三国志ファンのためのサポート掲示板 ※共同掲示板。話題は三国志関係。横レス歓迎。初心者モードの質問からマニアックな雑談まで
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【2802】官職 ケータ 2007/5/11(金) 16:07 初心者質問
┣ 【2808】軍司馬 清岡美津夫 2007/5/11(金) 21:08 ひと言
┣ 【2809】侯 清岡美津夫 2007/5/11(金) 22:13 紹介
┣ 【2855】Re:中郎将 如墨委面 2007/7/5(木) 7:21
┣ 【2866】仮節について 2007/7/30(月) 23:58 初心者質問
┃┗ 【2869】Re:仮節について 清岡美津夫 2007/8/1(水) 0:36 多分…
┃┗ 【2871】Re:仮節について 2007/8/1(水) 20:36 感謝♪
┗ 【3067】あれから大分たって・・・ 孫羽 2008/2/16(土) 22:56 多分…

【2802】官職
初心者質問  ケータ  - 2007/5/11(金) 16:07 -

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   はじめて書込します。


ずっと小説や漫画、ゲーム等の「誰かが脚色・解釈した三国志」を読んでいたのですが、最近になって「自分でも三国志を考えたい、想像したい」と思うようになりました。
「それならまずは原点に戻ろう」と、「正史」や各所で展開されている解説・解釈を読みはじめましたが、「官職」というものがいまいちわからない…というかイメージしにくくて悩んでいます。

例えば、「誰それがなんとかいう役職に就いた」という記述があっても、それがどういう役割を担うものなのか、どれほどの権力を行使できるものなのかがサッパリわからず(とりあえず三公くらいはわかるのですが)、物語・歴史の中での「人物の立ち位置」を掴めません。

具体的に何がわからないのか、と問われると「何もかも!」となってしまうので、とりあえず今日読んでいて「???」となったところを挙げさせてください。


(前提⇒今は張コウに関する部分を調べています)

【○○侯って何?】
張コウが曹操陣に降った直後に「都亭侯に封じられる」という記述がありますよね。
その後、曹丕の即位に伴って「都郷侯」「鄚侯」になりますが、これって何の看板なんでしょうか。「侯」というと、爵位かなんかのような気がしますが、皇帝でもない曹操や曹丕(鄚侯に封じた時には帝位に就いてますが)が、家臣(「家臣」という言い方も違う気がします)に勝手に爵位を授けることができたのか?…と考えると釈然としません。曹操や曹丕が皇帝に「この人に爵位をあげてください」と上奏して詔勅をもらう、ということになるの……かな???

【○○戸を領する?】
街亭での勝利後、「千戸追加されて以下略」という記述があります。
これは、諸将はみな「自分の領地」とされるものを有していたと判断していいのでしょうか。そうなると、なんとなく頭の中には西洋風の封建制度が浮かんでしまうのですが、きっとそうではないんですよね。
自分の中にある「三国志のイメージ」に依ると、土地における諸々の権利を有しているのは牧とか刺史のような気がするのですが、そこに更に「領主」のような人物がいるのであれば、「民衆は多重に支配されていた」ということになるのですか?

【○○将軍と○○侯】
……というのは、同列に考えてはいけないもの、ですよね?
いろいろ読んでいると、「なんとやら将軍に昇格した」「どこぞの侯に封ぜられた」というのが同時に出てくるので、「…で、この時はなんのお仕事してる人?」と混乱してしまうのです。

【○○中郎将】
いろんな中郎将が出てきてこれまた混乱するのですが、「○○隊長」とか「○○主任」みたいなニュアンスで理解すれば大丈夫でしょうか?

【軍司馬】
「司馬」という言葉を調べていて「各部門の軍事部門を担当する」という解説を見つけたのですが、「じゃあ軍司馬っていうのは、軍の軍事部門???」となってしまいました。
他の解説で、「司馬=副官」というものも見ましたが……どちらが正しい(本来の)意味なのでしょうか。


それと、少し話が逸れますが、淳于瓊が西園八校尉の1人だったと知って少し驚きました。ということは、彼は結構な地位があったということになりますか…?


