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【1635】五徳説−それぞれの王朝は何徳? KJ 2005/4/4(月) 0:14 教えて
┣ 【1636】Re:五徳説−それぞれの王朝は何徳? 飛翔 2005/4/4(月) 20:28
┣ 【1637】呉はたぶん土徳 孫ぽこ 2005/4/4(月) 20:36
┣ 【1638】晋は金徳と明記されている箇所 ゆらら 2005/4/4(月) 22:26
┣ 【1639】Re:五徳説−それぞれの王朝は何徳? 白崎 2005/4/5(火) 0:58 紹介
┣ 【1640】Re:五行 清岡美津夫 2005/4/5(火) 7:57 ひと言
┃┗ 【1659】ひとことだけ そうとく 2005/4/9(土) 12:01 ひと言
┣ 【1666】皆様、ありがとうございます♪感謝感謝! KJ 2005/4/10(日) 8:05 解決
┃┗ 【1755】ためになりました! げんりゅう 2005/5/27(金) 14:14 教えて
┃┣ 【1756】白土 清岡美津夫 2005/5/27(金) 15:08 ひと言
┃┗ 【1757】袁術は相生説で正統化 KJ 2005/5/28(土) 2:56 ひと言
┃┗ 【1768】Re:袁術は相生説で正統化 げんりゅう 2005/6/4(土) 14:40 解決
┣ 【2787】Re:五徳説−それぞれの王朝は何徳? 金剛石 2007/4/11(水) 21:05
┃┗ 【2788】作家へのチェック項目 清岡美津夫 2007/4/11(水) 21:38 ひと言
┗ 【2789】蔡[巛/邑]の『獨斷』では 清岡美津夫 2007/4/11(水) 22:54
┗ 【3077】Re:蔡[巛/邑]の『獨斷』では [名前なし] 2008/2/29(金) 2:53

【1635】五徳説−それぞれの王朝は何徳?
教えて  KJ E-MAILWEB  - 2005/4/4(月) 0:14 -

引用なし
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   こんにちは、KJです。

後漢や魏などの王朝は、それぞれ五徳(木火土金水)の
いずれかが当てはめられますが、これについて質問があります。

後漢は火徳、魏は土徳と言われていますよね。
その他、蜀・呉・晋は何徳なのでしょうか。

蜀は漢を継ぐ立場ということでやはり火徳なのでしょうか???
晋は後漢→魏→晋という流れから考えて金徳なのでしょうか???
呉は???
できればそれが記述されている場所なども知りたいです。

このサポ掲も検索しました(惜しいのはありましたが)。
中研院の電子漢籍でも多すぎ?でヒットしません。
Google等でもヒットしませんでした(キーワードが悪い?)。
手持ちの書籍や資料にはそれらしいのがありません。

お手上げなので、知ってる方がいらっしゃいましたら
よろしくお願いいたします。

【1636】Re:五徳説−それぞれの王朝は何徳?
 飛翔  - 2005/4/4(月) 20:28 -

引用なし
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   ▼KJさん:
>こんにちは、KJです。
はじめまして 飛翔と申します
詳しい回答ではなく便乗質問みたいな感じになってしまうのですが(汗

>後漢は火徳、魏は土徳と言われていますよね。
>その他、蜀・呉・晋は何徳なのでしょうか。

各王朝に当てはめられる徳は
その前の王朝の徳の、五行説でいう相克が当てはめられています
漢→魏 の順で相克だとすると 火徳→水徳 のはずなんです
ここだけ相生っていうのも不思議なので
当時としては 漢=水徳 という考えが一般的だったのではないかと
そう考えると黄巾が黄色を掲げた理由にもなります

この漢の徳のズレは秦を並びに数えるか否かで分かれるそうです
(ちょっとこのあたりあやふやなのでまた調べてみます)

>蜀は漢を継ぐ立場ということでやはり火徳なのでしょうか???

もし蜀による統治がなされていれば漢と同じ徳であったと思われます

>晋は後漢→魏→晋という流れから考えて金徳なのでしょうか???

