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【2884】漢魏の制による服喪期間 如墨委面 2007/8/12(日) 10:18 教えて
┗ 【2885】Re:漢魏の制による服喪期間 如墨委面 2007/8/13(月) 6:17 解決
┗ 【2913】Re:漢魏の制による服喪期間 池田雅典 2007/9/28(金) 4:47
┗ 【2915】Re:漢魏の制による服喪期間 如墨委面 2007/9/29(土) 8:49

【2884】漢魏の制による服喪期間
教えて  如墨委面  - 2007/8/12(日) 10:18 -

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   『晋書』武帝紀の泰始二年八月条に、武帝司馬炎が父の司馬昭の喪に服した記事があります。

初、帝雖從漢魏之制、既葬除服、而深衣素冠、降席撤膳、哀敬如喪者。戊辰、有司奏改服進膳、不許、遂禮終而後復吉。及太后之喪、亦如之。

最初、帝は漢魏の制に従ったが、すでに葬り、喪が終わっても、深衣素冠、降席撤膳のままで、哀敬するようすは喪に服している人のようであった。戊辰の日に役人が服を改め膳を進めるよう進言したが許さなかった。ついに礼に定める期間が終わたのち、通常に復した。太后の喪のときも同様であった。

(深衣素冠、降席撤膳はどう訳したらいいか分からないので、そのままにしました)

司馬炎の父の司馬昭は、咸熙二年(泰始元年)八月辛卯(九日)に死んでいますから、ここでいう戊辰、すなわち泰始二年八月戊辰(十日)は司馬昭の命日の翌日に当たります。
従って、この文の大意は「司馬炎は、漢魏の制度によって父の喪に服したが、その期間が終わっても、喪に服している人のような生活をし、一年の喪の期間が明けてもまだ元に戻さず、礼に定める喪の期間(おそらく三年=二十五ヶ月)が経過してから、ようやく元に戻した」ということになると思います。
ただし、司馬炎は、この間の泰始元年十二月壬戌に魏から禅譲を受けて皇帝になっていますから、喪に服している人のような生活をしたというのは私生活のことで、公務にまでは及ぼさなかったのでしょう。

ところで、この漢魏の制による服喪期間とは、どの位の期間なんでしょうか?

                   委面如墨

【2885】Re:漢魏の制による服喪期間
解決  如墨委面  - 2007/8/13(月) 6:17 -

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   自己レスです。

>ところで、この漢魏の制による服喪期間とは、どの位の期間なんでしょうか?
>

この問題について何か手掛かりがないかと思って『魏志』を読み直していたら、武帝紀に次の記事があることに気が付きました。

(建安二十五年春正月)庚子、王崩于洛陽、年六十六。遺令曰、天下尚未安定、未得遵古也。葬畢、皆除服。其將兵屯戍者、皆不得離屯部。有司各率乃職。斂以時服、無藏金玉珍寶。諡曰武王。二月丁卯、葬高陵。

建安二十五年春正月庚子(二十三日)、魏王(曹操)は洛陽で崩御した。年六十六。
遺令にいう。「天下はなお安定していない。古の制度にしたがうことはできない。葬が終わったらみな服喪をとけ。将兵の持ち場についている者はみな持ち場を離れるな。役人は職務に専念せよ。遺体を包むには時服を用いよ。金玉珍寶は墓に入れてはいけない。」
諡を武王という。二月丁卯(二十一日)高陵に葬った。

つまり、服喪期間は“死んでから埋葬が終わるまで”ということになります。これが『晋書』武帝紀にいう「漢魏の制」による服喪期間だったんですね。

まあ、質問しておいて、自分で答えを出してりゃあ世話がないですが、これで疑問が一つ解けました。しかし、読んでいるつもりでも、なかなか細かいところまでは読んでいないものですね。

                   委面如墨

【2913】Re:漢魏の制による服喪期間
 池田雅典  - 2007/9/28(金) 4:47 -

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   ▼如墨委面さん:
>>ところで、この漢魏の制による服喪期間とは、どの位の期間なんでしょうか?

>建安二十五年春正月庚子(二十三日)、魏王(曹操)は洛陽で崩御した。年六十六。
>遺令にいう。「天下はなお安定していない。古の制度にしたがうことはできない。葬が終わったらみな服喪をとけ。将兵の持ち場についている者はみな持ち場を離れるな。役人は職務に専念せよ。遺体を包むには時服を用いよ。金玉珍寶は墓に入れてはいけない。」
>諡を武王という。二月丁卯(二十一日)高陵に葬った。
>つまり、服喪期間は“死んでから埋葬が終わるまで”ということになります。これが『晋書』武帝紀にいう「漢魏の制」による服喪期間だったんですね。