「お前、全ッ然わかってないのな!」というお叱りを受けるのを覚悟で、質問させて頂きました。
もともと歴史には疎く、重ねて自分の想像力の貧困さとか、飲み込みの悪さとかは嫌と言うほど自覚しているのですが、「よくわかんないけどとりあえず偉いんだろう」みたいな理解のままでいたくないので、どなたかご教授頂ければと思います。

【2808】軍司馬
ひと言  清岡美津夫 E-MAILWEB  - 2007/5/11(金) 21:08 -

引用なし
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   初めまして清岡と申します。

私の場合、複数質問があると、全部、一度に答えようとして時間かけていると、いつの間にか、元の質問が消えていたりすることが多々あるんですが(汗)、他の人も仮にそうだとすると、いつまで経ってもレスがつかないので、とりあえず、答えられそうな分を書き込みますね。早さ優先でおおざっぱですが。
(もし変なところがあっても他の人が突っ込んでくれると期待しつつ…)

あとそれとは別にここの掲示板には書き込みの量の波があるみたいで、書き込みの少ないときは1ヶ月2ヶ月レスがつかないことはざらで、それをしらずに書き込み主さんがビックリしてしまうことが多々あります(例 [#2795][#2553][#2543])。
先日も二、三日で書き込みを消しちゃった人が居るので、メモとして残しておきました(別に特定の誰に向けた書き込みというわけではありません)。

▼ケータさん:
>【軍司馬】
>「司馬」という言葉を調べていて「各部門の軍事部門を担当する」という解説を見つけたのですが、「じゃあ軍司馬っていうのは、軍の軍事部門???」となってしまいました。
>他の解説で、「司馬=副官」というものも見ましたが……どちらが正しい(本来の)意味なのでしょうか。
>

三国志魏書張[合β]伝の冒頭にある、

漢末應募討黄巾、為軍司馬、屬韓馥。

ってやつですね。司馬は他にも、例えば三国志呉書孫破虜討逆伝の冒頭に

堅以郡司馬募召精勇、得千餘人、與州郡合討破之。

と見られるように、郡に所属する「郡司馬」ってやつもあります。
張[合β]の「軍司馬」はこれとは違って、軍に所属する司馬でしょうね。
例えば、続漢書百官志に見られる大将軍の軍隊編成だと、

其領軍皆有部曲。大將軍營五部、部校尉一人、比二千石;軍司馬一人、比千石。部下有曲、曲有軍候一人、比六百石。曲下有屯、屯長一人、比二百石。

というふうになっており、領軍には五つの部があり、部には「部校尉」と「軍司馬」がいるようですね。
 また時代がさかのぼっちゃって張[合β]のころと少し違うんでしょうが、籾山 明/著「漢帝国と辺境社会 長城の風景」(中公新書1473、中央公論新社、1999年)の111ページによると(孫引きになりますが、元は 久保田文次 1988「青海省大通県上孫家塞115号漢墓出土木簡の研究─特に漢代の部隊編成を中心として─」『駿台史学』74号 だそうです)、出土木簡に見られる漢の軍団編成は、

