三国志ファンのためのサポート掲示板 ※共同掲示板。話題は三国志関係。横レス歓迎。初心者モードの質問からマニアックな雑談まで
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【410】正史の陸遜 ますた 2003/11/17(月) 12:29 初心者質問
┣ 【416】リクソン調査団 清岡美津夫 2003/11/18(火) 11:31 追記
┃┗ 【917】[管理人削除]
┃┗ 【936】Re:リクソン調査団 孫ぽこ 2004/5/16(日) 1:11
┃┗ 【938】Re:リクソン調査団 孫ぽこ 2004/5/16(日) 1:14
┃┗ 【939】遜の字義 中根東竜 2004/5/16(日) 12:44 お答え
┃┗ 【946】Re:遜の字義 孫ぽこ 2004/5/17(月) 20:35
┃┗ 【1738】Re:遜の字義 つね 2005/5/15(日) 22:20 ひと言
┃┣ 【1739】Re:遜の字義 つね 2005/5/15(日) 22:24 追記
┃┃┗ 【1753】Re:遜の字義 中根東龍 2005/5/23(月) 21:27
┃┃┗ 【1842】Re:遜の字義 こ・さん 2005/7/25(月) 19:41 教えて
┃┗ 【1752】Re:遜の字義 中根東龍 2005/5/23(月) 20:59
┗ 【934】謎の鄭長 清岡美津夫 2004/5/15(土) 8:19 多分…

【410】正史の陸遜
初心者質問  ますた  - 2003/11/17(月) 12:29 -

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   陸遜は元の名を議と言うそうですが、先主伝を読んだら夷陵のあたりでも陸議と表記されていました。これは、その時点まで陸遜が議と名乗っていたということなんでしょうか?それとも単に記述上の問題なんでしょうか?
それからもう一つ質問なんですが、鄭長とは一体どのような役職なんでしょうか。誰かご存じでしたら教えてください。

【416】リクソン調査団
追記  清岡美津夫 E-MAILWEB  - 2003/11/18(火) 11:31 -

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   タイトルはリットン調査団とかけているつもりですが、なんとなく中途半端になった失敗例……それはさておき。

陸遜はいつ改名した、っていうのはいろんなサイトの掲示板でみられるようですが、その結論があまり私の記憶に残っていないです。あまり決定的なことはなかったんですかね、、、

史書で、ざっと「陸議」というワードを探してみると、結構、ありますね。
三国志魏書では明帝紀、賈[言羽]伝に「陸議」がみられ、
ようやく滿寵伝、王基伝で「陸遜」の文字がみられます。
三国志蜀書では、おっしゃるとおり、先主伝(劉備の伝)、それに黄權伝で「陸議」がみられますが、「陸遜」はみられません。
三国志呉書では周魴伝にみられます。

あと三国志魏書の劉曄伝や三国志呉書の呉主伝(孫権の伝)の注に引く傅子でも「陸議」表記ですね
それと、晋書、宋書でも「陸議」表記はちらりちらりとみられます。

これらをトータル的にみると、改名時期もしくは史書を書くときのスタンスみたいなのがみられるかもしれませんね。
(特に周魴伝あたりにヒントがありそうな気がします)

【917】[管理人削除]
   - -

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   この書き込みは管理人によって削除されました。(05/8/11(木) 2:05)

【934】謎の鄭長
多分…  清岡美津夫 E-MAILWEB  - 2004/5/15(土) 8:19 -

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   ▼ますたさん:
>それからもう一つ質問なんですが、鄭長とは一体どのような役職なんでしょうか。誰かご存じでしたら教えてください。

三国志呉書呂蒙伝の

蒙大怒、引刀殺吏、出走、逃邑子鄭長家。出因校尉袁雄自首、承間為言、策召見奇之、引置左右。

ってやつですね。

質問の書き込みをみたとき、確か、後漢書の百官志とか晋書の職官志とか漢官六種とか見たんですけど、近い役職がなかったです。
それで県長のことかなと思って、「鄭」という県を後漢書郡国志や晋書地理志をみたら、京兆尹(長安のあるところ)にあって、孫策のところにいた呂蒙が鄭県までいったなんて不自然だなぁ、と思って、そのままにしてました。

それでふと思い出したんですが、もしかして「鄭長」という姓名なのかなと思いました。
実際、後漢書には牟長(字、君高)や向長(字、子平)なんて姓名が見れますので、不自然じゃないかなと。
続く箇所で「袁雄」って唐突に姓名が出ていることですし、「鄭長」って唐突に姓名が出てもおかしくないのかなと。