既に自己解決されたところに口を挟むのも気が引けますが
曹操の例は曹操の嗜好による特例でありまして
通常、「漢魏の制による服喪期間」と言った場合は
前漢文帝の遺詔に規定される三十六日喪のことを指します。
後輩にここの論文書いたのがいるので、時間があれば詳細を書くかも知れません。
さしあたり指摘のみにて。

【2915】Re:漢魏の制による服喪期間
 如墨委面  - 2007/9/29(土) 8:49 -

引用なし
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   ▼池田雅典さん:
ご教示ありがとうございます。

>>建安二十五年春正月庚子(二十三日)、魏王(曹操)は洛陽で崩御した。年六十六。
>>遺令にいう。「天下はなお安定していない。古の制度にしたがうことはできない。葬が終わったらみな服喪をとけ。将兵の持ち場についている者はみな持ち場を離れるな。役人は職務に専念せよ。遺体を包むには時服を用いよ。金玉珍寶は墓に入れてはいけない。」
>>諡を武王という。二月丁卯(二十一日)高陵に葬った。
>>つまり、服喪期間は“死んでから埋葬が終わるまで”ということになります。これが『晋書』武帝紀にいう「漢魏の制」による服喪期間だったんですね。
>
>既に自己解決されたところに口を挟むのも気が引けますが
>曹操の例は曹操の嗜好による特例でありまして
>通常、「漢魏の制による服喪期間」と言った場合は
>前漢文帝の遺詔に規定される三十六日喪のことを指します。

漢書ですか。ここまでは考えが回りませんでした。

『漢書』文帝紀第四、抜粋
七年夏六月己亥、帝崩于未央宮。遺詔曰、……。其令天下吏民、令到、出臨三日皆釋服。無禁取婦嫁女祠祀飲酒食肉。自當給喪事服臨者、皆無踐。[糸至]帶無過三寸。無布車及兵器。無發民哭臨宮殿中。殿中當臨者、皆以旦夕各十五舉音、禮畢罷。非旦夕臨時、禁無得擅哭。以下、服大紅十五日、小紅十四日、纖七日、釋服。它不在令中者、皆以此令比類從事。布告天下、使明知朕意。霸陵山川因其故、無有所改。歸夫人以下至少使。……。乙巳、葬霸陵。

顔師古などの注が沢山付いているので、何となく分かるのですが、私では、訳すのは無理ですね。なにしろ、顔師古が注(下記参照)の中で「… 近代學者因循謬説 …」と書いているくらいですから(汗)
翻訳は、小竹武夫訳『漢書1』(ちくま学芸文庫)にあります。ただし、同書には注は訳出してありません。そこで、原注の喪の期間に関する部分を引用しておきます。これも訳文はなしです(冷汗)

應劭曰:「紅者,中祥・大祥以紅為領縁。纖者,[示覃]也。凡三十六日而釋服矣。此以日易月也。」
師古曰:「……。此喪制者,文帝自率己意創而為之,非有取於周禮也,何為以日易月乎!三年之喪,其實二十七月,豈有三十六月之文![示覃]又無七月也。應氏既失之於前,而近代學者因循謬説,未之思也。」

これで、
>通常、「漢魏の制による服喪期間」と言った場合は
>前漢文帝の遺詔に規定される三十六日喪のことを指します。
というのは分かりました。また、これは、顔師古によれば、周礼の規定に基づいたものではなく、漢の文帝が創出したものであるということも分かりました。

前掲の小竹武夫訳では、この服喪期間について、
「すでに棺をおろし葬ったら、大紅を服すること十五日間、小紅は十四日間、繊は七日間服して喪服を解げ。」
と訳しています。この訳に従うと、三十六日というのは、死んでからではなく、葬ってからということになると思うんですが、上記の原文の「以下」は、そういう意味に解釈するんでしょうか。
細かいことですが、これはちょっと疑問に思っています。

曹操の「葬が終わったらみな服喪をとけ」という遺令は、漢の文帝の時代と違って戦乱が続いている時期ですから、三十六日喪をさらに短縮したということになると思います。
晋の場合は、文帝司馬昭が死んだ時期には、蜀は平定されていますが、呉はまだですから、まだ戦乱が収まったとはいえないでしょう。しかし、小康を保っていたことは確かですから、武帝紀にいう「漢魏の制」がどうだったかは、ちょっと微妙です。ただし、三十六日喪の起算を小竹訳に従って葬からとすると、曹操の遺令は、葬の後の三十六日喪はするな、という意味になると思いますが、その場合、武帝紀の文脈から見て、武帝紀の「漢魏の制」は、三十六日喪ということになりそうです。

>後輩にここの論文書いたのがいるので、時間があれば詳細を書くかも知れません。
>さしあたり指摘のみにて。

その論文について、よろしければ教えてください。どこに発表されているんでしょう。折があれば読んでみたいと思いますので。

                 如墨委面

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