単位  校──部──曲─官───隊──什──伍
指揮官 軍尉─司馬─候─五百将─士吏─什長─伍長

となっているとのことです。つまり「軍司馬」とはここでいう指揮官の「司馬」のことでしょうね。

【2809】侯
紹介  清岡美津夫 E-MAILWEB  - 2007/5/11(金) 22:13 -

引用なし
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   ▼ケータさん:
>【○○侯って何?】
>張コウが曹操陣に降った直後に「都亭侯に封じられる」という記述がありますよね。
>その後、曹丕の即位に伴って「都郷侯」「鄚侯」になりますが、これって何の看板なんでしょうか。「侯」というと、爵位かなんかのような気がしますが、皇帝でもない曹操や曹丕(鄚侯に封じた時には帝位に就いてますが)が、家臣(「家臣」という言い方も違う気がします)に勝手に爵位を授けることができたのか?…と考えると釈然としません。曹操や曹丕が皇帝に「この人に爵位をあげてください」と上奏して詔勅をもらう、ということになるの……かな???
>
>【○○戸を領する?】
>街亭での勝利後、「千戸追加されて以下略」という記述があります。
>これは、諸将はみな「自分の領地」とされるものを有していたと判断していいのでしょうか。そうなると、なんとなく頭の中には西洋風の封建制度が浮かんでしまうのですが、きっとそうではないんですよね。
>自分の中にある「三国志のイメージ」に依ると、土地における諸々の権利を有しているのは牧とか刺史のような気がするのですが、そこに更に「領主」のような人物がいるのであれば、「民衆は多重に支配されていた」ということになるのですか?
>
>【○○将軍と○○侯】
>……というのは、同列に考えてはいけないもの、ですよね?
>いろいろ読んでいると、「なんとやら将軍に昇格した」「どこぞの侯に封ぜられた」というのが同時に出てくるので、「…で、この時はなんのお仕事してる人?」と混乱してしまうのです。

[#T488]
[#T2346]
↑そういえば、侯に関してはこれら二つのツリーが参考になるかと思いリンクはっておきます。

【2855】Re:中郎将
 如墨委面  - 2007/7/5(木) 7:21 -

引用なし
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   ▼ケータさん:
>はじめて書込します。
私も初めての書き込みです。よろしく。

>【○○中郎将】
>いろんな中郎将が出てきてこれまた混乱するのですが、「○○隊長」とか「○○主任」みたいなニュアンスで理解すれば大丈夫でしょうか?

武官の階級ですね。
私は、中郎将が将官、校尉が佐官、都尉が尉官、といった感じで理解しています。
ちなみに、将校という言葉は、中郎将と校尉に由来するそうです。

【2866】仮節について
初心者質問   E-MAIL  - 2007/7/30(月) 23:58 -

引用なし
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   餡と申します。

とりあえず、役職に関する質問なので、こちらのツリーを使わせていただきます。
さっそく質問なのですが、「仮節」「太守・刺史」というのは、どの程度の職権があったのでしょうか。
例えば、魏延は漢中太守に任命されましたが、「仮節」が与えられていないので、もし軍法違反者がいたとしても処罰できないのでしょうか。
説明できる方がいましたら、どうかよろしくお願いします。


また、少し上とはずれた話題で申し訳ないのですが、以前別の掲示板で、四将軍の任命時に張飛と馬超には「仮節」が与えられているにもかかわらず、黄忠には「仮節」が与えられたという表記がないことが話題になっていました。
掲示板内では、「陳寿が書き忘れただけで当然ある」という考えと、「表記されてないのだから、ない」という考えで二分していました。
もしよければ、これに対する意見もお聞かせ願えればと思います。
ちなみに、自分はやはり陳寿が書いてないのだからなかったのだろうと思いますし、黄忠への後将軍への任命というのもやりすぎなので、加官してあれこれ言われるのを避けようとしたんじゃないかと思います。

【2869】Re:仮節について
多分…  清岡美津夫 E-MAIL  - 2007/8/1(水) 0:36 -

引用なし
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   こんばんわ清岡です。

▼餡さん:
>餡と申します。
>
>とりあえず、役職に関する質問なので、こちらのツリーを使わせていただきます。
>さっそく質問なのですが、「仮節」「太守・刺史」というのは、どの程度の職権があったのでしょうか。
>例えば、魏延は漢中太守に任命されましたが、「仮節」が与えられていないので、もし軍法違反者がいたとしても処罰できないのでしょうか。
>説明できる方がいましたら、どうかよろしくお願いします。

