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ありがとうございます!
質疑応答等を見る限り
>大將軍の属官の説明だが、員数などに拘らず任命した節があり、
>それでも一応、(左將軍は)開府していることが「從事中郎」を任命していることからわかる。
中略
>(石井先生より)おそらく「將軍」自体に開府の権限はないので、
>劉備が許昌にいたときに開府儀同三司の権限を授けられていたのか、あるいは勝手に開府したのか。
とあるので将軍の上表とは別枠で権限与えられるか自分で勝手に名乗ってって感じぽいですね。しかも人数とかも結構好き勝手しちゃってるみたいです。
開府儀同三司の権限とか知らなかったので勉強になりました!
▼清岡美津夫さん:
>はじめまして
>そこらへんのことを知るのに、正史(『後漢書』『三国志』『晋書』)にこだわるとなかなか理解が進まないような気もしますが、それはさておき、まずは詳しい方が答えやすいように、情報を共有化しておきます。
>
>・三国志学会 第四回大会ノート3
>http://cte.main.jp/newsch/article.php/1410
>
>いや単に「開府」ということで、リンク先にある質疑応答のやりとりを思い出しましたので。
>それを読む限り雑号将軍だけだと「開府儀同三司の権限」は持ってないないかと。
>ただ呉の場合は、って尋ねられると私は即答できませんので、やはり他の方の意見を大人しく待ちます。
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