リンク:臺灣流行閲讀的上海連環圖畫(1945-1949) (2009年6月)

※関連記事 ノート:連環画は中国特有の『マンガ』なのか?その絵本としての可能性を探って(2012年2月15日)

 上記関連記事を書くにあたり、ネットで「"連環圖畫三國志"」と検索すると、下記の台湾のサイトの下記ページに行き当たる。

・國家圖書館全球資訊網-
http://www.ncl.edu.tw/

・臺灣流行閱讀的上海連環圖畫(1945~1949)
http://readopac3.ncl.edu.tw/nclJournal/search/detail.jsp?sysId=0006567211&dtdId=000040&la=ch

 つまり、蔡盛琦「臺灣流行閲讀的上海連環圖畫(1945-1949)」(『國家圖書館館刊』No.98年1 PP.55-92 200906)という中国語繁体字の論文のPDFが公開されている。

 未だちゃんと読んでいないが、やはり注目してしまうのが「二、「連環圖畫」與「漫畫」-兼論連環圖畫的起源」のところ。「連環圖畫」について魯迅の話を引っ張ってきたり、下記関連記事で触れたように「連環圖畫」の起源は1927年の陳丹旭『連環圖畫三國志』とされるのに対し、この論文では1925年の『連環圖畫西遊記』としたり、興味深い。

※関連記事 リンク:中国の連環画の変遷とその描写技法

※追記 ノート:日本における三国志マンガの翻案過程(2012年6月23日)

 あと「漫畫」という語句自体について、P.57で

「漫畫」一詞最早出現於清代,畫家金農(1687-1763)在《冬心先生雜畫提記》中,把自有感而做的漫筆稱做「漫畫」;此時的「漫畫」,指的是漫不經心,隨手畫的意思,並非一種圖畫型式。

としており、さらにその脚注で

清朝初年金農在《冬心先生雜話題記》中說:「漫畫折枝數棵,何異望梅止渴也!」。此處「漫畫」是指漫不經心,隨便畫的意思,不是一種繪畫。

としている。これって萌の起源を清の紀曉嵐『閲微草堂筆記』巻一 灤陽消夏の「今公睡中萌邪念。誤作驛卒之女。謀他日納為妾。」とするのと似たようなことかな、と思いつつ。

※参照記事 <萌訳☆>三国志(2011年2月22日)

※追記 ノート:「連環画」の転変(『月刊しにか』2000年10月)

※追記 東京便り―中国図書情報 第25回(2016年1月)
http://cte.main.jp/newsch/article.php/2325