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▼むじんさん:
>中央研究院【漢籍電子文献】に『三国演義』が収録されてますので、これは簡単に調べることができます。検索ワード「碧眼」を探すと該当個所は11点あり、そのうち孫権を指すものが7点。残りは張角に『太平要術』を授けた老人、劉備の死を予言した李意仙人、蜀の蛮将沙摩柯、南蛮の毒泉に苦しむ諸葛亮を救った孟獲の兄孟節の4人でした。
こんにちは。
適当なところで切り上げようと思ってたんですが、次々と皆様が面白いレスをしてくださり、また自分で勝手に振っといて書き逃げするわけもいかず(笑)。
単に、羅貫中やその時代の人々には、碧眼というのは夷狄・異国人・異教徒・異端者に写った、といったところでしょうか?
個人的には、プラスになるような容貌とは思えませんけど……。
参考になるかわかりませんが、演義の異民族の取り上げかたで、陳舜臣著『中国の歴史3』(講談社文庫)にあったのですが(何でも陳舜臣氏になってしまいますが、愛読書なものでして)、献帝が長安を脱出して李カくや郭シの軍に追撃されるくだりで、献帝一行が於夫羅配下の南匈奴の軍やその他の軍に救われるという『後漢書』の史実を、演義では南匈奴軍だけ除外しているそうです。でもこれは、氏の見解によると、大漢の天子が夷狄に救われるのに抵抗感を持つであろう読者のことを慮ってのこととか。
羅貫中が正史を読んだのかどうか、それもわかりかねますが。
余談ですが、清岡さん、同書に匈奴のことが書かれていて、「須卜骨」に「すぷく」とルビが振ってありました。
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