私も使持節・持節・假節について前々から気になっていたんですが、特に調べていませんでした。
ここの掲示板でもたまに出てくる、林 巳奈夫先生/編『漢代の文物』(1976年、京都大學人文科學研究所)の480ページに節の項目があって、それを見ると大庭脩先生の「1969a、漢代の節について、『東西學術研究紀要』2、23-58」の33-39ページから引用してます(清岡は確認してないです)。
それは節についてで、「皇帝(もしくは王)の意志を帶して趣く使者に授けられるものであり、……節を持する使者は使命遂行のためには殺[戮](実際は「戮」から「戈」を抜いて「歹」へんをつけた漢字)をも含む強行手段をとることもあり、その專斷は許されてゐた」となっています。
それで史書の類に節の説明がないか、軽く検索かけてみると、

通典卷第三十二 職官十四

晉受魏禪、則都督諸軍為上、監諸軍次之、督諸軍為下。使持節為上、持節次之、假節為下。使持節得殺二千石以下。持節殺無官位人、若軍事、得與使持節同。假節、唯軍事得殺犯軍令者。及伐呉之役、以賈充為使持節・假黄鉞・大都督、總統六師。

というのが見えました。晋代と蜀とでは違うかもしれないですが、假節(仮節)は軍事のみで軍令を犯した者を殺し得る、とのことです。
ということで太守ぐらいだと假節を持っていなくても、軍法違反者がいたらそれを殺すことはできませんが、軍令に照らし合わせ罰することはできると思いますよ(…と太守については調べてませんが)

>また、少し上とはずれた話題で申し訳ないのですが、以前別の掲示板で、四将軍の任命時に張飛と馬超には「仮節」が与えられているにもかかわらず、黄忠には「仮節」が与えられたという表記がないことが話題になっていました。
>掲示板内では、「陳寿が書き忘れただけで当然ある」という考えと、「表記されてないのだから、ない」という考えで二分していました。
>もしよければ、これに対する意見もお聞かせ願えればと思います。
>ちなみに、自分はやはり陳寿が書いてないのだからなかったのだろうと思いますし、黄忠への後将軍への任命というのもやりすぎなので、加官してあれこれ言われるのを避けようとしたんじゃないかと思います。

その掲示板のことを知らない上に、あまり『三国志』蜀書に馴染みがないんですが(汗)、今、見ていると、『三国志』蜀書の関羽伝や張飛伝など、別々に假節について記述があるんですね。
それで別の史書を当たってみると、

華陽國志 劉先主志

關羽為前將軍、張飛為右將軍、馬超為左將軍、皆假節鉞。又以黄忠為後將軍、趙雲翊軍將軍。其餘各進官號。

てな感じで、関羽、張飛、馬超は節鉞を仮す記述がまとめて出ていて、黄忠、趙雲にはそういう記述がついていないということで、序列を明確にされていて、黄忠にはないと見るんでしょうね。

【2871】Re:仮節について
感謝♪   E-MAIL  - 2007/8/1(水) 20:36 -

引用なし
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   ▼清岡美津夫さん:
>こんばんわ清岡です。
>

>私も使持節・持節・假節について前々から気になっていたんですが、特に調べていませんでした。
>ここの掲示板でもたまに出てくる、林 巳奈夫先生/編『漢代の文物』(1976年、京都大學人文科學研究所)の480ページに節の項目があって、それを見ると大庭脩先生の「1969a、漢代の節について、『東西學術研究紀要』2、23-58」の33-39ページから引用してます(清岡は確認してないです)。
>それは節についてで、「皇帝(もしくは王)の意志を帶して趣く使者に授けられるものであり、……節を持する使者は使命遂行のためには殺[戮](実際は「戮」から「戈」を抜いて「歹」へんをつけた漢字)をも含む強行手段をとることもあり、その專斷は許されてゐた」となっています。
>それで史書の類に節の説明がないか、軽く検索かけてみると、
>
>通典卷第三十二 職官十四
>
>晉受魏禪、則都督諸軍為上、監諸軍次之、督諸軍為下。使持節為上、持節次之、假節為下。使持節得殺二千石以下。持節殺無官位人、若軍事、得與使持節同。假節、唯軍事得殺犯軍令者。及伐呉之役、以賈充為使持節・假黄鉞・大都督、總統六師。
>
>というのが見えました。晋代と蜀とでは違うかもしれないですが、假節(仮節)は軍事のみで軍令を犯した者を殺し得る、とのことです。
>ということで太守ぐらいだと假節を持っていなくても、軍法違反者がいたらそれを殺すことはできませんが、軍令に照らし合わせ罰することはできると思いますよ(…と太守については調べてませんが)