どうも五徳の並びがちょうど漢の時に変わった(変えた)らしく
終始五徳論(相克の並び)から 帝王五徳説(相生の並び)になったため
どちらで考えるかで変わると思います
漢以降を相生で考えるのなら 漢(火) 魏(土) 晋(金)
で良いと思います 

>呉は???

正統な王朝とはならなかったので徳は当てはまらないかと

>できればそれが記述されている場所なども知りたいです。

すいません実際に記述してるような本があるかまでは…
何で知ったかを覚えていないので(汗

>このサポ掲も検索しました(惜しいのはありましたが)。
>中研院の電子漢籍でも多すぎ?でヒットしません。
>Google等でもヒットしませんでした(キーワードが悪い?)。
>手持ちの書籍や資料にはそれらしいのがありません。
>
>お手上げなので、知ってる方がいらっしゃいましたら
>よろしくお願いいたします。

さらに便乗質問なのですが
終始五徳論(相克の並び)から 帝王五徳説(相生の並び)
に変えた経緯などわかる方いらっしゃいましたら
どなたかお教え願います
自分でも調べてきます

【1637】呉はたぶん土徳
 孫ぽこ WEB  - 2005/4/4(月) 20:36 -

引用なし
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   223年の呉の乾象歴使用の注(江表伝)に、
「孫権は呉では五徳の移りゆきから推測して、土徳が活動すると考えて・・・」
という記述があります。また、皇帝となった229年の年号が黄龍ですから、たぶん間違えないと思います。

【1638】晋は金徳と明記されている箇所
 ゆらら  - 2005/4/4(月) 22:26 -

引用なし
パスワード
   晋が金徳と明記されている箇所がありました。
『晋書・輿服志』に

 世祖武皇帝接天人之[貝兄] 開典午之基 受終之礼 皆如唐虞故事
 晋氏金行 而服色尚赤 豈有司失其伝歟!

という一文があります。
晋朝が金徳の王朝だということはわかるのですが、
何故「金徳」で「赤色」なのかはわかりません。どうしてなんでしょう?

ちなみに同じく『晋書・輿服志』のこの前の文には
237年に魏の明帝が服飾の色を黄色に定めたと記載されています。
魏は「土徳」で「黄色」なのでわかりやすいのですが‥‥。

【1639】Re:五徳説−それぞれの王朝は何徳?
紹介  白崎 E-MAIL  - 2005/4/5(火) 0:58 -

引用なし
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   どうも、白崎です。
ヒザを壊して松葉杖生活です……。

端的にいうと、後漢・蜀漢は火徳。
魏・呉が土徳で、晋は金徳とされます。

もっとも、「蒼天すでに死す」を筆頭にこれに適合しない事例は多いのですが、
あまり真面目に考えるような代物ではないように思いますよ。
なにしろ、五行説そのものが非常にあやふやでいい加減なものですからね。


三国四朝の概要を述べますと、
後漢においては漢朝は火徳とされていましたから、
これを受けたとする魏・呉は土徳を主張します。
魏・呉の最初の元号がそれぞれ黄初・黄武であるのは、
「黄」が土徳の配色であるからですね。

これに対し、漢朝の正統は滅びておらず、
自分たちによって存続されているというのが蜀漢のスタンスです。
ですから国号が「漢」なら、五行の徳も火徳のままなのです。

もっとも、蜀漢は魏によって滅ぼされ、それとともにこの理論も否定されます。
漢に代わった魏にとって、漢が継続していたなんて絶対に認められませんからね。
そのため、魏はこの国を「漢」ではなく「蜀」と呼びます。

やがて魏は司馬氏によって乗っ取られ、土徳を継いだ金徳の晋が誕生します。
晋は魏と同じく土徳を主張した呉も滅ぼして天下を統一しますが、
晋の天命は魏から受けついだことになってますから呉の土徳は認めません。


