど、企画が始まるころには結構あつまっていた。
   そのテーブルを囲んで時計回りに左へ、清岡、英傑群像の岡本さん(進行)、(テーブルの角を曲がって)じゅんきさん、亮明さん、三顧会会員No.12さん、(テーブルの角を曲がって)キットさん、ガケムラさん、月刀さん(サイト「>>月本山」)、(テーブルの角を曲がって)さん、mayumaさん(テーブルの角を曲がって)呂珪さん、そして清岡に戻るって配置。
   今からどんな企画をやるかというと、みんなでカードゲームをやるとのことだ。今はカードの白い部分しか見えないけど、その裏にはそれぞれ三国志関連の人物や三国志にまつわる物などが描かれているそうな。カードゲームのルールは神経衰弱。ただトランプの神経衰弱のようにめくった二つのカードが同じ数字だったら二つのカードを取るんじゃなく、めくった二つのカードに描かれた三国志関連の人物がもし何らかの関係にあったらそれをみんなに説明して、二つのカードを取ってもいいというルールだ。例えば関羽と張飛だったら、義兄弟だから取ることができるし、曹操と周瑜だったら、赤壁の役の敵対する総司令官同士だから取ることができる。但し同じ勢力に居た、とかの弱い関係だと二つのカードはとれないようになっている。それなりの三国志の知識が要求されるのだ。
   以前、清岡が主催していた>>オフ会「関プチ」でやっていたのと同じゲーム。ただ今回、カードにはそれぞれポイントが割り振られていて、カードの枚数ではなくそのポイントを競うのだ。もちろん、マイナーな武将ではポイントが高く、あと、ボーナスとして諸葛亮と司馬懿はポイントが高い。なるほど、カードのまわりに数字やアルファベットがふってあるのは、「Eの8、めくってください」と、めくりたいカードから遠くにいてもめくってもらえるようにするためだった。

   というわけでゲームスタート。初めは慣れないゲームなのでただ順番にカードをめくっていくだけだったけど、そのうち、二枚めくった後に語りだせるようになり、キットさんが関羽カードと城カードをゲットしたのを皮切りに、みんなカードを取れるようになってくる。語ってカードを取れたら、そのたびに拍手するような暖かい雰囲気。
   場に裏返ったカードはゆっくりだけど確実に減ってきている。
   途中で岡本さんとじゅんきさんの間には傅僉さん(三国志城スタッフ)が来られてアドバイザーとして参加していて、あと私、清岡岡本さんの間の位置に、陶器づくりをすましてきた如月雪さんが入ってきてゲームに参加。ちなみにその位置には柱があるんだけど、柱に抱きついてカードをめくっていて何かの動物かと思った(←失礼)。

   それで時間が来たのでゲーム終了。
   優勝は20ポイントの月刀さんで、賞品は三国志関連の人物が描かれたジグソーパズル。二位は15ポイントのガケムラさんで、賞品は作品集CD、三位は14ポイントで三顧会会員No.12さんと呂珪さん。賞品はポストカード集は一つなので、残ったカードで三位決定戦開始(一組でもペアをとれれば勝てる決戦形式)。もう残り物だからかなり難易度が高く、お二人とも何回か番がまわってきているのになかなかペアを組めないご様子。そこで勝って見事、三位になったのが呂珪さん。
   四位になった三顧会会員No.12さんには三国演義トランプが賞品として送られた。ちなみに清岡は12ポイントでした。
   ちなみに清岡は優勝した月刀さんとネット上での知り合いだったようで、そうとは知らず、すごい人もいるもんだなぁなんて思っていて、後で名前を聞いてみると、>>「三国志ファンのためのサポート掲示板」での知り合いだった(笑)

