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「文台、西へ」イントロ
030705


この小説は?
   この作品は三国志小説同人誌「文台、西へ」のために書き下ろしたもののイントロ部分です。とは言っても、まだ書き終えていないんですけどね(2003年7月5日)。間に合うかどうかわかりませんが、発行に向けて執筆中です。何かこういうページを用意すると、「続きは同人誌でね」という意図がありそうなんですが、そうではありません(通販をしてませんし、販売場所もまだ明記してませんし)。
   「文台、西へ」。タイトル通り、孫堅(字、文台)主人公の話なんですけど、イントロ部分ではその文台が出ず、傅燮(字、南容)が出ています。この同人誌で書きたいことは文台の格好いいところもそうなんですが、もう一つ、南容の格好いいところというところもあります。文台は三国志ファンの間で、よく知られている人物ですが、この南容はよく知られていません。だから、知名度をあげるという意味では、こちらの描写を重視してます。ちなみに南容はこのシーンでしか、出てこないので、そういう意味ではこれで書きたいことを書き終えてます。
   一通り、書いただけで、まだ見直ししてません。発行の時にわずかに変更するかもしれません。それといずれ、このサイトでも掲載予定です。本を買えない人はお待ち下さい。
   (2004年9月24日追記)結局、通販を始めたので>>参照、日本全国どこへでも(一応、海外も)購入可能になったので、サイト掲載を先送りにします。
   ページの一番下に時代背景に関する参考リンク、張っておきました。


孫氏三代「文台、西へ」185/04〜


「司徒どのを斬るべきです。それが天下の安堵というものです」

   多くの視線が集まる中、男の口からそう言葉が発せられた。

   男は議郎という官位。
   その官位からみたら、最高級の官位である司徒なんて、まさに雲の上の存在だ。その司徒を「斬る」だなんて、どんなに大それた発言か、自分の身を危うくする言葉か、男には分かりきったことだ。

   それぞれの長官や副官、あつまるから、この場に数十人はいるんだろう、と男は思っていた。
   次に来るのは、ひそひそ話にあてつけた罵声の数々。だけど、覚悟を決めた男には賞賛の声でしかなかった。
「傅南容は気でも狂いましたかな。もう口がすべったなどと言い訳はできませんぞ」
   ひそひそ声の一つが男の耳に入った。傅とは男の苗字、そして南容とは男の字。議郎という役職じゃなく字で呼ばれるのなんて光栄だ、と南容という字の男は内心で自らを皮肉った。
   あまりにも突然のことに、当の司徒はただ締まらない表情をしているだけだ。


   南容がここまで激しい言葉を投げかけたのは訳がある。それは司徒が出した提案にあった。
「そんな財も人も無駄遣いするような涼州なんて棄ててしまえばいいのです。そうすれば涼州で起こっている兵乱なんて、外国のことになります」
   というような司徒の言葉が未だはっきりと南容の耳奥に残っていた。同時に、司徒の損得勘定だけの「とてもよい良い発想」と言いたがる薄笑いも眼奥に残っている。
   南容は意志を強く持つため、考えを内心で繰り返す。司徒が棄てると言い放った涼州。海内を十三に分けた州の一つだ。しかも天子がいる司隷の西どなりだ。
   傷ついたからといって、棄ててしまうなんて、腕を切り落として、取り返しをつかなくしてしまうようなものだ、と彼は思う。
   司徒の権力であれば、簡単にここにいる者を「善」と言わせるだろう。だからこそ、この傅南容が歯止めをかけなければならない、と彼の信念は揺るがない。

「ぶ、無礼ですぞ、傅議郎どの!」
   ざわつく場を静かにした一言。それを発したのは楊尚書だ。
   その声で、ようやく司徒は生きた表情をみせた。怒りにふるえ、南容をにらみつけている。
   司徒の鋭い視線に南容は目を逸らさず、にらみ返している。
   司徒は視線をそらし、嘲笑じみた表情を見せる。
「楊尚書、まぁ、良いではないか。彼には自分の言ったことの意味をじっくり考えて貰おうじゃないか……傅議郎に謹慎を言い渡す!」
   司徒の勝ち誇った声にまわりは一斉にざわめき、楊尚書はゆっくり動き出した。
   南容は司徒を見据えたままだ。