◎資料
 ・後漢末までの五行説の変遷
  『中華文明の誕生』(尾形勇/平勢隆郎)の
  「本書前半をひもとく前に」の解説が非常に分かりやすいです。

 ・三国以降の五行の徳
  『三国志の世界』(金文京)に図が載ってます。

【1640】Re:五行
ひと言  清岡美津夫 E-MAILWEB  - 2005/4/5(火) 7:57 -

引用なし
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   http://nobmatsu.sakura.ne.jp/itsubun/
↑逸聞三国志の掲示板の過去ログ
No.426 はじめまして 2002/04/10(Wed) 22:25
のツリー参照です(…と三年も前の記事を引っ張ってすみません。。。)
五行は相勝説と相生説があってややこしいですが、三国志の時代は五行相生でしょうね。
(確か、後漢ぐらいで相勝説か相生説かって議論があったような…)

【1659】ひとことだけ
ひと言  そうとく WEB  - 2005/4/9(土) 12:01 -

引用なし
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   こんにちは。自身には知識がないので、
少し詳しく紹介されているサイト様をご紹介するにとどめます(一応リンクフリーでした)

http://www.wind.ne.jp/khari/
「医と衣」様。コンテンツがたくさんあるので、多少誘導しますと、
「東洋医学の散策」→「東洋医学の歴史」→「古代王朝の五徳説」です。

ここでの骨子は、
「王位を譲られたものは相生関係である。革命や政権交代は相剋関係」であるという説と、
「漢代以降の徳の五行タイプについては,三国時代や晋,南北朝,随と長く続かず,唐になると時代が複雑さを帯びて行き,純粋な徳の統治ではなくなってくると考え五行配当を控えました。」ということ。
(「」内はすべて引用です)

以上ご紹介でした。失礼致します。

【1666】皆様、ありがとうございます♪感謝感謝!
解決  KJ E-MAILWEB  - 2005/4/10(日) 8:05 -

引用なし
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   ▼飛翔さん、孫ぽこさん、ゆららさん、白崎さん、清岡さん(NOBさん、菅原さん)、曹徳さん(加藤鍼灸院さん):
参考になるレスをありがとうございました。

レスひとつひとつに返事を書こうとも思いましたが、後から参照することの利便性と御礼の気持ちを込めて皆様の英知を結集した形にして残したいと考え、返事をひとつにさせて頂きましたことをお許しください。

当初、単純に何徳かを知りたいだけでしたが、意外と奥が深くてサンキューの一言では感謝の気持ちを表わせないと思い、そうした意図からも五行による徳の諸事情をまとめてみたいと思いました。私自身も勉強させて頂きました。

以下、まとめです。ひとつだけ疑問が残っていますが。より掘り下げて理解されたい方は、質問に対するレスの内容とそこから参照できる資料(ウェブサイトコンテンツ・書籍)をご覧下さい。(今回私は白崎さんご紹介の書籍まで手が回りませんでした。これも参照してみて下さい。)

本当にありがとうございました。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
王朝交代劇において、権威の象徴である王朝政治体制を非難する行為は諸刃の剣であり、理論による執行者交代を説明して王朝政治体制を継続していく必要があった。

その理論とは? それは五行説。その五行の相関説が主に2つある。

相剋説:土木金火水 [紀元前3世紀頃]戦国時代に成立した思想→終始五徳論
相生説:木火土金水 [紀元前2世紀頃]前漢時代に成立した思想→帝王五徳説

■秦王朝の主張(相剋説)
黄帝:土徳
夏:木徳
殷:金徳
周:火徳
秦:水徳−黒色

■漢王朝の主張 高祖(相剋説)
黄帝:土徳
夏:木徳
殷:金徳
周:火徳
漢:水徳−黒色

備考:劉邦は秦を正式な(世襲した)王朝と認めなかった。→秦を倒す理由

■漢王朝の主張 武帝(相剋説)
黄帝:土徳
夏:木徳
殷:金徳
周:火徳
秦:水徳
漢:土徳−黄色

備考:儒教の国教化に伴い太初暦が施行されたが暦の矛盾を無くすために、秦を正式な王朝として認める必要が出てきた。

■漢王朝の主張 成帝(相生説)
伏羲:木徳
神農:火徳
黄帝:土徳
少昊:金徳
せんぎょく:水徳
ていこく:木徳
堯:火徳
舜:土徳
夏:金徳
殷:水徳
周:木徳
漢:火徳−赤色

