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歩んだ道(仮題) |
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<<小説本編の入り口へ戻る <<● (作品をお読みになる前に)このコーナーでは小説が完結するまで連載していくというコーナーではなく、実際の書きかけの小説を不定期に公開するコーナーです。新たに書きかけの小説を掲載する際にはそれまでの書きかけ小説をサイト上から消すという方式です。だから、誤字脱字があるかもしれませんし、ストーリー的に完成作品よりおかしいところが多いかもしれません 私は常々、完成した作品、もしくは完成を前提とした作品(連載)を誰かに見せる以外にも、制作途中にある作品を見せる表現方法も「あり」かなと思ってました。そうすることで、より制作者の創作に対する思考過程に肉薄することができ、おもしろいかなと。 このコーナーはその思いを試すという、私の中できわめて実験的なコーナーです。なので、コーナー自体、消えるかも知れませんが、しばしお付き合いのほどを。 なお、ここに展示している作品はいつか完成させるつもりですが、完成した作品は二度とこのコーナーに戻ってくることはなく、どこかで公開されると思います。 では、本編をごゆっくり、どうぞ。 |
若い男は走っていた。 群衆をかき分け、ただ目指すところへ走っていた。 戦を終えてからすぐ来たと、男の着ている戎服は語っているようだった。 もちろん、走る若い男を妨げてしまっている群衆もほとんど戎服だったが、彼のような緊張感はなかった。 とにかく、彼は目的の地へただ急いでいた。体全体で心中の焦りを表現している。 彼の目指す先は、直属の上司が横たわる帷幕だ。 走る勢いのまま、若い男は帷幕の中へ飛びはいる。 彼の勢いは、中の静けさにうち消される。 そこには牀の上に横たわる中年の男。 彼は自らの上司を見つけると、急いでその牀の元へかけより、ひざまづく。 「司馬どの!」 彼は自らの上司をその役職で呼びかけた。声に緊張がみなぎっていた。 横になっている男は上体を起こさず、瞳だけを若者に向けていた。 「 ![]() 男は弱々しく、若者を名で呼んだ。呼ばれた若者は心配そうなまなざしを返す。 「傷は大事ないんですか……」 若者の気持ちは口から声となって放り出された。 男は体をうごかさない。 「傷はいつも通りの戦傷だ。五年前の山越戦でも毎度のように傷を負っていたし、今回の反乱討伐も傷を負っている………運が悪いなあと思っていたが、どれも致命傷じゃないから、本当は運が良いのかもしれん…」 男は自嘲気味の笑みを浮かべた。若者の目に、返ってそれが痛々しく写る。 「司馬どの、さぁ、元気を出してください。傷が治ったら、また、我々と共に戦いましょう」 若者は哀れみの気持ちを押し殺し、横たわる男を勇気づけた。 「いや、儂はもう引き際だ。この歳まで命があったのが幸運と考えるべきだ…」 男は体どころか、視線も天幕に向けたままだ。若者は男の弱気をどこか遠くへ投げ飛ばしたい気分でいる。 「我々の軍にはあなたが必要です。今までの勝利は、司馬どののおかげです」 若者は力強く発言した。 そのとき、突如として、男は首を若者の方へ向ける。その眼差しは男を捉えている。 「いや、もう決めたことだ。おまえらは儂なしでも充分にやっていける。儂は前から決めている。儂の司馬の官職はおまえに譲る」 男の言葉がとぎれた後も、二人の視線が交差していた。 少しの奇妙な沈黙が続く。 それをやぶったのはもちろん、若者の方だ。 「お、俺が司馬ですか?」 若者は、軍営の大通りを北へと歩を進めていた。 その若者の先に別の若い男が待ち受けている。 知り合い同士らしく、少し離れたところから互いに目を合わせている。 「丹陽司馬、 ![]() 待ち受けていた男は、含みのある笑顔を見せていた。