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▼仁さん:
>帰服して即日、都尉及び宿直警護の役目に任命されていますが、この都尉は許昌の城の警護とそのまま受け取っていいのでしょうか?(宿直警護と書かれ、侠客は虎賁になったと書かれていますので、もっと曹操の身近にいたのかなとも)
>○○都尉とかよく書かれていますが、単独で都尉と呼んでいたのかもわかりませんので、その辺わかりやすく教えて下さい。
>「三国・魏の町奉行さま」のスレッドを読みましたが、いまいち掴めきれないもので・・・。
せっかくなのでレスを。。。
都尉というのは言われるとおり○○都尉などといくつかあるのですが、ここの場合
は郡の都尉(前漢のある時期までは郡尉と呼ばれていた)のことだと思います。
「三国・魏の町奉行さま」での話は県の尉のことで、こちらは郡の治安・軍事を担
当する都尉のこと、となります。またちくま訳ではたしかに「宿直警護の役につ
け」とありますが原文は「引入宿営」で、(曹操が)宿営地(幕営地でしょうか)に引き入れた、くらいの意味です。曹操が許チョを「我が樊噲」と言い、高祖にとっ
ての樊噲の役目を考えれば、側近中の側近、ボディーガード的役割をしたと考える
のが適当でしょう。
ご参考までに。
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