・三顧会ダイジェスト4「三国志城ガイドツアー」

   お次の企画、「三国志城ガイドツアー」だけど、15時スタートだけど、三国志城オーナーのさんの提案で冷たいお茶を飲みながら、食堂でしばしまったりする。その間に清岡たちは英傑群像の商品や商品化しようかどうか悩んでいる商品を岡本さんにみせてもらっていた。
   というわけで15時半ぐらい「三国志城ガイドツアー」がスタートする。名前のとおり、三国志城のいろんなところを案内してくれるって企画だ。案内役はなんと三国志城オーナーのさん自らなのだ!
   まずマイクを持った谷さんの導きのまま、三顧会参加者一同、食堂から外の駐車場にでる(上の地図の(4)のところ。以下、地図中の赤い線のとおり進む)。自然豊かな風景の見えるその場所で谷さんから三国志城を囲む山々の話やそれらにまつわる歴史などの話を聞く。
美女の寝姿山
   私はなんか「美女の寝姿山」の話が印象に残っていた。去年の2004年は相次いで日本列島に台風が上陸して各地に被害をもたらしたんだけど、「美女の寝姿山」のおっぱいの片方(の木々)が欠けてしまったってこと(それが右の写真)。
三国志城の看板   その流れで三国志城も被害があったと説明を受ける。なるほど、まだその被害から復旧していないようで、右の写真のように痛々しい姿をみせている。「三国志城」の「城」の文字の左下や、一部、幟がなくなっているところなど(右の写真参照)。
   その後、再び一同、三国志城の食堂・売店に導かれ、そこから三国志城の順路通りに外の道を進み、第一展示場にある三国志城の入り口へと向かう。
   ※前回の三顧会のおりには入り口の前にテントがあったんで、こんな立派な入り口があるだなんて清岡はしらなんだ(汗)
   入り口から第一展示場に入ると、まず三国志城ができるまでのいきさつが写真付きで紹介されていた。その当時の話を谷さんがする。個人が運営する資料館ということで、中国の四川省の成都武侯祠博物館からなかなか許可がおりなかったという話や三国志城の近くから三国時代の銅鏡が発見されて実は三国志とゆかりのある地域だという話などなど。
   お次は特別企画展示室へ。そこでふと三国志資料室に目がいきローカルに話をしていた。三国志資料室には絶版になった「三国志研究要覧」(中林史朗渡邉義浩/著)があって、近くにいた月刀さんを捕まえてその本を見せて、
「この先生が>>サポ板で月刀さんの質問に答えてくださってましたね」
なんて茶々を入れていた(笑)
   そこから順々に第二展示場、第四展示場と展示物に関していろいろ説明をしていただく。ちなみに三国志城の展示物に関する説明は書籍では三国志城の売店で売っている3,000円の冊子が詳しい。なるほどなるほど。清岡は前回の三顧会ではゆっくりと見る機会を逸していたので、ちょうど良い貴重な機会だった。

・三顧会ダイジェスト5「木牛を皆でいっしょに作ってみよう」

   次の企画「木牛を皆でいっしょに作ってみよう」は15時スタート。その前の「三国志城ガイドツアー」は意外と早く終わったので、また食堂でまったり時を過ごす。春の陽気の中、三国志ファンと三国志の話をするだなんて至福の時。その間に遠方から来ておられる方は何人か帰っていった。
   あと、そのときのネタどころとしては、実は食堂メニューでコーヒーよりビールの方がやすいってところ。ビールを頼んだ人がいたので、見てみると缶ビールがそのまま出てきていた。値段のとおりで納得。
   これから始まろうとしていた企画「木牛を皆でいっしょに作ってみよう」も初めの企画「三国志を陶器にしよう」と同じく「数時間で木牛なんてできるのか?!」なんて思っていた。話を聞くと、ある程度、事前に木材から部品を切り出し、企画の参加者にはそれを組み立てるだけでOKだということだった(女性の参加者も多かったというのも理由の一つだということを小耳に挟んだような…)。これまた材料の切り出しに先生(?)を招いていたようだ。

   15時になって三国志城の参加者一同、駐車場に出て、企画スタート(上の地図の(5)のところ)。
   参加者は、それまで三国志城の受付等でお手伝いしていた三国志城スタッフのていやさん、同じく三国志城スタッフのさん、三顧会会員No.12さん、傅僉さん、英傑群像の岡本さん。
   そして、清岡呂珪さん、キットさん、じゅんきさん、月刀さん、白樺 亮さん(サイト「>>Ryo's Spatial Wanton Space」)、臼樽さん?(笑)、遜 瑜懿さん、そのお連れさん。
   結構、西日が強かったので、日陰で見学中心の人が多かった。

   それから木材の量が少なかったことから、木牛じゃなく流馬をつくることになった。ざっとした設計は、ていやさん。まだ部品が全部できていたわけじゃなく(特に車輪部)、ていやさん、さんを中心に切ったり削ったりの部品づくりを進めてて、その横で参加者がカナヅチとクギで部品を組み立てていくという流れになった。
   そういやクギを木材にうちこむときに呂珪さんが「恨みを込めて」とか言ってたな……一体、誰に?!(笑)
   ただクギを木材に打ち付けていくという作業だけど、これが意外とむずかしい。クギが曲がって先が木材から出てきたり、組み立てたと思ったら、全体の歪みで一部、クギがぬけていたり。車輪の軸のところの制作に手こずり、17時を過ぎるようになっていた。
   と、清岡呂珪さんとキットさんの帰宅時間がきたので、流馬の完成を見ずに、三国志城を後にすることになった。
流馬制作風景1流馬制作風景2流馬制作風景3流馬制作風景4
流馬制作風景5流馬制作風景6流馬制作風景7流馬制作風景8
流馬制作風景9流馬制作風景10流馬制作風景11流馬制作風景12
流馬制作風景13流馬制作風景14

   帰る直前に、参加者全員にオーナーのさんから赤米おむすびと冷たいお茶をごちそうになった。ありがたい。ちなみに上で最後にあげている流馬完成写真2枚は、英傑群像の岡本さんから後でメールで送ってもらった写真。夕日を受けてその勇姿を浮き彫りにしている。あと、>>英傑群像のブログで完成写真がみれるのだ。

   次回の第三回三顧会は2005年8月14日の予定。今のところ、「風水を語るを予定中」とのこと。さてどんな企画が盛り込まれるか、今から楽しみ。







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