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憧れのもとに 〇七 |
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<<目次 <<小説本編の入り口へ戻る <<〇六 「あなた、まだ十一歳でしょ? そんなのとうてい無理です。家でおとなしくしてなさい」 そう少年の母親が言ったのは、もうかなり前のことだ。 だけど、少年の耳の奥で、まだ響いているような心地でいた。 少年は机に向かって座している。 別に何をするわけでもなく、とりとめのない考え事をしている。 その思いのいくつかには、いくら考えても無駄だとという自嘲的なものも含まれていた。だけど、彼は一向に悩むことをやめようとしない。 彼の中で、時が経るに従い、むしろ、どんどん強くなっていくようだった。 少年にとって、机に置かれた書簡は、どれも自分の将来、ひいては広く世間の役に立つ、と言い聞かせられたものばかりだ。 しかし、少年は、これらの書簡がどれも今の自分に役立たないことを身にしみてわかっている。 ある日、突然、賊軍はやってきた。 その賊軍は、はるか遠くに居たと誰もが思っていた。黄巾賊と呼ばれる軍だ。少年も皆もまさか自分の住む城邑(まち)が関係するなんて思ってもいなかった。だから、邑全体は瞬く間に大騒ぎになっていた。 援軍を待って守備に徹するか、あるいは城邑を捨てて逃亡するか、老若男女問わず、いたるところで話し合われた。だけど、数日でそんな話し合いが少しも役立たないことがわかる。 最初の城壁が黄巾賊によって突破されたからだ。 幸い、少年の住むところの反対側だった。そこへ向けられた彼の目に遠くで赤々と燃え上がる光景がしっかりと映っていた。それは黄巾賊が城壁を突破した直後、住居に火を着けまわったと彼はすぐにきかされた。 少年の母親は、遠くへ赴任している父親の元へ早く逃げようと言っていた。だけど、すぐに周りの者が、この城邑が黄巾賊に囲まれているからとても無理だ、と諫めた。 その後、黄巾賊はなぜか攻撃をやめ、城の外へと出た。少年のまわりで様々な憶測が飛んでいた。彼が一番、もっともらしいと感じたのは、黄巾賊が城邑に降伏をうながしているからだというものだ。 初めは誰かの憶測だったが、彼の心中では真実味を帯びるようになっていた。この城邑で一番、偉い人は太守だ。黄巾賊の初めの攻撃が脅しだとすると、その太守がどう応じるか、それが彼の最も知りたいことだった。 その答えはすぐに出る。 太守の羊興祖は、降伏せず、住民と一緒に戦う道を選んだ。 「二十歳以上の男子は武器を持ち、我が下に集え。共に敵を追い返そう。それ未満の男子は水を持ち、我が下に集え。共に炎を消し去ろう」 そう羊興祖は、住民に指令を発した。 もちろん、少年は直に太守の声をきくことはなかったが、その様子は伝え聞いていた。 少年の身近な人々は、戦におびえる者ばかりだった。そんな中で彼一人は太守の勇ましい決断にとても興奮していた。 甕に水を入れ、太守の下へ行こうとする少年。 だけど、すぐに母親に止められる。 少年の母親は「十一歳」という年齢を太守の下へ行ってはいけない言い訳にする。だけど、彼の同年齢の小男(おとこのこ)が皆、甕(かめ)や斗(ひしゃく)を手に持ち、太守の下へ行ったことを彼は知っている。 だから、余計に今、こうして何もできないでいる自分を惨めに思えている。 その思いはやがて少年の目頭を熱くさせていた。 「やばい」 少年は一人、つぶやいた。なぜなら、彼の目から今にも涙がこぼれでようとしていたからだ。 少年は目元に力を込め、無理にでも止めようとする。流したら最後、どうしようもなく惨めな気持ちになることを彼は知っていたからだ。 |