対して、 ![]() 「わはははっ、やはりその官位名……『丹陽司馬』って呼ばれるのは、慣れないな」 ![]() 丹陽司馬という、高い官位は、まだ青さが残る宣嗣にとっておそれ多いと、彼自身、思っていたからだ。 そして、彼は待ちかまえていた男が口から出す「攻撃」を笑うことでよけてばかりではなく、相手を自分より照れさせてやろうと、「攻撃」に転じようとする。 「俺は運良く『丹陽司馬』なれたから、今から行われる軍議に出席できるけど、おまえ……いや、揚州従事の朱君理さまは実力だけで軍議に出席する権利を有していらっしゃる」 宣嗣は取って付けたような丁寧さで目の前の男をやり玉に挙げた。 笑い出した宣嗣と違い、立場が変わっても、朱君理と呼ばれた男は穏やかな様子を崩そうとしない。 「私は、ずっと、丹陽郡の官軍と会稽郡の官軍が協力して反乱軍を討伐するように二つの郡を行ったり来たりしていました。だから、この戦が終わるのを最後まで見なくてはいけないので、文官である揚州従事といえども、軍議に出るのは当然でしょう」 朱君理の顔は、無表情の中でわずかな喜色を表していた。宣嗣はそれを見逃さず、何十倍もの笑みを返している。 「わはは、お偉方の期待がなければ、軍議には門前払いだ。だから、そういうのを『実力』っていうんだ」 宣嗣はそう言葉を吐いた後、また大きな笑い声をたてていた。君理もつられた様子で隠さない笑顔になり、宣嗣を眺めている。 「滅多に私のことを褒めたり持ち上げたりしない、あなたが、今日はどうしたのですか」 君理は素朴な疑問を口にした。 宣嗣は笑顔のままだ。 「おまえは軍議なんて出慣れているかもしれないが、俺はついこの前まで想像すらしてなかったんだぞ。だから、体が勝手にふるえるほど、嬉しいんだ。他にこんな名誉なことがあるか!」 宣嗣は興奮しきった声をあたりにまき散らし、また大きな声で笑い出した。 君理はあきれかえることなく、暖かい眼差しを向けている。 「まぁ、確かに選ばれた人間なんでしょうね。そう思うと、名誉ある軍議でしょうが……まあ、軍議に出ればいずれわかるでしょうが……」 君理はつまりつまり小声を出していた。 宣嗣はそんな君理の様子を気にもせず勇んで軍議の帷幕へと歩いていた。 閉ざされたところだと思っていたけど、どこからか紛れ込んでいる秋風が心地よい……そう ![]() 「だめだ、だめだ」 宣嗣は小声でつぶやいた。外に気が向いているのは現実から目をそむけている証拠だと、少し彼は己を恥じている。しかし、目の前のことを自分の力でどうしようもないことも彼は知っている。 ここは十数名の人々が議論している場、先ほど、はじまったばかりだ。しかし、注意深く言葉の奥に潜むものを宣嗣は感じ取ると、その内容が数ヶ月前の軍の方針となんら変わらないものだということに気付く。軍議に出るのが初めての彼ですら気付くのだから、おそらく、この場にいるものにとってそれが当たり前なのだろう。 会議の内容は、敵軍をどう倒すか、それのみだ、と宣嗣はそう強く思っている。だが、それに反し、敵軍は数ヶ月間、官軍の攻撃から逃げ続けていたことも充分に彼は知っていた。 この軍議に出れば、その対策をいろいろ知ることが出来ると宣嗣は思っていた。だが、具体的な意見は何も出てきていない。皆、当たり前のことを言っているだけだ。このままでは今までの戦と同様、官軍がいないところを狙って、敵軍が略奪行為を働くだけだろう。 この地で戦っている官軍七八〇〇人の選ばれた十数人だけがこの会議に出ているから、本来ならばこの場に出席できる幸運を感謝すべきだろう、と宣嗣は初心を自分に言い聞かせていた。だけど、このいつ終わるともしれない倦怠感には我慢できないことも、彼の中で事実であった。 宣嗣は思い出にひたろうとする心を慌てて現実に引き戻す。彼は今、誰が発言しているのかと注意を向ける。彼の目に同い年の若者が映っていた。その若者は彼がよく知っている人物。朱君里だ。 「……ですから、反乱軍は元々、我が軍より兵士数が多いので、ここ数ヶ月の食料を主とした略奪は軍を維持し、そして会稽郡を乗っ取るための単なる準備段階だと考えられます。