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憧れのもとに 一三 |
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<<目次 <<小説本編の入り口へ戻る <<一二 瑜がもう一度、自らの内面から現実に目を向けると、策と小男(おとこのこ)たちの集団が静かににらみ合っていることに気付く。お互い、相手の出方をうかがい、何かあれば殴ろうとしているように、彼は感じている。 もし、ここで喧嘩になったら、どうなるか? 策と共に周りを囲まれて、すぐにやられてしまうだろう、と瑜はまるで他人事のように感じていた。 今にも飛びかかろうと前傾姿勢になっている策は、急に頭を上げ、微笑みを見せる。 「あー、やめた、やめた。俺たちがここで喧嘩しても、黄巾賊のやつらが喜ぶだけだ。そんなことより、早く火を消しにいこう」 策は両手を広げ言った。策の突然の申し出にしばらく誰も答えようとしない。 そのうち、一人が言い出す。 「おまえ、そんなこと、言って、俺たちと戦うのが怖いんだろ? 逃げ出すなんて卑怯…」 その小男が言い終える前に、地面にどさりと倒れた。その小男は策の足下に横たわっている。 次の瞬間には策は元の立ち位置へと戻っていた。他の七人の小男たちは何が起こったのかわかっていない。一方、瑜は記憶の後追いをしながら、全部、知り得ていた。策は、一足で、しゃべっていた小男のもとへ行き、その勢いのまま、あごを拳で右から殴りつけ、倒し、その後、素早く元の位置に戻ったということを。 小男たちの表情は次第に呆然としたものから怒りの表情にかわろうとしたとき、策は叫ぶ。 「動くな!」 策のその一喝で、皆の動きがみたりと止まった。 策は言葉を続ける。 「今の見ただろ? 俺は一撃で人を倒すことができる。だから、おまえらなんて、すぐに全員、倒せる。でも、俺はそんなことしない。なぜかって言うと、おまえらは黄巾賊をどうにかして追い返したいと思っているんだろ? おれもそう思う。だから、おまえらは俺の同志。そう、仲間だと思っている。おまえらはどう思うんだ?」 すごみと親しみが混じった不思議な口調で策は話した。 しばらく、小男たちは戸惑いの様子を見せていた。 「わかった、わかった……おまえは俺の仲間だ」 そう七人のうちの誰かが声を出したのをきっかけに、他の者も口々に同じ意味のことを言い始めた。 それでも、策は緊張した表情を崩さない。 「仲間は俺だけじゃないだろ? 周郎もだ! 俺と同じぐらい、こころざしは高いからな」 策はそういって笑みをみせた。瑜は顔をしかめている。 「あー、わかった。しゅ……周郎も俺たちの仲間だ」 その一言で、先ほどと同様、小男たちは次々と同じ内容のことを宣言した。 瑜は咄嗟につくった愛想笑いの表情をつくる。 策は両の手のひらを叩き、音を出す。 「よし! おまえらが仲間になって、心強い……俺らは先を急ぐ。おまえらはそいつを起こしといてくれ。後でまた会おう」 策は、倒れている小男を指さし、そう言い残した。すぐに、彼は甕を持ち上げ、瑜の耳元に口を持っていく。 「で、どっちへ行くんだ?」 策は瑜にしか聞こえないような小さな声でささやいた。 「左へ。道なりに」 瑜は同じような小さな声で即答した。 策は曲がり角を通り、西へと歩き出した。瑜も急いで甕を持ち上げ、歩き始める。 二人は小男たちのいるところを後にした。 五歩ほど孫策が先に進んでいたので、周瑜は小走りにそこへ追いつこうとする。 瑜が策の左隣にぴたりと着く。 「おい、誰が助けてくれって言った? あれじゃ、まるで僕が能なしみたいじゃないか!」 瑜の語調は荒いものだった。 策は瑜の方へ顔を向け、眉を上げる。 「あいつら、聞き分けのないやつだ。あのまま、俺が口出ししなかったら、おまえ、どうなっていたか、わかんないぞ」 策は朗らかに返した。しかし、瑜は溜飲がおりない様子をみせる。 「自分のことなのに、人の手を借りて助かるんぐらいだったら、あいつらに囲まれて袋叩きにされたほうがましだ!」 瑜は面目をつぶされた怒りをそのまま強い語気にし、策にぶつけた。 策はもはや笑って瑜の矛先をそらすぐらいしか考えつかないでいた。だが、彼は何とか言葉をつむぐ。 「まぁ、そういうな。そんなことに、こだわるより、あいつらと共に手柄を立てた方が数倍ましだろ? 城邑の人もあいつらも俺たちも、みんな、得する……だから、後で活躍してあいつらを見返してやればいいんだ」 策は歩みを止めていた。瑜も歩みを止め、さらに策を見据えている。 瑜は策の言い分を理屈でわかっていても腑に落ちないものがあった。話題を瑜自らが変えないとどうにも険悪な雰囲気になることもわかっていた。彼は話を少しそらして気を落ち着けようとする。 「でも、あんな喧嘩のやり方はないだろ? どうせ、あいつら全員、倒せるなんて、嘘だろうし…」 瑜は先ほど、策が小男たちを力で仲間にしたやり方を話にした。策は破顔する。 「あはっ、俺が全員、倒せないってよくわかったな。あの手の嘘を見破れるやつなんて初めてだ」 策は声を立てて笑っていた。瑜はうなり声のようなものをあげ、話の調子をつかもうとする。 「…あんな手を痛めるような殴り方をしたら、後が続かないってのはわかる……それにだ。君がはじめにあの集まりの大将を倒したのは兵法通りだろうけど、もし一撃で済まなかったら、僕と君とは袋叩きにあってたぞ」 一度は落ち着いたものの、再び瑜の語気はあらいものになっていた。策は眉をひそめる。 「え? 俺が倒したやつって、大将だったの?……そのわりにはあっさり倒れたような…」 策は視線を空に向け、思いを巡らせていた。 「君は自分の倒したやつが誰か、わからなかったの?」 瑜は半ばあきれた声をあげた。策はまだ虚空を見て記憶を辿っている。 「俺はただ、あの中で、一番、むかつくやつを倒しただけだ……というと、大将が生意気なやつじゃなかったら、俺たち、どうなっていたか、わかんないな…」 策はそう言うと、声をあげて笑いだした。 「あきれた……」 瑜も声をたてて、笑い始めた。 二人が声を合わせて笑っていると、瑜は行く先の方から大勢の声が来るのを感じる。その中には叫びに似た緊迫したかけ声が混じっている。 策は表情を引き締め、瑜に視線を送る。 「あれは何だ?」 策は声をもらした。瑜は声のする方へ視線を向けたままだ。 「僕らの行こうとするところから声が聞こえてる……多分、何か大変なことが起こったのかな……とにかく、急ごう!」 瑜は策の方へ振り向き、よびかけた。 「おう!」 策の返事で、二人は再び、小走りに歩き始めた。 今まで以上に早い歩調で。 |