……と思って筑摩書房の世界古典文学全集の「三国志」(ハードカバーの訳本)の人名索引をみたら、「鄭長」って載ってました(なんで私は今まで気付かなかったのでしょうか・汗)。その本では「鄭長」を人名と判断してますね。

【936】Re:リクソン調査団
 孫ぽこ  - 2004/5/16(日) 1:11 -

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   >史書からこれ以上細かい年代特定は、私は出来なかったのですが、
>ただ、陸遜が改名した時期はかなり後半かもしくは死後ではないかと思っています。
>陸遜ほどの高官が改名した事実が他国に知れ渡らないというのには、二通り理由が考えられます。
>一つは、高官である以上、本名が公で呼ばれる事はめったにないため知られなかったということ。
>もう一つはその改名が本人にとってあまり名誉なことではなかったために広まらないように周りが留意した可能性があるということです。
>そのため、改名時期は陸遜の晩年か死後ではないかと私は思っています。


だとすれば、陸遜の改名というのは本人の意思ではなく、呉の方の意思だった可能性もありますね。よくよく考えれば遜るという字をつけるってのは、かなり屈辱的な事のようにも思えますし。

以前よく言われていたのは、夷陵の前の段階で関羽を油断させるために遜という字を入れたという説がありましたが、改名が陸遜晩年の事だとすると二宮の変の影響も考えられなくはないですね。

【938】Re:リクソン調査団
 孫ぽこ  - 2004/5/16(日) 1:14 -

引用なし
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   たとえば、死後改名を余儀なくされた人物に孫峻・孫[糸林]らがいます(彼らの場合は故峻・故[糸林]と呼ばれました。同じ孫家の人間として認めない・・という意味だそうですが)

もし陸遜の遜にそうした侮蔑の意味が入っているかどうか?もヒントになるのかも。

【939】遜の字義
お答え  中根東竜 E-MAIL  - 2004/5/16(日) 12:44 -

引用なし
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   始めまして、中根と申します。孫ぽこさんの掲示板には以前しばしば
書き込んでおりました。今後ともよろしくお願いします。

▼孫ぽこさん:
>もし陸遜の遜にそうした侮蔑の意味が入っているかどうか?もヒントになるのかも。
当時の漢字の意味を調べるため、経書の解釈などを洗ってみましたが、侮蔑の意味は「遜」という漢字には当時はないようです。
五経の一つとして尊ばれ、知識人必読であった書経の注には「遜とはその志、所有って能わざるをいう(遜という漢字は、やろうとおもったが何か理由があってできなかったという意味だ)」とあり、後漢の許慎の辞書で当時流行していた
説文解字には「のがれるという意味である」とあります。
侮蔑というよりも、陸議という人の悲惨な最期を哀れんでいるような
意味のある漢字ですね。自分で改名したのではなく、没後に哀れんだ人が
つけた名前なのかもしれません。

【946】Re:遜の字義
 孫ぽこ  - 2004/5/17(月) 20:35 -

引用なし
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   中根さんお久しぶりです♪
>当時の漢字の意味を調べるため、経書の解釈などを洗ってみましたが、侮蔑の意味は「遜」という漢字には当時はないようです。
>五経の一つとして尊ばれ、知識人必読であった書経の注には「遜とはその志、所有って能わざるをいう(遜という漢字は、やろうとおもったが何か理由があってできなかったという意味だ)」とあり、後漢の許慎の辞書で当時流行していた
>説文解字には「のがれるという意味である」とあります。
>侮蔑というよりも、陸議という人の悲惨な最期を哀れんでいるような
>意味のある漢字ですね。自分で改名したのではなく、没後に哀れんだ人が
>つけた名前なのかもしれません。

なるほど・・・。
【やろうとおもったが何か理由があってできなかった】
というのは非常に意味深ですね。あるいは、陸遜が譴責を受けるに至って、自ら失意を込めて改名したのではないか?という気すらします。

とりあえず、侮蔑の意味がないというのは呉者としてはちと安心しましたw

【1738】Re:遜の字義
ひと言  つね  - 2005/5/15(日) 22:20 -

引用なし
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   みなさま、はじめまして。
つねと言います。

ちょっと古い話題で恐縮ですが・・・

陸遜ファンですが、最初に「陸遜」という呼び名から入ったので、意味もなく「陸議」より「陸遜」がいいなあ、なんて思ったりしています。(真田幸村みたいなものかな)

