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わかれ目 〇三 |
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<<目次 <<〇二 慣れない ![]() いったい、いつからこんな感覚になったか、よく思い出してみる。 官府(やくしょ)に戻る途中で、あの遺体を見てからだろうか、いや、きっと皇甫義真という男に会ってからだ。 「どうだ、 ![]() 皇甫義真の声だ。あのときと同じく背後からの声。彼と歩調を合わせるため、私は少し立ち止まり、また歩き出す。左に義真が歩いている。私はちらりと左を向く。 「あなたも今、 ![]() 私の視線は自然と義真の頭上へうつっていた。歩く勢いで ![]() 義真は右手を何気なく冠にかける。 「まさか儂までおまえさんと同じ『中郎将』になるとは思わなかったな…」 義真は穏やかな表情の中にも、どこかばつの悪そうな色を浮かべていた。 私は三年前の反乱討伐の実績からこの役職に抜擢された。 片や義真は四日前、ある進言をしそれを通したことを見込まれて、この役職に指名された。 彼の進言が採用されたことは、多くの人が口をそろえて『歴史的快挙』と認めるものなのだが、彼がそれを自覚しているのか、その冷静な顔から私は読みとれないでいた。 「同じと言っても、私は『右中郎将』で、あなたは『左中郎将』です。えーと、中郎将は五官、左、右、虎賁、羽林と続くから、一応、あなたは私の上官になりますよ」 左の義真に私はいたずらっぽい笑顔を向けた。 義真はやや口の端を下げている。 「左も右も似たようなものだ。わかれ目などない。軍を率いる者には変わりない。おまえさんは儂の予言通り出世して良いだろうが、儂の悪い方の予言があたったという裏付けでもあるんだぞ」 義真はただ向かう先を見ていた。彼の表情は険しい。 義真の「悪い方の予言」は出会ったとき、私に告げたもの。 惨事は京師だけに留まらない。やがて四方八方から押し寄せてくるだろう、というもの。 災いの種を根元からつみ取ろうと、朝廷は張角を捕らえようとしたらしい。ところがとらえるどころか、張角にあることを決意させることに。 それは張角の信者たちによる一斉蜂起。 信者たちを軍隊にし、京師へと攻め込ませるというもの。 京師だけでも千人以上は居たのだから、その数は膨大だ。数万人とも数十万人ともいわれている。 そいつらに対抗するため、私や義真がその指揮官に選ばれた。 但し、こちらにはまだまとまった兵卒なんていやしない。断片的にいる兵卒たちをまとめあげ、一つの軍にするのも私の役目だ。まだまだやることがたくさんあるし、それらをこなしても、待っているのは厳しく残虐な戦だ。 手をこまねいて無惨に倒されるよりましだけど、とてもやり遂げる自信はない。 あのときの亡骸が思いをよぎる。 気が重い。 「で、おまえさんはどんな部下を選んだんだ? まさか礼儀正しいお利口さんを選んだんじゃないだろうな?」 左に歩く義真の話しかけで、私は物思いから我に返った。どうやら義真が語っていたことに私は適当に相づちをうっていたようだ。 部下の話か… 「一人、生きのいいやつが居まして……徐州の下 ![]() すらすらと言葉が出た。だがもう続かないだろうから、義真に話をふる。 「そう言う皇甫中郎はどのような部下を選んだんですか?」 姓と官職名で義真を呼んだ。 「はっきり言って儂の家は、代々、将軍を出している武官の家だ。だから儂は人を見る目には自信がある。儂が北地郡の太守をしていた頃、面白い人物の風評をきいてな。ちょうどその郡にいたもんだから、実際、会ってみるとそいつを気に入った……まぁ、会ってみればおまえさんもわかるだろう」 義真は行く先を向いていた。その顔は一見、真面目だったが、私には彼の目に喜びの色があるように思えた。 普通の人にあんな言葉を吐かれたら、嫌味に聞こえるものだが、そう聞こえなかった。実際、彼の叔父は度遼将軍だった皇甫威明で、それは誰もが知っている将軍だからだろうか。 そんな彼が見込んだ部下はどんな人物なのだろうか。 |