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ご無沙汰しています。白崎です。
最近は仕事に追われる毎日です……。
> >> あと漢民族と異民族の差別は、どんなだったのでしょうか?
> >うーん、現代は民族を強烈に意識する時代なんですが、
> >そのような信仰が生まれたのは一昔前のヨーロッパなんですよ。
> >三国時代に人種差別がまったくなかったわけではありませんが、
> >民族という概念が希薄ですからそれによる差別も当然徹底されません。
> >それ以前に、この時代だと漢民族という概念そのものが、
> >あるようなないようなって状態ですからねぇ。
なにか見覚えのある文章だなぁ、と思ったら随分昔に書いた自分の文章じゃないですか。
文意が分かりにくいという批判は甘んじて受けるとして、三国時代に民族の概念が存在しなかったと書いたつもりは全くないのですが……。
「あるようなないような」状態と書いた「漢民族」という概念にしても存在したことは明白なんですよ。
史書においてそのような言葉として「秦人」あるいは「漢人」が使われているわけですから。
(ただし、「漢人」の「漢の国の人」という元来の意味が薄れ、人種に対する用語として定着するのは魏晋南北朝時代とみるのが穏当でしょう)
ただ、その様な意識がどの程度広がり、また浸透していたかがよく分からないんですよね。
三国時代の漢民族がどのような帰属意識をもっていたのかは、ずっと昔から疑問に思っていることです。
帰属意識というと堅苦しいのですが、「お前は何人だ?」って聞いたらどう応えるのかという、ごく簡単な話です。
聞く相手の暮らしている環境や尋ねる側の容姿によっても返答は変わるのでしょうが、もっとも多いと思われるのは「呉郡富春の人」のように本籍地を答えたり、暮らしている邑などを答えたりするもの。
では、どういう人がどのような状況で尋ねられたら「漢民族」を意味する答えを返すのかなぁと。
このように前提となる知識や理解が決定的に欠けているから、またそれを自覚しているからこそ、自分は曖昧にしか書かないのですよ。
折角なので解答したいと思っても、答えるだけの力がない、かといってウソを書くわけにはいかない、そういうジレンマの中でやっています。
学問的に正しくないのは重々承知の上です。
批判されれば甘受するより他にないですね。
それでも何もしないよりはマシだという思いは捨てることができませんが。
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