備考1:帝王五徳説の採用と、高祖の秦を認めない方針を採用。
備考2:後に、劉秀は眉を赤く染め新の王莽と戦った(赤眉の乱)。→新を倒す理由

■魏王朝の主張(相生説)
周:木徳
漢:火徳
魏:土徳−黄色

備考1:土徳を主張する→漢から禅譲する理由
備考2:同じ土徳を主張する呉は認めない。→呉を倒す理由
備考3:漢を継承し火徳を主張する者を認めるわけにはいかず蜀と呼んだ。→蜀を倒す理由

資料1:『魏書』明帝紀・景初元年の条と裴注の高堂隆伝に土徳だから黄色を尊んだことが書かれている。

■蜀王朝の主張(相生説)
周:木徳
漢:火徳
蜀:火徳−赤色

備考1:火徳を主張する→漢を継承する理由
備考2:蜀は漢を継ぐ者という立場にあり、王朝の称号を「漢」とした。→魏・呉を倒す理由
備考3:史実として正統性を残した魏王朝からは蜀と呼ばれ、呼び方は現代にも影響している。

■呉王朝の主張(相生説)
周:木徳
漢:火徳
呉:土徳−黄色

備考1:土徳を主張する→漢から禅譲するにも魏に先を越され、存在意義の立証が難航して皇帝即位が遅れ、地方独立政権色を帯びる

資料1:『江表伝』の223年の呉の乾象歴使用の注に「孫権は呉では五徳の移りゆきから推測して、土徳が活動すると考えて・・・」という記述があり、相生説を採っていることが分かる。
資料2:呉の最初の年号が黄武であり、皇帝となった229年の年号が黄龍であり、相生説を採っていると考えられる。
資料3:『呉書』胡綜伝に呉の牙旗には黄龍が描かれていたとある。

■晋王朝の主張(相生説)
周:木徳
漢:火徳
魏:土徳
晋:金徳−白色

備考1:金徳を主張する→魏から禅譲する理由
備考2:土徳を主張する呉は認めない。→呉を倒す理由
備考3:漢を継承し火徳を主張する者を認めるわけにはいかず蜀と呼んだ。→蜀を倒す理由
おまけ:ヲイヲイ俺たちもう金徳だよ、いつまで火徳なんて言っとるんだい?>蜀

資料1:『晋書』輿服志に、「世祖武皇帝接天人之[貝兄] 開典午之基 受終之礼 皆如唐虞故事 晋氏金行 而服色尚赤 豈有司失其伝歟!」という記述があり、王朝の立場で「晋氏金行」と明言しているので、相生説を採っていることが分かる。(参考:菅原さん訳「晋は金行であったので、服する色は赤を尊んだ、どうして官吏がその伝を失うことがあろうか?」)

疑問1:備考1中の『晋書』輿服志引用部分に「而服色尚赤」とあり、色の割り当てがおかしいようだ(金は白、火は赤)。ちなみに晋書には赤がよく出てくる。これって何故?
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

【1755】ためになりました!
教えて  げんりゅう WEB  - 2005/5/27(金) 14:14 -

引用なし
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   >王朝交代劇において、権威の象徴である王朝政治体制を非難する行為は諸刃の剣であり、理論による執行者交代を説明して王朝政治体制を継続していく必要があった。
>相剋説:土木金火水 [紀元前3世紀頃]戦国時代に成立した思想→終始五徳論
>相生説:木火土金水 [紀元前2世紀頃]前漢時代に成立した思想→帝王五徳説

かなりためになりました!結局のところ、五行説を「自分の良い様に解釈した」ということなのでしょうか。

そこで質問ですが、「袁術伝」の注で『典略』に「術以袁姓出陳、陳、舜之後、以土承火、得應運之次」とあります。これは袁術が火徳の漢から土徳である自分が取って代わるという意味で合っているんでしょうか?ちくまの『正史 三国志』には「……土が火をうけつぎ……」とあるんですが、漢文を正確に読めないので誰かご教授お願いします。

それと、五行説と関連しているかどうかわかりませんが質問があります。
『後漢書』「皇甫嵩伝」に黄巾のスローガンが載っていますが、ここに「以白土書京城寺門及州郡官府、皆作『甲子』字」とあります。
当時の土は白色だったのでしょうか?白い土であればわざわざ載せることはしないですよね・・・これに深い意味はあるのでしょうか?