清岡さんありがとうございます。
「太守・刺史」の場合は権限内である程度の処罰は許されるが、「仮節」なり「持節」なりがないと処刑や死罪にすることは出来なかったということでしょうかね。


>その掲示板のことを知らない上に、あまり『三国志』蜀書に馴染みがないんですが(汗)、今、見ていると、『三国志』蜀書の関羽伝や張飛伝など、別々に假節について記述があるんですね。
>それで別の史書を当たってみると、
>
>華陽國志 劉先主志
>
>關羽為前將軍、張飛為右將軍、馬超為左將軍、皆假節鉞。又以黄忠為後將軍、趙雲翊軍將軍。其餘各進官號。
>
>てな感じで、関羽、張飛、馬超は節鉞を仮す記述がまとめて出ていて、黄忠、趙雲にはそういう記述がついていないということで、序列を明確にされていて、黄忠にはないと見るんでしょうね。


自分もどこの掲示板かは詳しくは覚えてないのですが、華陽國志の引用はされてなかったと思います。
そこの記述から考えると、やはり黄忠には「仮節」は与えられていなかったように思われます。
それにしても、趙雲はまだしも四将軍のなかで黄忠だけが「仮節」を与えられていないというのは、やはり黄忠が四人のなかでも一番下に見られていたということなんでしょうか。

とりあえず、当初の疑問は解決しました。
丁寧にご説明いただき、本当にありがとうございました。

【3067】あれから大分たって・・・
多分…  孫羽  - 2008/2/16(土) 22:56 -

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   何かを調べながら引用、ではありませんが

【○○侯って何?】
○○には都市(県や郷の名前、札幌とか名護とかの)と関内侯(場所ではなく待遇)などがあったようで、そこの主に封じられると名乗ることが出来るものです
札幌侯になったとすると、札幌の税収を頂くことが出来る、派遣されてきた相(首相)に札幌の軍務政務法務などを委任して経営させる
逆に言えば主であっても中央から派遣されてきた相に実権を預けなければならない
勝手なことは出来ないんですね

【○○戸を領する?】
ようは○○戸(500家族とか)からの税収を得ることが出来る
上記の侯となにが違うか・・・
実数を増減出来るので失策したら減らしたり、功績あげたら増やしたりと便利ですね
併用出来るので侯である人物への増減に使った表記ではないでしょうか?

【○○将軍と○○侯】
将軍は官職(仕事)であって侯は爵位です
大会社の部長職と小さくてもオーナー会社持っているようなものです
任されているものと、所有のもの などなど

【○○中郎将】
これ、色々あるので
もっとも基本のものは中郎将(羽林、五官、左や右などの)で、中郎の将という意味合いです
A将軍の補佐にあたるA中郎将ってのも色々存在します
典農中郎将などという大司農所属の官も存在します
率善中郎将などは(これには率善校尉って補佐が・・)倭(日本)の使者に与えられていたり、外交用のものでしょうが
護匈奴中郎将など、専門の軍政務官だったりと色々あるようです
主任○○って感覚でいいんじゃないでしょうか?
主任国務大臣とかもいいますし

【軍司馬】
司馬にも色々ありますが 軍 の司馬なのですよね
軍を将する者が率いる集団 将軍の指揮する軍団の中の司馬じゃないでしょうか
軍の構成は校だの部だの曲だのが集まっているもの・・・大雑把に何千とかからの集団と思ってくれれば
一番小さい裨軍(1600)を率いるのが裨将軍って話なら、わかりいいのかな?
部隊長であって司令官ではないので、必ず上司の下にいて、長期的な単独行動は担当していない部類の職務なはずです

色々書きましたが、裏づけがあるわけではなく意見の一つとおもってください
(つつかれたくないからw)

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