したがって、時期がくれば、反乱軍は我が軍の前に現われて、決戦を仕掛けてくるでしょう」 朱君理は発言を締めくくった。宣嗣の意思はその発言内容より君理の立場に向いている。 宣嗣は郡の武官、君理は州の文官。 一見、この二人に接点はないが、ここ会稽で二年前から続く反乱が二人を近づけていた。すなわち、会稽郡で対抗するべき兵数が足りないことで、州は君理に丹陽郡へ援軍を要請する役をさずけ、一方、郡は窓口役として宣嗣たちに君理の応対をさせた。 そのころから、立場が違うが同年齢であるこの二人は意気投合し、なにかと交流をしている。宣嗣はこの縁がしばらく続くのだろうかと何となく感じていたが、まさか軍議でこうやって顔を合わせるとは思わなかった。 君理は本軍の会稽郡と援軍の丹陽郡、揚州の調整役を今も続けている。 「朱君理の言い分、もっともだが、問題は我が軍がこれからどうするかだ。何か意見はないか」 そう発言し、軍議を仕切るのは陳太守だ。この一言で宣嗣は我に返る。 陳太守は丹陽郡の太守だが、事実上、この地にいる官軍すべてを仕切っているようだ、と宣嗣は感じている。 宣嗣は陳太守の眼差しが特定の男に向けられているのに気付く。その男を宣嗣はまじまじとみる。あの男は会稽司馬だ、ということをすぐに宣嗣は思い出したが、どうにも名前は思い出せないでいた。 そのとき、騒がしい音で周りが包まれた。 宣嗣が音のある方へと振り向くと、報告の兵卒が入ってきていた。 「反乱軍が現われました!」 顔の汗をぬぐおうとせず、その兵卒は第一声を発した。 「またか…」 宣嗣は他の者に聞こえぬような声でつぶやいた。 宣嗣が想像したことは、敵がどこかの邑(まち)を攻め、略奪をしているところだ。そこへ救援に向かう必要があれど、敵軍に軽く逃げられるだろうと容易に彼は想像できた。 それがこの場にいる者の共通認識であることは、場の反応は冷淡さが証明していた。 だが、この場に躍り出た兵卒はそんな様子を意に返さず、二言目を発する。 「北台丘陵に五千以上の兵が陣を築いている模様!」 その一言でその場の雰囲気は一変した。 宣嗣はその場の共通した思いを感じているようだった。 敵軍が正面切って戦う準備を始めている。その感覚がその場にいた者たちの口を一斉に開かせる 「いよいよか」 宣嗣は自分の声が他人の声の中へとけ込むのを耳でとらえていた。彼にこの軍議の場に来て初めて感じる心地よさがあった。 その後、口々に興奮した声があがる。皆、今までの鬱憤を晴らせると落ち着かぬ様子を見せる。宣嗣も先代の司馬の借りを返せると、いきり立つ。 「陣を築いているということは、やつらが我々を罠にかけようとしている証拠です」 そう落ち着いていながら辺りに響く声を出したのは君理だった。皆は声を沈め、君理に注目する。 「かといって、やつらを野放しにしておくと、近隣の食料を奪われ、今度こそ我々の食料がなくなることでしょう」 その君理の一言で、ただ騒々しい場が引き締まった。 宣嗣にはようやく君理がこの場にいる資格があるのか、わかる気がしていた。 陳太守の横にいる臧刺史は急に立ち上がる。 刺史という役職は、普段、州の監査役だが、こういった州内の反乱時には、陣頭指揮にたつ役回りだ。だから、軍議にも陳太守ばかりに任せず、何か主導権を握ろうとしているのだろうと、宣嗣は見なしている。 「どうやら、戦うしかないようですな、太守どの」 立ち上がった臧刺史は陳太守を見下ろし、そう告げた。 陳太守も勢いよく立ち上がる。 「そのとおりだ、臧刺史。今度こそ民を惑わす反乱軍の死に時だ」 陳太守は高らかに開戦の宣言を行った。 度重なる無意味な戦いによって生気のない太守の顔に、覇気が湧いてきている。 皆も宣嗣も全員、自然と立ち上がっていた。 「今すぐ、北台丘陵へ進軍だ。皆のもの、準備せい」 陳太守の命令に、皆、勇ましい声で呼応した。 |
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