【1756】白土
ひと言  清岡美津夫 E-MAILWEB  - 2005/5/27(金) 15:08 -

引用なし
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   ▼げんりゅうさん:
>それと、五行説と関連しているかどうかわかりませんが質問があります。
>『後漢書』「皇甫嵩伝」に黄巾のスローガンが載っていますが、ここに「以白土書京城寺門及州郡官府、皆作『甲子』字」とあります。
>当時の土は白色だったのでしょうか?白い土であればわざわざ載せることはしないですよね・・・これに深い意味はあるのでしょうか?

どうも初めまして。
白土に着目するのは面白いですね。

あまりちゃんと考えずに書き込んでいるんですが、関係あるかもしれないものをみつけたんで、とりあえず書き込んでおきます(すみません)。

中央研究院漢籍全文資料庫の二十五史で「白土」と検索すると後漢書の張衡列伝の注に

河圖曰:「天有九部八紀、地有九州八柱。東南神州曰晨土、正南〓州曰深土、西南戎州曰滔土、正西〓州曰〓土、正中冀州曰白土、西北柱州曰肥土、北方玄州曰成土、東北咸州曰隱土、正東揚州曰信土。」愉、樂也。敖、游也。

という記述がありました。
 白土で書くのは暗に黄巾が冀州から発しているという意味を込めていたりして、なんて連想しました。

【1757】袁術は相生説で正統化
ひと言  KJ E-MAILWEB  - 2005/5/28(土) 2:56 -

引用なし
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   ▼げんりゅうさん:
>かなりためになりました!結局のところ、五行説を「自分の良い様に解釈した」ということなのでしょうか。
そういうことだと思います。

>そこで質問ですが、「袁術伝」の注で『典略』に「術以袁姓出陳、陳、舜之後、以土承火、得應運之次」とあります。これは袁術が火徳の漢から土徳である自分が取って代わるという意味で合っているんでしょうか?ちくまの『正史 三国志』には「……土が火をうけつぎ……」とあるんですが、漢文を正確に読めないので誰かご教授お願いします。

ちくまの「土が火をうけつぎ」というのは土徳は火徳をうけつぐ意味のことを
言っていますので、あってますよ。袁術は相生説で正統化を図ってますね。
きっと袁術はこんなふうに考えたのではないでしょうか(笑

1.相生説では火徳から土徳に引き継ぐのだな。舜は土徳にあたる。
2.氏姓の展開では、舜の子孫から陳姓が出て、陳姓から袁姓が出た。
3.袁姓のワタシは土徳・舜の子孫であるから、ワタシも土徳だ!
4.ほほーっ、火徳である漢朝から引き継ぐのはワタシではないかっ!

この頃、袁術と袁紹は袁家の棟梁を巡って派閥争いをしていましたから
袁家の棟梁=自分である、と考えていてもおかしくないですよね。
結局、土徳を主張する「仲」という王朝を建国しましたが、
世の中は漢朝の威光がまだあったので、反逆者というレッテルを貼られ
討伐理由の対象となり、群雄のえじきとなってしまった、ってとこでしょうか。

参考:五行相生説と割り当て

伏羲:木徳
神農:火徳
黄帝:土徳
少昊:金徳
せんぎょく:水徳
ていこく:木徳
堯:火徳
舜:土徳
夏:金徳
殷:水徳
周:木徳
漢:火徳−赤色

【1768】Re:袁術は相生説で正統化
解決  げんりゅう WEB  - 2005/6/4(土) 14:40 -

引用なし
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   ▼清岡美津夫さん:
「白土で書くのは暗に黄巾が冀州から発しているという意味」という発想は、そんな気がしました。なんか深読みしすぎちゃった気がしますけど、ここまで考えていたならなんかすごいですね〜!

