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【417】自己紹介と質問 2003/11/18(火) 11:38 初心者質問

【446】ありがとうございます! 2003/11/23(日) 18:43
┗ 【452】Re:ありがとうございます! むじん 2003/11/26(水) 9:17
┗ 【453】Re:ありがとうございます! 2003/11/28(金) 15:48

【446】ありがとうございます!
  E-MAIL  - 2003/11/23(日) 18:43 -

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   補足説明ありがとうございます!
とっても分かりやすかったです

>>> 夏六月、諸葛亮は食糧が底をついたので撤退した。青封木門まで来たところで軍を止め、大きな木があったので皮を削り、「張コウ、この樹の下に死す」と書きました。そして左右の山に伏兵を設けます。張コウが追いかけてきて、その木を見た瞬間、諸葛亮の伏兵が一斉に矢を放ち、張コウは死んでしまいました…。
>こりゃホウ涓の最期とおんなじですがな。

張コウの進軍は、やはりそれが即ち死を意味していたのでしょうか。
だから諸葛亮も、彼の死を予言するような事を記した、と感じました。

>つづいて『資治通鑑』に注釈を施した胡三省の解釈。
>>>司馬懿は心底諸葛亮を恐れていたし、それに張コウが二度も諸葛亮を防ぎ、関中で名声を挙げていたので、彼の計略を聞き入れたくなかったのだ…。
>司馬懿の気持ちをそんな風に決めつけられても…。

司馬懿がそんな私情を挟むような理由で張コウを進軍させる、と言うことは考えられるんでしょうか、
司馬懿が味方を斬った例は私も曹爽や孟達を知っているんですが、どちらの場合も魏に仇なす人間だから、と言う理由でしたよね
もし張コウの時もこれと同じで、何らかの理由があって味方を斬りざるをえなかった、という風に考えるとしても、その理由はいったいなんだったのでしょう。

張コウが生前、曹爽らのように国内を乱すような行いをしたという話は書かれていませんでしたし(そもそも内政にはほとんど触れていない?)対蜀に対しても献身したという風にしか書かれていませんでした。
やはり、もし司馬懿が張コウを殺すために進軍命令を出したと考える場合、その理由は今回書いて下さった「資治通鑑に注釈を施した胡三省の解釈」と同じように、司馬懿の私情、私怨によったものと考えるしかないのでしょうか。

【452】Re:ありがとうございます!
 むじん E-MAILWEB  - 2003/11/26(水) 9:17 -

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   こんにちは。

>>こりゃホウ涓の最期とおんなじですがな。
>張コウの進軍は、やはりそれが即ち死を意味していたのでしょうか。
>だから諸葛亮も、彼の死を予言するような事を記した、と感じました。
実はこの話、孫子の子孫である孫ピンがホウ涓を殺したときと同じ筋立てなんですよ。どうも登場人物を入れ替えただけでストーリーを盗用したんじゃないか、と…。それに、このとき諸葛亮は作戦がうまくいってなかったから、こんなことする余裕はなかったはずなんですね。張コウ一人殺したところで北伐作戦が成功するわけじゃないので。
【私説十八史略】http://plaza26.mbn.or.jp/~pata/s18_013.html

>張コウが生前、曹爽らのように国内を乱すような行いをしたという話は書かれていませんでしたし(そもそも内政にはほとんど触れていない?)対蜀に対しても献身したという風にしか書かれていませんでした。
>やはり、もし司馬懿が張コウを殺すために進軍命令を出したと考える場合、その理由は今回書いて下さった「資治通鑑に注釈を施した胡三省の解釈」と同じように、司馬懿の私情、私怨によったものと考えるしかないのでしょうか。
司馬懿は冷徹な軍略家のように見えて、意外と私情をはさむことも多いようです。予言書に「牛氏が馬氏の後を継ぐ」とあったので部下の牛金を毒殺したり、杜恕が司馬懿の弟を狂ったように身勝手と批判したので仲が悪くなり、おかげで杜恕の子杜預は出世が遅れたりしました。でも張コウに嫉妬したからといって戦場で恨みを晴らすようなことはしなかったと思うなぁ。

【453】Re:ありがとうございます!
  E-MAIL  - 2003/11/28(金) 15:48 -

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   >実はこの話、孫子の子孫である孫ピンがホウ涓を殺したときと同じ筋立てなんですよ。どうも登場人物を入れ替えただけでストーリーを盗用したんじゃないか、と…。それに、このとき諸葛亮は作戦がうまくいってなかったから、こんなことする余裕はなかったはずなんですね。

たしかにストーリーは面白いですが史実らしくはないですよね、
(源氏物語の真木柱の君みたい・・・ではないか)

>司馬懿は冷徹な軍略家のように見えて、意外と私情をはさむことも多いようです。予言書に「牛氏が馬氏の後を継ぐ」とあったので部下の牛金を毒殺したり、杜恕が司馬懿の弟を狂ったように身勝手と批判したので仲が悪くなり、おかげで杜恕の子杜預は出世が遅れたりしました。

すごいですね!
自分の子供に「謙虚に生きるのがよい」と教えていたと読んだことがあったので、温厚な人だったのかと思ったのですが、曹爽を撃った時は一族女どもも逃がすことなく討ち取った、とか公孫淵を打ち破った時も男子千余人を殺した死体で巨大な塚を作り、大臣から役人を皆殺し、将軍畢盛以下二千余人の武官を誅殺して見せしめとしたとか、とてつもない事実が書かれていて、驚いてしまいました。
曹操が案じていた「狼顧の相」はまさにその通りだったという事でしょうか

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