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負水灌火(仮題) 中盤の一部。
185/08〜
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(作品をお読みになる前に)このコーナーでは小説が完結するまで連載していくというコーナーではなく、実際の書きかけの小説を不定期に公開するコーナーです。だから、誤字脱字があるかもしれませんし、ストーリー的に完成作品よりおかしいところが多いかもしれません
   とりあえず、この小説は<<史書を私なりに解釈した文です。なので、従来の人物観とは多分、大きく異なります。孫策ファン、周瑜ファンの方はご了承ください。




   十歳ぐらいの小男(おとこのこ)が二人、並んで城邑の小道を小走りに急いでいる。
   一人が泥塵で汚れた姿をしていて、一人がさっぱりした見かけをしている。
   二人とも手に甕(かめ)を持っていて、視線を手元にちらちらと落としている。急ぐ足に反して、水があふれないよう、手を落ち着けようとしている。
   片方のさっぱりした小男は、急に立ち止まる。
   遅れて、もう片方の汚れた小男は立ち止まり、後ろの小男に振り返る。
「どうした、周郎。おまえしか、みんなの居場所、知らないんだぞ。まさか、道、間違えたのか?」
   肩越しに小男は声を出した。周郎と呼ばれる小男はまじまじと見返す。
「孫郎、ちょっと、甕をおろして、体をこっちに向けて」
   そう言った後、周瑜自らも、慎重に甕を地面へ置こうとしていた。
   孫策は体を動かさず、眉間だけを狭める。
「なんでだ?   急がないといけないだろ?   おまえの家のやつもおまえがいないのに気付いて追っかけてくるかもしれないし」
   策のいらつきが少し声に出ていた。ようやく、瑜は甕を地面に置いて中腰のままだ。
「いいから、早く」
   有無を言わせない瑜の口調だ。
   しぶしぶ策はゆっくりと甕を足下におろす。
「さあ、言うとおりにしたぞ。いったいなんだ?」
   策は完全に瑜の方へ向き、直立していた。
   瑜は策の元へ一歩進み、彼の姿をまじまじと眺めている。策の顔はますます不機嫌さを表す。
「おまえ、何がしたいんだ?」
   策は思わず声に出した。瑜はその声を気にしている様子を見せない。
「このままだとまずいな」
   策との目があった時点で瑜はそうつぶやいた。
「だから何が?」
   策はそのまま目を細めた。瑜は策の顔を指さす。
「その泥だらけの顔だよ。体全体とは言わないから、その顔を何とかしないと、ちょっとみんなの印象、悪いかなって…」
   そう言いながら、瑜は自然と視線を外していた。策は思わず、両手で自らの両頬をこすり、視線を落とし両手を見る。
「ははっ、また、忘れてた」
   策は無邪気に照れ笑いをした。
   瑜は声を漏らして笑い返す。
「その消火用の水を少し使えば良いんだ。そうすれば、顔もましになると思うよ」
   瑜の指は策の足下にある甕を指さした。
「そうだな、これ、ちょっと使えばいいだな…」
   策はそう言い残し、甕の水を両手ですくい、勢い良く自らの顔をこすった。策の顔から落ちる水は茶色くくすんでいた。
   中腰で何度かそれを繰り返した後、すくっと直立し、策は瑜に顔を見せる。
「これでいいか?」
   策が声を出す前に、瑜は彼の顔を見ていた。
   瑜は口を開けていた。だが、そこから声を出す気配を見せない。ただ、彼は策の顔を眺めたままだ。眼差しの先に、彼にとって泥に埋もれていたとは思えない顔があった。
「おい、良いんだろ?」
   策は強めに声を投げかけた。瑜の体は一度、小刻みに揺れる。
「えっ?   ああ…」
   瑜は我に返った後、視線を落とし、軽くうなづいた。彼はばつが悪いと思い、再び、しゃべりだそうとする。
「…いや、まさか、君がそんな格好いい顔をしてるなんて思わなかったからな」
   言い終えた後にも、瑜はばつが悪いと感じていた。
「それは言うな。俺、気にしてんだぞ…」
   不快な声が策の口からもれていた。さらに続く。
「…俺のまわりのやつは大人でも、俺の容姿ばかり褒め、俺の強さとか勇ましさとか見てくれやしない。そりゃ、顔は、母ちゃんに似てるって言われるし、俺もそれは認める。だけど、俺はそんなの別に嬉しくない。俺は父ちゃんみたいに強くなりたいんだ」
   策の声に熱が込められていた。
   策の言う彼の母や父のことなんて、瑜は知るはずはなかったが、彼の言おうとすることを感じることはできた。策が今まで見せた常軌を逸した積極性、瑜はそれを納得できるような気がしている。
「そうなのか……じゃ、これから力の見せどころだね」
   瑜は明るい表情を見せた。内心、よく言うよ、と彼は自らをそう評した。
   策は引き締めた表情をゆるめる。
「そうだろ?   だから、俺はわざわざ遠くまで来たんだ!」
   策は照れもせず破顔していた。
   瑜は策の屈託のなさをうらやましく思い始めていた。それに実際、策によって瑜が家に居たときに抱いていた葛藤は見事に解き放たれていた。瑜にとってそれさえ解消されていれば、後で怒られようが叱られようが構わないと思っている。
「じゃ、そろそろ行こう。早く、みんなに君のことを教えたくなったよ」
   瑜は甕を地面から持ち上げようとした。
「ああ、そうだ、行かないと始まらないしな」
   策は甕を地面から持ち上げながら言っていた。
   二人は道の先へと小走りに急ぐ。



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