ところで、陸遜の諡である「昭候」の意味ですが、
諡号辞典(http://www.toride.com/~fengchu/sigou/)によると、

1.功績を譲る徳を持つこと。
2.学問の明らかなること。

の意味があり、美称だそうです。諡はその人の人となりを表すようにしていると聞いたこともありますし、正史各処に見られる陸遜の人となりを表しているのでしょう。
いつ改名したか、の回答にはなっていませんが、少なくとも「遜」に悪い意味はなさそうです。

【1739】Re:遜の字義
追記  つね  - 2005/5/15(日) 22:24 -

引用なし
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   読み返していると、話がつながっていないので・・・。

「遜」という名も陸議のへりくだった態度から来たもので、称える意味があるのではないかと思います。

【1752】Re:遜の字義
 中根東龍  - 2005/5/23(月) 20:59 -

引用なし
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   ▼つねさん:
>みなさま、はじめまして。
>つねと言います。

こちらこそ始めまして。

>ところで、陸遜の諡である「昭候」の意味ですが、
>諡号辞典(http://www.toride.com/~fengchu/sigou/)によると、
>
>1.功績を譲る徳を持つこと。
>2.学問の明らかなること。
>
>の意味があり、美称だそうです。諡はその人の人となりを表すようにしていると聞いたこともありますし、正史各処に見られる陸遜の人となりを表しているのでしょう。
>いつ改名したか、の回答にはなっていませんが、少なくとも「遜」に悪い意味はなさそうです。

ウーン…わたしも陸遜は好きな人物ですから、そう考えたいのですが、ことは
そう簡単ではないと思います。このおくり名は正史三国志陸遜伝によれば孫休の時に
改めて送られた物で、それまでは贈り名が陸遜にはなかったんですよね。
漢字の意味はいろいろなものがあります。昭の字義にはつねさんが述べられた意味の他に「無実の罪を明らかにする」という意味もありますから、陸遜の功績を改めて讃えると
ともに、無実の罪を明らかにし、陸遜の名誉回復をする意図があったと考えることもできますよ。中国の政治では往々にしてよくある「死後の名誉回復」のパターンのように思われますが…

【1753】Re:遜の字義
 中根東龍  - 2005/5/23(月) 21:27 -

引用なし
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   ▼つねさん:
>読み返していると、話がつながっていないので・・・。
>
>「遜」という名も陸議のへりくだった態度から来たもので、称える意味があるのではないかと思います。

遜には以前述べたように侮蔑の意味はありませんが、かといって讃える意味があるというのは飛躍しすぎでしょう。後世の用例では確かに明の『洪武正韻』に「遜は順なり、謙恭なり」とへりくだることを讃える良い意味にとっていますが、
三国時代にはそのような意味はみたところなかったようです。三国時代当時の用例を挙げますと、「自分が後にしりぞいて譲る」(後漢書)、「荒野へ逃げてゆく」(書経の注)、「逃げ出す」(当時の辞書『説文解字』)、「へりくだって自分の思うようにできない」(書経の注)などなど、讃える意味のある用例は見当たらないようです。

【1842】Re:遜の字義
教えて  こ・さん  - 2005/7/25(月) 19:41 -

引用なし
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   ▼中根東龍さん:
>▼つねさん:
>>読み返していると、話がつながっていないので・・・。
>>
>>「遜」という名も陸議のへりくだった態度から来たもので、称える意味があるのではないかと思います。
>
>遜には以前述べたように侮蔑の意味はありませんが、かといって讃える意味があるというのは飛躍しすぎでしょう。後世の用例では確かに明の『洪武正韻』に「遜は順なり、謙恭なり」とへりくだることを讃える良い意味にとっていますが、
>三国時代にはそのような意味はみたところなかったようです。三国時代当時の用例を挙げますと、「自分が後にしりぞいて譲る」(後漢書)、「荒野へ逃げてゆく」(書経の注)、「逃げ出す」(当時の辞書『説文解字』)、「へりくだって自分の思うようにできない」(書経の注)などなど、讃える意味のある用例は見当たらないようです。

姓や名を変えたお話は、見てるとけっこう面白いですね、程弔箸・修鵑覆鵑婆樵以僂┐討いい里・福△箸いΥ兇犬・靴鴇个錣擦討發蕕い泙后」

陸遜の件につきましては、従祖の陸康が孫策に攻められたってのは関係する
のでしょうか?
それとも皇太子問題で流罪をつきつけられて、憤死しちゃってるので、強制的に
改名させられたとか?
孫権は、陸遜の死後、陸抗に陸遜の二十の疑惑を問い詰めてるように書かれて
ますので、そうとう怒ってたように感じられますが。

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