▼KJさん:
コメントありがとうございました!
五行説はほんとに色々あるので、難しいですね。。。

【2787】Re:五徳説−それぞれの王朝は何徳?
 金剛石  - 2007/4/11(水) 21:05 -

引用なし
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    あの、初めてここに書かせていただきました。

 前にどこかで後漢の徳は「木徳」という記述を見たことがあるような気がします。

 最近岩波文庫の中野美代子約の「西遊記(四)」を呼んでいます。そのなかの脚注に五行についてのみやすい表があります。
 それによりますと、木徳は東に位置していて、その位置には青龍がいます。だから色は青だと思います。そうすると黄巾族のあの言葉にも当てはまりますよね。

 で、晋の徳についてはよく知りませんが、もし「金徳」だとするなら金徳は西に位置していて木徳とは東西の関係になります。

 「西遊記」では孫悟空が西の金と南の火に、猪八戒が東の木と北の水に、沙悟浄が中央の土に属しているそうです。だから孫悟空と猪八戒はけんかをよくして、沙互譲はその仲裁役なんです。そう言う風にみると「木徳」と「金徳」が対立している形に見えますよね。

 間違っていたらすいません!!

【2788】作家へのチェック項目
ひと言  清岡美津夫 E-MAILWEB  - 2007/4/11(水) 21:38 -

引用なし
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   ▼金剛石さん:
> 前にどこかで後漢の徳は「木徳」という記述を見たことがあるような気がします。

古い三国志関連の小説ではほとんど、後漢は木徳(あるいは「後漢のシンボルカラーは蒼」)になってますよ。
[#T2783]
↑最近のここでも少し議論がありますね
多分、後漢書や搜神記にある黄巾の「蒼天已死 黄天當立」[#T2207]を根拠なく五行説に当てはめてみてそういう説明にしたんでしょうね。

昔から私はこれを逆手にとって、三国志小説でその作家がちゃんと文献を調べているのか、のチェックに使ってます。
後漢のシンボルカラーが蒼とか、後漢は木徳とかになっていたら、その作家はちゃんと文献をあたっていないんだなぁ、と見なしています。

【2789】蔡[巛/邑]の『獨斷』では
 清岡美津夫 E-MAILWEB  - 2007/4/11(水) 22:54 -

引用なし
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   ツリーが上がってきたついでなんですが、同時代史料である蔡[巛/邑](サイヨウ)が書いた『獨斷(独断)』では以下のようになっています。五行相生説ですね。
合成文字ばかりでわかりにくいですが、つまり[#1757]と同じです。[ウ/必]犧は伏羲のことです。

※参照
・東京大學東洋文化研究所漢籍善本全文影像資料庫
http://cte.main.jp/newsch/article.php/253


易曰帝出乎震震者木也言[ウ/必]犧氏始以木徳王天下
也木生火故[ウ/必]犧氏没神農氏以火徳繼之火生土故
神農氏没黄帝以土徳繼之土生金故黄帝没少昊氏
以金徳繼之金生水故少昊氏没[山/而 頁][王頁]氏以水徳繼之
水生木故[山/而 頁][王頁]氏没帝[學-子/告]氏以木徳繼之木生火故帝
[學-子/告]氏没帝尭氏以火徳繼之火生土故帝舜氏以土徳
繼之土生金故夏禹氏以金徳繼之金生水故殷湯氏
以木徳繼之水生木故周武以木徳繼之木生火故高
祖以火徳繼之

【3077】Re:蔡[巛/邑]の『獨斷』では
 [名前なし]  - 2008/2/29(金) 2:53 -

引用なし
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   どっかの本で読んだのですが、閏水っていうのもあると聞いたんですが
確か、共工 帝シ(帝尭の兄さん)秦がそれに当たるとかいう。

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