   その視線を遮ったのは楊尚書だ。南容の前に立ちはだかる。
「傅議郎どの、ひとまず謹慎してもらいます…さぁ、立ってください」
   楊尚書は緊迫した眼差しをむけた。南容はむき返さず、すくっと立ち上がり、牀から降り、履をはき、外へ向かって歩き始める。
   拍子抜けした形で、楊尚書は南容の後を追う。
   南容は自らがつくった騒音を気にせず後にした。


「南容どの!」
   小走りに南容を追いかけてきた楊尚書はそう話を切り出した。
「どういうつもりですか?   あんなことを言ってしまったら、誰もあなたを助けることなんてできません……せいぜい、あの場を…」
   楊尚書が南容の背後から話しかけ、それを終える前に、南容は振り返った。
「あー、君にとって、ああするしかなかったんだろう……これ以上、私の立場が危うくならないよう、わざと君は私に怒った素振りを見せて、皆の溜飲をさげようとしたんだな」
   南容は落ち着いた口調で話し、再び、進む先へと振り返り、歩き出した。
   楊尚書は彼自身が目の当たりにしたことはもとより、耳にしたことでも不意をつかれ、一瞬、立ち止まる。その後、また、小走りで南容に追いつこうとする。
「私には自分の身を危険にさらすようなあんな暴言を吐くなんて訳のわからないことです。崔司徒どのの案に、あんな反対の仕方をするなんて……とても聞き入れてくれるとは思えません」
   南容の背中に向け、楊尚書は困惑の思いをぶつけた。
   南容は歩調をゆるめない。しかし、声を出す。
「西北…涼州から始まった兵乱は我々だけの問題じゃない。異民族……そう、羌族を率い、今、涼州を荒らし回っている」
   南容は楊尚書に向かって話しているというより一人つぶやいているようだった。彼は声を出すことをやめようとしない。
「それをとめようと、皇甫義真どのと董仲穎どのが討伐軍を率い、今も戦っている。それなのに崔司徒どのはそれを無いものにしようとしている……数え切れない多くの者たちが現に苦しんでいるのに……」
   南容の歩み、呟き、思いはばらばらなものだった。彼の思いは何故か一年前の記憶を巡っている。


   京師の間近で起こった反乱。それを沈めるため派遣された将たち。その中に彼自身がいて、そして有望な武官たちが居た。皇甫義真、朱公偉、曹孟徳、孫文台……どうにか京師に被害が及ぶことがなかったのはその者たちの活躍に他ならない。
   いくら才能のある者たちがいてもそれに命令を下す者たちが腐っていては何もならない。司徒はほんの一例かもしれない。今、戦っている皇甫義真でさえどうなるかわからない。目の前の敵にやられるより先に味方から消されてしまうかもしれない。
   できることなら、この腐った状況を斬り捨て、南容自身が西へ助太刀に行きたい。でも、もう自分の意志ではどうしようもない。
   ただ、南容が去年、出会ったような志を持つ人物が誰か派遣されるのを祈るだけだ……


   南容は不意に歩みをやめる。楊尚書はぶつからないようにあわてて立ち止まる。
   南容は右腕を真横にまっすぐあげ、右手を指し示す。
「西へ」
   南容の目は西の彼方を見据えていた。


・時代背景解説   小説のネタバレ
光和七年(西暦一八四年)〜
企画「孫氏からみた三国志」(>>該当ページ)から小説「文台、西へ」の時代背景に対応する回をピックアップ。それぞれ別ウィンドウで開く。

   25. >>西方から新たな脅威
   28. >>西方からの進軍
   30. >>斬司徒、天下乃安。
   31. >>皇甫嵩、失脚



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